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読めない手紙  作者: sanhey
9/14

第二章 4 2人と図書室

 商店街。オレンジ色が建物の隙間から漏れてどこか寂し気な雰囲気をかもし出している夕暮れ時。いつもは隣にいる幼馴染の姿はいなく、代わりに篠宮胡桃しのみやくるみ、中学時代から一緒の友人がいた。

「はい、ここが『ねこのやすらぎ』私も初めて入るから分からないんだけどね。いいお店だって評判でさ。ここにいてもしょうがないし、さっそく入ろ」

 胡桃がそう催促する。俯いていた顔を上げ扉を見る。猫が2匹じゃれあっている絵が扉に彫られていた。可愛い。それを見るだけでほんわかした。

「相変わらず強引だね。胡桃ちゃんは。でもそこが良いんだけどね~」

 沈んでいたって仕方ないね。友達の気持ちにここは感謝しよう。扉を開けるとすぐに「いらっしゃいませ。二名様ですか」と女性店員さんが笑顔で迎えてくれる。私がはいと答える前に胡桃が応える。

「いえ、先に友達が来ていたと思うんですが」

「お連れのお客様でしたか。それではあちらのテーブル席でお待ちです」

 連れ?一体誰だろう。二人だと思っていたので状況がつかめず、ただ、店員さんについて行く。案内されたテーブル席には同じ学校の制服を着た男子生徒が座って待っていた。

「なんだお前か。遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」

「悪かったわね。ちょっと時間が掛かっちゃったのよ」

「それで長野さんは」

 チラリと不思議そうに私の方を見てくる。

「彼女は急な用事があって来れなくなったの、その代わり・・・という訳じゃないけど、私の友達で、葉山さくら、この子と来たわ」

 後ろで様子を見ていた私は急に襟首を掴まれ、ずいと前へ押し出された。「わわわっ」と声を上げ驚く。犯人の友人は笑っていた。恥ずかしい気持ちになりながらもなんとか挨拶をかわす。

「ええと、葉山さくらです」

「俺は田辺陽たなべよう、その、なんだ、よろしくな」

 席に座ったままなのに私よりも随分と大きかった。見上げる事には慣れていたけど、こんなに大きい人は珍しい。桜君よりもずっと大柄でがっしりとした身体だ。顔も身体も四角い感じで男らしいといえば男らしいんだけど、小柄な私にはあまりにも大きく、山のような存在でちょっと怖い。

「とりあえず、どうすっかな。さっき適当に注文しちまったんだ。もうすぐ来るんじゃないかな。よかったら食うか」

「気が利くじゃない、サンキュー」

 そう言うと胡桃が私に目配せ。『ちょっと来て』と合図をしてきた。

 なんだろうと思いつつ、田辺一人残して乙女二人はお花摘みへと向かう。

 女子トイレに入ってすぐ洗面所前で胡桃は少し早口で話をしだした。

「さくら、急にごめんね。一から説明するからね。私の相談事っていうのは、あの2年の田辺の事。図書委員の長野さん知っているでしょ。あの田辺が長野さんを好きなんだって、でも長野さんは田辺の事を嫌がってるのよ。それで私は仲介役というか別れさせ役?というのを頼まれたってわけなんだけど、ちょっと初めて田辺に会ってびっくりしちゃって」

 胡桃はそこで一旦話を止め洗面所前の鏡を見ていた。困った表情をしているのにどこか声が弾んでいて楽しげだった。

 そんな顔を見ていると私と胡桃は少し似ている部分があるなと思う。それは楽しい事への執着心なのか考えるよりも先に行動をしていまうという点。桜君はよく快楽主義者だ。とか、暴走機関車だ。とか、言ってバカにしてくるけど、私の場合は桜君だけで他の人に対してはそこまで行動的ではない。だけど、胡桃は違う。同じ行動的な面を見せてはいるけど、私のように一人ではなく大多数なのだ。その為、いろいろと相談を受けては解決してあげたりと、頼りになる友人である。そんな彼女が私に相談しているのがちょっと不思議だった。

「あの田辺。私の従妹だった。実は二人から相談を受けてたんだけど、この時は本当に知らなった」

「従妹じゃ何かダメなの?」

「従妹が駄目って事じゃないんだけどさ、従妹の割には結構交流があってね。こっちもあまりギスギスしたくないわけで、まぁあっちも分かってくれると思いたいけど。従妹だし、長野さんも知り合いだから何とかなるかもって安請け合いしちゃったのがミスったなぁ」

