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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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人の命、竜の命(★)


「久しぶりじゃのう、竜司(りゅうじ)


 と、展示場(ゆめ)通路(げんじつ)を分かつ厚さ三十ミリメートルのアクリルガラスの向こうで、真っ赤な喉を晒したチュウゴクワニトカゲがしみじみと言った。


「息災でおったか……と、今のおんしに尋ねるのは野暮じゃな。まあしかし、思っていたよりは顔色がよいようじゃ。また会えて嬉しいぞ」


 声は(しわが)れたバアさんのそれで、響きの底に妙なすごみがある。

 が、もちろん口は動いていない。当たり前だ。

 爬虫類(はちゅうるい)に分類される種の多くは、そもそも発声器官を持たない。

 というかまず、人の言葉を喋らない。だが声ははっきりと俺の頭の中で響く。

 まるで本当に耳で聞いているかのような、奇妙な錯覚を引き起こすほどに。


「……うん? なんじゃ、まだ頭が現実についていっておらんのか? まったく適応力のない(おのこ)よのう。たかがトカゲが喋ったくらいで」

「いや普通トカゲは喋らねえし、逆に驚かねえやつがいるなら会ってみてえよ」

「お。やっとわしが喋っておることを認めたな? フフフ……エオ・アートンでの生の末期(まつご)に、肝を潰したおんしの間抜け面を拝めたのは僥倖(ぎょうこう)じゃ」

「え、エア……エアオトン?」

空気(エア)親父(おとん)ではない。エオ・アートン。おんしらが〝地球〟と呼ばわる世界のことじゃ。ここは()()()()()()ではそのように呼ばれておる」

「お、おまえらの世界って……つまり爬虫類界隈(かいわい)でってことか?」

「違う。ときにおんしは、異世界の存在を信じるか?」

「は?」

「ここではない別の次元にある世界。いや、もっと現実的に、地球とはまったく異なる生命が息づく惑星、とでも言った方が分かりやすいか。そんな惑星が宇宙の彼方にあるとして、わしがそこからやってきた地球外生命体だと言ったならおんしは信じるかえ?」

「……」

「まあ、にわかには無理であろうの。じゃが、わしがこうしておんしと言葉を交わせているのはそれが理由じゃとしか言えん。今の肉体はあくまで仮の姿で、もう間もなく寿命も尽きるが……されど魂は永遠じゃ。わしの生命(いのち)は再び流転し、然るべき器へと収まるじゃろう」


 ……いや、やべえ。


 こいつが何を言ってんのかサッパリ分からねえ。とりあえず百歩、いや千歩譲って今、俺の頭に直接語りかけてるのがこいつだと認めたとして、だ。


 確かに他の個体と比べると特異な点が多々あるとは言え、ジュンコはどこからどう見ても絶滅危惧種のチュウゴクワニトカゲ。他の生物であるはずがない。


 何故なら俺はこいつが母トカゲの腹から生まれたところをちゃんとこの目で確認しているし──チュウゴクワニトカゲはメスが腹の中で卵を(かえ)し子孫を生む。これを卵胎生(らんたいせい)と言う──人間によって徹底的に管理された飼育下で、他のトカゲと交配して別種が生まれるなんてことはまずありえない。


 だというのに、自分は地球外から来たまったく別の生命体だと?


 トカゲがいきなり喋り出したってだけでも頭がどうにかなりそうなのに、冗談は休み休み言ってくれ。天文学についてはさすがに専門外だから、宇宙のどこかに地球以外の、知的生命体のいる惑星(ほし)が存在するかもって可能性までは否定しない。


 だがだからって、なんでそいつがわざわざトカゲの姿を取って地球に潜伏し、こんなところでケージに入れられて飼われてるってんだ?


