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黄昏の巫女と恋のレーギャルン  作者: のんびりにゃんこ
第八章レーギャルン解放
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8-1

第八章レーギャルン解放




 アリシアがキョウヤの腕の中で静かに目を開いた。




「こうなってしまった以上、《混沌》の侵食を止めることはできないわ。だから――」




 アリシアがキョウヤの腕から離れて、自分の足で大地を踏みしめる。




「――私を、殺して…………………………」




 アリシアの頬をすっと透き通った輝きが流れた。


 キョウヤはアリシアの肩を力強く掴んだ。




「それは、本心なのか」






「………………うん」






「じゃあ、なんで俺に『助けて』なんて命令したんだよっ!」






「そ、それは…………」






「本当は生きたいんだろう。だから、邪神を再封印するなんて前代未聞のことを、一人でやろうとしたんだろっ!」






「……………………………………」




 アリシアは俯いて無言だった。




「あきらめるなよっ! まだ、助かる方法があるはずだ。俺が必ず、アリシアを助けてみせる。だから…………」




 アリシアが突然、キョウヤに抱きついてきた。




「人って、こんなに温かいのね。なんで、一緒にいるだけで安心できるのかしら。人の温もりを感じたのなんて久しぶり。短い間だったけど、最後にあなたという人と過ごせて、うれしかったわ。ありがとう」






「アリシア…………」




 キョウヤもアリシアの背中に腕を回し、アリシアを抱きしめた。アリシアの存在を感じる。体に伝わる鼓動はアリシアのものなのか、キョウヤ自身のものかはわからなかった。


 そんな時も長くは続かなかった。


天上に黒い魔法陣が出現した。吐き気がするような嫌な気配がキョウヤの体を通り抜ける。


黒い魔法陣から一体のデーモンが姿を現した。


アリシアをさらったデーモンだった。赤い瞳は怒りの炎を宿したようにギラついている。鋭い牙を見せ、大きく咆哮した。


礼拝堂にあった長椅子が壁まで吹っ飛ぶ。壁にあったステンドグラスが一斉に砕けた。


 キョウヤは虚空から大剣レーヴァテインを取り出した。剣の柄を限界まで握りしめる。




「こいつが、アリシアを苦しめたデーモンか。アリシアが死ぬ必要なんてない。どんな相手だろうが、俺が倒してやる」




 キョウヤはデーモンに向かって走りだした。キョウヤに気づいたデーモンが長い尻尾を振ってきた。キョウヤは高く跳躍しそれを躱す。剣を頭上に高く上げ、デーモンに振り下ろした。


 デーモンの腕が宙を舞った。デーモンが悲痛な叫び声を発した。


 キョウヤが連撃をしようとしたが、尖った爪のブローが横から迫ってきていた。剣でガードする。衝撃を殺しきれず、キョウヤの体が飛ばされる。壁に衝突し、肺に残った空気が全て吐き出される。




「――キョウヤ!」




 どこからか、アリシアの心の叫びが聞こえた。その直後、キョウヤがいた場所に巨大な火の玉が着弾した。大熱量を持った炎が爆発する。空気が破裂し、耳がキンキンと痛む。


 キョウヤは致命傷を避けることができたが、脇腹から出血していた。傷は浅い。飛んできた破片で切ったのだろう。




「この程度の痛み、アリシアが苦しんできた痛みに比べれば…………」




 キョウヤは立ち上がった。レーヴァテインに怒りの炎が巻き付く。轟々と音を立てて燃える炎を解き放った。




「――燃やし尽くせ! 燃え盛る炎の大地ムスペルヘイム!」




 デーモンの体を炎が包み込んだ。デーモンが苦しむように炎の中で暴れていた。デーモンの翼が燃え、地面を揺らして倒れた。


 デーモンから生命力を感じられない。黒かった体表が焦げ、煙が上がっていた。もう動く気配はなかった。




「へっ、大したことねぇな」




 キョウヤは脇腹に怪我を負ったが、デーモンを倒した。これで、アリシアも少しは安心してくれると思っていた。アリシアの方を振り向くと、アリシアは怯えた顔で体を震わせていた。




