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2-3

マリア・ルミエールは女神の特別な力――恩恵を受け取った神官だった。

恩恵は女神の力の一部だと言われ、恩恵を手に入れた者は女神の奇跡をその手で起こすことができる。

マリアは銃――ヴィーナスを女神より与えられた。その恩恵は愛。

マリアの銃には銃弾が必要ない。愛は銃弾という物体がなくても、その強い想いだけで物体よりも強力な弾となるからである。

マリアの愛の銃弾を受けた人は老若男女に関わらず、恋の虜になってしまうのだった。マリアのことが愛しくしてたまらなくなり、頭がマリアのことでいっぱいになり、世界が薔薇色ならぬ、マリア色に染まるのだった。

どんなに訓練されたスパイだろうが、マリアの愛を受ければ、国家秘密であっても、いとも簡単に口を割ってしまうほどだった。

 それなのに。今、マリアの目の前にはマリアの愛を拒否する一人の男がいた。

 女神の愛にも等しいマリアの愛を拒否することができる人間などこの世界に存在するわけがない。いや、存在してはならない。

 どんなに凶暴な魔獣でさえも、マリアの愛を受け続ければ、手なづけてしまうことも可能だ。この男は魔獣以上に恋愛に関して鈍感ということだろうか。

 マリアは自分の愛が拒まれたことが許せなくて奥の手を使わざるを得なかった。

 マリアの口づけによる愛の効果は銃弾の百倍以上。口づけを受けた対象は何百発もの愛の弾丸を受けたことになるのだ。

 この方法で落ちない人間はいない。たとえ、魔神や鬼神の加護を受けていたとしても、対象に直接唇をつけたことで与えた女神の力を、完全に無効化はできないはず。

 対象と唇同士を重ねるというさらなる奥の手が存在するのだが、それは禁断の一手であるため使用しなかった。口づけが終われば、対象は永遠の恋に落ち、たとえ、マリアがどのような手段を用いても解除できないのだから。

 年頃のマリアが異性に対して、口づけをするのは今回が初めてだった。

 マリアは生まれてから一度も恋に落ちたことがない。恋愛というものが何かを知らない。

 相手を恋に落とすのは簡単にできても、自分が恋に落ちることは簡単なことではない。

 イケメン男子に告白されても、金持ちや才能あふれる貴公子から恋文を受け取っても、胸がときめかないのだ。

 恩恵として与えられた愛が強力であるためか、他人の愛というものを受け取ることができないようだった。それ故に、マリアの心から恋という感情がすっぽりと抜け落ちている感覚だった。

 マリアは女神から恩恵を与えられたことに感謝しているが、恋愛をできないことに不満を感じていた。

 年頃の女子達が恋バナに花を咲かせるというのに、マリアにはその話が理解できず、輪に入ることができない。マリアは一人、世界から孤立している感じがした。

本当の愛とは何かを知らない。一生、理解することはないだろう。

マリアの愛が効かないキョウヤは未知の相手だった。

口づけを使ったのは、相手を恋に落とすためだが、恋という感情を知るための行為でもあった。

 口づけは安易に選択できる手段ではない。口づけをする瞬間、マリアは無防備になる。その瞬間を敵が見逃すわけない。口づけは相手を束縛した状態、もしくは、動けない状態にしてからすることにしていたが、マリアの愛が拒否されたことに冷静さを失い、奥の手に走ってしまった。

 相手が運良く攻撃してこなかったからよかったものの、反撃されていたら、どうなっていたことやら。鬼は人を喰らうという。だから、もし奥の手が失敗していれば、マリアは生け捕りにされ、鬼に喰われたかもしれない。

 あと、唇同士が重ならないように細心の注意を払って口づけを実行した。もし、唇同士が重なってしまったとしても、マリアに害はないのだが、マリアの乙女心がそれを許さなかった。

 いつ現れるとも知らない運命の王子様のためにファーストキスは残しておきたかったマリアだった。

 しかし、マリアの頑張りは無駄ではなかった。

鬼と思われる少年への口づけは成功した。少年はマリアが口づけした頬を手で触れて、固まっていた。

(――さぁ、恋に落ちてしまえ!)

 マリアは少年が恋に落ちる瞬間をまだかまだかと楽しみに待った。

 マリアは少年の顔を手で挟んだままだった。手から少年の暖かな体温が感じられる。それに、肩で呼吸をする音も手に取るように感じられる。少年は苦しんでいる。抗えない恋に悶え苦しんでいる。

(早く私の愛を受け入れなさい。そうすれば、苦しさから解放されますよ……うふふっ……)

マリアはじっと少年の顔を見つめる。よく見たら、整った顔をしていることに気づいた。

(己を貫き通すまっすぐな瞳……綺麗…………なかなかの美男子ね…………あれ? 私、どうして……………………)

 何だか急に気温が上昇したような暑苦しさを感じた。暑さのせいか、頭がぼーっとしてくる。それに、激しい運動もしていないのに、胸がドクドクと激しく鼓動を鳴らしていた。

 少年の瞳を見つめていられず、目を逸してしまう。

(どいうこと? これじゃ、まるで……………………)

 頭を挟んでしていたマリアの手首を少年がパシッと握った。


「いつまで、触ってやがる。いい加減、放せ!」


(私が、恋に落ちているみたいじゃないっ!)

 ズキューン。マリアのハートに天使の矢が刺さった瞬間だった。

 マリアの体中から力が抜け、その場に立っていられず、糸の切れた操り人形のように崩れる。だが、少年がマリアの腰に手を回した。


「おい、大丈夫か。いきなりキスをしてきたと思ったら、急に倒れるし、熱でもあるのか?」



「ひゃっ………………………………」


 マリアは変な声を出してしまった。少年がいきなりマリアの額に手を置いたからだ。普段はいきなり男子に触られると嫌な気持ちになるが、今回は違った。

大きくて、なんと、頼りがいのある強い手だろうか。

 心臓がバクバクと鼓動を鳴らしている。息が苦しい。苦しいはずなのに、心に暖かな感情が芽生えた。欠けた心のピースがはまっていくように、心が満たされていく。高揚する気持ちは治まるどころか、激しさを増していく。

(だめ…………このまま触れられていたら、私……おかしくなっちゃう……)

 脳内が情報を処理しきれなくなり、意識を保っていられない。少年のことをもっと見つめていたいと思うが、これ以上まぶたを開けていられない。マリアは瞳に運命の王子様を映しながら落ちた。

 落ちていく意識の中で暖かな幸せを抱きしめる。

(これが…………恋、なのね…………)

 それが、マリアが初めて感じた、かけがえのない感情の名前だった。



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