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読めない手紙  作者: sanhey
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第一章 4 2人のさくら

「おい、起きろ。いつまで寝てるんだ、この寝坊助は」

「ん、あぅ」

 時刻は15時30分。最後のホームルームも無事に終了し、一般生徒は本日の職務を全うした事になり、交友を深めしばしの談笑するもよし、部活動に精を出すもよし、さっさと帰宅するのもよしと、自由になる訳である。

 その自由になれる事を誰よりも望み願っていた寝坊助は俺に声をかけられても依然として夢とうつつを行ったり来たりしている。なるほどこやつは例のあれをご所望とな。では、いざ参らん。

「かくなる上は、てい!」

 と、気合一声の一発『デコピン』である。渾身の親指と中指から発せられるその一撃は現在百戦連勝。この寝坊助を起こすには勝手が良く自身は大して痛みがない。そればかりか相手を起こすにはさほど苦痛を与える事なく良い塩梅あんばいで最高の快眠方法を樹立しており対人性能に優れております。ぺちん。

「あだっ!?」

「起きたか。小童こわっぱ

「ん、あう。ん?おあ。おはよう?桜君?」

 おでこがほんのりと赤くなり、目をごしごし擦り起床し始めている様子に一安心するも口元から涎がでかかっている。まるで赤ん坊のようである。んああ~と欠伸あくびを一つしようものなら零れ、衣類を汚しかねん。さっとハンカチを口元にあてがい対処することとした。

「あふがと(ありがとう)」

 口元を拭われている赤ん坊はそう喋りずらそうに声を発して礼を述べる。こんな時にも律儀な態度を取るとはと感心しておきたいが今までの態度からして評価点は常に下降気味である。負は正数に戻らない。そして俺のハンカチは涎拭きとなり赤ん坊の手に渡る。

「明日に返すよ」

「うむ、そうしてもらえるとありがたい」

 そんなやり取りを交わし目をしばたたせて辺りをぐるりと見回し一言。

「誰もいない!時間が過ぎている!ここは・・・未来!」

 などと盛大にボケていた。

 咄嗟にツッコミたい衝動に駆られるもどうにか制し帰宅をうながす。ボケ殺しをされて、ぷうと頬を膨らませながらもしぶしぶついてこようとする未来人。しぶしぶ付き合っているのはこっちだと言いたいが我慢しよう。何せ下校時刻が始まるのだ。俺は部活動、委員会共に所属をしていない言わば「帰宅部」であり、放課後はさっさと帰るのが仕事である。後の事は生徒の皆様の自主性に敬礼しつつ我が道を行くのである。

 そこへプツリと教室に備え付けの放送スピーカーが音が鳴り校内放送が流れ始めた。

『もうすぐ16時下校時刻となります。部活動、委員会がある生徒は顧問の教師へ。用事のある生徒は時間外許可証を守衛室へ所定の手続きを済ませ用事のない生徒は帰りましょう。本日の守衛長は、長野。警備員、向島むかいじま。当直、非常勤講師、遠場とうばです。もうすぐ』ー

「ほら、帰るぞ。俺達は撤収だ」

「うん、あ、でも・・・手紙」

「あぁ、手紙か」

 寝起きというのにつまらん事を覚えているもんだ。さてどうするものか。

「その事はまた今度で良いだろう。俺は早く帰りたい。さして重要な用事でもないだろうに学校に残ってまで人様をわずらわせることか?」

 でも、と歯切れが悪い。こいつにしては珍しい。手紙に興味はあるのにすぐには行動に移らない。見れば手にはぎゅっと先程のハンカチを持っている。なるほど、そうかと逡巡し子供をあやすように丁寧に提案する。

「分かったよ。負けたよ。お前にとっては重要な案件なんだな。手紙に関しては俺に考えがある。ひとまず今日は帰らないか」

 『読めない手紙』はカバンの中に入っている。全くのでまかせではない。それは俺がこう言うからにはこいつは信じてくれると期待し、その通りになるだろうと確信がある。自分の仕事が増えるが興味がないと言えば嘘になるのも事実。ただ、朝は心底嫌がっていたことは間違いないが。

「桜君がそう言うなら。私は安心だよ」

 ほっと一息して二人は教室を出て、階段を下りていく。この校舎は4階建て。1年生の教室は4階にあり少々骨が折れる。下駄箱まで辿り着き一瞬警戒するもの、まさかなと思い下足を取り出す。大丈夫だ。そこにあるのはいつもの光景であり、手紙は入っていなかった。

 玄関を出てすぐに校門に向かう、左を見れば小さな守衛室があり受付には女生徒と守衛長の長野さんが談笑していた。こちらに気付いたのか軽く会釈をしている。何事もなく下校をし、まばらにいた生徒達が帰路に近づくにつれて徐々に減っていく。夕暮れ時の住宅街は静寂そのもので足音が二人分あるだけだ。妙なアン著感があり二人に会話は無くとも心地よいそんな時間。俺の好きな静寂。

 その静寂を破る前兆の小さな吐息。

 ポツリと一言

「・・・寂しいじゃない」

 ん?

