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ウシはいない。
「死因は?」
訊ねられた天使候補は、うつむいて言った。
「ウシが」
「ウシ?」
「ウシが、いるんです」
「はい?」
ぽかんとする面接官に、天使候補が語る。ウシはいない。
「最初は、遠くから視線を感じるだけだったんです。後ろに、ウシがいる気がして、後ろを振り向いて、でも、なにもいない」
言いながら、天使候補は後ろを振り向いた。
まるで、なにか視線を感じたかのように。けれど、天使候補の後ろには、なにもいなかった。ウシはいない。
「だんだん近付いて来て、気配を、感じるようになって」
天使候補が、腕を抱く。なにか気配を感じたように。ウシはいない。
「鼻息を、感じるようになって」
天使候補の肩が、びくりと跳ねる。なにかに息を吹き掛けられたように。ウシはいない。
「そうして振り向いても、ウシは後ろにいないんです」
天使候補がまた振り向く。ウシはいない。
「そのときは、日中に外出したとき背後に感じるだけだったんですけど、だんだん、まばたきの向こう側にも気配を感じるようになって」
まばたきするたび、天使候補は忙しなく視線を巡らせる。ウシはいない。
「日中だけじゃなく夜に外出しても気配を感じるようになって」
天使候補がまた振り向く。ウシはいない。
「家でも、気配を感じるようになって」
天使候補が机の下に視線を向ける。ウシはいない。
「寝ようとして目を閉じると、そばにウシがいるように感じて」
天使候補が目を閉じる。ウシはいない。
「体温を、感じるようになって」
天使候補が横に手を伸ばす。ウシはいない。
「声や匂いも、感じるようになって」
天使候補がスンスンと鼻を鳴らす。ウシはいない。
「でも、いないんです」
天使候補がなにかを撫でるように手を動かした。ウシはいない。
「そこに、いるはずなのに。いるのに。目には、見えないんです」
目を開けた天使候補が眉を寄せる。ウシはいない。
「それが気になって、眠れなくて、仕事にも集中出来なくて、睡眠不足で」
天使候補が後ろを見る。ウシはいない。
「赤信号に気付かず道路に出て、轢かれました」
天使候補が後ろを、じっと、見つめる。ウシはいない。
「ウシは、いませんよ?」
面接官の言葉に振り向いた天使候補は、不意に顔を明るくした。ウシはいない。
「ああ、そこにいたんですね」
天使候補がにっこり微笑んで、面接官の後ろに手を伸ばした。ウシは、いない。
「え?」
ふと、ぴくりと身を揺らした面接官が、後ろを振り向く。ウシは、
ウシは、いない?
m(__)m




