カスミソウの花言葉
毎日途切れることなく涼介とのLINEは続いている。出会った時から一度も途切れたことはない。
”今日も仕事お疲れ様!”
仕事終わり、涼介からのLINEを見ればどんな疲れも吹き飛ぶ。楽しいことばかりではない仕事だ。時には何もかも投げ捨ててしまいたくなるような日もある。それでも、好きな人のたった一言でこんなにも気持ちが穏やかになるのだから、恋とはなんとも偉大だ。
涼介と出会ったのは去年の初夏のことだった。梅雨が明け、本格的な夏が始まろうとしていた。ありさの働く星野宮総合病院の整形病棟に涼介の担任するクラスの生徒が入院した。休み時間にサッカーをしていて、転倒し左手首を骨折した男の子。けが自体は手術で根治したが、涼介はその子が入院中毎日欠かすことなく見舞いに来ていた。長身でスーツ姿が爽やかな涼介は病棟看護師の中でも注目の的となった。そのうえ毎日自分の生徒を見舞いに来る献身的な姿がますます涼介の印象を高めていた。スタッフの中には、彼が独身かどうかしきりに情報を探ろうとする者もいた。ありさも、時々廊下ですれ違って挨拶する程度だったが、スタッフの間で話題の彼をそれなりに認知はしていた。特別な話をしたことはなかったが、ありさも毎日生徒のためにやって来る涼介には好印象を抱いていた。そんな涼介と、偶然にも病院以外の場所で遭遇したのは、男の子が退院して数週間が過ぎた頃だった。毎日訪れていた涼介が男の子の退院後病棟に来なくなり、最初のうちこそ寂しがるスタッフもいたが、毎日のように入れ替わる患者やその家族の対応に追われるうち、すぐに涼介の話題は消えていった。すっかり涼介の話題など忘れ去られ、当然ありさも思い出すこともない日々を送っていたある日、仕事帰りに立ち寄った図書館でありさは偶然にも涼介に再会した。読書が趣味のありは、週に一回のペースで近所の図書館に通っている。その日も、読み終えた本を返却し、新しく借りる本を探していた。本棚と本棚の隙間を縫うように歩いていると、見覚えのある横顔を見つけ、ありさは思わず声を上げていた。
「あ…」
ありさの声に反応したその横顔の持ち主が振り向く。ありさは、思わず声をあげていてしまったことを瞬時に後悔しうつむいた。ありさにとっては病棟で話題のイケメン教師でも、向こうにしてみればたまたま教え子が入院していた病院スタッフの一人に過ぎないのだ。当然、涼介困惑した顔を見せた。記憶を探るようにありさの顔を見つめる。
「あ、星野宮病院の!」
どうやら涼介の記憶の中にヒットっするものが見つかったらしい。今更言い逃れは出来ない状況に、ありさは観念し、涼介に向かって頭を下げた。
「すみません、つい…。」
「いえ、その節は大変お世話になりました。」
涼介もありさに向かって頭を下げた。本棚と本棚の隙間で向かい合ってお辞儀する男女の構図がおかしくて、ありさは思わず笑ってしまった。つられるように涼介も笑いだす。静かな図書館に声が響かないよう、声を押し殺しながら二人は顔を見合わせた。
「星野宮総合病院で看護師をしています、今野ありさです。」
「星野宮小学校で教師をしています、結城涼介です。」
ありさは初めて涼介のフルネームを知った。生徒には「ゆうき先生」と呼ばれていたため、下の名前が「ゆうき」かと思っていたたくらいだ。
改めて挨拶を交わし、二人はそれぞれ本を借りて図書館の前に建つカフェに入ることにした。
「石田君、あれからどうですか?」
注文したコーヒーが届くまでの間、ありさは涼介に入院していた生徒の石田公輝について尋ねた。
「もうすっかり元気いっぱいで、毎日走り回ってます。」
生徒の話をする涼介の顔に笑みが広がる。改めて正面から見る涼介の顔は確かに爽やかないわゆるイケメンで、病棟でスタッフ達が騒いでいたのも納得だ。スタッフの話では、どうやら結婚はしていないらしいが…。
