序章
序章 『月が割れた日。』
―――むかしむかし、夜空から『月』が消えてしまいました。
でも、それはおとぎ話に出来るほど古い物語ではありません。わずか50年前、西暦で言えば1999年のこと。
その日、前触れ一つなく、私たちの衛星、『月』は消えたそうです。
有史以前、文明さえなかった時代から人類が見上げつづけてきた夜空の圧倒的な支配者。無数の神を夢想させ、楽園や聖地をその場所に連想させた、私たちの幻想の根源の一つ。私たちが、最も多くを送り込んだ地球外の土地。
その『月』は、唐突に消えた。
……地表から観測された各種の物理学的データから検証されるに、地球のおよそ81分の1という巨大質量が、わずか数分間のうちに分解されました。正確には、120秒から278秒の間に……。
分解された『月』の質量は、二つの存在に分かれていきます。
月の欠片が形作ったのは『白い巨人』たちと『黒い巨人』たち。彼らはお互いをはげしく攻撃しあいました。
まるで、お互いが運命に定められた敵であるみたいに……。
衛星軌道上で繰り広げられる百億の巨人たちの殺しあい。生態系の頂点にあったはずの人類には、この戦いに介入することも許されなかった。
私たちは、それをただ呆然としながら見守ることしかできませんでした。
その事象を完全に理解する術は、当時の科学者はおろか現代を生きる私たちでさえ持っていないのです。
天空よりも高い場所で戦いつづける白と黒の巨人たち。
そんな彼らのことを50年前の人々は畏怖を込めて『天使』と『悪魔』と呼びました。そして、『天使』と『悪魔』が争いつづけたその日に、聖書のイベントに因んだ特別な名前をあたえます。
善と悪の最後の戦い。終末の日の記述。
『最後の審判/ラスト・ジャッジメント』。
……『月』が消えてしまった日のことを、私たちはそう呼んでいます。