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2-1

キョウヤとアリシアは近くの街にやってきた。

石造りの建物が目立つ。人々が賑わいをみせている平和な街だった。

 キョウヤとアリシアはカフェにいた。テラス席のテーブルに向かい合わせに座っている。食事を済ませると、紅茶とホールサイズのフルーツタルトが運ばれてきた。

 アリシアがタルトの上に乗った果物をフォ―クで移動させる。様々な色の果実が綺麗に並べられたタルトだったが、果物がタルトの中心と端の三ヶ所に色分けされていく。


「この世界は、女神・鬼神・魔神の三柱の神によって秩序が保たれている。この三柱の神をトリニティと呼んでいるわ」


 アリシアが唐突にこの世界の説明を始めた。


「神が三柱いるように、世界も大きく三つの勢力に分かれている。一つは女神の恩恵を授かった神官。もう一つは鬼神の心を共有した鬼。最後は魔神の魔力を継承した魔女。こうして人々はそれぞれの神から力を与えられ、三つの勢力が均衡することでこの世界の秩序は保たれてきたわ」


 タルトの端三箇所――黄色、赤色、紫色の果実をフォ―クで指しながら、アリシアが説明をする。それ以外の色の果実が中央で山を作っていた。その存在に意味があるような気がして、キョウヤは質問した。


「じゃあ、その中央に余った果実は何だ?」



「それは、どこの神にも属さない人々よ。実は、そんな普通の人間が世界の半分以上を占めているわ」



「不思議だな。神から力がもらえるなら、どこかの集団に所属する人が多そうな気がするけど」



「三柱の神に所属して力を貰えるメリットはあるけど、いいことばかりではないわ。さっきも言ったけど、神官、鬼、魔女の三大勢力が均衡することで秩序が形成される。その均衡というのが少々問題なのよ。三大勢力はお互いの仲が悪く、争いをしているということなのよ。特に、鬼と魔女は犬猿の仲。神官が間に入って止めなければ、戦争を始めかねない状況だわ。だから、多くの人々は争いを避け、どこの神にも所属しない中立を選んでいるのよ。とはいえ、中立の立場でも、三大勢力の争いに巻き込まれることはあるけどね」



「この世界の人間関係って、大変そうだな」



「まぁねえ。鬼と魔女は住処を分けているから、滅多に出会うことはないわ。だから、争いが起こることもそうないわ。神官は中立の立場にいる人々の味方だから、街にいる限りは安心して大丈夫よ」



「その神官や鬼、魔女とやらに会ってみたいな」



「どうして?」



「神から力を与えられた存在なんだろう。どれだけ強いか、ちょっと興味がある」



「オススメしないわ。魔獣なんて比較にならないほどの強さよ。本気で戦ったらやけどじゃ済まないわ」



「大丈夫だ。炎を扱えるだけに火遊びだけには慣れているからな」



「なに、それ? 全然、面白くない」


 キョウヤはアリシアと紅茶を飲みながら、おしゃべりをする時間を過ごした。

ホールサイズのフル―ツタルトもあっという間に二人で完食してしまった。フルーツの酸味と甘味が絶妙な調和を成したデザートであった。なかなかの美味だった。

 キョウヤはほっと一息ついた。


「そういえば、アリシアは森で魔獣に襲われていたけど、この世界の魔獣は人をよく襲ってくるのか?」



「普通の魔獣は危害を加えない限り、襲ってくることはないわ。でも、黒き魔獣は違う。誰彼構わず、襲ってくるわ」



「その黒き魔獣ってなんなんだ? 普通の魔獣と何が違うんだ?」



「黒き魔獣といっても、元々は普通の魔獣だったのよ。《混沌》と呼ばれる闇に侵食された魔獣の成れの果て。それが、黒き魔獣よ」



「《混沌》………………」



「そうね、まだ、話していないことがあったわね………………」


 アリシアが悲しそうな表情を浮かべ、紅茶のカップをソ―サ―に置いた。


「絶対的な力を持つ三柱の神が作った秩序は完璧だと思われていたけど、一度だけ、崩れたことがあるのよ。秩序を壊し、世界を混沌に染めようとした存在、四柱目の神の出現だった。女神の光でしても照らせぬほど深い闇を持ち、鬼の力技でも倒れることなく、魔神の魔術ですら滅ぼせなかった最強にして最凶の神。それが邪神」


 テーブルに置いたアリシアの手が震えていた。もう片方の手を重ね、震えを抑えようとする。


「邪神は女神・鬼神・魔神の三柱が束になっても倒すことはできなかった。邪神の恐ろしさは邪神本体だけではなかった。世界に撒き散らされた《混沌》と呼ばれる黒い闇も恐ろしい存在だった。その闇はあらゆる生命を蝕んだ。植物は枯れ、大地は腐り、川は干からびた。この世界に終焉をもたらすのは邪神ではなく、その闇とさえ言われた。《混沌》に侵食された生き物はさらにひどかった。心の奥にある闇が引き出され、自我を失い暴走状態にとなり、破壊の限りを尽くす怪物となった。世界が混沌に飲み込まれるのは時間の問題だった。そこに三柱の神が現れた。邪神を封印するために女神・鬼神・魔神の三柱が手を組み、邪神に二度と目覚めることのない永遠の封印を施した」


