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6-2

 キョウヤの頭を誰かが優しく撫でていた。


「……ん……アリシア…………?」



「あっ、目を覚まされたんですね。キョウヤ様」


 キョウヤはマリアの膝を枕にして草原の上に寝かされていた。


「ここは?」



「どうやら街から少し離れた街道のようです。クロちゃんが転移の魔術で私達をここまで移動させてくれたみたいです」


 クロちゃんというのは、魔女のクローディアのことを言っているのだろう。


「アリシアは?」


 マリアは表情を曇らせる。


「アリシアさんは…………残念ですが、デーモンに連れて行かれました」



「そうか」


 目を覚ましたら夢だったなんて、都合のよいことをキョウヤは期待したが、現実は甘くなかった。

キョウヤは身を起こして、立ち上がった。左手首にはまったブレスレットの存在を確認する。


「こいつがまだあるってことは、アリシアも死んではないってことか」


 ブレスレットを外すために努力してきたのに、今は、それがあったことに安心してしまう。


「キョウヤ様、やはり行かれるのですか?」


 キョウヤは力強く頷いた。


「アリシアが待っているからな」

                                                

 キョウヤの決意は固まっていた。

 たとえ、世界の全員を敵に回したとしても、キョウヤだけはアリシアの味方でいると決めた。

 キョウヤにとって、アリシアの命は世界の命より重かった。

 何を犠牲にしたとしても、アリシアを必ず助けてみせると、キョウヤは強く拳を握った。

 空から杖に乗ったクロが降りてきた。


「街の状況を確認してきたのじゃ」



「どうでしたか?」


 マリアが祈るように手を組み、クロの言葉を待った。


「最悪じゃ。さっきのデーモンが街を破壊しておる。神官の誘導で人々は避難できているようじゃった」



「街にデーモンが…………それは、一刻も早く止めなければ」



「じゃが、状況はさらにまずい。街の中心に黒い球体が現れた。黒い球体は触れるもの全てを飲み込み、今も拡大しておる。おそらく、巫女が引き起こした《黄昏》の力じゃろう。巫女もその黒い球体の中にいる可能性が高い。世界に災厄が起きている今、もう巫女を殺すしかないじゃろう」