 どう考えても理屈に合わない。


 だから俺が無言の渋面で答えると、ジュンコはアクリルガラスの向こうでツンと持ち上げていた鼻を下ろし、さもやれやれと言いたげに首を振った。


「やはりおんしには難しすぎたかのう。じゃが先刻も申したとおり、わしの余命も残り少ない。ゆえに年寄りの戯言(たわごと)と思うて、少し話に付き合うてはくれんかの?」

「……あ? い、いや、待て。〝余命残り少ない〟って、おまえ──」

「うむ。いくらわしの(グローヴィ)をもってしても、天の定めし寿命だけはどうにもならん。ゆえにわしもおんし同様、間もなく命が尽きるじゃろう。まあ、何、この肉体(うつわ)にしては充分長く持った方じゃし、特に病があるわけでもない。いわゆる老衰というやつじゃ。……じゃからさような顔をするな。前世での死にざまに比べれば、今世のわしは万々歳の大往生なんじゃからの」


 ジュンコはこともなげにそう言うと、展示スペースに敷かれた砂の上で尻尾を左右に振ってみせた。……なんだよ、それ。まるで最初から()()()()()()みてえに。


 だがチュウゴクワニトカゲの平均寿命は十~十五年。仮にジュンコが地球外生命体なのだとしても、寿命は借りている肉体に準ずると言うのならむしろ長く生きすぎた方だ。なら、もうすぐそこに死が迫っているという話には納得できる。少なくとも、こいつが宇宙から来た未知の生物だなんてトンデモ話なんかよりはずっと。


「……〝前世に比べれば〟ってなあ。言葉を喋れるだけじゃなくて、前世の記憶まであるってか。なら、おまえは前世でどんな死に方をしたんだよ?」

「ぐぬぬ……思い出すのも忌々しい。わしはな、不覚にも前世で人間に殺されたのじゃ。老いて力を失い、次の転生に備えて静かに生を終えようとしていたところを竜狩人(ドラゴンハンター)なる者どもに襲われ、グルガオンドの末裔にあるまじき醜態を演じてしもうた。ああ、グルガオンドというのはな、おんしにも分かる言葉にすると〝神なる竜〟といったところか。わしはその子孫たるエドゥ・ファルグム──地球で言うところの火竜(サラマンダー)であったのじゃぞ」


 へえ~~~、と感情の消失した棒読みが口から零れそうになるのを、俺は必死にこらえていた。ジュンコはまるで人間がえへんといばるときのようにアクリルの向こうで胸を張っているが……こいつ、もしかするとやっぱり老衰じゃなくて病気で一生を終えようとしてるんじゃなかろうか。


 すなわち、厨二病(ちゅうにびょう)という名の死に至る病によって。


 だとしたら一瞬でもこいつの死を悲しんだ俺が馬鹿だったのかもしれない。


 つーかトカゲも厨二病を患うことがあるんだな。そりゃそうか。二十年もこんな狭いケージの中に閉じ込められて野生を失えば、食って寝て子孫を産む以外にやることなんて、誇大妄想で自分を慰めるくらいしかないかもしれんしな……。


「おい。おんし、何故さような哀れみの目でわしを見る?」

「いや……せっかくこうして我が子同然のおまえと意思の疎通ができるようになったってのに、もうすぐ別れが近づいてるのかと思うと胸が苦しくてな……」

「嘘をつけ! おんしの心の中なぞわしはまるっとお見通しじゃ! 勝手に人を厨二認定するでない! いや、わしは正確には人ではないが!」

「知ってるよ。しかしおまえ、いくら死に際に格好つけたいからって〝前世はサラマンダー〟は設定盛りすぎ……」


 とジュンコの話を一笑に付そうとしたところで、俺ははたと気づいてしまった。


 ……いや、待てよ。そう言やジュンコは半水生のワニトカゲでありながら、まったく水に入りたがらないことで有名だった。飼育員たちがふざけて〝九木山(くぎやま)火蜥蜴(サラマンダー)〟なんてふたつ名を授けたのもそれが由来だ。


 今もジュンコの展示スペースには一応、小さな池を模した水場が設けられているものの、俺は三十数年の飼育員人生で、こいつが水に入る姿を一度たりとも見たことがない。ジュンコの飼育担当だったときには、水質や水場の造りに問題があるのかと首を(ひね)ってあれこれ試行錯誤を繰り返したが、結局こいつはただの一度も、水に浸かって泳ぐ姿を人前で披露することはなかった。とすると、こいつの前世は火蜥蜴という話も、まったく信憑性がないわけではない……のかもしれない。


