第2話
翌日、貴人は出社するためいつも通りの道を歩いていた。だ
が、その足取りはいつもより軽い。
「北沢!」
「羽佐野先輩!おはようございます」
そんな貴人に走りより声をかけたのは会社の先輩である羽佐野忠彦だ。
「はよ。なんかやけに嬉しそうだな」
「え?そうですか?」
「おー顔に《僕は嬉しいです》って書いてある。お前分かりやすいよなー」
「え、俺わかりやすいんですか?」
貴人は自分の顔を触りながら聞く。
「おう。で、何があったんだ?」
「実は高校から付き合ってる彼女と婚約したんですよ」
「おー!良かったじゃん!結婚式は?いつ挙げんの?」
「まだ細かくは決めてないんですけど、彼女が今仕事が忙しいらしくて、それ終わったらって話してます」
「あーそれは仕方ねぇな」
「羽佐野ー!北沢ー!」
会社の入り口に差し掛かった所で二人に羽佐野の同期である笹倉優太が声をかけた。
「おはようございます」
「おはよ。笹倉、北沢婚約したってよ」
「嘘だろ!?後輩に抜かされた~」
まだ未婚で、彼女もいない笹倉はかなりショックを受けたようだった。
「なんでだ…なんで俺には彼女ができない」
「うるさいからじゃねぇの?あと彼女ほしいからって合コン行き過ぎ。引くレベル」
「うるせぇ!なんだよ既婚者だからって…」
羽佐野は5年ほど前に結婚していて、子供も2人いる。
「お子さんいくつでしたっけ?」
「上が4歳で下が1歳」
「海斗君もう年中かぁ」
「おう。今度2人とも遊びに来いよ。北沢は婚約者連れてさ」
「それ俺にとって地獄じゃねーか!」
笹倉が羽佐野をどついた。痛いなぁと羽佐野がどつかれた腕をさすっていると、会社が見えてきた。
そろそろ社員証を用意しないとなぁと貴人が思っていると、横を通り過ぎた女性にぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「こちらこそすみません…」
貴人が謝ると、女性が貴人の顔を驚いた顔でじっと見つめていた。
「あの…何か?」
「もしかして貴人?」
「え?」
貴人はその女性に見覚えがなく、戸惑ってしまう。
「あ…人違いです…ごめんなさい」
女性は顔を赤らめ、貴人に一礼すると会社の方へ足を向けた。
「…!もしかして琴葉?」
「やっぱり貴人だよね?びっくりしたーすぐ気づいてよ!」
「いや、中学卒業してから何年たってると思ってんだよ」
「貴人、ここの会社だったんだね!どこの部署?」
「システム開発。一応ゲームプログラマー。琴葉は?」
「デザイン部。CGデザイナーやってるの」
「まじか!っともう時間だな」
貴人が腕時計を見ながら言う。
「あ、じゃあ連絡先教えてよ!」
「おう。…今日夜暇?良かったら呑みに行こうぜ」
「行く!じゃあこれ私の連絡先!この辺のお店よく知らないから貴人が決めてね」
「了解。じゃーな」
「うん!」
貴人に連絡先を渡すと琴葉は走って行ってしまった。
「き~たぁ~ざ~わぁ~」
「うわぁっ!なんですか笹倉先輩」
見ると笹倉が背後霊のように貴人に張り付いていた。どうやら羽佐野と待っていてくれたらしい。
「今のかわいい子!誰だよ!」
「あー中学の同級生です。彼女ともう1人とあいつでよく遊んでたんですよ」
「紹介しろ!」
「えー」
「えーじゃない!先輩命令!」
笹倉は鬼の形相で貴人の肩を掴んで揺さぶり、なんとか紹介してもらおうとする。
「笹倉、その辺にしておけ。北沢の顔が青くなってる」
「あ」
すまんすまんと笹倉から解放された貴人は、乱れたスーツを整える。
