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2-2

キョウヤが大広場に辿り着くと、ひどい惨状だった。

 地面のレンガが砕かれ、穴が空いている。巨大な銅像は地面に倒れており、周りにある建物の壁がめちゃくちゃに壊されていた。強力な嵐が通り過ぎたかのようだった。

 冬でもないのに、建物や地面の一部が凍りついている。

 広場にはアリシアと二人組の神官が先に到着していた。だが、戦いを起こした鬼と魔女の姿が見当たらない。

 キョウヤはアリシアの元へ駆け寄った。


「おい、敵の姿が見えないぞ。もう、場所を移したのか?」



「キョウヤ、上!」


 アリシアが指差す方向を見ると、広場の空中に人間が浮いていた。

 その人物は十二、三歳の小さな女の子だった。幼さなさの残る顔をしている。だが、辺りに漂うオーラは熟練の魔術師を連想させる。

魔術式が書かれた魔法陣の上に立ち、手には身長を超える長い杖を持っている。袖が長くゆったりとしたローブが風になびく。彼女の周りに漂う魔力の残滓がオ―ロラのように揺らめいていた。


「いい加減にあきらめてくれないかのぉ? 妾はお主の相手をしているほど暇ではないのじゃ」



「くっ、魔女のくせに、なかなかやるね。でも、勝負はこれからだよ」


 十六、七くらいサムライの少女が建物の屋根の上にいた。日本刀を構え、鋭い視線で魔女を睨んでいる。上は華やかな着物姿、下はミニスカ―トという装いだった。何より特徴的だったのが、額に生えた二本の角だった。人の境界を超えた尋常ならざる気を荒々しく放っていた。


