2
ゆるっと貴族設定なので矛盾や言葉遣いが可笑しくても生温かい目でスルーしてくださいm(_ _)m
子爵こと父に連れられ、「これからはここがマリアのおうちだよ」と連れてこられた邸では、邸の使用人達が子爵に連れられた私を温かく迎え入れてくれた。
リリベル子爵家は家格はさほどではないが、海に面した領地を構え他国との交易の拠点として潤沢な資産を有していた。
というのも子爵の曾お祖母様が王家の末の王女で、曾お祖父様とは家格の差を乗り越えての大恋愛の末に結ばれたらしい。
その際に、この国の貿易の要となるこの地を領地として与えられたそうだ。
本来ならば曾お祖父様が伯爵位以上の家に養子となり婚姻を結ぶのが普通だが、自分の家に誇りを持っていた曾お祖父様がそれを固辞、曾お祖母様との説得の上、当時の国王陛下からこの領地を治めることを条件とされたんだそうだ。
リリベル子爵家がそれまで治めていた領地は、今は曾お祖父様の弟の家系筋が子爵当主の代わりに治めているらしい。
子爵の話では、その嫁いできた元王女の曾お祖母様とマリアの髪と瞳の色が同じらしく、王位継承権等には関わりは無いが、そういった経緯で子爵にもマリアにも王家の血が入っているのだよと教えられた。
なるほど、だから王子殿下にもその周りの高位貴族のご子息にも失礼な位の接触を図ったのに、容易に咎められず断罪返しというタイミングで処されたのか。
王族の血を引いていると言うのはそれだけで厄介なものなのだな、とマリアは子爵の言葉に色々と納得した。
この先の自分の未来の裏側を悟りながら、邸の中を当主自ら案内してくれる父について行く。
「さて、ここがマリアの新しい部屋だよ。
気に入って貰えるといいんだが」
そう気恥しげに開かれた扉の向こうは、上品な色合いで纏められながらも、女の子の部屋特有の可愛らしさが随所に見られるセンスのいい部屋だった。
さすが国の交易を担っている領地の主君の見立てとあって、この国では珍しい意匠の彫り細工の家具や工芸品、他国の織物も随所に設えて見える。
自分の未来を不安に思いながら今の状況に思いを馳せていたマリアも、この部屋には思わず感嘆の声を上げた。
「うわぁ…、とっても素敵ですお父様!」
迎えに来た際、これから自分のことは父と呼ぶ様にという子爵の言う通りにお父様と口にすると、呼ばれた子爵は嬉しそうに顔を綻ばせた。
それから美味しいお茶をお菓子と共に頂きながら子爵の事を教えてもらったり、自分や母の事を話したり。
思いの外和やかで楽しい時間を過ごした。
子爵は温厚な人柄で、交易を生業にする皆がそうなのかは知らないが、話をするのも聞くのも上手かった。
それから夕食の時間も楽しく過ごし、以後マリアの専属にと付けてくれたメイドのアンに手伝われながら、広くて豪華な部屋付きのお風呂にも入れてもらった。
市井ではお風呂になんて入る機会もなく、部位によって使い分けられるいい匂いのする石鹸や保湿の為のオイルやクリームや化粧品関連などとも縁のない生活をしていたので、その全てに緊張と動揺をしていたマリアは初めての人に世話をされながらという一連の流れにも、抵抗も何も出来ないままに、始終硬い動きで全てされるがままになっていた。
アンが満足するまで全身磨かれたマリアは、慣れない事ばかりの就寝の準備に疲れ果て、ベッドに倒れ込むように横になるとすぐに眠りに落ちた。
思い出したばかりのこの世界の事や、前世の自分を詳しく思い出す暇も余力もなく。
そのせいか、夢では前世の自分の夢を見た。
平凡だけれど少し冷えた家庭に生まれ育った前世の自分は容姿も能力も人並みで、一般入試で受けた地元の短大に進み、そこでできた友達にお勧めの小説やゲームを貸してもらったりしていた。
その友達がとても熱心に薦めてくるので、今までは縁のなかった乙女ゲームも薦められるがままにやり始めた。
それが思いの外楽しくて、最初はゲーム機本体ごと借りていたのを、バイトをしたお金で本体を買い、新作ゲームを揃える程にまでなっていた。
そんな時、流行りもので教えてもらったのが悪役令嬢断罪からの逆転劇を舞台にしたざまぁ返しのゲーム。
教えて貰った時はまだ発売前で、友達が買った同会社のゲームソフトに付いていた体験版を貸してもらったのだ。
体験版では悪役令嬢側目線で記憶を辿るような説明映像とざまぁし返す会場に行くまでの数日分を会話選択して楽しめるようになっていた。
その選択肢付きのシナリオも断罪会場に足を踏み入れ、ざまぁ返しをした所までで終わっていたのだが、ここまでをプロローグから途中を抜粋したショートカットバージョンで軽く体験出来るくるいの長さで収められていた。
その後の攻略対象達との甘々な日々は発売後に購入して体験くださいという流れで、ざまぁ返しされたマリアの事はテロップに『少女は国外追放とされた』と体験版の締めくくりに簡潔に流れたのみ。
それでも自分の未来の流れを掴むのには十分だった。
そこまでを夢で見て、全身に汗をかきながら飛び起きるとまだ日も上る前の早朝だった。
これから自分が辿る運命が衝撃的すぎて。
また自分の思考に今までとは違う人間からの視点が入り交じった事でその未来についても絶望しか感じられなくて。
確かに夢で見たはずの前世の自分の名前や顔などまでを思い出す余裕は、この時のマリアにはなかった。
首に伝う嫌な汗を手の甲で拭いながら、心臓の音を落ち着けるように胸に手を当て静かに深呼吸を繰り返す。
「大丈夫、まだ何も始まって無いわ。
今の私はもう王子様と結婚したいとも、周りを都合よく使いたいとも思っていない。
だから大丈夫。
お父様にお願いしてしっかりとした教育を受けさせて貰えば、知らずに無礼を働いて咎められる事も無くなるだろうし、学院に通いたいとも言わなければ彼女達に出会う事もないわ。
デビュタントはゲームとは違う日に王子様が来ない規模のパーティを選んで貰えればいいし、万が一ゲームの通りに出会ったとしても近付かなければいい。
大丈夫よ、まだ修正できる。間に合うわ」
そう言葉に出して深呼吸を繰り返して、漸く動悸も治まってきた。
アンナはもう一度掛布に潜るように体を横たえて、蹲るように丸まって起床の時間まで目を瞑った。