第一話 『デジタル・ビッチと殺伐とした青春を送る、高校生型クローン兵の日常ってのは……。』 その二
トレーラーから抜け出すと、そこには事前情報として頭に映し出されていたモノと、ほぼ同じように見える光景が広がっていた。
焼け焦げた山肌と、半ば吹き飛んだまま、燻りの煙を上げている杉の木の群れ。植林地に、バケモノは落ちて来たらしい。
……なるほど。
本来ならば、あと15時間は休ませてもらえるはずのオレが、戦場に駆り出されるわけだな……。
この植林地ってのは、つまり有力な与党議員の財源の一つだったわけか。そこにバケモノどもが降ってきて、陣地を構築しようとしている。だからこそ、腕をつけたばかりのオレまで、ここに駆り出されている。
『指揮官から、大切なお話しがあーりまーすよー!!みんな、気をつけ!!』
サクラちゃんがそう言って、次の瞬間、脳内にある仮想ディスプレーのなかに、オッサンが映し出される。ああ、欲深く太ったオッサン議員……いや、議員兼、少佐殿か。
『諸君!!バケモノどもが、我々の建築資材を喰らっている!!早急に、排除したまえ!!以上だ!!』
「……端的な命令で、良かった。長い演説を頭の中で響かせられるより、マシだ」
「そうだよな、108号。頭のなかは、サクラちゃんの専門ステージだもんな!!」
「……気合い入れていくぞ、ハイルー、サクラちゃーん!!」
オレは、サクラちゃん信者たちが嫌いなんだが、サクラちゃん信者たちは、戦闘能力が平均より高いそうだ。それが、サクラちゃんを政府が引退させない根拠の一つにもなっている。
『じゃあ、いっくよー!!』
「……へいへい」
サクラちゃんが、ようやく頭のなかから消えてくれる。ここから先は、予測用のデータと、ドローンからの情報だけが、脳内ディスプレーに映ってくる。ああ、頼むぜ。新しい右腕。
……動いてくれよ。
神経接合手術ってのは、上手く行ったと医療技官には言われている。まあ、失敗してたら評価下がるだけだから、失敗してても、上手く行ったと言うに決まっているんだがな。
……右手の指を、開いたり閉じたりする。
動く。動くぞ。今まで、神経とか筋肉の癒合を待って、可能な限り動かさなかったが。どうにか、やれそうだ。同系統の『兄弟』、仇は―――いや、そうか、お前、アンチ・サクラちゃんに殺されたのか。
……もっと、カッコいい形で死んだヤツの腕が欲しかったが、クソ!!いいさ、ムカつくことに、器用に指が動く!!思い通りに、腕が動きやがる!!……なんか、ちょっとイヤだが、どうにか戦えそうだぜ。
新しい右腕で、パワードスーツの腰裏に備え付けられている『バケモノ斬り』を取り出す。切れ味重視の刀だよ。弾丸は、使うと給料から天引きされる。それでは、ラーメン屋の開店資金も、学費も払えそうにないからな。
……しかも、肉弾戦のほうが、敵の殺害数に反映されるんだ。いいことだ。集中砲火なんかで敵を倒しても、殺害数に反映されないんだぜ?……戦い損だ、そんなもの。
だから。
スレイヤーというポジションが気に入っている。
敵に切り込み、仕留める役目。
下手すると、殺されちまうし、大ケガすることも多い。だが、稼ぎがいい!!『バケモノ斬り』をブン回す!!
腕の接合部位には、微妙に痛みが走る。麻酔も効いているから、にじむようなイヤな痛み。好きじゃない感覚だ。
でも。
文句言っている場合じゃない。
「来たぞ!!」
「バケモノどもだぜ!!」
「今日のは、白いヤツ!!『天使』だぞッ!!」
兵士どもが叫ぶ。ああ、斜面から上って来ているな。たしかに、白い。通称・『天使』型。キリスト教とかイスラム教圏では、そういわれちゃいない。白がα、黒がβと呼ばれている。
何でか?
宗教的な気遣いだろう。50年前の『最後の審判』も、あそこらのお国じゃ、そう言われないようだ。宗教ってのは、世界が滅びそうになればなるほど、強くもなる。好きな地下ネットから得た情報だ。
キリスト教徒からすると、この白いバケモノどもが『天使』なはずが無いってことらしい。元々はキリスト教徒の国々で言い出したらしいのに、時代が変わると、色々と変わるらしいな。
「撃てッ!!」
「サクラちゃーん!!」
α、あるいは『天使』、あるいはモンスター。もしくは、バケモノ。何だっていいさ。
ズドドドドドドドドド!!