「鬼の本気、見せてあげる!」



「やれやれ、ちっとばかし、痛い目に遭わないとわからないようじゃな。これだから、物事を力で解決しようとする鬼は嫌いなのじゃ」


 魔女が杖を天に掲げると、大きな魔法陣が展開される。魔法陣から氷の塊が姿を現す。

 それは、ただの氷ではない。おそらく、触れた物を全て凍てつかせてしまうような魔術がかけられた氷だろう。

 広場のあちこちが凍りついているのは、魔女の魔術だろう。

 対して、サムライの少女の周りには風が集まってきていた。サムライの周りに風が吹き荒れ、少女が持つ日本刀を軸に渦を巻く。竜巻を操っているみたいだ。

 竜巻が解き放たれれば、藁の家を吹き飛ばすように建造物は跡形も残らないだろう。

 強力な両者の攻撃が衝突すれば、少なくとも広場にいる人物は無事では済まないだろう。

 魔女と鬼の力の衝突で街が吹き飛ぼうが、知ったことではないが、この場にアリシアがいる以上、力の衝突は止めなければならなかった。

 キョウヤは虚空から大剣を取り出した。


「こうなれば、俺の炎で――」


 アリシアがキョウヤの前に腕を突きだした。


「――す、ストップ」



「なんで、止めるんだよ! あの二人を止めなければ、街がどうなるか、火を見るより明らかだろ」



「キョウヤの炎は威力が強すぎるわ。街を火の海に変えたいの?」



「うっ、そ、それは……………………………………」


 キョウヤは言い返せない自分自身が悔しかった。力を解放することは得意でも、制御するのは苦手だった。

 キョウヤが炎を解き放てば、鬼と魔女の争いを止めることはできるだろう。その代償に街の広場は消えるだろう。だが、キョウヤがこのまま手を出さなくても、広場は消える。


「じゃあ、どうするんだよ。このまま、見ていろって言うのかよ」



「そうよ。私に策があるわ。だから、キョウヤは下がって」


 キョウヤはアリシアの言葉に従って、大人しく後ろに下がった。二人組の神官もキョウヤに続いて、後ろに下がった。

 アリシアが自分の胸に手を当てた。静かに目を閉じる。

 地上に広場を飲み込むほど大きな魔法陣が浮かび上がる。淡い小さな光の玉が地面から空へと湧き出ていた。神聖で暖かな光に心が洗われるようだった。

 魔女が突如現れた魔法陣を見て、怪訝な顔をする。


「なんじゃ、これは? 鬼の力ではない。神官の恩恵か……………………いや、別の何か…………」


 鬼も異変に気づき、手元の刀を見つめていた。


「風が揺らいでいる? 大きな力を感じる…………魔女の新たな魔術か…………この気配は違う。別の何か…………っ、来る!」


 地上に描かれた魔法陣から一層強い光が立ち上った。

 アリシアが目を瞑りながら祈るように呟く。


「天より与えられし女神の祝福。大地をも砕く鬼神の剛力。天変地異を操る魔神の魔導。三柱の大いなる力を以て、奇跡を顕現させ給え」


 アリシアが両手を広げた。


「――大いなる秩序の顕現グランド・コスモス!」


 世界が光に包まれた。キョウヤは目を閉じたが、しばらくして目を開けた。光は目を刺すような強い光ではなく、優しく包み込まれるような光だった。

 光に触れた魔女の魔法陣が消え、魔力の気配が消失する。空に出現していた巨大な氷の塊も始めからなかったかのように姿を消していた。風が穏やかになり、辺りには緑の草や花が咲き乱れていた。

 この場所で魔女と鬼の戦闘が行われていたことが信じられないほど、景色が一変していた。街の中であることを忘れ、自然豊かな遺跡にいるかのように錯覚してしまった。


「す、すごいな! 力を打ち消すなんて、封印や結界の応用か? なんだよ。こんな力を持っていたのか? 他にも何か隠しているんじゃないのか? んっ、アリシア?」


 アリシアの体がふらふらと頼りなく揺れていた。大きく揺れて倒れそうになる。キョウヤは倒れそうになるところを支えた。


「おい、大丈夫か?」



「うん……………………ちょっと、力を使いすぎただけだから」


 アリシアはひどく衰弱していた。額に汗をかき、苦しそうに胸を押さえていた。

どんな力を使ったかは知らないが、あれだけの大技を使用したのだ。体へのフェイードバックがあってもおかしくない。


「――お礼を言うぞ。お主達」


 魔女が重力に逆らってゆっくりとした着地を決めた。浮力を生み出していた魔法陣を無効化されても、すぐに他の魔術を行使して、急落下は避けたようだ。


「あのままやりあっていたら、この街の大半が吹き飛ぶところじゃった。それは妾も回避したかった。魔女の評判を悪くせずに済んだ。感謝するのじゃ。んっ、その巫女、苦しんでおるようじゃな」


 魔女は懐から小さな小瓶を取り出した。それをキョウヤにゆるやかに投げる。


「それは、お礼じゃ。巫女に飲ませてやるとよい。安心せい。それは魔女の秘薬じゃ。毒などは入っておらぬ。万が一のために持っていたが、使わずに済んだしの。妾はこれで失礼する」


