ふりだしに戻る(★)
「何? もう一度母大樹の森へ入る許可がほしい……だと?」
「ああ。何でもあの森には襟巻竜が生息してるっていうじゃんか。竜の園にいる竜の中で、現状一番元気なのがそいつなんだよ。だからドラゴン・パークの展示ドラゴン第一号は襟巻竜にしようと思ってな。まずはあいつの食性とか生息環境を知るために、野生下の個体の調査をしときたいんだ」
と、俺がギゼルに持ちかけたのは今から一週間前のこと。アゴログンドの暦では一週間は八日あるから、より正確には八日前の火曜日のことだ。
竜学者であり竜医でもあるラドニアを仲間に加え、いよいよドラゴン・パーク計画の実現に向けて動き出した俺たちは、現在竜の園にいる竜の中から健康状態のいいものをピックアップし、具体的な飼育計画を練る段階に入っていた。
一応、ドラゴン・パーク計画の詳細についてはギゼルからフーヴェルオに説明してもらい「やってみろ」との有り難いお言葉も頂戴している。
もっともこの「やってみろ」のひと言には、言外に「やれるものなら」という枕詞がついていて、俺たちはパークの創設を公式に承認してもらうために帝国の元老院──要は位の高い貴族の集まり──を納得させられるだけの材料を揃えなければならなかった。メアレスト帝国の政治的な権限は皇帝であるフーヴェルオの下にあるものの、皇帝の諮問機関としての役割を持つ元老院を無視して話を進めれば、国内に反発の種を撒くことになりかねないからだ。
以前に聞いたギゼルの話が事実なら、フーヴェルオが掲げた竜族保護政策は帝国各地を治める貴族たちの反感を買っている。そこに今度は竜を飼育し、繁殖させるための大規模施設を創るなんて提案を投げ込もうというのだから、俺たちがしようとしていることはまさに火に油を注ぐ行為だろう。
それを乗り切るにはやはり、磐石な根拠と具体性のある飼育・研究計画を提示する必要がある。そのために俺はまず、人類に対する脅威度がさほど高くなく、どちらかと言えば小型で飼育もしやすそうなある竜に目をつけた。
そいつが襟巻竜。体高一メートルくらいの、ドラゴンというより二足歩行のトカゲと言った方がしっくりくる見た目の竜だ。
地球の生物に譬えるなら、角が生えたペレカニミムスとでも言うべきか。
体つきは細身ですばしっこく、いわゆる翼を持たない無翼類だが、なんと前肢には飛膜を持っている。これは有翼類が持つ独立した翼とはまた別の、トビトカゲやムササビに似た滑空用の薄い膜だ。長く進化した前脚の小指と体側から伸びた皮膚がつながり、広げるとグライダーのような役割を果たす。
だが襟巻竜の一番の特徴はやはり、名前の由来でもある首周りの襟飾りだろう。
その見た目はまさしくエリマキトカゲ。いや、何なら『ジュラシック・パーク』に登場した毒吐き恐竜ディロフォサウルスの再現と言ってもいい。
もっともあの映画に登場するディロフォサウルスは架空の恐竜で、本物のディロフォサウルスには派手な襟巻きも毒を吐く能力もなかったと言われているが。
「襟巻竜か……確かにあの竜は森林に生息していることが多いと聞くが、だからと言ってわざわざ母大樹の森へ行く必要はないだろう。あそこは特別な許可がなければ入れぬ禁足地で、そもそも人間が長居できる場所ではないと説明したはずだぞ」
「いやあ、そうなんだけどさ、生息地調査ついでに母大樹の森を詳しく調べれば、俺やイヴについても何か分かるかもしれないだろ? あと、俺がひとりで森をさまよってたときに見つけた卵とか、おまえらに射られたチビ助のことも気がかりなんだよな。ラドニアに話を聞いたら、あのチビ助はかなり珍しい種類の──」
「待て。卵だと?」
と俺がもう一度母大樹の森に行きたい理由を列挙していたら、突然ギゼルの顔色が変わった。どうやら俺が何気なく口にした〝卵〟という言葉に反応したらしい。
そこから矢継ぎ早にどんな卵だったか、どこで見つけたのかと質問責めにされたので、嘘をつく必要もなかった俺はすべての問いにありのままの答えを返した。
すなわち大樹の洞で謎の卵を見つけたものの、何の卵か分からなかったから触らずに置いてきた、と。
「馬鹿な……では貴君は母大樹に近づけたというのか……!? だが通常、人間は母大樹の周辺に満ちる強力な氣の影響で方向感覚を失い、決して近づくことができないはず……」