「…………だ、だめ…………に、逃げて、キョウヤ!」




 次の瞬間、キョウヤの胸を鋭い爪が貫いた。喉の奥から熱いものがこみ上げてくる。真っ赤な血だった。




「な、んだと…………」




 キョウヤがゆっくりと後ろを振り返ると、倒したはずのデーモンが血のように真っ赤な瞳でキョウヤを睨んでいた。キョウヤが切り落としたはずの腕がくっつき始めていた。新しい翼が木の枝のように生えていく。




「再生……してるだと…………」




 デーモンが腕を振ると、キョウヤの体は宙に飛ばされた。地面を何度も転がり、床に仰向けで倒れた。


 体の中に熱湯を注がれているかと思うくらい熱さと痛みで頭がどうにかなってしまいそうだ。普通の人間なら即死しているだろう。死んでいないのは、アリシアから流れる邪神の力の影響かもしれない。


 キョウヤの視界にアリシアの顔が映った。涙と鼻水でせっかくのかわいい顔が台無しだ。




「悪いな……アリシアを守るとか、かっこつけたのに、こんな様で……」






「そんなことないっ! 私のせいで。キョウヤが………」






「俺が弱かった。ただ、それだけのことだ」






「こんな運命なら、もっと早く覚悟を決めるべきだった」




 アリシアが立ち上がり、キョウヤが落としたレーヴァテインがある場所へ静かに歩いていく。


 キョウヤは痛む体を無理に起こし、アリシアの行動を観察する。




「何をするつもりだ? まさか…………」






「いくら邪神の力による再生能力があるといっても、即死であれば、もう生き返らないわ」




 アリシアが床からレーヴァテインを拾った。両手で剣の柄をしっかりと握り、その剣先をアリシア自身の心臓に向ける。


 剣先がアリシアの白い肌に当たり、赤い血が流れる。




「こんな人生だったけど、楽しかった日々もあった。ありがとう、キョウヤ。あなたのこと、そんなに嫌いではなかったわ」






「やめろっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




 アリシアが剣を己の心臓に引き寄せた。その時だった。


 キョウヤとアリシアのブレスレットが共鳴するように強い輝きを放った。


 剣が床の大理石に当たり、カランと乾いた音が反響した。




「えっ…………どうして…………」






「当たり前だろう。俺はアリシアを助けるためにここへ来たんだ」






「キョウヤ………………」




 キョウヤの目の前にアリシアがいた。キョウヤとアリシアは互いに見つめ合っていた。そして、ゆっくりと互いの唇が近づいていく。キョウヤはアリシアとキスをした。


 柔らかな唇。鼻腔をくすぐる甘い香り。アリシアの体温や鼓動。キョウヤはアリシアの存在を心で感じていた。口を通して暖かな何かがキョウヤの体内に流れ込んでくる。それと同時に邪悪な気も流れ込んできた。


 世界の時が止まってしまったかのように、その時間は静かだった。


 アリシアはキョウヤから唇を名残惜しそうに離した。アリシアの体に表れていた黒い模様が消えていた。その代わり、キョウヤの左手の甲に黒い刻印が刻まれていた。どうやら、アリシアの邪神の力がキョウヤに移動したようだ。