 魔女が後ろに大きく飛ぶと、魔法陣が現れた。光が魔女を包み込んでいく。

 鬼が物凄い勢いで魔女へ向かって走ってきた。


「――逃さないっ!」


 鬼が刀を振り下ろしたが、切ったのは魔女の残像だった。魔女は転移の術で消えていた。

 鬼は刀をキョウヤに向けてきた。


「あなた達のせいで、魔女に逃げられた。よくも…………」


 鬼が刀を引いて、腰を落とした。


「――させませんっ!」


 錫杖を手にした神官の二人組が鬼の前に立った。


「巫女さんは衰弱するほど、頑張ってくれました」



「まだ暴れたりないなら、私達が相手になるわ!」



「あっそう………………」


 鬼は刀を鞘に収めた。

 二人組の神官は鬼に戦闘の気がなくなったと思ったのか、錫杖を下ろした。

 キョウヤは鬼の闘気が消えていないことに気づいた。


「気を抜いたら、ダメだ!」


 キョウヤが叫ぶのと、鬼が刀を抜くのは同時だった。


「――邪魔っ!」


 吹き荒れた風が神官の二人を壁まで吹き飛ばした。二人とも壁に体を打ちつけ、倒れた。

 鬼の刀には血がついていなかった。神官達は風で吹き飛ばされただけのようだ。

 鬼が来るのか、とキョウヤは身構えた。

 アリシアを支えたままでは鬼と戦うことはできない。どこかにアリシアを下ろしたいが、鬼がそれを許す時間を与えてくれそうにない。

 逃げることはキョウヤのプライドが許さないが、アリシアの身の安全が優先事項だった。

 アリシアが危険な状況にさらされれば、キョウヤは逃げざるを得ない。

 鬼が一歩ずつキョウヤの方に近づいてきた。


「覚悟はできてる?」



「くっ、見逃してくれないか」


 鬼がキョウヤをキッと睨んだ。日本刀を上段に構える姿勢をとった。

 キョウヤは地面に炎を放って、爆発を起こそうと考えた。不本意だが、その隙に逃げる作戦を立てた。

 大剣を地面に刺して、いつでも炎を放てるように準備をした。だが、鬼が急に苦しそうに胸を押さえた。


「ぐっ………………時間切れ」


 鬼がカチャンと鞘に日本刀を収めると、鬼から溢れ出していた気が消える。軽い身のこなしで建物の屋根に登ると、姿を消してしまった。


「ふー、逃げるなんて無様なことをしないで済んだ」


 アリシアはキョウヤの胸の中でまだ苦しそうにしている。悪夢を見ているようにうなされていた。


「魔女にもらった薬があるが、使ってみるか? いや、ダメだ。もしかしたら、毒かもしれない。それに魔女がどれだけ信用できる人物かもわからない。でも、このままでは……」


 キョウヤは苦しそうに息をするアリシアを見た。


「仕方ないな」


 キョウヤは魔女からもらった小瓶を見つめた。中には怪しげな濃い緑色の液体が入っている。小瓶のコルク栓を抜いた。怪しい香りはしなかった。それを少し口に入れた。


「苦っ! なんて苦いんだ。一体、何が入っているんだ? でも、毒ではなさそうだな。アリシア、薬だ。飲めるか?」


 アリシアの小さく開いた口に小瓶の薬を少しずつ流し込んだ。アリシアが自力で薬を飲み込んだ。全て飲み終わると、アリシアの表情が落ち着いた。薬が効いたようだ。


「よし、あとは安静にできる場所へ連れて行くだけだな」


 キョウヤはアリシアをお姫様抱っこして、その場を去ろうとした。そのとき、敵意を感じた。急いで飛び退くと、キョウヤが立っていた場所の地面がえぐられていた。


「誰だ!」



「気配は断っていたはずなのに、よく躱せましたね」


 白い衣装を身にまとった少女が建物の影から姿を現した。


「はじめまして。私はこの街の秩序を守っている神官のマリア・ルミエールと言います。以後、お見知りおきを」


マリアは丁寧に頭を下げた。

マリアはキョウヤ達と仲良くする気はないようだ。手には拳銃があった。先程の攻撃は拳銃から放たれたものだろう。


「で、俺に何のようだ? 言っておくけど、ここで争っていた二人ならもういないぞ」



「そうですか? 私に、鬼の言葉を信じろと言われるのですか? 報告にあった通りではないですか? 鬼と魔女が広場で喧嘩していると。ですが、もう、決着はついたみたいですけど」


 マリアはキョウヤのことを鬼、アリシアのことを魔女だと勘違いしているようだ。

戦闘は避けられないと判断し、アリシアを壁にもたれかからせるように座らせた。

 キョウヤは剣を握り直した。

 マリアは驚いて、手を顎に当てた。


「鬼が魔女を大切な人のように扱うのですね。仲が悪いことで有名なのに。その魔女が特別なのでしょうか? それとも、生かしておかなければダメな理由でもあるのでしょうか?」