 あまりに壮絶な話だったからキョウヤの口を開いたままになっていた。話の内容も気になるが、アリシアが泣きそうな顔をしている方が心配だった。


「だったら、もう心配することはないんじゃないか? だって、封印によって邪神は二度と目覚めることがないんだろ?」



「それは違うわ…………」


 アリシアが落ち着かせるように胸に手を置いた。


「トリニティによる封印は完全だと誰もが思っていた。けれど、その封印に綻びが生じ始めている。その証拠に、世界に《混沌》が現れた。まだ影響はそれほど強くないけど、放置していれば、世界は間違いなく《混沌》の闇に染まる。《混沌》は邪神の力の余波のようなもの。それが世界に漏れ出したということは、邪神の復活する日も遠くないということよ」



「大丈夫だ。万が一、邪神が復活したとしても、もう一度、封印すればいいだけの話だろう? また、三柱の神が協力して――」



「――そんなの、無理よ!」


 アリシアが机を両手で叩きつけた。アリシアの声に熱が入る。


「それはできないの………………昔と今とでは状況が違う。トリニティはどこかへ消えてしまった。たとえ、三大勢力が手を組んだとしても、邪神には敵わない。邪神が目覚めれば、間違いなく世界は滅ぶ!」



「…………………………………………………………」



「あっ、ごめんなさい。少し、熱くなってしまったわ」


 さっきまで熱弁していたアリシアがしゅんとなって、肩身を狭くしていた。


「実は、邪神の封印に生じた綻びを修復するために旅をしているの。私は邪神を完全に封印して世界を救いたい。だから、協力して、キョウヤ」


 アリシアが身をテーブルに乗り出し、キョウヤの手を握ってきた。

 キョウヤは反則だと思った。好きな人にお願いされたら、断ることなんてできない。


「しょうがないな。協力してやるよ。けど、忘れるなよ。このブレスレットが解除できるまでだからな」



「ええ、それでもいいわ」


 アリシアがキョウヤの手を離し、席に腰をかけた。


「キョウヤを呼び出した儀式は、本当は邪神を召喚するものだったのよ。邪神にレーギャルンをかけて再封印する予定だったけど、失敗に終わった」



「俺が召喚されたわけって、そういうことか? まさか、邪神を召喚しようだなんて、一歩間違えれば、世界が終わっていたかもしれないのに、よく決行したな」



「だって、しょうがないでしょ。三柱の神であるトリニティがいない今、邪神を再び封印することができるのは、巫女である私を除いて、他にいないわ。多少の危険は覚悟の上よ。でも、万が一のことが起きたら………………」


 アリシアが潤んだ瞳でキョウヤのことをまっすぐ見つめてくる。


「私を――」


 アリシアの声を打ち消すように爆音が響いた。店のガラスが割れ、地面が揺れる。

 突如、空が暗くなった。雲がかかったかと思ったが、違う。巨大な瓦礫の塊が隕石のように降ってきた。

 キョウヤはテーブルの上を渡り、アリシアに手を伸ばした。


「――危ないっ!」


 アリシアを抱いて横に転がった。数秒後、アリシアがいた場所に大きな瓦礫が衝突した。空から降ってきたのは建物の二階部分だった。とても人が持ち上げることができない質量だ。

もし、キョウヤがアリシアを助けなければ、アリシアは瓦礫の下敷きになっていたとこだった。またも、気づいたときにはアリシアを助けるように体が動いていた。


「怪我とかないか?」



「あ、うん」



「それは、よかった」


 アリシアはキョウヤの腕の中で丸くなっていた。どうやら、本当に怪我はなさそうだ。


「キョウヤは大丈夫なの?」



「俺か? 心配するな。この程度、全然痛くもない」


 キョウヤが元気な様子を見せると、アリシアはほっとするように表情を緩ませた。


「はぁ、よかった。私のせいで人が死ぬのはごめんだから」



「その点は安心してくれ。当分、死ぬ予定はないからな」


 通路を大勢の人々が走っていく。白い装束を纏った二人組の神官が住民を誘導している。そのうち一人がキョウヤ達に気づいて、駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか? 怪我などはありませんか?」



「ああ、大丈夫だ。俺たちのことは放っておいていい」



「それはよかったです」


 神官は心からホッとしたように安堵の笑みを浮かべた。アリシアのことを見て、あっ、と口を開けた。


「もしかしては、あなたは巫女ではないですか?」



「えっ、そうだけど…………」


 アリシアは神官のことを避けるように、目を逸していた。神官はそんなことを気にせず、アリシアの手をとった。


「巫女であるあなたにお願いがあります。どうか、鬼と魔女の戦いを止めてください」



「えええ…………………………」


 アリシアが露骨に嫌そうな顔を浮かべている。神官のお願いを聞く気はなさそうだ。

 神官はアリシアの手を引っ張った。


「巫女は結界や封印などの特殊な力を使えると聞いています。この場では、巫女さん以外に戦いを止めることはできません。私では、鬼と魔女を止めるどころか、刺激してかえって被害を拡大させてしまうだけです。協力をお願いします。困っている人を救うのが神官の使命ですよね?」



「私、神官じゃないんですけど…………」



「こうしている間にも被害は拡大しています。さぁ、行きましょう!」



「えっ、ちょっと、私は一言も協力するなんて、言ってないわよ」


 アリシアは半強制的に神官に手を引かれ、人々が逃げる方向とは逆向きに走っていく。

 キョウヤはアリシアが走っていくのを見ていた。


「巫女って、かなり信用されているんだな。あの神官は大したことなさそうだったが、鬼に魔女か。戦いを止めることに興味はないが、鬼と魔女の力、ちょっと拝見させてもらおうか」


 キョウヤはアリシアの後を追って、走り出した。


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