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プロローグ

 太陽の光が届かないほど地下深くに、古い遺跡があった。

 一人の少女がたいまつを手に、長い階段を下っていく。

少女は神聖さを感じさせる巫女服に身を包んでいた。歳は十五、六だろうか、その年齢に見合わないほど強い意志を瞳に宿していた。だが、それを支える土台は頼りないよう感じられる。細い紐で支えられた橋を渡っているかのように、危険と隣り合わせのようだ。

螺旋を描く単調な階段が続く。階段の奥に巨大な扉が現れた。

巫女がたいまつを扉に向ける。人の身長を遥かに超える大きな扉だ。目を引くのはその大きさだけではない。扉の材質、年代、装飾等、扉事体がこの場において異質だった。

巫女が手で扉をなぞる。緻密な装飾が施された扉には傷一つなかった。その材質は岩石でも金属でもない。地下深くに、どのようにして持ってきたかも不明だ。巫女が不可思議そうな顔を浮かべる。

巫女は固く閉ざされた扉の正面に立つ。そして、静かに片手を扉に置いた。

その瞬間、扉が起動したように光った。光は扉の溝に沿って流れる。扉がゆっくりと外側に開いていく。扉が動く度に天井と地面が振動し、天井から砂の混じった小石が落下してくる。

巫女は完全に扉が開くまでその場を動かなかった。

洞窟が一際大きく振動し、完全に扉が開く。扉に宿っていた光は消えていた。役目を終えたかのように、もう扉が動くことはなかった。

巫女が扉を潜って足を踏み入れた。そこは洞窟の中とは思えないほど幻想的な場所だった。

中央の祭壇を囲むようにいくつもの巨大なクリスタルがあった。その蒼いクリスタルから淡い光が放たれ、祭壇は幻想的な雰囲気に包まれていた。

巫女は躊躇することなく、中央の祭壇へ足を運ぶ。祭壇には幾何学的な魔法陣が描かれていた。

 巫女は懐から折り畳まれた布を取り出した。布を慎重に開くと、中に小刀があった。その銀色の刀身に少女の顔が映る。揺らめく光のせいか、覚悟を決めていた瞳が少し揺れているようにも見えた。


「これで…………全ての悲劇が終わる」


 誰に言い聞かせるわけでもなく巫女が呟いた。独り言が洞窟に反響する。


「ヴァレンタイン…………見ていますか? あなたのおかげで私、アリシアは今日まで生き残れたよ。孤独な日々を耐え、ようやくここまで辿り着けた」


アリシアは洞窟の天井を見上げた。そこから空は見えず、暗い天井しかない。けれど、アリシアの口元が緩んでいる。その瞳には懐かしい日々が映っているようだった。

アリシアは、右手にした金色のブレスレットを宝物のように左手で握っていた。九色のクリスタルがつけられたブレスレットだ。神秘的な気配を漂わせるが、なんの効果があるかはわからない。


「長きに渡り受け継がれてきた使命を、これから果たします」


 アリシアが魔法陣の中央に立ち、右手を前に出した。腕飾りのクリスタルが揺れる。しばらくして、クリスタルの揺れが止まった。

 アリシアが左手に持ったナイフで右手のひらを勢いよく切った。

 アリシアの顔が一瞬、苦痛で歪むが、痛みを堪えるように表情を戻した。

 白い肌からにじみ出るように赤い線が現れる。血が溢れ、祭壇に描かれた魔法陣に零れた。その瞬間、魔法陣全体が紅い光を放った。

 巫女は驚きもせず、静かに目を閉じた。血の垂れる右手を前に出したまま、左手を胸に当て呪文を唱える。


「我が血に応えよ。長き時に及ぶ封印の楔を打ち砕きて、目覚め給え。天の光は黒雲に遮られた。鬼の心は虚ろな殻に閉ざされた。魔の力は深き闇に封じられた。昏き深淵より覚醒し、今ここにその姿を顕現させよ!」