「正直に言うしかないんじゃないかな」

「あんたを嫌ってるって?」

「うん、それしかないかなって思うよ。でもどうして長野さんが田辺さんを嫌っているのかな。あまりはっきりとそういう事を言わないかと思ってた」

「意外と言う時は言う子だよ、あの子。見た目は清楚というか静かな感じなんだけどさ。人は見かけによらないってやつよね」

「それで決心はついたのかな」 

 胡桃はうーんとしばらく唸っていたが諦めた様子で、

「こうなったらそれしかない、うん。正直に話すしかないね」

 腹をくくったのか頬をパチンと叩き、トイレを出ようとする胡桃。そういえば気になることがあった。「ちょっとまって」と声を掛け私は疑問に思った事を尋ねた。

「さっき初めて田辺さんに会ったって言ったけど、それじゃあ、相談事って言って私を連れだしたのは嘘ってことなのかな」

 ギクリとした胡桃の表情を私は見逃さなかった。何かを隠している。そう、今日のさくらは一味違う!乙女スイッチが反応した。まぁ、偶然なんだけどね!

「さくら、あんた変なところで鋭いよね。いつもは天然っていうかボケてるのにさ」

 恨み節のように胡桃は呟く。むむむ、ちょっと酷い言い方だよ。

「最近、あいつと上手くいってないじゃない」

 桜君との事をつついてくる。

「だから、男友達のいない君に少しでもと思ってね。男はたくさんいるんだし、あいつだけじゃないんだからさ。もっと他の人と付き合うことも大事なんじゃないの。別に彼氏になれってわけじゃなくてさ。単純に話し相手としてさ」

「それは胡桃には関係ないもん。桜君と自分の問題だもん」

 駄々をこねる子供のような声だった。

「ごめんごめん。確かに余計なお節介だったとは思うけどさ、おじさんは心配ですよ」

 心配しつつおどけた口調で謝る胡桃。

「田辺には悪いけど諦めてもらうしかないか」

「そう・・・だね。でも、どうしよう。何か頼んだって田辺さん言ってたよね。それはどうするの」

 ニヤリと一瞬、意地の悪い顔になり扉へと向かう胡桃。そして一言。

「もちろん全部いただくさ、その後に長野さんの事は諦めてもらう」

 トイレの扉に手をかけながら「クククッ」と悪魔のように笑った。

「意地悪な胡桃ちゃん。さては私の事も楽しんでたなぁー」

 ポカポカと胡桃の背中を叩く。笑いながらごめんごめんと本気で謝るわけでもない、ただその場を取り繕うだけの言葉。それでも嫌な気分にさせないのが胡桃だ。

 そんな友達の背中を追いかけながらトイレを出た。


 わいわいとしながら戻ってくる二人。退屈そうに待っていた田辺を見つつ胡桃は「お待たせ」と言って席に座る。私も隣の席に座らせてもらう。

 テーブルの上には山盛りフライドポテト、山盛り鶏のから揚げ、マルゲリータのピザが置いてあった。普段そんなに食べない私は見ているだけでおなか一杯になりそうだった。学校の昼食のお弁当だって桜君に半分食べてもらうくらいなのだ。最近は残さないようにと少なめに作ってもらっている。それなのにこんなに食べられそうにない。田辺さんはこんなに頼んで大丈夫なんだろうか

「これで足りるか。足りなかったらもっと頼むぞ。遠慮なく言え。あぁ、飲み物は分からんから好きに頼んでくれ」

 私の考えとは違いまだまだ料理が足りないと思っている田辺はそう言って、添え付けのレモンを豪快に鶏のから揚げに絞っていく。あぁ、と声を上げそうになるのを必死で堪えた。

 レモンにひたひたにされていく唐揚げさん。まるで泣いているように涙をこぼし大皿は涙の湖となっていた。私の感情のようにずぶずぶと沈んでいく唐揚げさん・・・。レモンが嫌いなわけじゃないけど悲しくなった。はっと私の表情を見て隣の胡桃はすかさず叫ぶ。

