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05.夫と親友のままでいたかった女、宇賀神綾恵 その2

「……光一……いい加減にして……」

「嫌だ。お前が素直になってくれるまで、俺は何度だってこの思いを伝え続ける。好きだ、付き合ってくれ!」

「しつこい! 無理だって言ってるでしょ!」


 わたしはタイムリープを利用して、「2008年4月8日の午前中に学校を抜け出して光一とセックスする」という過去を回避することに成功した。

 だというのに……。


 昼休みの教室。

 自分の席に座るわたしと、わたしの足元に正座してわたしへの愛を叫んでくる光一。こんな光景がこの半日で何度も繰り返されていた。ていうか何なら授業中でも熱烈な視線を送られ続けた。


 いやマジで何でこんなことになってんの……。


 朝からの出来事を整理してみる。

 蜂巣さんのことが好きなはずの光一が何故かわたしに猛アタックしてきて、ずっと勉強に夢中だったはずの蜂巣さんがそんな光一に何故か告白し始めて。

 絶対零度の美少女と呼ばれていた蜂巣さんが人が変わったように羽目を外してはしゃぎまくっているのが怖い。大丈夫? 薬とかやってない?


 そしてそんな彼女をめい君が必死に追いかけて落ち着かせようとしている。それ自体は彼らしいけれど、やはりおかしなところも多い。

 明君はしきりに「自分達に関わらずに一人で勉強してろ」と蜂巣さんを説得し続けている。しかしあの頃の明君は蜂巣さんと疎遠になってしまったことを寂しがっていたはずだし、勉強漬けになっている彼女を心底心配もしていた。蜂巣さんが高校生らしい青春を送ることを彼も望んでいたはずなのだ。


 そしてそんなわたし達をドン引き顔で遠巻きに眺めながら、ひそひそと噂話をする懐かしきクラスメイト達。聞き耳を立ててみたところ、どうやら光一達がおかしくなったのは今日からで間違いないらしい。


 昨日まではわたしが知っている通りの過去で、今日からいろんなことが変わってしまっているのだ。そしてわたしがタイムリープしてきたのは今日。

 ということはやはり、この状況を作り出してしまったのはタイムリープしてきたわたしの行動、ということ。


 いやでも。そんな短時間でここまで劇的な過去改変が起こるっていうの? わたしが今朝、光一と対面する前にしたことと言えば……メール?

 そうだ、光一から送られてきたメールは一回目の人生と同じ内容だったんだ。ということは私がその返信内容を変更してしまったことが光一を改心させ、そんな変化が巡り巡って蜂巣さんや明君にまで影響を与えてしまった、と。

 いやいやいや、そんなわけある? まさかマジでバタフライエフェクトってやつが起こっちゃってるっていうの?

 授業中にiモードで調べたところによると、ちょっとした行動が思いもよらぬ変化を生み出してしまう可能性があるらしいのだ。


「綾恵ぇぇぇお前がいなきゃダメなんだよぉぉっ」

「やめろ、離れろ!」


 わたしの太ももに両手を伸ばして、必死で縋りついてくる旦那(十七歳)。当時と同じようにスカートを折りまくっているわたし(二十九歳)。

 周りから浮かないためにも、とりあえず外見だけでも2008年の女子高生っぽく整えてはみたけど、振舞いとかにアラサーっぽさが滲み出ちゃったりしてないだろうか……――あ。


 嘘……まさか、もしかして……!


 二十九歳であるわたしの、大人の魅力が漏れ出してしまっているというの……!?


 そうか、そうかもしれない……むしろそれしか考えられない……! 隠し切れない知性が、高校生のわたしには存在しなかったはずのエレガンスが、十七歳の光一を惹きつけてしまっているのだ……!

 それによって光一がわたしに抱く思いが、単純な性欲よりもむしろ、憧れに近いものになったのだ。誠実な告白をさせてしまっているのだ。なんて罪深い女なの、わたしは……!


「綾恵さん、光一君! 紗代がどこ行ったか知りませんか!?」


 肩で息をしながら明君が教室に飛び込んできた。散々はしゃぎまくった挙句、いつの間にか教室から姿を消していた蜂巣さんをずっと探し回っているらしい。

 おそらく彼女も、わたしが無自覚に振りまいてしまっていた大人の妖艶さによってライバル心を刺激され、光一への恋心を爆発させてしまったのだろう。

 突飛な言動も、初めて恋を知ってしまった若者ゆえの迷走だと考えれば何も不思議ではない。わたしという存在がうら若き乙女の焦燥感を募らせてしまった。

 微笑ましいではないか。誰にだって起こりうる些細な変化だ、成長だ。わたしは大人として優しく見守ろう。


「あら、どうしたの明、そんなに呼吸を乱して。発情中? いいわね、高校生らしてくて! どうする? 体育倉庫行く?」

「行きませんよ! あなた授業サボって何やってたんで――は……? さ、紗代……ですよね……?」


 しれっと姿を現した蜂巣さんの方を振り向いて、明君が体を硬直させる。わたしと光一も、いや教室中の全員が、蜂巣さんのその姿に呆気に取られてしまっている。


「ふふ、気付かれてしまったようね。じゃじゃーん☆ 蜂巣紗代、高校デビューしちゃいましたー☆ どうかしら、皆さん。似合う? ねぇねぇ、似合う? ねぇ、どうなのよ明。感想は?」


「は、ハハハ……感想? 感想ってそりゃあなた……」

 蜂巣さんに肘でくいくいと脇腹を小突かれながら乾いた笑いを漏らした六秒後――明君は突沸した。

「なに金髪にしてやがんですか!? 今すぐ元に戻してください!!」


「ふふふ。照れなくていいのよ。本当に愛らしいわね。そうだ、明もやりましょう? お揃いよ! 憧れていたの、恋人や友達とのペアルック!」

「――っ、オレの……オレのせい、なんですかこれ……」


 虚ろな目の明君が膝から崩れ落ちる。


「きゃっ☆ パンツ覗こうとしているわねっ、明のえっち☆」


 いつの間にか短くなっていたスカートを押さえる蜂巣さんの声は、どうしようもなくお淑やかで、その立ち居振る舞いも雰囲気も顔立ちも清楚極まりなくて――そんな大和撫子に、煌びやかな金色のミディアムヘアが不思議な程よく似合っていた。

 え、これもわたしの大人の魅力のせいなの……?

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