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7-2

アリシアは食欲をそそる、おいしそうな香りで目が覚めた。




「――やっと、起きましたか?」




 透き通った女性の声が聞こえた。知らない声だった。




「せっかく作ったスープが冷めてしまったらどうしようかと思っていましたが、無駄にならなくてよかったです」






「ここは………………」




 アリシアは落ち葉で作られたベッドの上に寝かされていた。頭上から降り注ぐ木漏れ日が眩しい。アリシアの体に肌触りのよい布がかけられている。この女性がかけてくれたのだろう。


 白い小袖に袴姿の女性は、昨日、アリシアが道の途中で見かけた人だった。




「あ、あなたは!」






「はいはい、色々と話したいことはあるかもしれませんが、ご飯を食べてからにしましょうね」




 アリシアのお腹の虫がグーと大きく鳴いた。


 言われてみれば、アリシアは昨晩から何も食べていなかった。お腹がペコペコだ。


 女性が綺麗な白い手でスープの入った器を渡してくる。アリシアは両手で受け取り、一口、スープを飲んだ。


 スープの温かさが冷え切った体だけでなく、心にまで染み渡る。アリシアは息をかけて冷ましながら、一気にスープを飲み干した。


 それを見た女性がにっこりと微笑む。




「あらあら、そんなにお腹が空いていたのですか? たくさん作っておいて正解でしたね」




 女性が空になった器に追加のスープをよそう。


 アリシアはスープのおかわりを受け取ると、一杯目同様、おいしく飲み干した。


 鍋に入っていたスープがなくなり、食事が終わった頃、女性がアリシアに尋ねてきた。




「そういえば、名前を聞いてしませんでしたね。お名前はなんというんですか?」






「私?」






「他に誰がいるんですか?」




 知らない女性に名前を答えていいか一瞬、アリシアは迷ったが、スープをもらった恩がある。悪い人ではなさそうなので、教えることにする。




「アリシア」






「アリシア…………素敵な名前ですね」






「あなたは?」






「あはは、やっぱり、訊いた以上、私も名乗らないとダメですよね?」






「ん?」




 アリシアは女性が名前を隠そうとする理由がわからず、首を傾げる。


 女性が顎に手を当て、困った顔を浮かべる。




「人間の名前は捨ててしまったので、名乗る名前がなくて自己紹介に困るのですが、そうですねぇ…………名乗るとすれば、黄昏の巫女…………それが、私の名前です」




 黄昏の巫女と名乗る女性がどや顔を決める。




「えっ、どうして、そんな顔をするのですか?」






「だって、タソガレノミコって、なんか、名前っぽくない」






「ううっ…………仕方がないじゃないですか。大人には大人の事情ってものがあるのですよ」






「私、子どもだもん。そんなの知らない」






「やれやれ、できれば、名乗りたくありませんでしたが…………」




 息を吹きかければ壊れてしまいそうなほど脆いものを扱うように、優しい口調で女性が言った。




「ヴァレンタイン…………それが私の名前です。これでいいですか?」






「か、かっこいい!」






「えっ? どうして、そんなキラキラとした瞳を向けるのですか?」






「お姉さんの名前、かっこいいだもん。タソガレノミコよりずっといい!」






「そうですか? 気に入ってもらえて何よりです」




 ヴァレンタインは複雑な表情をしていた。どう反応していいか迷っているみたいだった。


 アリシアはあっと声を上げ、立ち上がった。




「私、家に帰らなきゃ。お父さんとお母さんに怒られる。それに、村のみんなも心配していると…………」




 アリシアの脳内に昨晩の光景がフラッシュバックした。


 アリシアは悪夢のような光景を思い出し、その場に頭を抱えてしゃがみこんだ。




「…………そうだ、村は…………みんなは…………もう…………」






「やはり、見ていたのですね。村の近くの森に倒れていたので、そうではないかと思っていました」






「いや、でも、昨日のことは夢かもしれない。そうだよ。きっと、村のみんなは元気で――」




 ヴァレンタインは静かに首を横に振った。




「残念ですが、事実です。なにより、その目で見たのが証拠です」






「そんな…………みんな、私のせいで…………」






「――それは違います!」




