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読めない手紙  作者: sanhey
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第二章 2人と図書室

 あの日の夜から1週間。妙にギクシャクしている2人。積極的に声をかけているさくらに対し、頑なに話さず。無口になってしまった桜。

 小さな喧嘩で一時はお互いに無言になるがいつの間にか、お互いが歩み寄って(といっても主にさくらだが)和解していた。こんなにも長くなるとはさくら自身全く思ってもいなかった。照れくさそうに「おはよう」と声をかけてすぐにいつも通りになると思っていたのに、結果は大きく違った。

 いつにも増して献身的な態度に同級生の篠間胡桃しのまくるみはさくらに同情していた。あれではあんまりではないか。

 何をそんなに意固地になっているのだろう。さくらがあんなになってすぐに、宮地に文句を言ったが完全に無視された。今日一日見ていて、もう我慢できなかった。友を救うのに待つ必要は無い。たまには気分転換をさせようと思い、放課後になってすぐにさくらの元へ駆けつけた。

「ねぇ。さくら。今日予定ある?ちょっと相談事があってね。付き合ってほしいんだ。商店街に新しくできた喫茶店知ってる?あそこに行かない?名前は確か『ねこのやすらぎ』でね。おごるからさ」

 一気にまくしたて、さくらを誘う。これで返事がNOなら強引に誘う、もとい、拉致するつもりだった。でも返事が「そうだね」と覇気がなく痛々しい声だった。こっちも辛くなる。やはり誘ってよかった。これ以上はさくらが壊れてしまう。そんな気がした。

 一応、窓の外を見ている男に声をかけた。

「宮地!そういうことだから!行こう。さくら」

 帰り際にキッと男を睨みつけてさくらを連れていく。その姿はまるで悪党から少女を救おうとする勇者のようだった。

「やっと行ったか」

 鬱陶しいのがいなくなって少し心が落ち着いた。あいつがいると何故か心がざわついたからだ。

 あの日『読めない手紙』を手に入れて父に相談したのが間違いだった。自分の全てを見通している恐怖。不安。嫉妬。どれも嫌な感情。それらがあいつと一緒にいると更に増大していき終いには怒りに変わっていた。自分で制御できない怒り。食べた物を消化できない、胃のもたつくような気持ち悪さ。

 この1週間、負の連鎖がずっと続いていた。あいつがいなくなってはじめて、消化不良気味だった心を落ち着かせることができたのだ。正直助かった。

 今の自分は平穏と静寂を望んでいるのにも関わらず、学校生活に支障をきたしていた。授業に集中できない。このままでは成績が落ち、単位を落としかねない。何とかしないとと思いながらカバンに教科書やノートをしまっていく。カバンを覗くと小ポケットがあり、そこに折り畳んだ小さな紙片が見えた。

 原因はこいつなのか。『読めない手紙』がそこにあった。まるで呪われた呪術道具のような。手にした者を不幸にするような。呪いの手紙に見えた。

 こいつを破り捨てて解決するのならビリビリに破りゴミ箱へ捨ててやるのに。しかし、そうしてもこのドロドロとした感情は浄化してくれない気がする。このままこの感情と共に帰宅しては明日も一緒に憑いているだろう。

「長野さん、今日も図書室?」

「はい、図書局員ですから」

 ふと、教室に残っていた女生徒2人のそんな会話が聞こえる。

 一番前の角。自分が窓際後ろの角なので丁度反対の席だった。

「あれ、でも今日は担当違ったんじゃない?」

「えぇそうなんですけど、私、本が好きなんです」

 そっか、それじゃ明日ね。

 会話はそこで途切れ、長野と呼ばれていた女子は身支度を済ませ教室を出る。誰もいなくなった教室。

「本か」

 つい、独り言を呟いてしまった。本。それは自分の好きな物である。厳密にいえば、本である必要はないのかもしれない。読むという行為そのものが好きだった。読むことで知識を得ることができる。書いた者の思いを知ることができる。何より騒ぐことなく自分の思うように読むことができる。止めたい時はいつでも止められる。まるで自分の都合の良い存在だった。

 悩み悩んでも仕方ない事だ。図書館に行くのは良い事ではないだろうか。確か残るには手続きが必要だったような・・・?

 計ったかのようにそこで下校の放送が流れた。

『もうすぐ16時下校時刻となります。部活動、委員会がある生徒は顧問の教師へ。用事のある生徒は時間外許可証を守衛室へ所定の手続きを済ませてください。用事のない生徒は速やかに帰りましょう。本日の守衛長は、長野。警備員、向島むかいじま。当直、非常勤講師、矢野やのです。もうすぐ』ー

 そうか、守衛長に話せばいいのか。残る為にわざわざ外に出なくてはならい。これは嫌がらせなのか。残らせたくないのか。いずれにせよ面倒なシステムだった。

 さっさと下足に履き替え玄関を出てすぐ守衛室へ向かう。そこにはさっき教室にいた長野と呼ばれていた生徒がいた。守衛長と何やら話している。仲が良いのだろうか。時折、笑い声が聞こえ会話が弾んでいるようだ。どうにも入りずらいと躊躇していたら、向こうがこちらに気付いた。

