プロローグ 第1話
はじまりは
桜がひらひら散る季節。
俺たちは再び出会った。
出会ってしまった。
これはとある男女4人の恋物語。
聞いてくれませんか?4人の切ない四重奏を…
*
4月中旬。
東京にある会社に勤めている北沢貴人は高校時代から付き合っている長谷川悠子と久しぶりにデートをしていた。大学を卒業し社会人になり早2年。後輩もでき、お互い忙しくなかなか会うことができなかった。食事を終えて、レストラン近くの公園を散歩していた。前を歩く彼女はほぼ散ってしまった桜を眺めていた。
「桜…もう散っちゃってるね」
彼女は俺に背を向けたまま聞いてきた。
「仕方ないな。儚くも美しい…それが桜だ」
俺はポケットに入った箱を触りながら彼女に返答した。
彼女が立ち止まり、くるりと振り替えると彼女のトレンチコートがふわりと広がった。桜を背景に笑う彼女はとても綺麗だった。
「貴人ってそんなにロマンチストだったっけ?」
「どーだったかな」
俺は彼女の隣に並び、二人で歩き出す。
「さまざまのこと思い出す桜かな」
「松尾芭蕉?」
「うん」
彼女は笑いながら俺を見てきた。俺も自分よりも背が低い彼女と目を合わせる。
「どうしたの急に」
「高校から…いや小学校からずっと一緒にいるじゃん。俺ら」
「そうだねー」
「今日は高校生の僕が高校生の悠子に惚れた日なんだよ」
「え?そうなの?」
「うん。高校の校門の前さ、桜並木だったじゃん」
*
~6年前~
「委員会で呼ばれるなんて…蔵書整理とかだりぃな」
図書委員だった俺は春休みの蔵書整理の為、学校に向かっていた。
校門の前の桜並木に差し掛かった所、文芸部帰りらしい悠子の姿が見えた。本を読みながら歩く彼女は、俺に気付いていない様子だったから声をかけようとした。
「あれ、悠子だ。おーい悠…子」
風が吹き、桜の花びらが散った。そしてその瞬間…
*
「その瞬間突然ふと桜を見上げた悠子に惚れた」
「えーそんなことあったっけ?」
「あったよ」
俺は立ち止まってポケットに入れた箱を取り出した。それは1ヶ月前から用意していて、昨日宝石店に取りに行ったものだ。
「どうしたのー?」
急に立ち止まった俺に気付いた彼女は振り返った。
僕は箱を開けて彼女に見せた。その中には銀色に輝くものが入っている。
「それって…」
「うん。指環」
俺は彼女に歩み寄った。彼女の目の前まで来ると、もう一度その箱を差し出す。
「悠子。俺と結婚してくれる?」
「…っもちろん」
返事をしながら抱きついてきた彼女を抱き締めた。
「私でいいの?」
「むしろ悠子は俺でいいの?」
「愚問ね。ほら!指環着けて!」
抱き締めた腕を緩め、彼女を解放する。そして箱から指環を取り出し、彼女の左手の薬指にはめた。宝石店の店員と選んだ指環は彼女にとてもよく似合っていた。
「給料3ヶ月分?」
「さぁな」
「ありがとう。うれしい」
彼女は指にはめた指環を嬉しそうに眺めていた。
「これから色々決めないとな」
「うん…あ…でも結婚式先になっちゃうかもしれない…」
「あぁ、大きい企画があるんだったよな」
「うん。それが終わったら結婚式挙げよう」
「もちろん」
それから、散ってしまって緑が多くなってしまった桜並木を二人で歩いた。
* * *
家に帰った貴人はある人物に電話をかけた。
『もしもし?貴人?』
スマートフォンから少し掠れた声が聞こえてきた。
「瑞穂。久しぶりだな。仕事中だったか?」
『いや…原稿上がったから梅酒でも飲もうとしてたとこ。寝みぃ…腹へった…』
中学校時代からの友人、小野宮瑞穂は小説家だ。ほぼ外に出ることはなくずっと家に引きこもっている。有名な賞も受賞している結構有名な作家なのだがメディア嫌いでサイン会も無いに等しい。だが作風とそんなミステリアスなところがいい!と根強いファンが多い。
「なんか食えよ」
『冷蔵庫に水と野菜ジュースと梅シロップしかねぇ』
「じゃあコンビニでもなんでも行けよ」
