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宿屋の浴室でアリシアが湯船に浸かっていた。
「……キョウヤを部屋から追い出しちゃったけど、ちょっと、やり過ぎたかな? キョウヤが戻ってきたら、何かお詫びをした方がいいのかな…………」
落ち込んだ表情を見せるアリシアだったが、弱気な気持ちを払拭するように顔をブンブンと横に振った。
「これくらい、別にいいのよ。キョウヤがお風呂を覗くとは思わないけど、万が一ってこともあるし。これをキョウヤに見られるわけにはいかないし…………」
アリシアはお腹に描かれた黒い紋章を擦った。それは、一見するとボディペイントのようなものだが、アリシアが擦っても消えることはない。皮膚に描かれているというより、少女の体――魂そのものに刻まれているかのようだった。
アリシアはお腹に描かれた紋章を片手で隠し、長い息をはく。
「私って、こんなところで何をしているんだろう…………人目を避けて生きてきたのに、人の多い町に来るリスクを冒して、封印の修復方法探しとはね。昨日までなら考えられないことだわ」
アリシアは右手首にしたブレスレットを見つめた。
いつもと変わらないブレスレットに見えるが、アリシアは悲しそうな表情を浮かべていた。
「全てキョウヤのせいだわ。キョウヤに助けられてから何かおかしいわ。人里に近寄らないようにしてたのに。でも、キョウヤのおかげでカフェのスイーツを堪能できたのも事実。ちょっとくらいは感謝してあげなくもないかな」
アリシアは両手を組み、細い腕を天に伸ばした。
「はぁ…………こんなに話したのはいつぶりだろう。キョウヤは私を助けてくれた。それに、この世界のことを知らなかったから、気を許してしまったのかもしれないわね……って、どうして、あんな男のことばかりを考えているの、私は!」
アリシアが両手で頭を抱え、湯船の中で暴れていた。
「ダメよ、気を許しては。所詮は封印で繋がっているだけの関係。封印が解除されれば、キョウヤはそっぽを向いてどこかへ消えてしまうかもしれない。キョウヤの力は明らかに私が持つ巫女の力を超えている。私が引き止められるかは怪しいわ。もし、キョウヤが封印の解除方法を知れば、どうするのかな? そんなの愚問だよね」
アリシアは肩まで湯船に浸かると、浴槽から溢れた湯が流れる。
「こんなわがままな私についてくるわけないか。邪神を封印して世界を救いたい、なんて言ったけど、本当に救いたいのは…………私、自身なのだから」
アリシアが思い出に浸るように天上を見上げ、どこか遠いところに視線を向けていた。
アリシアが視線を向けていた天井部分に突如、魔法陣が出現する。その出現と同時にアリシアの腕飾りが点滅を繰り返していた。
「……う、嘘っ…………これって……もしかして――」
魔法陣から何かが飛び出してきた。湯船に落下し、水柱が上がる。
湯船に落下した人物が顔を水面に上げた。
「ごぼぼお、溺れるっ! 助け…………あれっ? 足がつく」
魔法陣から出現したのは、キョウヤだった。
召喚されたときはパニック状態足で、バタバタと湯船の中を暴れていたが、足が底につくことで安心感を得たのか、閉じていた目を開けた。
「なんだ、足がつくじゃないか? それにしても、ここは、どこだよ……それに、この柔らかいのは何だ………………」
視界が定まってきたキョウヤの目が釘付けにされる。
「ア、アリシアっ! なんで、こんなところに! その格好…………」
キョウヤの目の前には、一糸まとわぬアリシアがいた。
雪のような白い肌に火照ったような朱色が差していた。赤みがかったアリシアの顔がさらに赤くなり、のぼせたように真っ赤に染まっていく。
アリシアが顔を赤くしている原因はこの状況であるが、それを加速させる要因があった。それが、キョウヤの片手が置かれている場所だった。
アリシアのたわわに実った胸をキョウヤが鷲掴みにしていた。
キョウヤが手を動かすと、ふにふにと柔らかな感触が手から伝わってきた。
目の前にいるアリシアは夢でも幻でもなく、本物だった。
「きゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁっぁあ!」
アリシアが甲高い悲鳴を上げた。街全体に響くような音量だった。
キョウヤは慌てて、アリシアの胸から手を離す。
「ま、待てっ! これは、事故だ、わざとでは…………ぎゃっああああああああ! 目が、目が!」
アリシアが指をキョウヤの両目に突き刺していた。
「束縛せよ! グレイプニル!」
鎖がキョウヤの手足や胴体、顔に絡みつき、ミノムシのように鎖にグルグル巻きにされる。キョウヤの視界を奪うように顔にも鎖が幾重にも巻かれていた。
浴室の床に転がされたキョウヤをアリシアが踏みつけて出ていく。
キョウヤを拒絶するようにドアが勢いよく閉まった。