「手紙の相手を探す理由。このまま相手が見つからなかったらその人も手紙も、きっと桜君だって寂しい思いをするかもしれない・・・そんな気がするんだよ」

 結局は俺の為か。・・・そんなことだろうと思ったが。いつも楽しい事を優先するとしても根っこには自分ではなく俺の為を思う気持ちがあるという事を。寂しくならないようにと。

「そうか」

「うん」

 たった二言で何となく分かり合える二人。さくらと桜。夕暮れは沈みかけ、暗くなりかける。気持ちも沈んでしまいそうな雰囲気になり、慌てていつもの調子でおどけてみせる相方。

「はい。おしまーい。こういうのは身が持ちません。慣れていないのです。はい、キリキリ歩いて。帰りましょう。さぁ帰りましょう」

 背中をグイグイ押してくる。

「やめんか。このバカ」

 静寂は守られない。全く。少しでも話すことをやめたらこいつは駄目なのか。笑顔の中に少し哀しさを残していても、それを見せようとはさせまいと努めて明るく振る舞う態度に調子を合わせ、背中を押されつつ自宅前に到着した。

「それじゃ、桜君。またね」

「あぁ、また明日な」

 やっと帰れたか。玄関で靴を脱ぎ、母は台所だろうか。居間に入ると照明がついている。包丁を使っているのだろうか。トントンと音が聞こえる。

「母さん。ただいま」

「あら、お帰り。桜」

 母は振り向かずに調理を続けながらそう返事をした。テーブルに備え付けの椅子4脚あり、椅子に腰を掛けカバンを床に置く。

「父さん・・・今日出張から帰ってくるんだって話だよね」

「そうよ。1週間ぶりよね。さっき連絡があって17時頃には家に着くそうよ。夕飯は一緒でいいわね」

「あぁ、うん。分かった。着替えてくるよ」

 そう伝えて居間に掛かっている壁時計を見る。時刻は16時30分。父さんが帰ってくる前に頭を整理しておかないとな。今日はいろいろ疲れた。居間を出て2階の自室に入り私服に着替えベッドに腰を掛ける。正面には窓が見え外にはあいつの家と部屋が目に入る。窓をガラリと開くとベランダがあり、お互いベランダ越しで話をすることができるくらい近い。距離は3m弱という所か。さすがに飛び越えていくのは無理だが中学2年生まではここでよく話をしていた。中学3年になりお互いに受験勉強をするという事で状況が変わった。俺は成績は問題なくこのまま受験をして難なく突破できるだろうと教師からのお墨付きがあり安心していたが、お隣さんはどうしようもないバカだった。このままでは希望校はおろか、進学すら危ういのではと教師から伝えられ中学3年生の1年間は『桜交友禁止令』なるものが両家から出された。何かと理由をつけて会いに来ようとする為に厳重な警備体制『両母防衛網』が敷かれ、隣人は自分の首を更に絞め厳重に隔離されていたったのである。

 やっとの思いで地獄の1年間(俺にとっては平穏という楽園だった訳だが)を乗り越えた隣人は確かな手ごたえとともに入試を済ませたと言い、勉学の偉大さと尊さを少しでも知ってもらえたら何よりだと心底願った。

 そして、合格発表当日、緊張した面持ちで隣人は合格発表欄を確認する。

 『宮地 桜』『葉山 さくら』

 その名を見た瞬間、真っ先に俺の胸に飛び込んできた隣人の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。ついでにコートはそいつのタオルとなった。

『あったよ、あったんだよ。桜君のがあったんだよ!』

 俺はひたすらわんわんと泣き続けるそいつをどうしたらいいか対応に困り、見守る両家族に助けを求めていた。

『我慢して頑張ったんだ。泣き止むまではそうしてやれ』

『あらあら、男冥利に尽きるわね』

 父と母は笑っていた。

 あいつにとってあの1年間はすごく辛く、長かったに違いない。その反動は高校生活がスタートし1か月が過ぎた今でも続いている。いや、どんどん増している。両家の禁止令が相当効いていたのだろう。割を食うのはいつも俺なのだから勘弁してくれないだろうか。

 しばらくべランダにいたらお隣さんの部屋が明るくなった。これ以上ここにいるのは避けたほうが良さそうだ、俺に対してだけはあいつは勘が良くレーダーに捕捉されかねん。部屋に退散し居間に行こうかと階段を下りる。

「ただいま。帰ったぞ」

「あら、お帰りなさい」

 丁度、父が帰宅した所に遭遇。

「お帰りなさい、父さん」

「おう、久々だな。桜、元気にしていたか」

「特に変わったことはないと言いたい所だけど、後で良いから聞きたいことがあるんだ」

「珍しいな、飯を食ってからでいいか」

 うん。急いでないよと俺は答えて、1週間ぶりに家族揃っての夕飯を楽しんだ。食後、お茶を一杯飲みながら父は俺に話を振ってきた。

「それで話とは何だ」

「それなんだけどね、父さんと母さんは桜山高等学校卒業だったんだよね。この手紙について何か心当たりはないかな」

 俺は『読めない手紙』を父と母に見せた。

 ふむ、と父が。あらー、と母が反応を見せている。これは脈ありだろうか。父が何やら一考をし応えるくれる。

「これについて答える前にお前はどこまで知っているんだ」

 険しい表情になった父。手紙をテーブルに置き指でトントンと指し示す。目が真剣だった。俺は頭を左右に振り何も知らないと答えた。俺の様子を見て父は目をつむり慎重に言葉を選んで口を開く。