『嫌だ。それだけのために着替えたくない』
腹が減っていても着替えたくないから我慢する。それが瑞穂だ。学生の時から引きこもる性格は変わっていない。
「じゃあ知らねぇ」
勝手に野垂れ死んどけと悪態をつく。瑞穂ははいはいと返事をしながらさっさと本題に入る。
『で?お前は何の用だ』
「あぁ忘れてた…悠子にプロポーズした」
『へぇ。それで?』
「OKだって」
『良かったじゃん。おめでとう』
どうでも良いという風な返事がすこーし腹立つがここは素直にお礼を言っておく。中学からの友人なんだからもう少し興味を持ってくれてもいいんじゃないか。
『結婚式は?挙げんの?』
「挙げる予定だけど悠子がもうすぐ大きい企画があるらしいからそれ終わったらって話してる」
『あーそれ多分僕関連の企画だ』
瑞穂の作品は最近、大きな賞をとった。本に詳しくない人でも知っているほど有名な賞でかなり話題になっている。受賞パーティーもかなり豪華だったとか。(本人はパーティーが嫌いだから出るつもりはなかったらしいが、無理矢理連れていかれたそうだ)
「そうなのか?」
『うん。悠子から連絡来てなんかやるって言ってたから』
悠子は編集社に勤めていて、瑞穂を担当している。その繋がりで、大人になって再会した。まさか小説家になってるとは思わなかったから驚いたけど、今では立派なファンの1人で全部揃えてる。
「不知火賞受賞作家様は大変だな」
『ひぃじい様の賞貰っても妬まれるだけだ』
「不知火先生のひ孫だもんな」
推理小説の伝説と呼ばれる不知火清和先生は瑞穂の曾祖父である。瑞穂は不知火清和とこれまた有名な童話作家である古町菫を曾祖父母に持つ人物だ。そんな男が文才を持っていないわけがない。
『だからなんだ。ひぃじい様と僕は違う。だいたいひぃじい様は推理作家だろう!?僕は甘美でグロテスクなホラーサスペンスだ!系統が違う!』
瑞穂が電話の向こうで声を荒げた。瑞穂は感情の起伏がゆるやかな(というよりも、面倒くさがって対応しない)のだが曾祖父と比べられるとかなり怒る。小説の系統が違うだの、文章の構成が違うだのかなり面倒くさい。
「【だから君は見つめてる】は推理小説っぽかったじゃん。つーか不知火賞はジャンル関係ないし」
『違うんだよ!そうじゃない!なんでわざわざひ孫に受賞するのかが問題なんだよ…審査員は頭がおかしい!』
「わかった!わかったから落ち着け!」
(これは…もしかして…)
「ちょっと聞くが瑞穂…今何徹目だ…?」
「4」
瑞穂はしれっと答えた。
「すまん!電話した俺が悪かった!今すぐ寝ろ!」
『なんだよ。今梅酒のお湯割りを楽しんでる所なのに』
「楽しんでないで寝ろよ!?つーか寝てないなら酒を飲むな!」
『原稿終わるまで悠子に禁止されてたんだよ。漬けた梅の実がいい感じなのに…そろそろ取り出さないといけないからな』
わけのわからない言い訳を、不知火賞受賞作家様がしている。ファンが聞いたら驚いて卒倒するだろう。(俺もファンの1人なんだがな…)
「知らんがな!?寝ろよ!?4徹なんだろ!?」
『なんか2徹あたりから逆に目が冴えてくるんだよね』
「気がするだけだ!体壊す前に寝ろ!」
『はいはい。おやすみ』
自分から電話したくせに…と瑞穂がもっともなことを言う。
「おやすみ」
『あ、貴人』
「なんだよ。まだなんかあんのか」
『結婚、おめでとう』
「…ありがとう」
貴人は通話を終了して、ふっと笑った。
「ったく…あいつはいつまでも変わんねぇな」
*
貴人からの婚約報告の電話を切ったあと、瑞穂は1人ベランダへ向かった。高層マンションのベランダから見える夜景はいつも通り綺麗だ。
(そうか…あいつら結婚すんのか…。)
瑞穂は梅酒を飲みながら椅子に座った。甘酸っぱい梅酒も綺麗な夜景も今日は少し寂しいように感じる。
「結婚…か。…祝ってやらないとな。中学時代からの友人だ」
瑞穂はベランダで呟いた。
もうすぐ桜は散る。