「石田君、元気になって良かったですね。」
「みなさんのおかげです。本当にお世話になりました。」
注文したコーヒーがそれぞれの前の置かれる。図書館前にあるこのカフェをありさはよく利用している。店内はカウンター席とテーブル席が五つほど並ぶ小さなカフェだが、静かで落ち着いた壁紙や照明をありさは気に入っていて、休日にコーヒーを飲みながら本を読みに来ることも多い。
「このカフェ気になっていたんですけど、なかなか機会がなくて初めて来ました。今野さん、よく来られるんですか?」
「はい。休みの日にコーヒー飲みながら読書したりしてます。」
「良いですね!俺、あ、僕この春から引っ越してきたばかりで、この辺りのこと詳しくなくて…。」
「俺で良いですよ?」
俺を僕と言い直す姿にますます好印象を受けた。その後は、二人で色々な話をした。涼介はありさより二歳下だが、早生まれのため学年では一学年下になること、昨年教員採用試験の合格し、この春から星野宮小学校の五年生の担任を任されていること、この春から一人暮らしを始めたこと、本が好きでよくこの図書館を利用していること、お互いの好きな作家や作品、趣味など、時間を忘れて話しているうちにいつの間にか店内の客はありさと涼介だけになっていた。店員に閉店時間が迫っていることを告げられ、二人は二時間以上も話し込んでいたことに気付いた。それぞれ会計を済ませ外に出ると、図書館を出た頃はまだ明るかった空がすかっり暗くなっている。時刻は八時を過ぎていた。
「すみません、こんな遅くまで…」
涼介が申し訳なさそうに頭を下げる。
「なんで結城先生が謝るんですか?私も楽しかったですよ。あの、良かったらまたご飯でも行きませんか?」
本当に真面目で誠実な涼介に、ありさは少なからず惹かれていたのかもしれない。普段なら自分から他人に連絡先を聞くようなことはしないありさだが、自分の口から自然に出た言葉に自分で驚いていた。ご飯に誘うということは、連絡先を交換したいと言っているのと同じだ。
「ぜひ!」あの、これ俺の連絡先です。」
渡された名刺には涼介の名前と電話番号が書かれていた。保護者や学校関係者に渡す用に持ち歩いているらしい。
「ありがとうございます。」
図書館からの帰り道は反対方向だったため、そこで別れを告げそれぞれの帰路についた。帰りついてすぐに、ありさは涼介の電話番号をスマホの登録した。電話番号を登録するだけで、自然とLINEの友達として登録される機能のおかげで、ありさは涼介のLINEを知ることとなり、さっそくメッセージを送った。いつもになく積極的になっている自分に驚いていたが、送ったメッセージがすぐに既読され、返信が返ってきたことで、涼介が自分からのメッセージを待ってくれていたのではないかと痛い勘違いしてしまうほどにありさの心は浮足立っていた。こうして始まった二人のLINEは、今日まで一度も途切れることなく、一年以上が経つ。
お風呂上り、冷えた麦茶を飲みながら涼介にLINEを返す。明日ありさは二十八歳の誕生日を迎える。そしてそれは、ありさと涼介にとって特別な一日であることを示していた。一年前のありさの誕生日、それは二人の始まりの日。
七月に出会ってから約二ヵ月、二人はLINEのやり取りと図書館前のカフェや近所の居酒屋で食事をする関係が続いていた。もちろん友達として、しかしそれ以上の関係をお互い少なからず意識しているようなくすぐったい関係。たわいもないメッセージのやり取りや食事中の会話も途切れることはなかった。最近読んだ本や、話題の映画やドラマの話、学校での出来事や学生時代の思い出話、国語が専門の涼介は話しが上手く、ありさは涼介の話を聞くのが楽しくて仕方ない。お互い仕事も忙しく、シフト制で勤務が不規則なありさと土日休みの涼介とではなかなか休みが合うことも少なかった。涼介の仕事の休みに合わせて週末の仕事終わり、二人で食事をする以外はLINEでのやり取りがほとんどだ。その中で、お互いの誕生日について話したような気もするが、ありさは自分の誕生日を涼介に話した時のことを覚えていない。涼介の誕生日もまた、会話のどこかで聞いたのだろう。誕生日がいつかは知っていても、それを知るに至った経緯は思い出せないくらい、ありさにとっては些細な会話の流れだった。だから、涼介がありさの誕生日を覚えていてくれたことは一年前のありさを驚かせた。
