世界の終わりに足音は儚く
読んでくださると幸いです。
――猿飛ヒナは終末を知っている。それはまるで質の悪い夢のような儚いものではあるが。
さて、おさらいをしておこう。
猿飛ヒナは世界平和を目的として各国が同額の資金を提供し作り上げた人工島、日本名にして《白い鳩》、世界的には《エリア=ゼロ》と呼ばれる場所で生まれた純日本人の血を引く自他ともに認める美少女である。
運動能力が高く、父が剣客で母は忍者という二人の間に生まれたこともあり戦闘能力が異常に高い。その戦闘能力の高さから《白い鳩》の守護者統括補佐を任されるほどで、裕福な家柄であることもあって何一つ不自由なく生きてきた。
十五を越える頃には守護者統括である父を超え、忍術では母をも凌駕してみせた。《白い鳩》内で彼女に敵うものなどおらず、名実ともに《白い鳩》最強の人と噂されることになる。
だが、そんな彼女でも世界の終わりにだけは敵わなかった。
空に浮かぶは巨大な緋色の岩石で作られた杭。
そのさらに上空には空の八割を埋め尽くす両開きの大理石の扉。
そこから覗くはあまりにも大きすぎる一つ目巨人の眼光。
母なる大海には風呂の栓を抜いたかのごとく巨大な渦潮が発生し、その中央から這い出るように不定形のそれは姿を表す。
“闇より深い漆黒のもの”。液体でありながら気体であり、気体でありながら固体であるそれは、実に百八もの触手をもって生きとし生けるすべての生命を喰い、どす黒い血を吐き捨てる。その血から小さくなった“闇より深い漆黒のもの”がさらに生まれ居でる。
ねずみ算のように増えていくその過程を見続けながら、彼女の歩みはとうとう止まってしまった。
人並みの努力も、鬼の如き才能でも、どれほど周りの人物に愛されようとも、ヒトは人の幸福に押し潰されるのだ。人が吐き捨てた醜悪なまでの幸せは、やがて全人類を侵していき、最後には吐き捨てた本人すらも侵し尽くしてグチャリと音を上げて押し潰す。
人の幸福が最後にたどり着くのは、恐怖そのものだった。
誰もが下を向き、恐怖に震える中でたった一人の青年だけが天上に向けて叫ぶ。
その威勢は我ここにありと。
その声色は決して屈さぬと。
その風格は威風堂々と。
青年は輝ける右手を誇張するように掲げ、希望の輝きを持って叫ぶのだ。
「今は勝利の余韻に浸れクソ野郎。たとえ幾百、幾千、幾万もの敗北を味わおうとも、人類はやがてテメェを越える。俺がテメェを否定する!! 覚えておけ……その魂に焼き付けろ。俺は黒崎颯人…………いつかテメェを踏み越える男の名を決して忘れるな!!」
その叫びを以て、世界は一旦の終わりを迎える。
そして、新たな世界が始まった。彼女は眠い目を擦りながら、今日国連総合議長によって派遣されるという青年の情報を眺め、足早に支度を始める。
そこには《極東の最高戦力》……“黒崎颯人”という名が書かれていた。