「へ? そ、そうなのか?」
「……いや、しかし以前クリソプルが立てていた仮説が正しいとすれば……何より母大樹の根もとに卵が生み落とされていたということは……」
とか何とか、俺の話を聞いたギゼルはひとりで考え込み始めると、ぶつぶつ言いながらどこかへ行ってしまった。かと思えば数時間後にフリーダを連れて戻ってきて、皇属竜狩猟団に同行する形でなら特別に森に入ってもいいという寛大なお許しが出たわけだ。何故かフリーダにはめちゃくちゃ睨まれたけど。
で、俺たちは現在に至る。現在というのはつまり、森で襟巻竜を探す最中にケルベロスと遭遇し、以降ずっと追いかけ回されているこの状況のことだ。
俺とイヴはやつから逃げ惑ううちに狩猟団とはぐれ、絶体絶命の窮地に陥っていた。アリスター博士の言うとおり、やつの狙いが俺の抱えているスライムなら、こいつを放り出しさえすれば逃げ切れるのかもしれない。
けどそんな真似をしてたまるか。仮にも俺は生き物の命を預かる飼育員だぞ。
自分を守るために捕食者を撃退するってんならともかく、何の罪もない生き物を囮になんてできるか。たとえ博士が許すと言っても絶対やらんぞ!
されど固い決意とは裏腹に、呼吸はどんどん苦しくなっていく。
だんだん足も上がらなくなってきたし……ああ、くそ!
一体どこまで逃げればあいつは諦めてくれるんだよ!?
「ぜえ……ぜえ……ああ、そうか、分かったぞ……やつは恐らく、ハイエナやリカオンタイプの捕食者……つまり獲物をどこまでもどこまでも追いかけて、相手が力尽きたところでとどめを刺す感じのアレか……!」
『さ、さすがリュージさん、正解です……! ケルベロスの頭はそれぞれ聴覚、視覚、嗅覚の能力に特化しているので、彼らの追跡を振り切るのは至難の技……一説には兎の聴力と鷹の視力、そして熊の嗅覚を有していると言われていますし、状況は絶望的かと……!』
「博士、俺はアレから逃げ切る方法を知りたくて緊急通信を入れたんですけど!?」
『はっ……す、すみません! ですが一度ケルベロスに狙われてしまったら、たとえケリュネイアでも──』
と、フレディが化けた博士の顔が慌てふためき、何か言いかけたときだった。
突然博士の声が途切れたと思ったら、フレディがでろんと形を失くし、しおしおと瓶の中へ戻ってしまう。な……何だ!? ひょっとして体力切れか……!?
いや、あるいはあてもなく逃げ惑ううちに、俺が通信可能域外へ出てしまったのかもしれない。以前、帝都周辺の地図にアリスター魔獣研究所を中心とした半径三百キロメートルの円を落としたら、この森は先っちょの方が辛うじて範囲に入ってるだけだったからな……!
「くそ……! こんなことならやっぱマイヤースも連れてくるべきだった……!」
俺たちが博士から借り受けたスライムは全部で二匹。うちフレディの同核族であるマイヤースはラドニアに預けられていて、そのラドニアは園にいる竜たちの検疫と治療を続けるため、今回の調査には同行しなかった。だから何かあれば互いに連絡を取り合えるようにと、マイヤースも彼女のもとに置いてきてしまったのだ。
しかしこうなってみるとあのときの判断が悔やまれる。
せめてマイヤースをフリーダに預けておけばはぐれても救援を求められたのに!
とにかくこのままじゃマジでヤバい。
何とかしてケルベロスを振り切るか追い払うかしないと、俺もイヴも早晩力尽きて、フレディという名のデザートを添えたメインディッシュになってしまう──
「──リュージ!」
ああ、そうは言ってもやっぱり無理だ。これ以上はもう走れない。苦しくて自然と顎が上がってしまうのを感じながら、そう諦めかけたときだった。はっと何かに気づいたような素振りを見せたイヴが、突然俺の腕を引く。直前までは俺がイヴの手を引いて走っていた図が、瞬間、イヴに手を引かれて走る図に逆転した。
そうしてイヴが駆け出したのは、俺が目指していたのとはまったく違う方向だ。
と言っても俺もどこか特定の場所へ向かっていたわけではなく、ただがむしゃらに逃げ回っていただけだから、正直ここがどこかも分からなかった。よってイヴに抗う理由も引き留める理由もなく、ただ腕を引かれるがままに走る。走る。
ああ、けどヤバいぞ。走る速度がだんだんと落ちてきたせいで、ケルベロスの息遣いがもうすぐそこに……!
