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第七章大事な話


 十年前のとある日。その日はアリシアが六歳の誕生日を迎えた日だった。

 村の全員に祝福され、アリシアは幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。世界中で一番幸せではないかと思ってしまうほどだった。

 アリシアは小さな村の生まれだった。村の子ども達と変わらない元気な女の子。子ども達と草原を走り回り、日が暮れるまで遊ぶ日々を過ごした。ただ、生まれつき腹部に黒い刻印があった。

 刻印のことをアリシアの両親はさほど気にしていなかった。体調に異常があるわけもなく、病気でもないため、アリシア自身も気にすることはなかった。

 刻印は小さなものだった。服を着れば隠れ、周囲の子ども達も気にすることはなかった。

 そんなある日、村にいる子どもの一人が怪我をした。なんでも魔獣に襲われたそうで、命に別状はなかったが、しばらくは安静にすることが求められた。

 この世界で魔獣に襲われることは珍しくない。人間の村に魔獣が入ってくれば、退治されるように、魔獣達にも住処があり、彼らの領域に無断で立ち入れば襲われるのは当然だった。

ただ、子どもは魔獣の住処から離れた森の近くで魔獣に襲われた。そのことに首を傾げた村人もいた。

魔獣に遭遇した子どもの運が悪かったといえば、そうかもしれない。だが、魔獣の攻撃はあくまで正当防衛。それほどひどい怪我を負うことは滅多になかった。思えばそれが、アリシアの周りに起こった異変の始まりだった。

森に凶暴化した魔獣がでるということで、村の子ども達は森に近づくことを禁止された。

しばらくして、村に神官の女性三人がやってきた。

近隣の村でも魔獣被害が発生していた。神官達はその調査のために村を訪れたのだという。

「魔獣が急に凶暴化したのには理由がある。その原因を探している」

と村長に説明していた。

神官達は原因の可能性で、あることを危惧していた。それが、《混沌》を呼び寄せる存在――《黄昏》と呼ばれる人のことであった。

かつて、世界の秩序を破壊しようとした邪神。その忌まわしき神の力を持つ人間がいる。ある時を境に、《黄昏》に選ばれることが多いらしい。

神官達は《黄昏》を探していたようで、

「最近、体に異常はないか?」


「急に身体能力が向上したり、特殊な能力に目覚めた人間はいないか?」

と村人達に聞いて回っていた。

アリシアには関係ないことだと思っていた。アリシアの存在が、まさか、あんな悲劇を生むとは想像もしていなかった。

ほどなくして、事件は起こった。

隣の村に一体のデーモンが出現した。

デーモン。それは《混沌》に侵食された黒き魔獣の上位魔獣。黒き魔獣のような中途半端な力ではなく、本物の邪神の力を持つという魔獣。その姿から悪魔と呼ぶ人もいた。

避難できたわずかな住民を除いて、全員、亡くなったとの知らせが入った。小さな村だったため、アリシアの耳にもその情報は届いていた。

 隣村は全壊。建造物と呼べるものは何一つ残されていなかった。無残に殺された人は埋葬されることなく、地面を転がっていた。

一度、魔獣に襲われた村は、再び、襲われる可能性が高いということで、村に近づくことが禁止された。

亡くなった家族や友人を供養することができなかった者が多かった。生き延びた人々は他の村に移った。アリシアが住む村ではなかった。

アリシアは自ら村の手伝いを申し出た。デーモンに襲われた人々の役に立ちたかった。治療や食料調達など人手は足りていなかった。子どもであろうと、人手はありがたがれた。

アリシアは馬車の荷台に乗った。荷台にはたくさんの木箱が積んであった。中身は隣村の住民に配る食料や薬だろう。

馬車の荷台に揺らされながら、アリシアは隣村へ向かった。途中で道を歩くきれいな女性と目が合った。真っ白な上着に、真紅に染まった袴という装いだった。なかなか見ない服装だった。神官とは違う神聖さを感じた。旅人なのだろうか。

アリシアは何故かその女性が気になり、馬車が通り過ぎても見つめていた。気のせいか、アリシアの方も見られている気がした。小さな女の子が荷台に乗っていることが珍しいのだろうか。

