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キズツケ K視点 04

夢を見ている。

夢の中で、俺はPCを弄っている。

何かのサイトを見ている。

……いや、違う。

サイトを、つくっている。

掲示板をつくって。

それっぽい嘘を並べて。

救いを求める人が救われたと錯覚するようなギミックをいくつも仕込んで。

サイトに集まる人を、見ている。

見ている。

見ている。

毎日毎日代わる代わる『死にたい』と嘆きに来る人を。

見ている。

見ていた。

見ているだけだった。

俺は、サイトの管理人で、神様だった。

崇められていた。

神様は、人間になにもしはしないのだ。

ただ、見ているだけ。

人間も、神様には触れない。

場所を提供する俺に、直接連絡が来ることは稀だった。

殆どの場合、救いたい人と救われたい人の関係で、掲示板やそこからの電子的な繋がりで多くの物事が解決していった。

あるいは、現実で『何かが起こったり』『何も起こらなかったり』したせいで、サイトに足を運ばなくなる人間が大多数だった。

それでも、場所は常にそこにあった。

需要があった。

『死にたがり』と『死にたがりを救いたがり』は常にどこかに存在していた。

それを見ていた。

見ていた。

見ていた。

俺の遊び場。

神様になった気でいた。

一通のメールが、届いてしまうまで。

そのメールとやり取りをするまで。

顔も知らない。

本名も知らない。

性別も知らない。

たった一人。

その人に……。

俺は、言葉を返してしまった。

俺が神様でなくなった日のことだ。




「!」

「は、はっ、はぁっ……」

がば、と身を起こす。

心臓がバクバクと音をたてている。

夢を見た。

昔の自分の夢?

俺の知らない俺の夢?

とてつもない罪悪感と、羞恥心と、嫌悪感と、無力感が夢の中でないまぜになっていた。

俺は。

夢の中の俺は、誰かを救おうとしていた?

そして、この感覚。

恐らく俺は失敗したのだ。

「は……っ」

「はぁ…………」

枕元に置いたペットボトルを、手に取りかけてやめる。

先程眠りに落ちてしまったのは恐らくこの飲み物に何か入っていたせいだ。

また眠ってしまうと、まずい。

冷や汗がすごかった。

額に張り付いた前髪を掻き上げて、ちら、と横を見る。

静かに毛布を呼吸で上下させて、鳴海が寝ている。

起こしてしまわなくてよかった。

「ふー……」

浅く、呼吸を繰り返す。

少しずつ息をする間隔を伸ばしていき、呼吸と心拍を整える。

部屋は明るく、眠る前と何も変化がないように見えた。

どれだけ寝ていたかわからないが、それほど長い時間ではないだろう。

浅い眠りの中で見た悪夢。

アレが俺?