「それからな2人とも…もう始業時間5分前だ…。急げ!」
「やば!」
「行きましょう!」
思わぬ再会により、3人でロビーを走る事となった。
*
昼休み、貴人は昼ご飯の唐揚げ弁当を食べながら、3人にトークアプリにメッセージを送っていた。悠子と瑞穂、そして琴葉だ。
悠子と瑞穂の3人のグループにいつもの店で飲み会をする事、琴葉には場所と時間だ。
「送信っと」
すぐに既読がつき、返信が来た。瑞穂は了解の一言のみ、悠子はくまのキャラクターがOKの文字を掲げているスタンプが送られてきた。いつも通り、予約は瑞穂がしてくれるだろう。
「あいつら返信早いな…」
トークを閉じるとまた通知が鳴った。今度は琴葉からだ。
『追加したよ~。よろしくね~。飲み会は了解です!』
「わかった。また後でなっと…もう10年になるのか…久しぶりの再会、あいつらどんな顔するか楽しみだな」
笑いながら携帯を見ると昼休みがあと僅かしかない事に気付き、今日は時間に追われてばかりだと思いながら残りの弁当を掻きこんだ。
*
今日の仕事を全て片付けた貴人は、帰り支度をしながらREINを確認していた。案の定、瑞穂から予約完了のお知らせが届いていた。
(仕事がはやくて助かるな…流石瑞穂。さ、早く店に向かおう。)
「きったざわ!呑みに行こうぜ!」
後ろからぶつかってきたのは、笹倉であった。
「あー今日先約があるので」
「お前もか!くそう…リア充は爆発しろ!」
手で顔を覆い、嘘泣きをする笹倉の肩を羽佐野が叩く。
「まぁまぁ…北沢は朝に会った同級生と呑みに行くって話してただろ」
「あのカワイー子か!よし!俺も連れてけ!」
「よし!じゃないだろ」
バシッと羽佐野が笹倉の頭を叩いた。いってぇ!と笹倉が叫ぶ。
「中学の同級生4人で久しぶりの再会だろ。邪魔するなよ。北沢、行っていいぞ。もう時間だろ?」
「すみません…ありがとうございます!」
「あ!待て!北沢!」
笹倉先輩には申し訳ないが、さっさと帰らせて貰う。羽佐野先輩ありがとうございます。
*
いつも3人で集まる店、【よざくら】に入ると、既に悠子が来ていた。
「悠子」
「あ、貴人。お疲れ~」
「おう、お疲れ」
悠子の隣に座り、おしぼりで手を拭く。
「そういえば、急にどうしたの?それにあと1人って誰?」
「まぁ、もうすぐ来るよ」
悠子と話してると、琴葉が座敷へ案内された。
「うっそ!琴葉!?」
「悠子!久しぶり!」
俺はすぐにはわからなかったのに、悠子はわかったらしい。
女ってすげぇ。
「久しぶり~中学卒業して以来だから…10年ぶり?」
「うん。多分それくらい。会わせたい人って悠子の事だったんだね~」
「つーか、貴人は何で琴葉に会ったの?」
悠子が、隣でビールを飲んでいる貴人に聞く。
「会社が同じなんだよ。いや…同じになった、か?」
「今日から貴人のいる会社で働くことになったの。部門は違うけどね」
「転職?」
「転職。前の会社がブラック過ぎて…」
そこまで言うと、琴葉はビールを煽り、ダンッ!と勢いよくジョッキを置いた。
「気付いた時には退職届出してた」
「すげぇ行動力」
「自分でもびっくりしてる」
本人は笑ってるけどかなりすごいことしてるぞ。驚きつつも、心の中で琴葉を賞賛する。琴葉は見た目は大人しそうだけど意外と行動力がある。
「そういえば、あと1人ってもしかして」
「おはよ」
琴葉が言いかけたところで襖が開き、瑞穂が顔を出した。
「やっぱり、瑞穂だ!」
「…琴葉?」
「おうよ!」
瑞穂は10秒程見つめた後、正解した。
皆記憶力良すぎないか?