「うるさいな。話をしに来ただけなら、帰るぞ。こう見えても、忙しいんだ」



「大丈夫ですよ。すぐ終わります。私のかわいい神官見習いの二人を傷つけた罪を断罪するだけですから」


 壁際で倒れている神官のことを言っているようだった。

 キョウヤは手を振った。


「言っても信じてくれないかもしれないけど、俺もアリシアもあの神官達に危害は加えていない。あの二人に言われて協力しただけだからな」



「それが真実かどうかも私の銃弾を受ければわかることです」


 マリアが銃を構えた。


「安心してください。実弾は使いません。全て魔導弾です。少し痛むかもしれませんが、すぐに恋の虜になりますよ」



「恋の虜?」



「その身に受ければ、わかることです」


 キョウヤは剣を構えた。

 マリアの銃口をよく観察する。どこを狙っているか銃口を見ればわかる。そして、銃を放つタイミングは引き金を引く瞬間でわかる。

 マリアをよく見ていれば、マリアの攻撃がどこから来るか予想できた。

 マリアが辺りを不思議そうに見渡してから、困ったように首を傾げる。


「一体、どんな魔術を使えば、広場がこのような草原になるのでしょうか? 私にはさっぱりです。ですが、そんなことは後でゆっくり聞かせてもらいますよ。あと、逃げないように保険をかけさせてもらいますね。魔女の魔術は強力ですから」



「な、何を…………………………」


 マリアが銃口をキョウヤにではなく、アリシアに向けた。


「女神の寵愛を――女神の口づけ(ヴィーナス・バレット)」


 マリアが引き金を引いた。銃口から光の銃弾が発射される。

 頭で考えるより先に、キョウヤの体が勝手に動いていた。

 マリアとアリシアの間に入り、光の銃弾を胸に受けた。

キョウヤは敗北を悟った。マリアが放った銃弾は確実にキョウヤの心臓を撃ち抜いた。マリアが計算して撃ったかはわからなかったが、結果として、キョウヤに弾が命中した。

アリシアが好きという気持ちを無視することができないキョウヤにとって、アリシアは絶対に守らなければならない対象である。同時にキョウヤにとって、最大の弱点だった。

キョウヤは死を覚悟したが、胸に痛みはなかった。それどころか、体のどこにも痛みはなく、思考も正常。何の変化も感じられなかった。


「あれ? 俺、確かに撃たれたような」



「避けましたか………………運がよかったようですね。でも…………」


 いつの間にかマリアがキョウヤの手が届く範囲にまで接近していた。

銃は遠距離攻撃が得意な武器であるため、距離の優位性を捨てるとは予想していなかった。しかし、マリアはその思考を逆手にとり、距離を詰めていた。

銃口がキョウヤの胸に突きつけられる。


「零距離なら回避不可能! 喰らいなさい!」


 何かが胸を突き抜けていった感覚があった。今度こそ、終わりかと思ったが、一度目同様、なんともなかった。


「どうなっているんだ、これ?」


 マリアの絶句する顔が壮絶だった。


「あ、ありえない。この世界に私の愛が全然、届かない人間がいるだなんて…………同性の女子ですら愛の弾で心臓を撃ち抜かれれば、私のことが愛しくなるというのに………………私の愛が拒まれた? そんなことはありえませんっ!」


 キョウヤに銃が効かなかったことがよほどショックなのか、信じられないのか、目を回して混乱していた。それに、妙に顔が火照ったように赤かった。


「こうなれば…………お、奥の手を…………」


 マリアがキョウヤの顔を両横から手で押さえた。

キョウヤはマリアから攻撃の意志を感じなかったため、油断をしてしまった。


「しまった………………」


 マリアは少し背伸びして、キョウヤの顔に自身の顔を近づけた。そして、マリアの柔らかな唇がキョウヤの頬に押しつけられた。

 いきなり年頃の少女にキスをされてキョウヤの頭が混乱した。魔術攻撃か、いや、精神攻撃の類か。いや、待てよ。キスされた? なぜ? 何のために? そもそも、これは攻撃なのか?

心臓の鼓動がいつもより早い。それに体が熱かった。

 


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