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キョウヤはサクラを連れて、近くの食事処へ入った。
適当に注文し、料理が机に並べられる。すると、サクラは水を得た魚のように復活し、ガツガツと料理を胃袋へ運んでいく。
サクラの食べ方は上品さがなく、ただ、食料を求める獣と同じだった。
机に並べられた皿が次々と綺麗に片付いていく。
サクラは相当、お腹を空かせていたようだった。
食事が終わり、サクラがふぅーっと息を吐いた。
「お腹いっぱい。ありがとう」
「それはよかった。じゃあ、封印の解除方法を教えてくれるか?」
「うん。でも、私との勝負に勝ったらね」
「食事をおごってくれたお礼に教えてくれないのか?」
「それとこれとは話が別だから。勝負っていっても、難しいことじゃない。勝負は腕相撲。私に勝ったら、封印の解除方法を教えてあげる。でも、負けた場合は、私に毎日三食ご飯を提供して欲しい。できれば、デザート付きがいいな。あと、暖かい寝床も」
見るからに力がなさそうな少女にキョウヤは負ける気がしない。しかも勝負は腕相撲。単純な力比べだ。イカサマなどをされない限り、キョウヤが負ける可能性はない。
それなのに、サクラは勝つ気満々で余裕の表情をしていた。自分が負けることなど全く考えていない様子だった。勝負は始まってもいないのに、勝ったときのことで頭がいっぱいなのだろう。
サクラとの勝負を受けてもいいが、サクラが余裕な表情を浮かべる訳が気になる。
キョウヤは悩むふりをした。
「うーん、どうしようかな? 封印の解除方法を知っているっていうのが嘘って可能性もあるからな。それに、負けたときの条件が多いしな」
「じゃあ、私の全部を賭ける」
「はぁ?」
「私が負けた場合は、私を焼くなり煮るなり好きにしていいよ」
サクラはさらりと自分の命を賭けると言った。それほどの自信なのだろうか。
サクラが命まで賭けてきた勝負に、キョウヤは降りることができない。なぜなら、キョウヤがサクラを恐れたことになるからだ。そんな格好悪いことはキョウヤのプライドが許さない。
「おいおい、随分な余裕だな。勝負が始まった後に条件の変更は認めないぞ」
「別にいいよ。鬼は力ある者に従うものだし、もし、私が力比べで負けたのだとしたら、私のマスターとして認めてあげる。それとも負けるのが怖い?」
「あん?」
「そうだよね。こんな少女に負けたと知れたら一生の恥だしね。今なら勝負を降りても…………」
「いや、その勝負、受けて立つ!」
サクラが口元を歪める。
「鬼に恐れず、勝負を受けたその度胸だけは評価してあげる」
サクラが肘を机につき、手を出してきた。
キョウヤもサクラの手を握り、肘を机についた。
「いいぜ、相手になってやる。鬼の力、見せてもらうか」
「鬼の力、なめないでよ。勝負は一本勝負。先に手の甲を机についた方が負け。または、肘がテーブルから離れた方が負け。勝負の中断は認めない。それでいい?」
「ああ、わかった」
「じゃあ、いくよ」
サクラが深呼吸をした。
「レディー………………ゴー!」
その瞬間、腕に衝撃が走った。腕が鉛になったかのように重い。巨大な質量の物体が押し寄せてきているかのようだった。細い腕の少女が出せる力ではない。人の限界を超えた圧倒的な力。これが、鬼の力か。
サクラは涼しい顔を浮かべていた。
「へぇー、よく持ち堪えたね。普通の人間なら、一瞬で勝敗が決まるのに。褒めてあげる」
「そりゃ、どうも」
互いの力は拮抗状態にあった。傍から見れば、手の位置に変化がないため、まだ勝負が始まっていないように思えるだろう。だが、勝負は一瞬で決まる。キョウヤはそう確信していた。
少しでも気を抜いて力を緩めれば、その瞬間に手の甲が机についてしまう。
勝敗を左右するのは持続力だ。先に、力を維持できなくなった方が負ける。
キョウヤは少しサクラをなめていたのかもしれない。サクラの腕力はキョウヤの予想を超えていた。これが鬼の力。キョウヤは身をもってその力を体感していた。
サクラは普通に話せるぐらい余力を残している。まだ、本気を出していない。しかし、それはこちらも同じこと。キョウヤもいきなり本気を出さず、力を加減していた。
もし、サクラが最初から手加減なしの本気で鬼の力を出してきていたら、キョウヤは敗北していただろう。
キョウヤは耐久戦を捨て、勝負に出た。
サクラの手が徐々に反対側に倒れていく。あともう少しというところで手の動きが止まる。キョウヤが攻撃の手を緩めたわけではない。サクラが対抗してきた。
サクラの顔色が変わる。
「やるね。鬼以外にここまで苦戦したのは初めて。じゃあ、遊びはこれくらいにして、本気でいくよ!」
「ぐっ…………」
サクラの手が徐々に起き上がってくる。キョウヤは既に本気を出しているというのに、抑えきれない。
キョウヤは敗北するわけにいかない。たとえ、どんな卑怯な手を使ったとしても、こんな少女に負けてはならない。キョウヤのプライドが許さなかった。
キョウヤは左手を机の下に隠した。
「正直、鬼の力をなめていた。恐れ入った」
「ふふん、鬼の怪力は世界一だからね。降参する?」