「瑞穂、梅酒で良かったよな」
「うん、ありがとう。…久しぶりだな琴葉」
席に座り、梅酒を受け取った瑞穂はメニューを開きながら隣にいる琴葉に話しかけた。
「うん。久しぶり。相変わらず梅が好きなんだね」
「まあな」
瑞穂の梅好きは、最近始まったことではない。いつからかは知らないが、中学の頃にはもう梅中毒者だった。
「こいつ、毎年自分で梅酒漬けてるんだぜ」
「毎年って…それ1年で呑みきれるの?」
「梅シロップは1年で使い切るけど、梅酒は全然。むしろ寝かせたのも旨いくらいだ。飲み比べも面白いぞ」
「へー…私もやってみようかな」
琴葉が言うと、悠子がすぐさま止めた。
「やめといた方がいいよ、梅仕事はまじでキツいから」
梅仕事とは、漬ける前の梅の実のヘタを取る作業だ。貴人と悠子は一回手伝ってから、その大変さを知り二度とやるまいと思っている。
「そっか…」
「今年の作ったらやるよ」
「本当!?ありがとー!」
「先生…仕事はしてくださいね?」
瑞穂が言うと、すかさず悠子が釘を刺す。瑞穂は梅酒と梅シロップを漬けるための休暇を取るために直前まで締め切りだらけになるのだ。
「わかってるよ。ちゃんとやる」
「ならいいですけど!」
「先生ってどういうこと?」
事情を知らず、話しについて行けない琴葉は悠子に聞く。
「あぁそっか。こいつ、小説家なの。『晩秋薫』って知らない?」
「今…何て言った?」
「晩秋薫」
「嘘でしょ!?」
琴葉は、隣にいる瑞穂に目を向ける。瑞穂は他人事のように唐揚げをつまみに梅酒を飲んでいた。
「何でそんなに驚くんだよ?」
「だって!晩秋薫といえば不知火賞を受賞したばっかの超有名作家じゃん!?私、刊行本全部持ってる!」
不知火賞と聞いた瞬間瑞穂がしかめっ面になった。
「どうしたの?」
「あー…不知火清和はさ、こいつのひいじいちゃんなんだよ」
「え!?そうだったの!?」
しかめっ面のまま何も言わない瑞穂の代わりに俺が説明すると、琴葉はさらに驚いていた。瑞穂は深いため息を吐くと梅酒を飲み干した。
「すいませーん。梅酒もう一杯!ロックで!」
「あんまり飲みすぎないでよ、明日は会議あるんだから」
「会議なんてあったっけ」
「だいぶ前から言ってたよね!?映画化の打ち合わせがあるって!」
すっとぼける瑞穂にすかさず悠子がおしぼりを投げつける。酒にあまり強くない悠子は早くも酔い始めたようで瑞穂への小言が始まった。
「知らない」
「言いましたー!」
「悠子、声が大きい。瑞穂、いい加減からかうのやめろ」
「バレてたか」
「バレるわ!」
瑞穂は子供のように唇を尖らせた後届いたばかりの梅酒を飲んだ。酒を飲んでいるだけなのにイケメンと言うだけで所作が全て美しく見える。イケメン爆ぜろ。
「あ、そういえば…貴人、悠子」
「なによ」
「なんだよ」
「結婚、おめでとう」
俺も悠子もまさかの発言にキョトンとしてしまった。いつも余計なことはあまり言わない瑞穂から祝いの言葉が贈られるとは思ってもいなかったのだ。しかもこのタイミングだ。誰でもぽかんとなる。
「ありがとう…?」
「なんで疑問形なんだよ」
「いや…瑞穂から言われると思わなかったから」
瑞穂は「失礼な」と言いながら梅酒を一口。その隣の琴葉を見ると目を大きく見開いて固まっていた。そもそも付き合っている事すら知らないであろう琴葉はさぞ驚いただろう。瑞穂はその様子に気付くと、琴葉の顔の前で手を叩いた。パンッと音が鳴り琴葉は我に返った。
「あ、ごめんごめん!あまりのことに放心状態になってた。…二人は付き合ってたんだね!知らなかった…」
「僕も悠子と再会するまで知らなかった…中学卒業してから連絡取ってなかったしな」
「悠子が瑞穂の担当編集にならなかったら」
「あの超話題の新人、晩秋薫先生が瑞穂とは思いもしなかった」
俺と悠子は地元の高校に進学したが、瑞穂は東京の進学校、琴葉は親の都合で福岡の方の高校に行った。それから音信不通になってしまい、皆行方知らずだった。社会人になってから編集社に就職した悠子が小説家になった瑞穂の担当編集に偶然なったことにより再会したのだ。それから頻繁に三人で吞みに行くようになった。
そして、今日。琴葉とも再会し、また4人が揃ったのだ。
*
楽しい飲み会もそろそろお開きとなった。会計は男性陣の奢りとなった。
会計を済ませて外へ出ると悠子と琴葉が連絡先を交換していた。
「あ、僕も交換してくれるか」
「もちろん!」
その時俺は見てしまった。瑞穂と連絡先を交換している琴葉の頬が赤く染まっていた事に。…それはお酒のせいでは無いだろう。
「琴葉は駅方面か?」
「うん。ここから3駅のとこ」
「じゃあ駅まで送ってく」
瑞穂がさらりと言うと、琴葉は慌てて首を振った。
「えぇ!?悪いからいいよ!」
「夜道に女の子1人じゃ危ないだろ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
当然だろ、という顔をして瑞穂は言った。紳士的な瑞穂は小っ恥ずかしい事でも何でも無いように言う。それに加えて顔がいい。イケメン爆ぜろ。
「じゃあ、またな」
「バイバーイ!」
店の前の桜は完全に散っていた。それは俺達の関係が崩れ始める、合図だった。