銃撃の音が聞こえた。巨大なダニに似た形の『天使』に、戦友たちが銃弾を浴びせている。いい射撃の腕前だった。十本以上ある、甲羅に覆われた脚に対して、的確に銃弾を浴びせているな。おかげで、アイツは動きが悪くなっている。
勤務時間は戦争で連携し、培養槽のなかでの休暇中にはVRMMOで連携しているだけはある。ビジネスとプライベートと、いつも一緒、ちなみに遺伝子と構成されているタンパク質まで同じ。
……これが、日本兵の強み。連携だけは一流だよ。男子高校生型クローン兵士の戦績は、他の兵隊どもより、4%も上等なんだよ。
「108号!!」
「突撃しろ!!サクラちゃんに、勝利を捧げるんだ!!」
「……おうよ!!」
オレは走る。銃弾の雨のなかを。フレンドリー・ファイヤの少なさも、オレたちの売りじゃあるんだ。VRMMOのおかげかな?
弾丸の突風に混じって、パワードスーツに強化された骨格で戦場を走り抜ける。斜面を登って来た、巨大な白いバケモノに向かって、飛びかかる!!ヤツの目玉がたくさんあって、巨大な口がある頭部!!
そこに目掛けて、『バケモノ斬り』を叩き込んだ!!
加速、落下による体重、強化された腕力と、『バケモノ斬り』の強さ!!それらがかけ合わされた一撃だった。深く入り、大きく壊していたよ。
『ぎゃがががひいいいいいいいいいいいい……ッ!!』
太い甲殻が減し割れて、頭部の奥にある神経系にダメージが入ったと、戦闘補助AIちゃんが教えてくれる。
「爆ぜろ、『バケモノ斬り』ッ!!」
『おっけー!!』
オレの言語コマンドに反応して、ヤツに食い込んだ『バケモノ斬り』の一部が、炸裂する。『バケモノ斬り』ってのは、バケモノどもの体に叩き込んだ直後に、強烈な振動を与えて、ヤツらを中身から壊す兵器だ。
斬りつけて、内部に破壊を与える……。
最高の格闘武器だと、個人的には考えている。楽しいよ。こういう乱暴な武器を操るってことはさ。
『天使』の頭部に、強烈な振動が放たれて、その内部の神経系に壊滅的なダメージが与えられていたようだ。
12メートルぐらいある、巨大なダニが、ゆっくりとその力を失い倒れていく何トンあるのか分からない。だが、『天使』だろうが『悪魔』だろうが、コイツらの弱点というのは、おおよその場合で頭部だ。
『……74%の敵性生物で、その弱点は頭部の神経中枢部です』
戦闘補助AIが、頭のなかで語りかけてくる。
このお節介なAIどもは、オレたち男子高校生型クローン兵士の思考に対しても、ツッコミや捕捉を入れてくる。あまり好きな感覚じゃないけど、便利と言えば、便利ではあるんだよ。
「すげーぜ!!108号!!」
「やるなあ!!」
「……まあな」
勝利を褒められるのは嬉しい。しかも、これを倒したポイントは、オレに入る。スレイヤーってポジションは、なかなか美味しい……ッ!?
死んだはずの、『天使』が動いていた。その10本もある脚が動き、オレを打撃しようと振り回してくる。必死に躱し、仲間たちの弾幕の下へと逃げ込んでいた。
74%の方じゃなかったのか?
……そうじゃないな。アイツの中に、『悪魔』が寄生していたんだ。アイツらは敵対関係らしい。衛星軌道上じゃあ、静かに冬眠し合っているらしいが……ちょっとでも地球に近づけば、戦いになる。
戦いで押された勢力が、そのまま引力に捕まって落ちてくる時も多いが、まれに引き分け状態で落ちてくることもある。
この『天使』は、中に『悪魔』が入っていたようだな。じゃあ、さっきのポイントは、どうなるんだろう?
『……もちろん、取り消しです』
251になっていたカウントが、250に戻っていく。何とも、さみしい瞬間だった。あの命がけの攻撃は、一体何だったんだろうな。
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