「まさか…………勝負は始まったばかりじゃないか」
「でも、私の勝利は揺るがない。そろそろ、腕が限界だよね。腕の力を抜いたら、楽になれるよ」
「そっちこそ、今のうちに降参したらどうだ? 命あっての勝負だからな」
「ん? 状況がわかっていないのかな?」
サクラが握力を強めてきた。キョウヤの手が握りつぶされそうだ。
「鬼の怪力を前に何をしても無駄だよ」
「ふっ、寝言は寝てから言え。勝負はこれからだっ!」
「勝敗は火を見るより明らか…………ん?」
サクラは異変に気づいたようだ。
サクラの頬を汗が流れ、机にポタポタと汗が垂れる。顔を赤くして、肩で呼吸をしていた。
「何をした? 暑苦しい。まるで、火の側にいるみたい……まさか…………」
店にいた客が悲鳴を上げた。
「火事だ! ダメだ、火が消えない。早く逃げろ!」
店に突如として現れた炎が店の壁を伝い、炎が店全体に燃え移る。
サクラが目を丸くしていた。
「正気? こんなことして、一緒に焼け死ぬつもり?」
「いや、焼け死ぬのは、サクラ、おまえだけだ。俺は炎に耐性があるからダメージを負うことはない」
サクラが苦虫を潰したような顔を浮かべた。
「なんか暑いとは思っていたけど、まさか、本当に火が出ているなんて。緊急事態。ここは、一旦、勝負を中断して…………」
「おっと、中断は認めないぜ。そもそも、サクラが言ったことじゃないか。何なら手を離してくれてもいいんだぜ。その場合は俺の勝ちだけどな」
キョウヤは己の勝利を確信した。ニッと歯を見せると、サクラが冷たい目線を向けてきた。
「あなた、私以上に鬼」
「なんとでも言えばいい。大事なのは結果だ。勝てば、あとはどうでもいい」
店に残っているのはキョウヤとサクラの二人だけになった。火の勢いは衰えることを知らない。焼け落ちた屋根の木材が床に落下し、辺りは火の海となった。
サクラはゴホゴホと咳き込んでいた。呼吸が荒く、酸素を求めて必死に呼吸しているが、酸素は炎に奪われていく。顔を下に向けているため、表情は読み取れないが、苦しさで顔を歪めているに違いない。
辺りを炎に包まれた状況であるにも関わらず、サクラはキョウヤの手を押す力を緩めず、耐えていた。けれど、それは時間の問題だった。腕相撲の決着がつくより先に、サクラが意識を失う方が早いだろう。
「早く降参しないと、本当に焼け死ぬぞ。こんな状況であれば、誰でもあきらめる。なんなら、サクラが負けたときは封印の解除方法を教えてくれるだけでいい。それ以外はいらない」
キョウヤとしては早くサクラに負けを認めさせて、さっさと店から連れ出してあげようと考えていた。勝負に勝っても、サクラが死んでしまっては封印の解除方法を聞くことができないからだ。
「もう、意識が朦朧としているだろう。このまま勝負を続けても結果は変わらない」
「…………そう、だね…………」
「やっと、負けを認めたか。じゃあ、こんな勝負もう終わりにして――」
「――私の勝利は揺るがないっ!」
場の空気が変わった。炎がキョウヤとサクラを避けるように流れが変わる。
サクラから発せられる力の波動がキョウの体の奥にまで響いてくる。
キョウヤの手が震えていた。いや、手だけでない、肩や足が小刻みに震えていた。
力の波動による影響ではなく、内部から震えが発生している。キョウヤが目の前の少女を恐れているとでも言うのだろうか。
サクラが顔を上げる。その額には、二本の角があった。
「人間相手に鬼呪を解放することになるなんて、思いもしなかったけど、ここからは手加減なしだよ」
サクラの握力が増すと、キョウヤの腕全体が悲鳴を上げた。腕が引きちぎられそうだ。
勝負の相手は可憐な少女ではなく、少女の姿をした鬼だった。圧倒的な力の前にキョウヤの腕は為す術もなく倒されていく。
炎によるサクラのリタイアを期待していたが、鬼の力を解放したサクラは炎の暑さと息苦しさに耐えていた。
炎がサクラを避けるように燃えている。常識では考えられないことだった。
サクラが炎の中でも、自我を保っていられる理由に関係しているのかもしれない。
「どうして、炎がここを避けているのか不思議みたいだね。教えてあげる」
サクラは話すほど余裕ができたのか、普通に語りかけてくる。
「魔女が魔術を使えるように、鬼も似たような術を使うことができる。それが、鬼呪。心の力を消費して、超常現象を起こすことができる力。私は風を操ることができる」
「…………だから、炎がサクラを避けるように…………」
「そう。正確には、炎ではなく、風を操って炎をせき止めている。どう、鬼の本気は? こんな卑怯な手を使っても、人の力はこの程度なの? 人は弱いね」
「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
キョウヤがどれだけ力を入れてもサクラの手はびくともしない。
サクラはわざと力を加減していた。じわじわとキョウヤの手を押し倒していく。
キョウヤに鬼の力を見せつけているようだった。鬼の恐ろしさがキョウヤの心の奥まで染みてくる。
「俺は、ここまでなのか………………」
鬼の力によってキョウヤの心は折れそうだった。