一年前の九月二十九日、誕生日にこれといったこだわりも約束もないありさはいつものように出勤し、仕事を終えて帰路に着いた。帰り道、ふと誕生日であることを思い出してコンビニに寄った。自分用にショートケーキと真由美が好きだったチーズケーキを買って帰宅することにした。真由美が生きている頃、お互いの誕生日にはケーキやワインを買って二人お祝いした。真由美がこの世を去ってから、誰かと誕生日を祝うことはなくなったけれど、今でもこうして二人分のケーキを買うって、仏壇代わりにしている真由美の遺影の前の供える。もちろん、翌日には自分で食べることになるのだけれど…。真由美の誕生日にも同じように、二人分のケーキを買う。死んだ人間の誕生日を祝うことに意味があるかは分からない。いくら誕生日を迎えても、もう歳をとることはない。でも、一緒に過ごした時間を思い出し、楽しかった日々に思いを馳せるのは、生きている人間にとって有意義な時間だ。
ケーキを入れたコンビニの袋を片手に家路に着くありさの視界に、アパートの前に立つ見覚えのある横顔が映った。
「え?結城先生…?」
帰りが遅くなった時、アパートの前まで何度か送ってもらったことはあるが、何の連絡もなく訪問されたことはこれまで一度もない。
「おかえりさない。」
急いで駆け寄るありさの姿を見つけ、涼介が無邪気に笑いながら手を振る。
「あれ?今日役約束してましたっけ?」
慌ててスマホのスケジュール管理アプリを開こうとするありさの手からコンビニの袋が零れ落ちる。
「あ!」
二人で同時に手を伸ばしたが間に合わず、ありさの手から零れ落ちたビニール袋はグシャっと音を立てて地面に落ちた。袋から投げ出された中のそれはビプラスチックのケースがへこみ、見るも無残に形を失ってしまった。
「あちゃー」
「ごめんなさい!俺のせいで…!」
落ちていくビニール袋を追いかけるようにしゃがみこんだ二人の声が重なった。逆さまになったケーキを拾いながら涼介が申し訳なさそうに何度も謝る。
「落としたのは私の不注意ですよ!気にしないでください。それより、今日はどうして…?」
ケーキはグシャグシャに崩れてしまったが、食べられないこともないだろう。拾い集めたビニール袋を手にありさが立ち上がる。
「あ、えっと…。誕生日おめでとうございます!」
突然ありさの視界に真っ白な景色が広がった。どうやら隠し持っていたらしい白いカスミソウの花束を涼介が差し出したからだ。それだけでも驚いているありさに、さらに涼介は驚きに言葉を重ねる。
「ありささん、俺と付き合って下さい。」
突然のことにありさ思考が停止する。真っ白なカスミソウの花束を差し出されて告白される。涼介のことをそういう目で見ていなかったといえば嘘になる。出会ってからのこの二ヵ月間、毎日のLINEも時々会って食事する時間も、ありさの中でだんだん特別な時間になっていることに、心のどこかで気付いていた。それなりに恋愛経験はあるし、好きな人もいた。好きな人に出会って、付き合って、恋人としての時間を過ごす。ドラマや小説ほどロマンチックじゃなくても良いから、いつかはそんな相手に出会って恋をしたいと思っていた。しかし、仕事に終われそれなり忙しく過ぎる日々の中で一人で過ごす時間にも慣れ、恋愛に対する思いは薄れていた。いつかは、一生一緒に生きていく相手が現れるかもしれないと夢に見ながらも、具体的に未来を思い描くことはしばらくなかった。