「あっ。すみません。何か用事ですよね」

 黒いロングヘアの眼鏡を掛けた女生徒、長野が話しかけてきた。同級生とまともに話すことがなかった為か、声が出ない。しばらく無言でいると、守衛長が助け船を出してくれた。

「時間外許可証が必要かね?それならこちらに学年、氏名、用事、それと時間の項目に記入してくれないかい」

 はい、とだけ答え、項目に記入していく。用事、図書室。時間は・・・どうするか。残ったことがないからどうするべきか分からなかった。しばらく考えるが結論は出ないままだった。

 その様子に守衛長が聞いてくる。

「残るのは初めてかい?閉門時間が20時でね。生徒は19時完全下校となっているよ。記入時間より早く帰っても構わないし19時にしておくのがいいんじゃないかね。まぁだいたいの目安だよ」

 それならと、19時にしておくか。記入して守衛長に渡す。

「なんだね。君も図書室に用事か。それなら一緒に行ってやったらどうだ。みどり?」

「えっ?わ、私?」

 遠くで見ていた長野が驚く。名前は緑というのかと思うも、少し違和感を感じていた。

「ええと、宮地さんが良ければ一緒に行きますか?」

 平静を取り戻し、長野が提案してきた。図書室か、そういえば場所がうろ覚えだった。探すよりついて行った方が楽だな。「頼む」と一言。「分かりました」と返事。

 2人は玄関に向かい上履きに履き替える。

「図書室は4階にあります。いつも教室に向かう階段とは逆の階段を使います。丁度私達の教室と反対にあるものですから、そちらの方が早いんです・・・と説明しなくても知っていますよね」

 なるほど。通りでうろ覚えな訳だ。普段目にしていないから場所が記憶に残っていなかったのか。とりあえず先導するように長野が前にいるのでそのまま付いて行く。

「・・・宮地さんは、図書室であまり見ないような気がしたんですけど、差し支えなければで良いんですが、何かお調べ物でも?」

 長野がそう質問をするも返事はなかった。無視した訳ではなく、単に話を聞いていなかった。宮地は守衛室であった違和感が気になっていた。長野、緑。仲が良い様子だった守衛長に。

 記入欄に氏名を記入する為、名前を知っている事は不自然ではない。

 だがそれとは別で『名前で呼ぶものが普通なのだろうか』と疑問に思っていた。大抵は苗字で呼ぶ事の方が多い気がする。教師は同名がいなければ苗字呼びがほとんどだろう。生徒間同士はどうだろう。女生徒は仲が良い場合は名前呼びもありえるか。男子生徒では・・・まず自分は聞いた事がないな。何となく気持ち悪さを感じる。

 では、守衛長は何故そう呼んだのか。守衛長は60前後の男性だ。

 長野。長野、聞き覚えがある。まさか、そうなのだろうか。

 自分の推察があっているかもしれない。答え合わせがしたい。しかし、これを伝えて相手はどう思うだろう。気分を悪くしないだろうか。言おうか言うまいか、一人、悩んでいた。

「あの、何か、気に障るような事をしましたか?」

 どうやらしばらく無言だった為、勘違いをさせてしまったようだ。道先案内人だ、いなくなってもらっては困る。そうでなくても行き先が一緒だ。気まずい状況は作りたくない。

「いや、少し考え事をしていて」

「それなら良いのですが・・・」

 長野はそう言っているが、明らかに不信感を抱いていたに違いない。ここは本当の事を言った方が良いか。どうせ自分は

「えーと、これから変なことを言うかもしれないが気を悪くしないでくれ。『長野』という苗字が気になってしまっただけなんだ。守衛長が同じ『長野』、君もそうだったね。それで仲が良いものだから。もしかしてと思い」

「もしかして?」と長野が興味を示したのか聞いてくる。

「守衛長が親族。それも叔父さんかなと思ってね」

 俺が導いた答えがこれだった。

 少し驚いた表情を見せ、長野は答える。

「はい、そうです。長野幸太郎ながのこうたろうは父の弟で、私の叔父です」

 当たった。素直に嬉しかった。自分の推察が正しかった事が、妙な達成感をくれた。それと同時に相手の知らない内にこんな事を考え詮索するのは決して良い趣味ではないと、失礼な事だと恥じた。

「すまない。どうしても気になってしまった。しかし、普通はいう事じゃないな。すまない」

「そんな・・・謝らないでください。確かに驚きはしましたが、気を損ねたわけではありません」

「そうか。そう言ってくれると助かる」

「でも、私は良いのですが、他の方はどう思うか分かりませんよ」

 クスリと笑った。そこで初めて幼馴染と目線が違う事に気付いた。自分よりほんの少し下だが顔が近い距離に。一瞬ドキリとしてしまった。

「到着しましたね」 

 目の前には『図書室』と書かれた表札が見えた。

 きっかけは何となく何かを読みたいというだけだった。

 俺は無意識に気になってしまったのかもしれない。彼女の独特な雰囲気に。幼馴染とは違った不思議な気分にさせてくれる何かを。

 その正体が知りたかった。この好奇心がどこへ行き着くのか。それはいつになるのか。この図書室に期待をして、俺は中に入っていった。


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