 叱咤するような厳しい声をヴァレンタインは出した。




「全ては、人の心が招いた結果なのです」






「人の心?」






「はい。恐れや怒り、恨み、悲しみといった負の感情がデーモンを引き寄せたのです。だから、人間の自業自得です。アリシアちゃんが心を痛めることはありません」






「わたしの、せいじゃないの?」






「はい、そうです。アリシアちゃんはなにも悪くありません」




 アリシアはヴァレンタインに優しく抱きしめられた。もう会えない母に抱きしめられているかのようで、アリシアは安心した。安心したら、涙が溢れてきた。


 ヴァレンタインはアリシアの頭を撫でた。




「いいのですよ、泣いても。辛いことがありましたね。よく頑張りました」




 アリシアは大声で泣き叫んだ。


 家族や村のみんなと過ごした日々が思い起こされる。


寝るときはいつも、隣に母の優しい笑みと温もりがあった。


頑張って何かを成し遂げたとき、父に大きな手で頭を撫でてもらった。


同年代の子ども達が一緒に遊ぼうと誘ってくれる。


アリシアはいろんな人から愛情をもらっていた。そのどれもがもう二度できないことだと思うと、涙がさらに溢れてくる。


 アリシアは広い世界にたった一人残された気分だった。初めて孤独を知った。寂しくて、悲しくて、辛いはずなのに、今は安心して涙を流すことができた。


 ヴァレンタインという巫女のおかげだった。アリシアの溢れる感情をヴァレンタインは全て受け止めてくれる。だから、アリシアは心を開いて、押し寄せる波のような感情の嵐を解き放つことができた。


 どれくらい、泣いていたか、アリシアはわからない。だけど、もう、涙が枯れるほど泣いていた。


 アリシアの頭上から優しい声がかけられる。




「気は済みましたか? これは、始まりであって、終わりではありません。これから先、もっと辛いことがあるかもしれません。ですが、一人で抱え込む必要はありません。辛くなったら私に打ち明けてください。いつでも受け止めてあげますから」




 こうして、アリシアはヴァレンタインと出会い、一緒に生活することになった。


 アリシアの《黄昏》としての力は弱く、魔獣を引き寄せることもなければ、体が《混沌》に蝕まれることもなかった。


「《黄昏》に選ばれた以上、運命は変わらない」


とヴァレンタインは告げていた。今はよくても、いずれは、アリシアの中に眠る邪神の力が強くなってしまうということだと推測した。


 アリシアはヴァレンタインから知識や技術を学んだ。


 《混沌》や《黄昏》など邪神に関する知識を手に入れた。厳しい修行を耐えて、巫女の力を習得した。


 最後に、ヴァレンタインからレーギャルンをもらった。レーギャルンはヴァレンタインが大切にしていたブレスレットだった。


「私にはもう必要ないから」


とアリシアの右手首に移したのだった。おかげで、アリシアは体内の邪神の力を抑えることができていた。


 永遠に続くと思われたヴァレンタインとの日々は突然、終わりを告げた。


 ヴァレンタインがアリシアの前から姿を消したのだった。アリシアは必死になって探したが、現在に至るまでその姿を確認できていない。


 アリシアはヴァレンタインを探すことをあきらめ、一つの決意をした。


 それは、邪神を完全に封印することだった。解けかかった封印を修復し、邪神が二度と蘇らないように完全封印をするというものだった。女神・鬼神・魔神の三柱でもできなかったことをアリシアはたった一人で為そうと決意を固めた。


 アリシア自身が《黄昏》であるため、他人と深く関わることは避けた。万が一にでも、アリシアが《黄昏》であることがバレれば、終わりだ。アリシアの故郷のような悲劇が起こってしまう。


 アリシアは黒き魔獣やデーモンについて情報を集めるうちに、邪神と関係がありそうな古い遺跡に辿り着いた。


 邪神の力を持つ、アリシアの血に反応して、邪神を召喚することができるかもしれない。アリシアはその可能性に賭けてみた。


 邪神の力と心は、それぞれ、魔神と鬼神が封印している。万が一、邪神が復活しても、器だけなら問題ないとアリシアは思っていた。


 アリシアは邪神復活の儀式を決行した。結果は失敗だった。


 無関係な人を召喚してしまったようだった。そもそも、最初から無謀な儀式だった。


邪神の力を持つ人間の血で、邪神を召喚できるなら、犠牲になった《黄昏》の血で既に邪神は復活しているだろう。


邪神の器は女神が封印したのだ。いくら、邪神の封印が解けかかっているからとはいえ、そう簡単に解除できるものではなかった。女神がどこに邪神を封印したのかもアリシアは知らなかった。