「教えるのは簡単だが、父さんも母さんもその手紙の内容と本当の意味に関しては全く分からん。それはその手紙を書いた本人以外は誰も分からんだろう」

 回りくどい言い方に父の性格と慎重さが伺える。つまるところは自分で考えろという事なのか。どうも答えを教えたくないような、そんな雰囲気だ。食事中の楽しく温かった空気が急に凍り付く。

「お父さん、それじゃあちょっと可哀そうよ。桜君。これは私達にとってとても大切な物なのよ。お友達には聞いてみたかしら」

「いや、全く。さ、さくらが勝手に聞いていたが、俺からは何もやっていない」

 幼馴染の名前を言うのに一瞬同様してしまう。それを聞いてなのか。そう、と母は少し悲しげだった。

「桜。もう少し友人関係を大事にするのも良いんじゃないか。今のお前はどうも交流を自ら断っているきらいがある。お前の人生はお前のものだが、友人の一人や二人いても損はないぞ。何も。相談できる人物が親族だけではない。母さんが心配している所はそこだ。お隣のさくらくんに関しては別だがな。もう少し歩み寄ってみても良いだろう。視野を広めることは決して悪くはない。むしろ、良い事だ。それはお前も分かっている事だろう。」

 突き放している訳ではない。学校内の出来事を相談した事を咎めている訳ではない。それは分かる。

「父さんは、楽な解決策を考えた俺をどう思う?もしかしたら知っているだろう人物。卒業した生徒に選ばれた人物に」

「その考えは悪くない。が、それは学校生活を楽しんでいるならな。お前の人間嫌いは常について回るものだ。いずれ壁にぶつかる。『情けは人の為ならず』たまには自分から他人に対して親切にするのも良いんじゃないか」

 子の気持ちは親は知らないと思ったが逆も然り。

「難しいよ。父さん。それは」

 珍しく素直に答えた。

「それはそうだ。すぐに息子が変わったら父さんはこんな話はせん。お前は人に甘えることが苦手なんだ。一人で何とかしようとする。逆に他者と手を組むことに恥ずかしさがある違うか?誰しも自分の内側を見せるのは恥ずかしいものだ。自分一人で生きていけたらそれは楽なもんだ。その為に『文武両道』を宮地家が家訓としている訳ではない。積極的に教えを乞うて手に入れた智慧ちえを他者に分けていくのが本来のあり方だと考えている」

 ・・・。何も答えられなかった。頭がどうしていいか分からなかった。どうすればいいのだ。どうすれば。

「今言ったことはとても難しいことだ。特にお前のような頭が良い奴には尚更な。」

 それではどうしたら。声が出ない。どうしたらいいんだ。何やら悔しさと恥ずかしさで気持ちが一杯になっていた。こんなはずではなかった。ただこの『読めない手紙』について聞いて、その答えが返ってくる、ただ・・ただ・・・それだけだと思っていたのに。

「・・・歴史が好きだとお前は昔、言っていたな。その辺を調べなさい」

 父はそう締めくくった。これ以上は話すことはないと。父は無言で見ている。俺は頭が真っ白になっていた。何も考えられなくなった頭で身体だけは逃げるように自室に向かった。

「いじめすぎたかな。かえでさん?」

 春は息子がいなくなった事を確認して呟く。

「そうね。お父さんの長所であり短所ね。あとはあの子が頑張るわ。」

「ううむ・・・」

 しまったと後悔しているだろう大きい男の子にかえでは優しい笑顔で。

「言ってしまったものは仕方ないわ。春さん。たまに話せて嬉しかったのでしょう?」

「実はついな。話すのに夢中になってしまったよ」

 春はバツが悪そうに照れながら言った。

「さぁ、一家の大黒柱はでんと構えてくださいな。あとは信じてあげましょうよ。私達の子供よ」

 うむ。そうだなと。春は納得しお茶を啜る。

 大丈夫よ。私達が口煩く言わなくてもあの子は必死に考えて答えをみつけてくれるわ。親なんて後は信じてあげる事しかできないわ。あの子の世界を守ってあげられるのは結局親ではないのだから。それは子供だった自分達がよく知っていて辿っていた道。

 そして、あのこには大切な子がいるのよ。とてもね。

(ちょっとやりすぎた春さんにはお灸をすえないとダメかしらね)

 いたずらっ子のような表情をしたかえでは自宅の固定電話に手をかける。そうして乙女の作戦会議が密かに行われるのだった。


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