「あの…、ダメ…ですか?」
沈黙に耐えきれなくなった涼介がありさの顔を覗き込む。その潤んだ瞳が真っ直ぐにありさを見つめる。こんなに真っ直ぐな瞳に見つめられたのはいつのことだろう。
「あ、いや。突然で驚いてしまって…。」
「そうですよね…。すみません。」
明らかに肩を落とす涼介にありさは慌てて言葉をつなぐ。
「あの、よろしくお願いします。」
涼介の差し出す花束を受け取り、ありさは頭を下げる。ありさの返事に振られたと勘違いをしたらしかった涼介の頬が一気に高揚する。
「いいんですか?!」
その笑った顔が可愛らしくて、愛しくて、ありさの顔に自然と笑みがこぼれる。
「はい。…わっ!」
ありさの返事を待つより早く、涼介がありさを抱きしめると二人の間でカスミソウの花束が押し潰されそうになる。花束を潰さないようにありさが咄嗟に両手を頭上にあげると、ありさの顔が背の高い涼介の胸に収まる形になった。
「わぁ!ごめん!」
見上げると間近に迫る涼介の顔が綺麗で、病棟の看護師達が爽やかなイケメンだと騒いでたことを思い出す。
「あとこれ…」
慌てて体を離した涼介が手に持っていた紙袋を差し出す。白い紙袋には近所でも有名な洋菓子店の店名が控えめに、しかししっかりと存在感を放つ金色の文字で印字されている。病院からも近く、ショートケーキが美味しいと有名なその店は看護師の中でも人気だ。花束とケーキで誕生日を祝ってもらうなんてこと、ありさの人生を振り返ってみてもなかなかない経験に正直トキめいた。
「ありがとう。あの、良かったら一緒に食べません?」
「いいの?」
考えてみれば、この頃ありさと涼介の会話は敬語とタメ口が混じっていてなんともぎこちないものだった。LINEの中ではタメ口で話すことがほとんどだが、実際に会うと敬語になってしまう。お互い特に意識しているつもりはなかったが、なんとなくそのままになっていた。アパートの前まで送ってもらうことはあったが、涼介が部屋の中に入ったことはなかった。曲がりなりに良識ある大人の男女が一つの部屋で一緒に過ごすことが何を意味するか、言葉にしなくてもなんとなく感じていたのかもしれない。
「一人でケーキ食べるのも寂しいから、良かったら!」
「じゃあ、お邪魔します。」
その後は二人でコーヒーを飲みながらケーキを食べた。涼介が買ってきたショートケーキは噂通り、控えめな甘さの中に爽やかないちごの酸味が広がっていて格別に美味しかった。落として原型を留めないコンビニケーキも、二人で笑いながら食べた。
そうして始まった二人の交際は明日で一年を迎える。二十歳を過ぎてから誕生日なんてただ歳を重ねるだけの日だと思っていたけれど、こんなにも喜ばしい気持ちで迎えることができるようになるとは想像もしていなかった。
ベッドに入ってスマホをいじっていると、0時ちょうどにLINEを知らせる通知が立て続けになる。一番最初に誕生日おめでとうのLINEを送ってきたのは涼介だった。
”誕生日おめでとう。今年も一緒に素敵な一年にしていこうね。これからもよろしくね♡”
続けて、同期の里中真理からのLINEが鳴る。
”誕生日おめでとう!また歳取ったねー!今年はついに結婚かな?また今度ランチ行こ♪”
毎年こうして誕生日を祝うメッセージを受け取ると、ただ歳を重ねるだけろ思っていた誕生日もやはり嬉しい。平日で朝から会えない涼介とは、夕方一緒にご飯を食べる約束をしている。昨年は仕事していた誕生日だが、今年は休みを取った。自分の誕生日であると同時に、涼介との大切な記念日だ。いつもより少し豪華に料理を作って、部屋もちょっとだけ飾ってみようか…なんてことを考えているうちにありさは自然と夢の世界に落ちていった。
”仕事終わった!今から行くね!”