中学生特有の謎の全能感と、盲目的な愚かさ。

胸を黒いものが込み上がる。

ぱた、と横髪から汗が滴る。

気分が悪かった。

相変わらず、頭痛も続いている。

毛布を剥がしてトイレへ向かい、小さな手洗い場で顔を洗った。

最悪だった。

なにか思い出せたらいいなとは思っていたが、夢の内容では自分がいろんな人間の人生を観察していた嫌な奴ということしかわからなかった。

夢の内容。

自殺したい人の嘆きをコレでもかと煮詰めたような、そんなサイト。

俺が、それを作って、遊んでいた。

遊ぶと言っても、特に何もしていたわけではなかった。

『俺は』何もしなかった。

それまでは。

「う……」

誰か。誰かだ。誰かと、何か、何度かメールでやり取りをしたのだ。

それで、自分のことを神様だと勘違いしていた俺は、気まぐれに『救ってやりたく』なったのだ。

彼とも彼女ともわからぬその人を。

しかし、中学生の俺にはその人を完全に助けることは出来なかった。

後悔と挫折感が胸の中で駆け回っている。

そうして、俺は。

全部『なかったことにした』んだ。


ベッドに戻って、腰掛ける。

また横になる気にはなれなかった。

夢の続きを見たくなかった。

詳細なメールの内容を知りたくなかった。

自分の罪から目をそらしたかった。

メールの相手がどうなったのかはわからない。

自分の感覚だと、途中でメールのやり取りがなくなって、終わってしまった、そういう結末だったと思う。

だから、俺は潰した。

サイトを。

過去を。

握りつぶして、なかったコトにしたのだ。

もしかすると、自分の記憶喪失も案外自分のせいだったりするのかもしれない。

罪悪感から逃げようとするのが、自分の本質なのかもしれない。

知りたく、なかった。

これならば、記憶喪失のままでよかった。

「……」

歯抜けに戻ってくる自分の記憶。

幼い頃の記憶なんかはまだない。

けれど、中学のそのサイト管理人だった時の記憶だけ強烈に、頭にこびりついて離れない。

この話を、鳴海にするべきか迷った。

鳴海は結構スポーツドリンクを飲んでいたから、きっとまだしばらくは目がさめることはないだろう。

手を組み瞑想し、迷って、迷って。

俺は言わないことにした。

こんな話、しても双方にメリットがないと思った。

することもなく、かといってもう一度眠る気にもなれなくて、俺は部屋の中をウロウロとさまよった。

壁のレンガのつなぎ目を一つ一つ撫でながら進んでいく。

面白い変化はなにもない。

わかっているけれど、他にすることがなかった。

ゆっくりと歩いたのに、あっという間にモニターのある反対側の壁までたどり着いてしまう。

直進距離で百歩もないのだ。仕方がなかった。

俺はモニターに目をやる。

相変わらず、条件を表示するボタンは暗く、押せないままだ。

食事を眺める気にもなれず、俺はまだ見ていなかった衣類の注文の欄をざっと眺める。

……?

チョイスがおかしい。

普通のTシャツやパンツ、ニットにパーカー、ジャージ、寝間着はもちろんのこと……。

ブレザー学ラン、シャツ、スラックス。スーツ。

それが男女ごとに何種類もマネキンに着せられて表示されている。

そうか。

閉じ込められる可能性があるのは、男だけじゃないのか。

もしも鳴海じゃない他の誰かが一部屋目で倒れていたら?

その相手を自分が傷つけなくてはいけなかったとしたら?

時間制限までにちゃんと部屋を出られた自信がなかった。

良くも悪くも、鳴海だったから、出られて今ここにいる。

命があるのだ。

鳴海に、感謝しなくてはいけない。

だがどうやってその気持を伝えたらいいだろう。

『傷つけさせてくれてありがとう』?