「──っ!?」
ところが刹那、にわかに俺の視界が開けた。生い茂る赤い梢の目隠しが取り払われ、急によくなった見晴らしに驚いて足を止める。と同時に目を見張った。
何故なら俺は眼前に広がる光景に、強烈な既視感を覚えたからだ。
「あ……あれは……!」
間違いない。母大樹。つまり俺は再び戻ってきた。
ひと月前、記念すべき第二の人生が始まった生誕の地に。
▼ペレカニミムス
白亜紀前期、ヨーロッパに生息していたとされる小型の肉食恐竜。
体長2~2.5m。同じオルニトミモサウルス類の中でも有名なオルニトミムスやガリミムスよりもずっと小型で、また後続の種には見られない歯を持つことから、オルニトミモサウルス類の中で最も原始的な種と見られている。
参考・画像引用元:
https://kyouryu.info/pelecanimimus.php
▼トビトカゲ
東南アジアを中心としたアジア圏の森林に生息するトカゲの一種。
体の左右に5~7本ずつ肋骨が伸長し、その間に扇状の飛膜がある。
これを広げることによって樹木から樹木へ滑空しながら飛び移ることができ、種によっては18mもの距離を飛ぶことが可能。飼育困難種であることから、2021年現在、日本国内で飼育展示されている動物園は存在しない。
参考・画像引用元:
https://www.reddit.com/r/pics/comments/b1vcu/i_caught_a_lizard_with_wings/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%88%E3%82%AB%E3%82%B2%E5%B1%9E
▼ディロフォサウルス
アメリカ及び中国で化石が発見されているジュラ紀前期の肉食恐竜。
体長5~7m。頭部に鶏冠のような二枚の突起物を持ち、この部分に空気を送って膨らませ、威嚇や求愛に用いていた可能性が示唆されている。
映画『ジュラシック・パーク』に登場し一躍有名となったが、作中でも記述したとおり、映画内で描写されていた襟巻きや毒吐き能力は完全なフィクション。
参考・画像引用元:
https://en.wikipedia.org/wiki/Dilophosaurus
https://kyouryu.info/dilophosaurus.php
▼ハイエナ
インド~アラビア半島、アフリカ大陸のサバンナや低木林に生息する肉食動物。
見た目や群で生活する習性などからイヌの仲間と思われがちだが、実はジャコウネコの近縁でイヌ科ではない。
また他の肉食動物が狩った獲物を横取りする卑しい動物というイメージが定着しているものの、むしろライオンやチーターよりも高い狩りの成功率を誇り、大半は自分たちで狩りをしている(それをライオン等に奪われ、取り返そうとする姿がメディアで取り上げられたことにより、他者のものを横取りすると誤解された)。
また腐肉や骨まで食らう食性やメスの発達した女性器が男性器に見える(両性具有の生物と思われていた)ことなども不純なイメージを助長したと思われる。日本国内では円山動物園(北海道札幌市)、宇都宮動物園(栃木県宇都宮市)、天王寺動物園(大阪府天王寺区)等でブチハイエナ、羽村市動物公園(東京都羽村市)、富士サファリパーク(静岡県裾野市)でシマハイエナが飼育展示されている。
参考・画像引用元:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%8A
https://youtu.be/HwrCHxc61-o
▼リカオン
サハラ砂漠以南のアフリカに生息する肉食動物。体長75~110cm。生息域が重なっていることや、見た目・生態・狩りの手法がそっくりなことからよくハイエナと間違われるが、ハイエナとは違い歴としたイヌ科。腐肉も食べない。
現在野生には6600頭ほどしかいないと言われ、絶滅が危惧されている。
日本国内で飼育展示されている動物園は、よこはま動物園(神奈川県横浜市)、富士サファリパーク(静岡県裾野市)の二園館のみ。
参考・画像引用元:
https://pz-garden.stardust31.com/syokuniku-moku/inu-;ka/rikaon.html
https://youtu.be/fybnkZO5Gew