「ちょっとあんた、なに勝手にかけてんのよ、もう」

「なんだお前、いつもレモンがっつりかけてるじゃねぇか」

「いや、そうだけど、私はそうだけど。さくらがそうとは限らないでしょ」

「気にしないで胡桃ちゃん。私は平気。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ」

 気丈に振舞う私の表情はどんより雲だった。気付いたのは胡桃だけで田辺は気にした様子は無くうまいうまいと、唐揚げを食べている。

「さくら、ほら、ドリンク頼もう。あのー店員さん私、ダージリンで。さくらはどうする?」

「甘い物が良いなぁ」

 小さな声で呟く。目の前のから揚げは物凄い勢いで無くなっていく。すごい。

「それならこれが良いかな。店員さんこれで」

 胡桃はメニュー表に指を指す。

「かしこまりました、少々お待ちください」

 店員は注文を受けて去っていく。私は気を取り直してポテトに手を伸ばそうとする。それと同時に、田辺はボトルのトマトケチャップを山盛りのフライドポテトにかけだした。まるでかき氷のイチゴシロップのようにドバドバとかけていく。みるみるうちに赤く染まっていくポテト。噴火した溶岩のようにドロドロと流れ落ちていく有様。このままでは退避が間に合わない。すかさず手を引っ込める。田辺の顔を二度見した。笑っている。嬉々とした笑顔で。とても怖い。ポテトは溶岩でメラメラと燃え添えられていたパセリは燃え尽きて見えなくなっていた。

「ちょっとまた、あんた!」

 今度の胡桃は容赦なく田辺の頭を叩く。とても良い音がした。

「いってーな、何すんだよ。いつもこうやってたじゃねぇか」

「それはあんたと私だけの時でしょ。常識ではありえないのよ!私を巻き込まないで。私は少なくとも常識を持っているわよ!」

 唐揚げだけでなくポテトも悲惨な状況になっていた。レモンはまだ分かる。うん。どれも食べられないわけじゃないね。でもケチャップはちょっとどうだろうね。受け皿がちょっと悲しそうに見ているのは気のせいかな。田辺の行動を見て、ただこう、一言あっても良いよねとは思う。桜君は取り分けて食べる人だった。こんなにも豪快な人は初めてだった。男の人が皆こうじゃないと思うけど、ただただ驚いた。

 カフェモカをちびちびと飲みながら苦笑をし、マルゲリータに目をやる。そしてなにやら異変に気付く。よく見るとピザソースとは違う赤色の粉末がとろとろのチーズの上に雪化粧されている。

「あの、これは何かなぁ・・・」

 恐る恐る聞いていみる。声が震えていた。

「タバスコだよ。美味いんだぜ。食ってみろよ」

 ぷるぷる。私は無言で拒否した。辛いのは無理。食べたらお腹を壊す。私の中で料理達は全滅した。

「失礼します。お待たせしました。お飲み物でございます」

 意気消沈の私に店員さんが飲み物を持ってきてくれた。胡桃と私の前にそれぞれ置かれる。コーヒーと甘い香りが鼻腔をくすぐる。胡桃が頼んでくれたのはカフェモカだった。喫茶店らしさを出しつつ甘い物が好きな私にも合うようにとの配慮だろうか。とても嬉しかった。両手でカップを手に取りじんわりと温かくなる手のひら。一口すする。猫舌の私にも丁度いい温度。ほろ苦いコーヒーの中にミルクとチョコレートの甘さが舌を楽しませてくれる。

「ありがとう、胡桃。美味しいよ」

 心からの、満面の笑みで答えた。

「気に入ってくれた?良かった」

 胡桃は私を見て同じく笑顔で返すと、田辺を鋭い目で睨みつける。

「あんたね、本当にこれでよく長野さんとの仲を私にもたせるように相談したわね。ハッキリ言って釣り合わない。無理。というかこれじゃあ、ほとんどの女子に好かれるわけないわ。本当、長野さんがかわいそうね」

 もぐもぐと食べていたピザを飲み込み。田辺は真剣な目で胡桃に向き直る。

「それなんだが長野さんとこの前ここに来たんだ。もちろん2人で。その時に好きだ、付き合ってくれと頼んだ。返事は『いきなりそう言われても』と言われてな。まぁ無理もないかと今は思ってる。んで、それからしばらくして食事が届いて、今日と同じようにしたんだ。そうしたら何も言わずに帰って行ったんだ。俺はどうしたらいいか分からなくてな。茫然としていたよ、何がいけなかったんだって」