 キョウヤは虚空からレーヴァテインを取り出し、剣先をクロに向けた。


「させない。たとえ、世界が滅びても、俺はアリシアの味方だ」



「そう言うと思った。そこで、提案じゃ。妾と協力関係を結ぼう。巫女の救出に協力するのじゃ。さらに、巫女は殺さないと約束しよう」



「そんな約束を信じるとでも? クロが裏切る可能性がある以上、交渉決裂だ」



「うむ、では、妾も覚悟を見せるとしよう」


 クロは杖を自分の心臓に向けて、呪文を唱えた。幾重もの魔法陣がクロを取り囲み、心臓に収束した。


「妾は自身に死の呪いをかけた。もし、妾が巫女を殺せば、妾も死ぬ呪いじゃ」



「自分に呪いをかけても、自分で解除できるだろう。そんなのは信じる証拠にならない」



「うむ、だから、キョーヤにこれを譲渡しよう」


 クロがキョウヤの手を握ってきた。キョウヤの体の中に何かが流れ込んでくる。


「それは、妾にかけた死の呪いの解除術式じゃ。これで、キョーヤが死ぬか、キョーヤが解除しない限り、解除は不可能じゃ」



「へぇ、解除術式の譲渡なんてできるんだな」



「まぁ、妾ほどの大魔術師でもない限り無理じゃろうが」


 クロは胸を張り、自慢げにしていた。けれど、子どもが背伸びをして、大人に褒めて欲しがっているようにしか見えない。

 キョウヤは確かにクロの覚悟を受け取った。クロは自分の命を対価にアリシアを殺さないと約束してくれた。

 キョウヤはクロに握手を求めた。


「クロの覚悟、しかと見せてもらった。短い間だけど、よろしく頼む」



「うむ。こちらこそなのじゃ」


 キョウヤはクロのしっかりと握手を交わした。

 それを見たマリアがキョウヤの反対側の手を掴んでくる。


「マリアも。マリアもキョウヤ様にこの身と心を捧げます」



「ああ、ありがとう」



「では、マリアも覚悟を見せます」


 マリアは目を静かに閉じ、祈るように手を組んだ。


「受け取ってください。私の熱い気持ちを」


 キョウヤはマリアの口づけを華麗にスルーした。


「で、クロ。どうやって、アリシアの元まで行けばいいんだ? 黒い球体に触れればいいのか?」



「それは止めたほうがいいじゃろ。何せ、構造がわからない。闇に飲まれて無事でいられる保証はない。巫女の元まで行く方法は考えておる。妾に任せるのじゃ」


 無視されたことに気づいたマリアが眉を吊り上げる。


「――ちょっと、キョウヤ様。どうして私の覚悟という愛を受け取ってくださらないんですか?」



「ええと、それは…………」



「ふふっ、冗談です。それでは、アリシアさんを早く助けに行きましょう」


 マリアが拳を空に突きだす。

 キョウヤ達に近づく人影があった。


「アスター、私も行く」



「サクラ! 怪我は大丈夫なのか?」



「うん、鬼は普通の人間より頑丈だからね。それに、マリアに治療してもらったし」


 マリアが困った顔をする。


「治療と言っても、応急処置です。体の表面は綺麗でも、体の中はまだ傷だらけなんですから。無理をしたら傷が悪化します」


 サクラがマリアから顔をそらして、ぼそっと呟く。


「気をつける」



「全然、心がこもっていないではありませんか!」


 マリアは頬を膨らませて、怒っていた。


「もう、しょうがないですね。同行の許可を決めるのはキョウヤ様です。どうしますか?」



「そうだな…………」


サクラは少し不安な表情をし、肩身を狭めていた。

キョウヤはサクラに手を伸ばした。


「一緒に来てくれるか? サクラの力が必要なんだ」



「うん!」


 サクラは春の蕾が花を咲かせたような笑顔を見せた。


「私はマスターの剣。マスターが行く道を阻む障害は、全て斬り捨てる」


 サクラがキョウヤにひざまつき、改めて忠誠を誓った。

 遠くで傍観してクロがキョウヤ達に近寄ってきた。


「話はまとまったようじゃな。それでは、向かうとしよう。これから先は、邪神の力を持つ者との戦い。半端な覚悟では生き残れない。肝に銘じよ」


 キョウヤはマリアとサクラを見た。二人とも頷いた。その瞳に強い覚悟を感じた。

 キョウヤも頷いた。いまさら怖気づくことはない。

 クロが同行するものを見渡し、頷いた。


「うむ。それでは、キョーヤよ、左手を」



「こうか?」


 キョウヤが左手を差し出すと、クロがキョウヤのブレスレットに触れた。


「このブレスレットが巫女と霊的な道で繋がっているならば、この道を通っていけばよい」



「確かに、このブレスレットが光ったとき、アリシアの元に移動することが何回かあったが、それは偶然の出来事で、意図的に起こすことはできない」



「全く、妾を誰だと思っておるのじゃ? 閉じられた霊的な道を強制的に開くこともできないと思っておるのか?」



「じゃあ、できるのか?」



「無論じゃ。ただし、開く道は狭く、一瞬じゃろう。四人も一度に転移させるために、妾の転移術で他の二人も一緒に運ぼう。では、行くのじゃ」


 クロがキョウヤのブレスレットに杖をかざすと、ブレスレットが光り輝いた。

 辺りの景色が白い光に染まり、体が宙に浮く感覚がした。

 目を開けると、そこは通路の途中だった。

 巨人が通るために作られたような広い通路だ。巨大な石柱が高い天井まで伸びている。

 ブレスレットが光って転移をしたとき、キョウヤの目の前にはアリシアがいた。それなのに、今回は、アリシアの姿はどこにもなかった。

 杖に腰をかけ宙を浮いていたクロが華麗に着地を決めた。


「到着じゃ」


 サクラとマリアは空から放り投げられて、受け身を取れなかったようだ。無様な格好で床に倒れている。


「魔女、もっと優しく転移できなかったの?」



「痛たた、お尻を床に強く打ちつけてしまいました」



「定員、オーバーじゃ」


 クロは冷たく言い放った。


「お主らを連れて、ただでさえ不安定な道を通って来たのじゃ。それは無理というものじゃ。ちっと、座標がずれたかの」


 キョウヤは辺りを見渡した。キョウヤが知る限り、街にこれほど大きな建物はなかったはずだ。


「ここは、どこなんだ?」



「おそらく、黒い球体の内部――巫女が創りだした世界じゃろ。世界を滅ぼす邪神の力で新たな世界を創造するとはな」



「じゃあ、アリシアはこの奥に」



「うむ、その可能性が高いじゃろ。だが、その前に倒さなければならない相手がいるようじゃ」


 床に魔法陣が浮かび上がり、デーモンが姿を現した。

 アリシアをさらったデーモンより一回り小さいが、油断は命取りだ。

 キョウヤが虚空からレーヴァテインを取り出そうとしたとき、キョウヤの前にサクラとマリアが立った。


「マスター、ここは私達に任せて」



「キョウヤ様には、キョウヤ様にしかできないことがあるのでしょう」


 サクラは腰の鞘から刀を抜き、マリアが銃を構える。

 デーモンの足元に魔法陣が出現すると、氷柱がデーモンを閉じ込めた。


「さぁ、行くのじゃ。ここは妾達に任せるのじゃ」



「三人とも、ありがとう。死ぬなよ」



「キョーヤこそな」


 デーモンが氷で動きを止められている間にキョウヤは奥へ向かった。

 キョウヤが腕を振ると、左手首にはまったブレスレットの結晶が揺れる。

 消えて欲しいといつも願っていたブレスレットだったが、今だけは、消えないで欲しいと心から願っていた。


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