 キョウヤが負っていた怪我はいつの間にか治っていた。これも邪神の力なのだろう。


キョウヤは自分の体に起こった変化を確かめていた。そのとき、心臓が大きく鼓動した。世界全体が鼓動したかのようにも感じられた。


『……辛い……痛い……苦しい……助けて……』


『憎い……許さない……殺せ……』


『壊せ……世界を滅ぼせ……』


 キョウヤは頭を抱え、膝を床についた。頭の中で声が聞こえた。形のない無数の亡霊が何度もささやきかけてくる。


 キョウヤは絶叫した。耳を塞いでも声は消えない。心がうごめく闇に蝕まれていくのを感じた。


『キョウヤ……しっかり……自我を保って……』


 アリシアの声が聞こえた。もしかすると、これと同じ苦しみをアリシアも味わっていたのかしれない。


まだ、アリシアを救えていない。こんなところで、キョウヤが邪神の力に負けるわけにはいかなかった。


 真っ黒な心の中にキョウヤは立っていた。その手にはレーヴァテインがあった。


 無数の亡霊達がキョウヤの周りを徘徊し、まだ、ささやきかけていた。




「おまえら、うるさいんだよっ! 消え失せろ!」




 キョウヤがレーヴァテインを振るうと、心の中が光の炎が闇を斬り裂いた。亡霊達が炎に焼かれ、霧のように消えていく。


 キョウヤが目を開けると、アリシアが心配そうな顔で見つめてきていた。




「大丈夫? うなされていたけど」






「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな」






「その黒い刻印は…………」




 キョウヤの左手甲をアリシアが見た。丸くて大きな瞳が小刻みに揺れていた。




「そんな、キョウヤまで《黄昏》に…………」




 アリシアはキョウヤのことをまるで自身の問題のように深く思い詰めていた。


 キョウヤはアリシアの頭にぽんと手を置いた。




「そんな顔をするなよ。俺は望んでこの力を手に入れたんだ。おかげで、アリシアを蝕んでいた《混沌》は消えた。アリシアを助けられたのに、嘆くことなんて何一つないだろう」






「《黄昏》の運命をキョウヤはわかっていない。もう、普通の生活には戻れないのよ!」






「でも、これで、これからはアリシアと一緒にいてやれる。同じ《黄昏》同士なら一緒にいても構わないだろう」






「あっ……………………」




 アリシアは背中に背負った十字架を下ろしたように、緊張が和らいでいた。


 突然、デーモンの咆哮が響き渡った。最初よりも衝撃波が強い。




「でも、あのデーモンを倒せなければ意味ないわ。邪神の力を提供する《黄昏》がいる限り、デーモンは何度でも蘇る。結局、無駄だったのよ…………」




 キョウヤは鼻で笑い飛ばした。




「いくら邪神の力を持つデーモンといえど、即死であれば、蘇らないんだろ? まぁ、見てな。アリシアから受け取ったのは邪神の力だけじゃないぜ。俺がずっと欲しかったものも手に入ったからな」






「それって…………」




 アリシアが頬を真っ赤にし、恥ずかしそうにしながら自分の唇に指を添えた。


 キョウヤは床に落ちたレーヴァテインを拾って、デーモンの前に立つ。剣先をデーモンに向けて叫ぶ。




「さぁ、第二ラウンドといこうぜ。といっても、これが、ファイルラウンドだけどな」




 デーモンの黒いオーラは最初よりも濃く強くなっていた。だが、相手が誰でも負ける気がしない。体の奥でくすぶる力を抑えるのに必死だった。


 デーモンが顎を開き、喉の奥に溜め込まれた灼熱の炎を噴射させた。


 キョウヤは避けることも、防御することもなく、その炎を受けた。




「――キョウヤ!」




 アリシアの悲鳴が礼拝堂に響きわったった。


 灼熱の炎はあらゆるものを焼き、灰へ変えていく。キョウヤ以外は。




「――これが炎だと…………」




 キョウヤは炎の中で傷一つ負っていなかった。炎の熱気より、体の中で荒ぶる炎の方が何十倍も熱かった。




「本物の炎を見せてやろう」




 キョウヤの左手首にはまったブレスレット――レーギャルンが淡い光を放っていた。アリシアから受け取ったもう一つの力を使う時がきた。




「――レーギャルン、解放っ!」




 キョウヤの左手首にはまったブレスレットが弾けた。九色の光がキョウヤの周りを巡回する。時間制限はあるが、一時的にレーギャルンを解放することに成功した。


 レーヴァテインの炎が赤色から黒色に変わる。普通の炎が光を発するのに対し、黒い炎は光さえも燃やし尽くしているかのようだった。まさに、世界の理を超えた力だった。


 天井に向けられた剣先に黒い炎が収束していく。星の終焉に現れるというブラックホールのように黒い炎を吸収して成長する。


 キョウヤから溢れていた黒い炎が全て収束し、一つの黒い球体となった。圧倒的な存在。黒い太陽とでも表現される存在。


 昔の人々は太陽を神と崇めたらしい。ならば、この黒い太陽もまた、神と呼ばれる存在なのかもしれない。


 黒い太陽から漏れ出した熱量が万物を融解させていく。まるで、世界の終焉を見ているかのようだった。


アリシアは結界を張り、身を守っていた。いくら結界を張っているとはいえ、絶対的な力の前にいつまでも持ち耐えられないだろう。


頭上に黒く輝く太陽をキョウヤはデーモンに向けて解き放った。




「――世界を滅ぼす終焉の黒き焔レーヴァテイン」




 黒き太陽の前には、防御も魔術も邪神の力も無意味だった。


 デーモンは為す術もなく、一片の欠片も残さずに消滅したのだった。



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