 地球上に存在するサラマンダー──たとえば驚異の再生能力を持つことで知られるメキシコサラマンダーなど──の中には水場を生息地とするものが多いが、ジュンコの前世がああいった両生類ではなく、本物の()()()()()だったとすれば……。


「フフッ……ようやく二十余年の伏線が生きたの」


 本当に俺の心が読めるとでも言うのだろうか。ジュンコは眼を細めてほくそ笑むような顔をすると、尻尾の先でパンッと砂を弾いて言った。


「いかにも、わしの前世は火蜥蜴であった。されどおんしが想像しているようなチンケな地を()うトカゲではない。わしの故郷──アゴログンドには竜がいる。おんしらが言うところの〝ドラゴン〟がな」


 アゴログンド。まったく耳に覚えのない名前だが、それが前世のジュンコがいた世界、すなわち異世界ということなのか? つまり遠い宇宙のどこかにある惑星には、空想の世界の住人であるドラゴンのような生き物がいると?


 そんな馬鹿な話があるか──と笑い飛ばしてやりたいが、現に俺は今、こうして喋るはずのないトカゲと会話し、心の中まで読まれている。


 これが余命宣告を受けて乱心した俺の妄想ではないと仮定するならば。


 絶対にありえない、とは、言い切れないから、困る。


「されどアゴログンドの竜族は今、絶滅の危機に瀕しておってな。何故なら四百年ほど前、突如として現れた人間どもが我らを敵と見なし、殺戮(さつりく)を繰り返しておるからじゃ。前世のわしが命を落としたのもそのため……ゆえにわしは、故郷の同胞を救う(すべ)を求めて地球(ここ)へ来た。そして見つけた希望がおんしじゃ、竜司」

「は……? お、俺が希望って、どういうことだ?」

「おんしが一生の内に(つちか)った生き物の知識。生かす技術。自然への敬意。生命の進化と神秘への畏怖……わしはそれを早くから見抜き、おんしになら竜族の命運を託せるのではないかと思った。おんしの生き物に対する情熱は、ここで働く人間どもの中でも群を抜いておる。何より──おんしが惜しげもなく注いだ無償の愛と喜びは、何百年もわしの中に在り続けた人類への憎悪を見事に溶かしてくれた。ゆえに思うたのじゃ。おんしをこのまま死なせるのは惜しい。別れ難い……とな」


 真っ赤な喉を俺に向けて晒したまま、ジュンコはゆっくりと瞬きをした。


 ああ、やはり俺は俺が思うより衰弱していて、だからこんな都合のいい白昼夢を見ているのではなかろうか。


 そう思わずにはいられない程度には、今のジュンコの言葉は()()()


 俺だっておまえを死なせたくねえよ、ジュンコ。


 生まれたときからずっと傍で見てきたんだ。おまえが一年、また一年と寿命の記録を伸ばすたび、俺がどれほど嬉しかったか。


 俺は自分の子を持つことはできなかったが、それでも子を持つ親の気持ちってのはこういうものかとおまえに教えられた。だから俺も受け入れ難い。


 命あるものとは必ず別れのときが来る。頭ではそう分かっていても。


「……ふふ。やはりおんしはわしが見込んだ(おのこ)よのう。竜に生まれて、人から別れを惜しまれたのは初めてじゃ。わしらは人に恐れられ、憎まれ続けるだけの存在。ずっとそう思うておった。ゆえに滅ぶも()むなしと、運命を受け入れるべきなのやもしれぬと……」

「バカ言うな。この世には、他人の勝手で滅んでいい命なんざ一個もねえんだよ。命ってのは一度壊れれば二度ともとには戻せねえ。だから尊くてかけがえのないものなんだ。たとえそいつが人の命でも、竜の命でもな」

「では、竜司よ。わしがアゴログンドの同胞を救ってくれと言ったなら、おんしはその願いを聞き入れてくれるかえ? おんしの智恵と力の限りを尽くして、竜族が滅ばずに済む道を共に探してくれるかえ?」