そんなことを考えている内に馬車は隣村に到着した。

アリシアは村の人達のために頑張って動き回った。怪我して動けない人のために、食料を配り、怪我をしている人に薬を届けた。

村の人はアリシアに感謝の笑顔を向ける。

「こんなに小さなのに頑張っているね」


「おかげで、元気出たよ」


「来てくれて助かる」


人の役に立つことがこんなにも嬉しいこととは知らなかった。もっと、みんなに

「ありがとう」

と言ってもらいたい。村のみんなに早く元気になって欲しい。アリシアは休むことを忘れて、村中を走り回った。

次の民家に薬を届けようと急いでいたときだった。

視界に杖をついた老人の姿が映った。老人は地面に落ちたりんごを拾っていた。アリシアは地面に転がったりんごを拾い、老人に渡した。

老人はシワの深い顔で笑った。


「ありがとう、お嬢ちゃん」



「どういたしまして」


アリシアは元気な声で言った。

老人がアリシアを見ると、悲しそうな顔をした。

アリシアは心に浮かんだ疑問をそのまま口にする。


「おじいさん、どうして、そんなに悲しそうな顔をしているの? どこか痛いの? 私、今ならお薬たくさん持っているから、ほしかったらあげる」


 ポーチにぎっしりと詰められた薬草を老人に見せた。

 薬草を見て顔をほころばせる老人だったが、すぐに悲しそうな顔に戻る。


「…………ありがとう。たけど、この痛みは、その薬では治せないんだ」



「馬車の荷台にたくさんお薬、つんできたんだよ。おじいさんがほしいお薬も、きっとあるよ」



「気持ちは嬉しいが、痛むのは体じゃなくて、心の方なんじゃよ」



「こころ?」



「お嬢ちゃんにはわからないかもしれないな。実は、お嬢ちゃんと同じくらいの年の孫娘がおってな」



「へぇー、その子に会ってみたい。私、ほかの村に来るのは今回がはじめてなんだ。もしかしたら、お友達になれるかも」



「それは、無理じゃよ」



「どうして?」



「それは………………天国に行ってしまったからじゃよ。孫娘だけじゃない。娘も村を襲った魔獣に殺されてしまった。わしは生き残ってしまった。こんなことなら、わしが犠牲になればよかった。足が悪いからという理由で早めに避難したせいで、娘達の避難が遅れたんだ。わしさえいなければ娘達は…………」


 老人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ああ、すまない、こんな話をしてしまって。わしはそろそろ行くよ。りんご、拾ってくれてありがとう。これはお礼じゃ」


 アリシアは老人から真っ赤に熟したりんごを受けとった。老人になんと声をかけていいかわからなかった。

 老人が杖をつきながら歩きだした。片手で杖をついているため、もう片方に持っている紙袋が持ちにくそうだ。

 アリシアは老人に対する気持ちを言葉ではなく、行動で示した。


「おじいさん、荷物を持ってあげる。つえをつきながらだと大変でしょ」



「おお、すまないね。じゃあ、お願いしようかな。少し重いけど、大丈夫かな?」



「おもっ、でも、これくらい、よゆう………………」


 老人が言ったようい小さなアリシアにとって紙袋は少し重かった。紙袋を抱くように持つと、紙袋に視界を奪われ、前が見えなかった。


「無理はしなくていい。もうすぐ家だから、やはり、わしが持とう」



「まかせて……これくらい…………きゃっ……」


 アリシアは何かにぶつかって、後ろに倒れた。地面にぶつかったお尻が痛かった。

 前が見えていなかったために、壁にぶつかったようだ。地面にはせっかく拾ったりんごが転がっていた。


「おい、大丈夫、か………………………………」



「うん、私は大丈夫。どうしたの? おじいさん?」


 老人は信じられないものを見たようにガクガクと震えていた。鬼のような形相でアリシアに近づくと、アリシアの上着を掴み、持ち上げた。


「お、おまえ、だったのか…………」



「はなして、おじいさん、いたい!」



「邪神の子どもめっ!」



「なんのこと? じゃしんって?」



「とぼけるなっ! この黒い刻印がその証拠じゃないか」


 上着が上に引っ張られたことで、アリシアのおへそが丸見えだった。もちろん、黒い模様も見えていた。


「それは、災いの印だ。おまえが魔獣を呼んだんだ。わしの故郷を、家族を奪った悪魔だ」



「いたいよ、やめて」


 アリシアは老人に上着を掴まれたまま、足をばたつかせる。偶然、足が老人を支える杖に当たり、杖が倒れた。杖の支えを失った老人も一緒に倒れる。

 アリシアは老人の手から脱出することができた。

 老人は足を怪我しているため、すぐには起き上がれない。


「この…………殺してやる…………」


 老人の目には明らかな殺意があった。家族と故郷を奪われた恨みがすべて目の前にいるアリシアに向けられていた。

 アリシアは落ちたポーチも拾わず、背中を向けて逃げた。

 老人の叫び声が聞こえるが、耳を塞いでいたため、何を言っているかはわからなかった。

 アリシアは自分の足で来た道を戻った。馬車なんて待っている余裕はなかった。一刻も早くこの村から逃げなければならない。

――私が魔獣を呼んだ? 