儀式が失敗しても、アリシアが生きていれば問題はない。レーギャルンを使って、次こそ邪神を封印してやる、と決意をさらに固めた。


だが、儀式は最悪の結果――レーギャルンの分断で終わった。


 レーギャルンは邪神の力を封じるために作られた封印術式。邪神の力を持たない者に対して効果はない。だから、レーギャルンをかけられたキョウヤに不都合はない。けれど、アリシアにとっては大問題だった。


 邪神の力を封印しているレーギャルンが分断されたことで、封印効果が薄れてしまった。これでは、アリシアが《黄昏》であることがバレる可能性が高くなってしまう。


 アリシアは急いで、キョウヤにかけた封印を元の一つに戻そうとしたが、できなかった。封印を元の一つに戻す方法なんて知らなかった。


 キョウヤはそんな事情を露程も知らず、自分にかけられた封印を解除することに夢中になっていた。


 キョウヤが死ねば、キョウヤにかけられた片割れのレーギャルンは手に入るだろう。だけど、元の一つに戻せなければ意味がなかった。加えて、人の血が流れるのはもううんざりだった。


いくら記憶がないとはいえ、キョウヤがこの世界を生きていれば、必然と《黄昏》の存在を知るだろう。レーギャルンを通してキョウヤに流れる力が、アリシアの邪神の力だと気づかれる危険があった。


キョウヤのことを放って、今まで通り一人で生きていこうと思った。昨日まで一人で生きてきたのだ。孤独は辛いが、《黄昏》であることがバレることに比べれば耐えられる痛みだった。


 レーギャルンは完全に分断されていなかった。その証拠に目に見えない霊的な感覚で二つのレーギャルンは繋がっていた。アリシアの大切なレーギャルンが召喚した好きでもない異性に繋がっていると思うと、少し嫌悪感がした。過去にもっと辛いことがあったのだから、それくらいのことは我慢できた。


レーギャルンを元に戻す方法が見つかれば、霊的な糸を辿ってキョウヤを見つける計画だった。


一つ誤算があったとすれば、思った以上にアリシアの中に眠る邪神の力が強くなっていたことだった。


不完全なレーギャルンでは、邪神の力を完全に封じることはできず、一部が外に漏れていた。


アリシアが森に入って、すぐに黒き魔獣が現れた。


黒き魔獣やデーモン、封印に関しては学んできたアリシアだが、戦いについては、素人だった。今まで魔獣が出そうな場所は避けて通っていたし、出くわしても、隠れてやり過ごした。


 黒き魔獣は完全に《黄昏》の性質に引き寄せられていた。逃げることは困難だった。


 アリシアがあきらめかけたときに現れたのがキョウヤだった。


 キョウヤは一撃で魔獣を倒した。戦闘に関しては頼りになった。だから、不本意ながら、キョウヤと行動を共にすることにした。アリシアが《黄昏》であることに気づかれないように、適度な距離をとった。


 キョウヤと同じ時間を過ごしていく中で、アリシアの心境に変化が生じた。


 キョウヤならば、アリシアが《黄昏》であることを知っても、受け入れてくれるのではないだろうかと。


 根拠のない考えだった。


 キョウヤはアリシアから離れて自由になりたがっていた。そんなキョウヤが、アリシアが《黄昏》であることを知れば、取る行動は明らかだった。裏切りだろう。最初から信頼関係などないのだから、この表現が正しいかはわからない。


 日に日にアリシアの体に眠っていた邪神の力が目覚めてくるのを感じた。残された時間はそう長くはない。


 アリシアはレーギャルンを元に戻す方法を必死に探した。結局、その方法は見つからなかった。邪神を封印する術式がそう簡単に解析できるはずもなく、完全にお手上げだった。


 そして、恐れていた時が来てしまった。


 《混沌》の闇がアリシアの体を蝕み始めた。黒い刻印を隠すことができないほど、体全体に模様が現れた。体の内側が焼けるように熱い。恨みや妬み、憎しみ、悲しみといった負の感情が心を侵食されていく。


 アリシアに残された時間は少ない。


 こんな日が来ることがどこかでわかっていた。避けられない運命だということも。


 だから、アリシアは最後の覚悟を決めた。





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