「当たり前だ。俺がおまえを育てたのだってな、チュウゴクワニトカゲっていう稀少な(いのち)を絶滅から救うためだ。人間の都合で死に絶えようとしてる生き物がいるんなら、どこへだって飛んでいって救うための手を尽くす。それが動物園の使命であり飼育員(おれ)の誇りだ。だからたとえ異世界だろうと何だろうと、絶滅の危機に瀕してる生物がいるなら全力で保護をする……が」

「が?」

「……おまえも知ってるんだろ。死ぬんだよ、俺。おまえと違って、老衰じゃなくて病気だけどな。あと二ヶ月、持つかどうかだと言われてる」

「うむ、知っておる。じゃから都合がよいのじゃ」

「は?」

「地球から我が故郷アゴログンドへ渡る方法はひとつだけ。すなわち、()()()()じゃ。肉体という名の重い皮を脱ぎ捨てねば、螺生門(セラオーム)は通れない。わしが地球へやってきたのも死んで魂のみとなったからじゃしの」

「……じゃあ、つまりアレか? おまえの言うアゴログンドってのは、いわゆる死後の世界ってやつなのか? ってことはもしや天国……?」

「わしらが絶滅しそうになっとる時点で天国ではないが、死後の世界という解釈はある意味正しいかもしれん。じゃが地球で死んだものすべてがアゴログンドへ行けるとは限らんし、アゴログンドで死んだものが地球へ来られるとも限らん。ただ、わしは腐っても火神竜(エドゥ・ファルグム)。他の生物よりも圧倒的に強い魂を持つがゆえに、死後の行き先を自ら選ぶことができる。よっておんしにその意思があるのなら契約を交わし、おんしが地球での生を終えるとき、零れ落ちた魂をアゴログンドへ運ぶと約束しよう。ま、早い話が、おんしが死んだら今世の記憶を持ったままアゴログンドで転生し、向こうで第二の人生を歩むということじゃ──で、どうする? おんしも(おのこ)なら、先程の言葉に二言はなかろうの?」


 そう言って挑むように尻尾を上げたジュンコを見つめて俺は笑った。上等じゃねえか。死んでからももう一遍、種の絶滅と戦えるってんなら喜んで受けて立つ。隕石や火山が相手となると厳しいが、敵が同じ人間なら戦いようもあるってもんだ。


 第一、俺は、来世と呼ばれるものが本当に存在するのなら、生まれ変わってもまた飼育員をやると決めていた。それくらいこの仕事は俺にとっての天職で、誇りを感じてきたからだ。なら当然、返事を迷う必要なんかなかった。


 俺はジュンコに頷き返し、拳の裏でコン、と軽くアクリルを叩く。するとジュンコも眼を細め、前脚を伸ばして、アクリル越しにそっと俺の右手に触れた。


 そう、つまり、契約は成立だ。たとえ一連の出来事が白昼夢(ゆめ)だったとしても構わない。何故なら人生の最後に、自分が世話した動物と心が通った。


 そいつは俺たち飼育員にとってこれ以上ない、万々歳の大往生だからだ。


▼メキシコサラマンダー

挿絵(By みてみん)


 別名メキシコサンショウウオ、ウーパールーパー。メキシコに生息する両生類。

 全長10~25cm。死なない程度の怪我であれば、四肢だけでなく尾・目・卵巣・肺組織・脊髄・心臓や脳の一部まで再生できる驚異の再生能力を持つ。

 ちなみにサンショウウオが「火蜥蜴(サラマンダー)」(16世紀に活躍したスイス人錬金術師パラケルススが提唱した四大精霊のひとつ)と呼ばれるのは、積んである(たきぎ)の隙間に潜り込んだ個体が火にくべられたとき、火の中から飛び出してくる姿が度々目撃されたためと言われている。日本国内ではおたる水族館(北海道小樽市)、サンシャイン水族館(東京都豊島区)、鳥羽水族館(三重県鳥羽市)などで飼育展示中。

 2020年までに絶滅すると言われていたほど野生下の個体が少ない絶滅危惧種。


参考・画像引用元:

https://gigazine.net/news/20200210-axolotl-regenerating-genes-screen/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%A4%A7%E7%B2%BE%E9%9C%8A

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/101400390/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 爬虫類界隈の部分で、何故かツボってしまった。(笑) [一言] 続きも読み続けたいと思います。
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