そんな言い方、口が裂けたって言えやしない。


「……んん」

鳴海が身じろぎして、目をこすりながら起き上がる。

「……おはよう」

ベッドに座っていた俺は、鳴海の顔を覗き込む。

この様子だと、自分のように悪夢を見ていたとかではなさそうだ。

「おはよ……」

「よく眠れた?」

「思ってたよりぐっすり寝ちゃったな……九条はずっと起きてたん?」

「いや俺も寝たけど、すぐ目が覚めちゃって」

「緊張状態だもんな。のんきに爆睡した俺鈍感なのかな」

「それなんだけど」

鳴海が、枕元のペットボトルに手を伸ばしかけたので止める。

「それ、なんか中に入ってるかも」

「えぇ……マジ……?」

鳴海がげんなりとした顔でうなだれる。

ペットボトルは半分くらい中身が減っていた。

「俺より鳴海のほうが飲んだ量多かったから、そんだけ寝る時間も長かったんじゃないかな」

「水も満足に飲めないっての?どうしろっていうんだよ」

勿論食事も大事だが、人間は水を飲まなきゃ、死ぬ。

「どうしても飲みたくなったら、トイレの手洗い場の水の方がまだ安全かな……」

「うげぇ」

「別に汚くはないんだろうけど、心理的にちょっと嫌だよな」

「そうも言ってらんないけどな……」

「とりあえず顔洗ってきたら?」

「そうする……」

のろのろと鳴海は起き上がり、ベッドを這って俺の横を通り、降りる。

そのまま頭を掻いて、トイレへと消えていった。

頭を掻くのを見るのは、これで三度目だった。

彼の癖なのかもしれない。

「なー!」

「ん」

「タオル、どうしよ」

「適当に服で拭いたら?」

「九条くん案外雑ね……」

個室の中から声が飛んでくる。

さっき顔を洗った時、適当に襟口で顔を拭いてしまったのであんまり深く気にしてなかった。

こういうところでも性格が出るのかもしれない。

「九条目が覚めてからどれくらい?」

「体内時計自信ないけど、3時間位じゃないかな」

やることがない部屋での一人の時間は、とても長く感じた。

だから、体感よりもう少し、実際は短いかもしれない。

「げ、俺やっぱ結構寝てんじゃん。一人で何してたの?」

「部屋うろついて、モニター見て、それでもすることないからベッドでずっと瞑想してた」

「瞑想って」

「たまに聞こえる鳴海の寝言が面白かった」

「うそ!?なんか言ってた!?恥ずいな」

「内容は秘密」

「えぇ……」

「なんてな、嘘だよ。鳴海はずっと静かだったよ」

「お前な……」

「はは」

鳴海と話してると、落ち込んでいた気分が持ち上がるのを感じる。

一人じゃないのは気持ちが楽だ。

相性が悪くない人間ならなおさら。

「……」

鳴海がふと、こちらをじっと見つめてくる。

「?」

「なに」

「なんかさ、ちょっと雰囲気変わった?」

「そう?」

「思い出したりした?自分のこと」

「いや全然」

するっと嘘をついた。

「ふーん……」

鳴海は納得したんだかしてないんだかよくわからない顔で、その後俺の隣に腰掛けた。

「どうする、時間まで」

「そうだな。椅子がないのにずっと突っ立ってんのも辛いから、交代交代モニターの前に立つでもいい」

「二人で向こうにいたっていいじゃん?」

「床に座るの?」

「何枚か服頼んでさ、座布団代わりにしちゃえばいいよな?」

「なるほど……」

服を服としての利用方法しか考えてなかった俺は、鳴海の発想に感心した。

「あー……なんか腹減ったな……」

「なにか食べる?また変なもの入ってるかもしんないけど」

「やめとく……」

眉にしわを刻みながら渋々といった感じで鳴海は食事を諦めた。

「あ」

「なに?」

「服の利用方法」

「おう」

「Tシャツ何枚か頼んで、タオルの代わりにしようか」

「そうね」

二人で立ち上がって、モニターの前に立つ。

衣類の注文から、白いシャツを押す。

しばらくして、ぱさ、と透明な袋に入った無地の白いTシャツが落ちてきた。

「流石にTシャツになんか変なものとかは、ないよな?」

「わからないけど、無いことを信じるしかないな」

「もう一枚頼んでいい?」

「俺ももう一枚頼む」

鳴海がボタンを再度押す。

その後、俺がブルーグリーンのTシャツのボタンを押す。

今着てる服とそう変わらない服だ。

合計3枚の袋を持って、ベッドの方へ戻っていく。

「なんかさサバイバルっぽい」

「野外ではないけどな」

「そうだけどさ」

がさがさ音を立てながら袋からTシャツを取り出す。

白いTシャツに鼻を押し付けて、鳴海が臭いを嗅いでいる。

「……なんかわかるの?臭い嗅いで」

「新品だなぁってことくらい」

「なんか犬みたいだな」

「犬だったらもっと危ないものとかの区別ついたのかな。野生の勘とかでさ」

