キズツケ K視点 06
結論から言うと、睡魔が鳴海を襲うことはなかった。
体感で一時間を過ぎても体の異常がないことを確認して、俺もゼリー飲料に手を出した。
次の部屋で長時間閉じ込められたら生きていられる保証がないから、仕方なく、だ。
グレープフルーツの味のそれは、なにもないはずなのにとても不味く感じられた。
飲みかけのスポーツドリンクをすべて手洗い場に流し、ゆすいで、蛇口の水を入れて、飲む。
これも、問題なさそうだった。
鳴海と二人で話し合って、いくつかのスティックタイプの食料も出しておくことに決めた。
さほどかさばらないし、次のステージにも持ち込めると思ったからだ。
俺はプレーンの味を、鳴海はミックスナッツの味を何本か頼んだ。
そうしてモニターの前に立つこと数分。
注文が時間を代償に出てくるという仮説は、当たっていた。
どう考えても六時間が経過していないのに、黒い扉が開いたのだ。
「鳴海」
「うん」
俺と鳴海は急いで排出口の食料を手にとって、開いた扉に向かった。
部屋を出る。とそれを見計らったかのように後ろで扉が閉まる。
鳴海が黒い扉に触れたが、やはりもう動くことはなさそうだ。
通路に二人分の足音と呼吸音が響く。
少し肌寒いような気がしたが、単純に不気味さでそう感じるだけかもしれない。
相変わらず、景色はコンクリートの壁、壁、壁だ。
「これでさ、次の部屋が最後だったりしないかな」
「あといくつ条件をクリアしたら、出られるんだろうな」
「永遠に出られなかったりして」
「可能性としてはあり得るな」
「やだな九条、冗談だよ」
「……」
部屋を出て通路を右に進んでいく。
一部屋目と二部屋目を繋いでいた通路よりも遠くに、また扉が見える。
今度は、黄色い扉だ。
目に痛い。
「今度は最初から二人で入ろう」
「閉め出されたら困るもんな」
黄色の目の前に到着した俺は、鳴海の顔をじっと見る。
少し、顔色が悪い気がした。
当然だ。
怪我してるんだから。
「鳴海」
「ん」
「次、交代できそうだったら条件受ける側やる側交代しよう」
「なんで?」
「おまえがもたない」
精神的にも肉体的にも。
鳴海はキョトンとした顔をした。
「俺全然なんともないけど」
「自覚がないだけだよ」
「守るって言ったじゃん」
「過去に恩を感じてるなら忘れろ。俺が、それを忘れてるんだから」
「そう言ってもなー」
鳴海が頭を掻く。
譲るつもりはなさそうだ。
俺ははあ、とため息を吐く。
「……まあ、交代できれば、なんだけどな」
「そうね……どうせ次も変わんない気がする」
鳴海は笑った。
鳴海が黄色いドアノブを握り、押した。
「電気ついてるな」
「せまっ」
三部屋目は……なんというか、狭かった。
四畳半から六畳程度しかない。
中には相変わらず人影がないので、少しの警戒だけで俺たちは部屋に入る。
左手に、木製のドアがある。コレには、ドアノブらしきものはない。
真正面には、青い扉だ。こちらには、ドアノブがついている。
入ったドアから見て右の壁に、モニターが埋まっている。
「はいはい、次はなんでしょね~っと」
鳴海が慣れた様子でモニターに触れる。
待機状態だったモニターに光が付き、文字が表示される。
今までと変わらない流れだ。
けど、少し違った。
『第三ステージに到着おめでとうございます!』
『第三ステージ到達確率は、30%です』
『あなたがたは、幸運で強く、さらに賢い人物なのですね!』
『次の条件の提示の前に、質問があります』
『"ボーナスゲーム"を受けますか?』
『YES/NO』
「……ボーナスゲームって何」
「内容は表示されないのか」
画面の下部にYESとNOと書かれたボタンが一つずつ配置されている。
受けるか受けないかの選択肢が選べる。
ただし、内容は知らされない。
「これ、本当に『ボーナス』なのかな」
「わからない。罠かもしれない」
「って思うのが、普通だよな」
「……でも、今までの達成報酬を考えると、もしかすると『外に出るまでの時間が短くなる』ゲームになったりするかもしれないな」
「でも無理難題出されるかも知んないぜ」
「簡単じゃないだろうな」
「どっち選べばいいんだろ」
「……」
「九条、選んで」
「俺?」
「九条が選んだなら、俺後悔しないから」
「あのなあ……」
ずっと痛い頭が更に痛い。
鳴海はただ俺を見ている。
普通に戻ったと思ったのに、やはりちょっと、おかしい。
「はあ……」
「じゃあ、従って」
「うん」
「俺が決めていいって言うなら『二人で決める』。それが俺が決めたこと」
「ズルっ」
「ズルくない」
「九条くんは優しいけど、やっぱちょっと神様の印象とは違うかも」
「だから言ったろ、別人だって」
鳴海が肩をおろして笑う。
俺も、苦笑する。
「じゃあ、俺の意見ね。俺は『ボーナスゲーム』したい」