仕事を終えた涼介からいつものようにバスに乗るタイミングでLINEが来る。ありさはテーブルに並んだ料理を眺め、満足げにうなずいた。いつもよりちょっと気合を入れて作った料理はどれも自信作だ。特に、朝から下味をつけておいた唐揚げは涼介の大好物でいつもあっという間に平らげてしまう。昔、真由美が男心を掴む三種の神器は、カレー・唐揚げ・ハンバーグだと言っていたのを思い出す。どれも涼介の大好物だ。
十分後には玄関のインターフォンが鳴り、玄関を開けたありさの視界を覆うように真っ白な景色が広がった。
「わぁ!」
視界を覆う白いものの正体がカスミソウの花束だと気づくと同時に、花束の向こうから大好きな人の顔が現れる。
「ありさ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
カスミソウの花束を受け取って、玄関で靴を脱ぐ涼介に抱き着いた。涼介の細い腰に腕を回し、その胸板に顔を埋めた。涼介がありさの顔を覗き込み、二人は唇を重ねた。その後はお互い、本能のままにお互いを求めあい、深く深く唇を重ねていく。
ピピピピ…ピピピピ…
二人の引き離すようにキッチンからご飯が炊けたことを知らせる電子音が響き、二人は重ねていた唇を離し顔を見合わせた。危うく本能のままに体を重ね始めるところだったが、せっかくの料理が冷めてしまうことを危惧するようなタイミングで二人を現実に引き戻した炊飯器に、二人は顔を見合わせて笑った。
「ご飯食べようか?」
「うん!」
「あとこれ、あとで一緒に食べよう!」
涼介に差しだれた白い箱には、去年と同じ洋菓子店の店名が金色の文字で印字されている。
「ありがとう!」
受け取った箱を冷蔵庫に運ぶありさの背中を追うように、涼介の
「中身見ちゃダメだからね!あとでのお楽しみ!」
という声が響く。正直、中身が気になっていたありさは見透かされたような涼介の言葉に思わず肩をすくめ、涼介に向かって舌を出しておどけて見せた。
「今絶対見ようとしてたでしょ!」
涼介の突っ込みを受けながら、ありさは大人しく涼介から受け取った箱を冷蔵庫に仕舞った。
いつものようにスーツのネクタイを緩める涼介の無防備な姿を見ながら、ありさは受け取ったカスミソウの花束を花瓶に差して、テーブルの真ん中に置いた。料理だけが並んでいたテーブルが一気に華やかさを増す。脱いだスーツをハンガーにかけ、いつも置いている部屋着に着替えた涼介が、華やかなテーブルを見ながら目を細める。
「ありさ、これ全部作ったの?すごいな!」
「今日はちょっと張り切っちゃった!」
涼介が二人分の皿や箸を並べる。涼介はいつもこうして何も言わなくても手伝ってくれる。
「そういえば、どうして去年も今年もカスミソウの花束なの?」
カスミソウはありさが好きな花だ。しかし、それを涼介に話した記憶はない。一年前の誕生日を涼介はカスミソウの花束を持って会いに来てくれた。当時はたまたまだと思っていたが、涼介は今年もこうしてカスミソウの花束を買ってきてくれた。
「ん?だってありさ、好きでしょ?」
「好きだけど…。私そんなこと話したっけ?」
ありさの疑問に涼介は笑った。
「出会ってすぐの頃、ありさが通りかかった花屋さんのカスミソウ見て綺麗…って呟いてた。テレビでカスミソウが映った時も!それで、好きなのかなーって思って。」