 それは、長野さんご愁傷様。

「はぁ、なるほどね。そりゃ・・・ねぇ」

 大きなため息を漏らし胡桃は呆れていた。

「正直に話すとね、長野さんはあんたを嫌っている訳よ。理由までは言ってなかったけど、大方、さっきのような振る舞いが問題だったんでしょうね。それであんたとは付き合いたくないってさ、そう伝えてくれって」

「そうなのか・・・」

 さっきまでもりもり食べていた田辺は、それを聞いて一気に落ち込んでしまった。

 

 自分と他人の『普通』というのは違う。まして初対面や付き合いの短い人との距離というのは非常に難しく、どうしてもよそよそしくなるのがほとんどじゃないだろうか。

 それに比べて田辺は胡桃との距離が近いようだ。お互いに気を遣わない関係に慣れてしまったからこそ、その尺度で物事を見て他人と接してしまった。一般的な『普通』とは違う初めからゼロ距離で。

 この二人の関係が自分と被っているように見えた。田辺と胡桃。桜君と自分。従妹同士。幼馴染。お互いに何でも言い合える『普通』とは違う距離と時間。

 すごく近いはずだったのに今は離れている桜君との距離。家や学校の机は隣同士なのにとても遠い心の距離。それがとても辛く悲しく棘のようにチクチク刺さる。せっかく誘ってもらったというのに。

「ねぇ、さくらは田辺の事をどう思う。正直に言ってみなさいよ。遠慮はいらないわ。どうせ何言ったってこいつは平気だからさ」

 話を振られてしどろもどろとしていると、「俺からも頼む」と田辺さんが頭を下げる。2年生で学年が上で私よりもずっとずっと大きい身体がとても小さく見えた。

 考えをまとめようと頭をフル回転する。あまり使わない頭はオーバーヒートしそうだった。きっと湯気が出ていたに違いない。意を決して、つたない言葉を想いを紡ぐ。

「あのね、田辺さんはとても不器用なんだと思う。人の気遣いというか苦手な事というかそういうのに慣れていないってだけで、決して悪い人じゃないと思うんだ。確かに初めて見た時はちょっと怖いかなって思った。だけど見ているとどうも違うような気がしてきた。それは最後に田辺さんが長野さんを好きって伝えた話だったの」

 田辺さんがまっすぐ目を見つめて真剣に聞いている。すごく恥ずかしい。ずっとまじまじと見られていて、それを意識をすると顔が真っ赤になる。長野さんがこんなに見つめられながら告白されていたらと想像し、私が同じよう告白されたら、顔から火が出る勢いで私は逃げ出すだろう。

「好きって、自分の気持ちを相手に伝えるのって簡単じゃなくて。ものすごく勇気がいる事だと思うの。私には絶対にできないと思う。でも田辺さんはそれができる。それはすごいことなんだよ、きっと」

 まるで自分に言い聞かせるように、勇気立たせるように、田辺さんに伝えた言葉は自分に返ってきた。彼にはどう届いただろうか。少年のように澄み切った瞳で見つめられて私の心臓はドキドキしていた。桜君と一緒にいる穏やかで心地良いものとは違い緊張と息苦しさだった。どうして胸が苦しくなるのだろうか。キュッと締め付けられるような気分に少しめまいがする。

「さくらさんと言いましたか」

 田辺さんの声がする。見れば姿勢を正している。少年のような瞳が今度はギラギラとしていた。すうっと呼吸音がする。

「好きです。付き合ってください」

 一気に吐いた空気と一緒に大きな声が店内を響かせた。差し出される手。突然の告白。場の空気が凍り付く感覚。そこへ叩き割るかのような叫び声。

「あんたの『好き』は軽すぎんのよ!」

 すかさず怒声と共に胡桃は田辺の頭を叩いた。とても良い音がした。

 私はあっけに取られながらも、最後には笑っていた。

「俺は本気でさくらさんを好きになったんだ。ビビッと来たんだ何かが!」

 あんたはどうしてそう簡単に好きだの、付き合ってくれだの言えるのよ。馬鹿じゃないの。さくらが嫌がってるじゃない。私の目が黒い内はさくらに手出しさせないんだから。などと罵詈雑言が漂う店内。お店でこんなに騒がしくしてしまっていいのかなと、店員さんをふと見る。目が合ってこちらに微笑んでくれた。怒ってはいないのか、呆れているのか、仕事だからと割り切っているのかちょっと分からない。