「理由は?」
「ゲームの『ボーナスゲーム』ってだいたい本筋とは別の場所で行われて、勝ったらラッキー負けても今まで通りって方が多くない?」
「だから、受けないほうが損だと思って」
「驚いた」
「ん?」
「『俺なら結構酷い条件でもやれる』ってまた自分を大事にしない発言が出てくるかと思った」
「失礼な。ちゃんと考えてますよ」
「でも確かに、言われたとおりかもしれないな」
「九条はどっちが良かったの?」
「俺は、あんまり乗り気じゃなかった。っていうのも、鳴海と同じ意見ではある」
「というと」
「『ボーナスゲーム』自体は受けたら可能性が広がるのは同意。だけど、その分だけ条件の回数が一回増える。俺はもう傷つけるのちょっと疲れたから、あんまりやりたくなかった」
「なるほどね」
「でも、さっき言ったように『ボーナスゲーム』の報酬が脱出への近道だった場合、ここで一回分の条件を増やすってことが全体の回数を減らすことにつながるかもしれない」
「ん……んん?よくわかんないけど、めんどくさいことは最初にやっとけって話?」
「ちょっと違うけどそんな感じ」
「じゃあ受けるでいいじゃん」
「そうだな」
「押そうか」
モニターの上で指がゆらゆらと揺れる。
その指が、『YES』の文字に触れた。
テキストがパッと切り替わる。
表示されたのは、地図。
四角が五つ。
左に二つ、右に二つ。中央に一つ。
それを繋ぐ線が恐らく通路だろう。
中央の小さな四角にグレーの丸が二つ寄り添っている。
今までの通路の方向と、直感でわかった。
中央のグレーの丸は自分たちだ。
そして、右側の下の四角にもグレーの丸が二つ。
「これって……」
「誰か他に、閉じ込められてる人がいるのか」
「助けに……はいけないか。人の心配してる場合じゃねーもんな……」
「構造上こっち側から向こう側には進めないだろうしな」
進めたとしてもこの部屋まで戻れるかわからない。
「で、なんで今さらこんな地図が?」
モニターに触れると、地図の下部にとんでもない文章が表示された。
『ボーナスゲームは、あなたがた二人による、別の二名の課題決定です』
『第一条件と第二条件を決定し、他社二名がそれを達成できた場合、ボーナスゲームクリアとなります』
『ボーナスゲームの辞退はできません』
「え……」
「は……」
俺たちがあの、悪趣味な条件を決定する?
そんな、ふざけた話があるか。
それに辞退ができないって……。
「や、やっぱ罠じゃん……」
「いや、選んだのはもうしょうがない。条件がなるべく軽いものになるように頑張るしかない」
「そうだけどさぁ」
加害者になるのが嫌だと言っていた鳴海は半泣きだ。
鳴海に変わって俺がモニターに触れると、画面が切り替わって、スロットが二つ表示された。
一つ目のスロットの初期配置には『条件』『器具』『部位』と書かれている。
二つ目のスロットの初期配置には『条件』『道具』『時間』と書かれている。
「俺が押す」
俺は迷いなく言った。
鳴海にこれをやらせたくない。
「……駄目」
「なんでだよ、俺のほうがくじ運がいいって言ってただろ」
「九条だけが悪者になるから、駄目」
「……いや、やっぱりここは聞けない。俺がやる」
俺は強引にパネルにタッチして、スロットを回した。
「あ」
「……」
トントントン、と三回タップする。
隣のスロットに移動して、やはりもう三度タップする。
ぐるぐると高速で回るスロット。文字が書かれていることはわかるが、なんの内容かは読めないし、わからなくてもよかった。
わかりたくなかった。
しばらくスロットが滑って、速度が緩やかになり、止まる。
一つ目のスロット。
『創傷』『包丁』『首』。
二つ目のスロット。
『嘔吐』『豚の血液』『三十分』。
この結果が、どんなことになるかを考えたくなかった。
「ほ、包丁もおかしいけど豚の血液って何……?」
「あんまり考えるな」
「だってさ」
俺たちの他に、これをやらされる人が、いる。
鳴海は罪悪感が極まっているようで先程から顔面を白黒させている。
俺はもう、他人のことを考える余裕がない。
しばらくすると画面が暗くなる。
『ボーナスゲームは、他二名が第二条件を達成か失敗するまで続きます』
『進行中はこの部屋から出ることは出来ません』
『達成失敗にかかわらず、他二名の第二条件終了時にこの部屋の扉は解除されます』
『暫くの間、部屋でお過ごしください』
ぱっと、画面がまた地図に切り替わる。
右下の四角い部屋の端にいるグレーの丸の二つは、モニターがあると思われる近くに寄って、離れた。
コレを、ずっと見てろというのか。
「九条……」
「なに……」
「これさ、俺たちが出した条件で、誰かの生死が決まるってことだよな」
「……」
起きているときに見る悪夢だ、と思った。