 アリシアの呼びかけに応えるように魔法陣の光が洞窟を包んだ。なにもなかった空間に一つの球体が出現する。深い闇で包まれているため、中身は確認できない。だが、強大な力が誕生しようとしていることは明らかだった。

魔力の奔流が風を起こし、アリシアの長い髪が激しく揺れる。魔力の影響を受けたかのように、洞窟を照らしていたクリスタルが激しく点滅していた。

 アリシアは左手に持った小刀を地面に放り捨てる。アリシアの顔には一切の余裕などなかった。右手首の腕飾りに手を置いた。


「忌まわしき禁忌の力を封じる九つの枷よ。九つの鍵を以て封じられし力を解放せよ。封印されし九つの鍵(レ―ギャルン)――開放っ!」


 ブレスレットが砕け、辺りに金色の光が渦を巻く。

 魔法陣を囲むように九つのクリスタルが空中に配置され、魔法陣に出現している黒色の球体を覆った。


「目覚めてそうそう悪いけど、もう一度眠ってもらうわよ。ただし、今度は二度と目覚めることのない永遠の眠りだけどね」


 巫女が両手を前に突き出し、空中に浮かぶクリスタルを制御する。闇の球体を封じ込めるように、円を描きながらクリスタルが徐々にその半径を小さくしていく。

 アリシアは歯を食いしばっていた。それは先程切った手の痛みによるものではない。なぜなら、その傷はもう跡形もなく消えていたからだ。アリシアは黒い球体を封じ込めることに苦戦していた。