「そんなことで分かったの?」
涼介の洞察力にありさは驚いた。
「なんとなくだけどねー。それで、俺はカスミソウ知らなかったから調べたんだ。そしたら花言葉が永遠の愛だったから、俺たちにぴったりだなーって思って。」
言葉の最後、自分の言葉に赤面しうつむく涼介がたまらなく愛しくて、ありさは涼介の胸に飛び込んだ。カスミソウの花言葉に「永遠の愛」の意味があることはありさも知らなかった。ただ、控えめな小さな花だがしっかり存在感を放つ可憐な姿が好きだった。自分で花を買って飾るようなタイプではないが、
一番好きは花と聞かれれば、カスミソウと答える。
「ありさ…」
「ん?」
静かに名前を呼ばれ、ありさは涼介の胸板から顔を離す。見上げた涼介の顔は相変わらず美しく愛しい。
「お腹すいた!ご飯食べよう!」
ロマンチックな雰囲気を振る払うように、涼介が無邪気な笑顔を見せる。拍子抜けすると同時に、涼介が照れ隠ししていることに気付き、ありさは笑った。
「そうだね!食べよ!」
「唐揚げある!やったー」
大好物の唐揚げを前に、子どものようにはしゃぐ涼介とテーブルをはさんで向かい合う。明日もお互い朝から仕事のため、お酒は控えめにしておく。炊き立てのご飯と唐揚げを頬張る涼介を見ながら、ありさはこの先もずっとこうして大好きな人の笑顔を見ていたいと、気持ち良い食べっぷりで、多めに作ったはずの料理が涼介の胃袋に収まっていくのを見ながらありさは思う。
「ありさは本当料理上手だよなー!」
決して大食いというわけではないが、モリモリという言葉がピッタリな、それでいて上品な箸使いの涼介を見ているとやはり育ちの良さを感じずにはいられない時がある。きっとテーブルマナーを教えられて育ったのだろう。以前、上品な洋食料理屋で食事をした際にはしっかりナイフやフォークを使いこなしていた。
「小さい頃から一人で過ごすこと多かったからね。でもお母さんはもっと料理上手だったよ!」
母子家庭で一人っ子のありさは、看護師だった真由美がいない間一人で家で過ごすことが多く、料理や洗濯、掃除などの家事を自然と覚えていった。中でも料理は真由美が持っていた料理の本を見ながら作るのが楽しく、また真由美が喜んで食べてくれるのが嬉しくて、どんどんレパートリーを増やしていった。
食べ終わった食器を二人でキッチンに運び、並んで食器を洗う。ありさが洗った食器を涼介が受け取り、水切りカゴに並べていく。そんな些細な共同作業の最中も、二人の体は片時も離れることなくくっついたまま、どちらからともなく体をつつき合う。油断すると手に持っている食器を落としそうになるため、神経を指先に集中させたまま唇を重ねる。背の高い涼介が腰をかがめ、合わせるようにありさが背伸びをする。出したままの水道から流れる水音がだんだん激しくなる二人の吐息をかき消すように静かな室内に響いていた。
「あーヤバい、このままありさのこと食べちゃいたい。」
涼介の熱い眼差しがありさの体をより一層に火照らせる。
「…いいよ、食べても…」
照れて赤く染まった頬を隠すように、ありさがうつむきながら答える。しかし、そんなありさの頭を包むように涼介は手を置き、二回ポンポンと手を弾ませたながら笑った。
「あとでのお楽しみに取っておくよ。」
「もぉ!からかってー!!」
恥ずかしさも手伝ってありさが声あげた。