隣村が壊滅したことも、村人が死んだのもアリシアのせい? アリシアには、信じられないことだった。あの老人が嘘をついているようには見えなかった。

 アリシアは早く自分の家に帰りたかった。そうすれば、すべてが元通りになる気がしていた。これは悪い夢か何かで、目が覚めれば、きっと、いつもの楽しい日々が待っている。

 アリシアは自分に何度もそう言い聞かせて、足を早めた。

 道の先に二人の神官がいた。


「あら? 何を焦って走っているのですか? 魔獣にでも会いましたか?」



「そんな怯えた顔をして、よっぽど、怖かったのですね。もう安心していいですよ」


 二人の神官がアリシアに親しげに話しかけてくる。二人とも太陽のような笑みでアリシアにこっちへおいでと手を広げている。だが、アリシアは安心するどころか、さらに、恐ろしくなった。

 神官達は笑っているが、実は、アリシアを捕まえようとしているのではないか。甘い言葉をかけて油断させ、手にしている錫杖でなぶり殺しにされてしまうのではないか。一度、疑ってしまうと、悪い想像が雪玉を斜面に転がしたように大きくなっていく。

 アリシアの決断は早かった。捕まったら殺される。そう確信し、道の隣にある森へ入った。

普段は、村の言いつけを破ったりしないのだが、今回は違った。

 自分の命を守ることに必死だった。心臓が経験したことがないほどバクバクと危険信号を出している。体から飛び出してしまうかと思うぐらい、全身に波打つ鼓動だった。

 しばらくして、アリシアは後ろを振り返った。神官達はアリシアのことを追ってきてはいなかった。追ってきたらどうしようかと思っていたので、少し安心した。踏みだした足が木の根に引っ掛かって、バランスを崩し、斜面に転倒した。

 勢いは止まらず、アリシアは体のあちこちをぶつけながら、転がり、意識を失った。

 意識を取り戻したのは、太陽が完全に沈み、月が明るく出ているときだった。

 アリシアは頭を打ったのか。起き上がると、頭がクラクラした。

 幸いにも、見覚えのある場所だった。アリシアの村の近くだ。

 アリシアの村がある方向から明かりが見えた。もしかしたら、行方不明になったアリシアのことを探しているのかもしれない。

 体中が痛かったが、そんなこと無視できるくらいの力が体の奥から溢れてくる。


「そうだ! この森をぬければきっと、みんなが待ってる」


 全ては悪い夢で、村に戻れば、悪い夢から覚めることができる。アリシアはそう信じていた。だが、そんな現実は炎に焼かれて消え去った。

 村が燃えていた。激しい炎が民家を焼き、煙が立ち上っていた。逃げ惑う人々や倒れて動かなくなった人もいた。

 最初は、魔獣に襲われている、とアリシアは思った。人々が武器を手に戦っていたからだ。でも、人々が戦っている相手は魔獣ではなかった。相手は同じ人間だった。人が人を殺している。アリシアにはその状況が理解できなかった。

 武器も持たず逃げる女性や子どもに対しても背中から斧や木の棒を振り下ろしていた。

まさに、阿鼻叫喚の地獄だった。

 アリシアの中にあった力が消えていく。立っていられなくなり、その場に腰をつけた。


「みんな…………お母さん…………お父さん…………」


 アリシアの頬を熱い雫が流れた。


「ぜんぶ、わたしの、せいで………………」


 涙が止まらなかった。いくら拭いても、次々と新しい涙が目から溢れてくる。


「みんな………………ごめん――」


 次の瞬間、村が消し飛んだ。

 大規模な爆発が起きた。その衝撃波は村から離れたアリシアにまで届いた。

 アリシアは何が起きたか理解できなかった。村が一瞬でただの平地になっていた。そこに一体の巨大な魔獣が降り立った。

アリシアが見たことのない魔獣だった。見ただけで、恐怖し、体の震えが止まらないほどの恐ろしい魔獣だった。アリシアの意識が遠くなっていく。巨大な魔獣の姿が歪み、視界が黒く塗りつぶされた。


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