 クリスタルが円を描くように回転し、金色の光が収束しようとしている。だが、光を切り裂くように、闇が漏れ出していた。


「ここで、失敗するわけにはいかない。この世界の運命がかかっている。なんとしても封印しなければ…………」


 アリシアは目を強く閉じた。全神経を闇の球体を封じ込めることに集中させていた。

 光が闇を縛り、闇が光を切り裂く。両者の攻防は一瞬の気も抜けないものとなった。

 闇の球体から放たれた衝撃波が光の障壁を通り抜け、アリシアの体を突き抜けた。


「がはっ…………」


 アリシアが片膝を地面についた。それでも、アリシアは黒い球体へ手を向け続けていた。

 闇の球体から溢れる力が強くなってきていた。光と闇が激しくぶつかり、融合、消滅を繰り返す。


「…………もう、ダメ…………抑えきれない…………」


 光の壁を突き破って、黒い力が溢れ出した。

闇が光を蝕み、光が徐々に弱くなる。闇が光を吸収しているように、洞窟全体が暗くなっていた。

洞窟の壁が闇に包まれ、洞窟を照らしていたクリスタルまで飲み込んだ。

アリシアがいる魔法陣以外はもう闇に飲み込まれてしまった。その魔法陣も外側から徐々に闇に侵食され始めていた。

 アリシアが震える足で魔法陣の中心へ移動する。だが、魔法陣の中心には闇の球体がある。アリシアに逃げ場はなかった。


「やっぱり、ダメだったんだ…………私、一人でやるなんて、最初から不可能だったんだ…………」


 アリシアは脱力したように足から崩れ落ちる。

 光がかろうじて闇を押し止めているが、それも時間の問題だった。



 目覚めるとそこは、光の中だった。


「ここは、どこだ?」


 一人の少年が宙に浮いていた。

 周りは星明りのような弱い光で埋め尽くされていた。空間はそれほど広くなく、何もない。


「俺は、誰だ…………ダメだ。思い出せない!」


 頭を抱えて、強く頭を振った。


「おーい、誰かいないのか」


 大声を出したが、返答はなかった。

 辺りを覆う光に変化があった。一つの黒い星が生まれた。黒い星は辺りの光を黒く塗りつぶしていく。新たな黒い星が次々に生まれた。あっという間に光は闇に飲み込まれる。

 変化は自身にもあった。闇が鎖のように手足を縛っていた。


「なんだ、これ? くっ、抜け出せない」


 手足を動かすが、闇は離れない。新たな闇の鎖が体に巻きつく。体が黒く染められていく。


「やばい。このままでは、飲み込まれる。なんとかしないとっ!」


懸命にもがいたが、無駄だった。視界が黒一色に覆われた。

何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。自分がまだ生きているかもわからない。

自分が消えていくのを感じた。

考えることを止めようとあきらめかけた、そのときだった。

 一つの光が見えた。

 目を開けると、目の前に一振りの大剣があった。

 闇にも染まらない光を宿した剣だった。

 黄金の柄を握った。大剣から炎が上がる。炎が闇を遠ざける。

 自分の体の奥から力が湧き上がるのを感じた。


「これなら、行けるっ!」


 大剣を天に向けて、荒ぶる炎を解き放った。


「――世界を滅ぼす終焉の炎の聖剣(レ―ヴァテイン)!」


 星が爆発したような光と炎が闇を焼き払った。

世界が音を立てて崩れ落ちた。



 洞窟が音を立てて、崩れ始めていた。

 炎の爆発によって、闇は姿を消していた。

 少年は崩れ落ちる洞窟の天井を見上げていた。


「変な場所から抜け出せたと思ったら、また、わけのわからない場所に。今度はどこだ? 洞窟っぽいけど……また、誰も…………」


 目の前に一人の巫女がいた。怯えた表情で自分を抱いている。大きく見開いた目でこちらを見つめていた。


「あ、あなたは、誰?」



「俺か? それがわかれば苦労しないけどな。っていうか、おまえこそ、誰だよ!」



「私は…………」


 巫女の隣に人間ぐらいの大きさの岩が落下した。巫女が頭上を見上げた。さらに大きな岩が落下を始めていた。巫女が逃げようと腰を上げたが、再び、地面に腰をつけた。どうやら立ち上がれないようだった。


「た、助けてええええええええええええええっ!」


 巫女の言葉が心に響いた。巫女の言葉を聞いた途端、体が勝手に動いた。

 手に持つ剣から炎がほとばしった。炎の弾を飛ばし、落下する岩に命中した。岩が空中で砕け、破片がパラパラと地面に降り注ぐ。


「体が勝手に…………どうして? 俺に、何をした?」


 巫女は床に倒れていた。

 巫女に近づいて、肩を揺らす。


「おーい、聞こえているか、起きろ…………ダメだ。気を失っているな」


 巨大な岩がいくつも地面に落下してきていた。洞窟の壁に大きなヒビが走った。


「この洞窟は直に崩れるな。そろそろ脱出しないと」


 巫女は地面に横たわったままだった。


「俺には関係ない。こんなところで倒れているやつが悪い。自業自得だ」


 巫女に背を向けて逃げようと足を進めた。数歩進んだところで、足を止めた。心に何かがつっかえている感じがする。


「ああ、なんだこの気持、イライラする」


 後ろを振り返った。イライラの原因は巫女だった。全く知らない人だというのに、見殺しにすることに抵抗があった、というより、できなかった。

 巫女から離れたくても、ある程度離れると、体がそれ以上、言うことを聞かない。まるで、目に見えない鎖で巫女と繋がっている感覚だった。


「ああ、わかったよ。助ければいいんだろ。助ければ」


 巫女に

「助けて」

と命令されてから、何かが変だ。巫女を見捨てようとすると、心が痛む。無視してもよかったが、それはできなかった。このまま巫女に死なれて、心のもやもやが一生消えないのはごめんだ。

 巫女の近くまで駆け寄り、その体を持ち上げた。思っていた以上に軽かった。

巫女が目覚める気配はない。完全に気を失っている。助けなければ、その眠りが二度と覚めないものになるというのに、そんな不安などを感じさせない寝顔だった。


「なんで、俺は、こんなやつの寝顔に見入ってるんだ! ああ、なんだ、この気持ちは!」


 足を地面に思いっきり叩きつけると、魔法陣が描かれた地面が砕けた。

 洞窟は本格的に崩壊を始めている。そろそろ脱出を始めなければ、二人とも岩石に押しつぶされてしまう。


「ったく、仕方ないな。今回だけだからな」


 巫女を抱えて、崩壊する洞窟から脱出を始めた。


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