 でも店員さんの笑顔は自然で『ねこのやすらぎ』という店名に相応しくとても居心地が良かった。また来ようと思いたくなるお店だった。


「はい、もう馬鹿やってないで帰るわよ」

 一番騒いでいたような気がする胡桃がお店を出る支度をしレジへと向かう。私達もそれに続く。

「お支払いはご一緒ですか」

「ダージリンとカフェモカの分を先にお願いします。後はこの人が払うんで」

「私も自分の分は払うよ」

 カバンから小さな財布を取り出してお金を取り出すも胡桃が手で制した。

「良いのよ、これは迷惑料。それに奢るって言ったでしょ」

「それなら俺が全部払うぞ。ほとんど俺の為だったからな」

「ほとんど、じゃなくて実際そうでしょ。まぁでもドリンク代だけはこっちが払うわ。あんたには借りを作りたくないの」

 それぞれが支払いを済ませ。店外へと出る。もう辺りは暗くなっていて星が瞬いていた。

「今日はありがとな。長野さんにはすまないと伝えておいてくれ」

 はいはい、と雑な言い方で胡桃は手のひらをヒラヒラさせる。田辺さんは続いて私を見て、

「諦めていないからな」

「あんたまた殴られたいの」

 ギロリと胡桃に睨まれて逃げるように走り去る田辺。残された二人は横に並んで家路へと向かう。途中までは一緒だからもう少し一緒にいられた。久々に一人じゃない事に私はほっとしていた。つい一週間前は二人だった。今は一人となってとても寂しい。

 あれから一週間。まだ、たった一週間なのに1か月、1年と過ぎたように長く感じていた。中学3年生。あの時のように毎日、桜君の顔が頭に浮かんで苦しい。涙を何度流したか覚えていない。一人になるといつもこんな事を考えてしまう。

 隣にいる胡桃の存在が今は愛おしかった。

「もう一度聞くけどさ、田辺の事どう思う?」

 しばらく歩いていると胡桃は顔を見ずに言った。

「どうって、どういう事?」

 言葉の真意が分からずに聞き返してしまう。

「恋人になって・・・みるとか?」

 田辺さんの四角い顔が浮かぶ。もりもりと料理を食べ次々と平らげていく。私より何倍も大きい姿は熊みたい。熊のぬいぐるみはとても可愛い。だけど、彼はちょっとリアルな熊の方に似ている。可愛くはない。

 恋人か。田辺さんはどうもそういう感じになれない。男の子の比較対象が桜君になってしまうのは仕方ないとして桜君のような可愛いらしさが全くなかった。

 全く、でもないか。一瞬、ほんの一瞬だけ覗いた少年の瞳は私を高揚させていた。そこには桜君がいたのかもしれない。だから苦しくなったのか。どうも自分は桜君病を患ってしまったようだ。ひとかけらでも良いからと彼の姿を追い求め、探し、異性にその片鱗を見つけては胸が苦しくなっていく。自分はとても弱かった。でも彼ではない。私が求めている人とは違う。

「良い人だとは思うよ。それはお友達としてね」

「そっか」

「うん。それに私よりもきっと良い女性がいると思うんだ」

「誰の事さ。それ」

 私は悪戯っぽく人差し指を胡桃に向ける。

「え?私?ないないない。無いってば」

 ブンブンと手を顔の前にして勢いよく振る。

「すっごくお似合いだと思うんだけどなぁ。息がぴったりというかね。今日のやり取りを見て、途中からこれはもう私はいない方がいいんじゃないかと思ったわけですよ。胡桃さん」

「何言ってんのよ。ぶつよ!?」

 照れているのか本気で怒っているのか。頬を赤くして腕を空振りさせてくる。あはは、とお腹が痛くなるまで笑い。終いには涙が出るくらいまで。

 ありがとう。素敵な私の友達。恥ずかしくて言葉にはしないけれど、元気をくれた事に感謝をした。

 大好きだよ。

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