そうしたら食べていいものと食べちゃ駄目なものの区別もついたかもしれないな、と残念そうに鳴海は言う。

やっぱり結構腹が減っているようだ。

「九条その服着替えるの?」

「そのつもり。……寝汗すごくて」

これは嘘ではない。

「悪夢でも見たの?」

「それが、あんまり夢覚えてなくて」

これは嘘。

「そっか」

けどさして興味なさそうに、鳴海は流した。

「俺もタンクトップ着替えっかなぁ……」

「この後で出される条件がどんな内容かもわからないし、いつ注文できなくなるかもわかんないし、頼むだけ頼んどいたら」

「そうする」

鳴海は小走りでまたモニターの方へ向かっていき、すぐ戻ってきた。

「最初から頼んでおけばよかった。二度手間だな」

「時間は余ってるんだからいいだろ」

「でもなんとなく疲れるし、余計腹減る……」

「食べてもいい。もっかい寝てもいいよ。俺起きてるし」

「寝るだけならいいけどな。なんか他の変なの入ってて体調崩したら嫌じゃん」

「そうだな」

鳴海がまた横に座る。

ベッドの上にはゴミになった透明な袋が四枚。

「着替えるなら、傷、洗ったほうが良くないか」

「確かに」

一部屋目の傷口、さして深くないとは言っても傷は傷だ。

清潔にしたほうがいいに決まってる。

「じゃあ……」

と鳴海がパーカーを脱ごうとして、また固まる。

「ん?」

「いや、なんかさ、あざ、グロいからあんま見られると恥ずかしくて」

「気にしなくていい」

「って言ってもな……」

俺が気にすると言いたげだった。

「どうしても嫌だったら、トイレで脱いだらいい」

「なんかそれ、逆にやらしくない?」

「鳴海のやらしいの基準よくわかんないな……」

二人苦笑する。

「昨日アレだけ話したし、今更か」

「鳴海が脱ぐの恥ずかしいなら、俺が先に着替えたらいい?」

「そういう話だっけ?」

「恥ずかしいんだろ?」

「うーんなんかちょっと違うけど……まあそういうことにしとく」

鳴海が着替えやすいよう、俺は先に服を脱いだ。

そういえば、自分の体をまじまじと見ることもなかった。

俺にも何かしらあざがあったらそれはそれで、ちょっとは鳴海の気も軽くなるんだろうか。

とかなんとか考えていたけど、特に目立ったあざは俺の体にはなかった。

あざは、なかった。


「え……」


鳴海が言葉を失っている。

「?」

自分の見えない位置になにかおかしな事でもあっただろうか。

「九条、お前さ」

僅かな困惑と、信じられない、といったような感情が混ざった声色で鳴海が俺の身体を指差す。

「ん?」

「見えるかな、左の二の腕。ここ、傷がある」

「本当?」

ちっとも気付かなかった。

首を捻り顔を寄せてみると、確かに二の腕の外側に、歪な米印のような傷跡がある。

けれど、それはここ2日や3日でついた傷ではなさそうだ。

少なくとも年単位で時間が経っている、ような。

そんな皮膚の色の違い。

なんだろう。この傷。

明らかに、怪我というよりは意図的に作られた傷跡だった。

「よく気付いたな」

「……」

「鳴海?」

「……あぁ、うん。いや、昨日俺が切ったのも左腕だったから、なんとなく見てたら、な」

もごもごと、言葉を選びながら鳴海が言う。

「歯切れ悪いな」

「……ごめん嘘」

「?」

今の流れで嘘をつく必要があっただろうか?

「俺にも、似たような傷、あるんだよね」

「……は?」

「見たほうが早いか」

ジジ、と鳴海がパーカーのジッパーを下げて上着を脱ぐ。

さっきまでアレだけ躊躇していたのに、どういう心境の変化だろう。

タンクトップだけになった彼は、やはり結構華奢で、その皮膚は青あざだらけで……。

左腕に、昨日つけた傷跡が赤黒い一本の線でしっかりと残っている。

その上、二の腕。

まず力こぶあたりに、円形で抉れたような傷跡があった。

寝る前に行っていた煙草の火を押し付けられた傷跡……根性焼きの痕だろう。

そしてそこから少し斜めに離れた位置……。

俺の左の二の腕と同じような位置に、歪な米印の傷跡があった。

鳴海のそれも、傷ができてから数年は経過しているような気配がした。

「……?」

俺は訳がわからない。

「な」

「……同じような傷があるのはわかった。これが怪我とかで出来た傷じゃないのもわかる。で、これなんなんだ?」

「それは……」

鳴海は黙ってしまう。

「言いたくないなら、いいけど」

無理強いしたってしょうがない。

「これ、さ」

「お前がつけろって言ったんだ、九条」

「……は?」

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