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あひるさん
「死因はなんですか」
「オチから言うと溺死です」
「お、おう……」
反応に困った面接官に、天使候補が訊ねる。
「経過を聞きたいですか?」
「差し支えなければ……」
「わたしは差し支えありませんよ」
「え……?」
「あなたは差し支えるかもしれませんが」
若干、いや、かなり不安げな顔になった面接官に、天使候補が問う。
「それでも聞きますか?」
「……お願いします」
ひどく躊躇しながらも、面接官は先を促す。
「わかりました。まあ、大した話でもないんですが、ことの始まりはリストラを受けたことですね」
「リストラ、ですか」
「ええ。リストラです。会社をクビになって、次の日デートで、クビになったことを彼氏に話したら振られまして」
淡々と語る天使候補と対照的に、面接官の顔色がだんだんと悪くなって行く。
「金持ってそうだから付き合ってたのに無職ならいらんと」
「……とんでもない男ですね」
「ええ。びっくりですよ」
びっくり、と淡々と語る。
「会社都合退職だから退職金がたんまり出てるとか、すでに次の職場は決まってるとか、むしろヘッドハントのお声掛かりのせいで退職させられたとか、まだ言うことあったのに、聞く前にバッサリですからね」
「……逃がした魚が大き過ぎる」
天使候補は肩をすくめた。
「それでまあ、今まで彼氏に費やした時間の無駄さを思い知って、つい自棄になって、ひとりであひるさんボートに」
「……ひとりで?」
「ひとりで」
「……あひるさんボートに?」
「あひるさんボートに。それで、漕ぎ出して池の、」
「いやサラッと流して良いとことちゃいますよ!?」
しれっと話を続けようとした天使候補へ、面接官が渾身の突っ込みを入れた。
「なんで、ひとりで、あひるさんボートになんか」
「そんな日もありますよ」
「あってたまるか!!」
どんっと机を叩いて、面接官が叫ぶ。
「そうですか?」
「そうですよ!」
「まあ、自棄っぱちだったので」
悪びれもせずに天使候補は言ってのけた。
「で、乗ったボートで池の真ん中目指して漕ぎ出したんで、」
また口を挟もうとした面接官を、天使候補がひと睨みで黙らせる。
「漕ぎ出したんですよ」
「ハイ……」
「で、漕いでる途中で違和感はあったんですが、なにせアングラーハイみたいなもんだったので、気にせず進み続けたところ、池のど真ん中であひるさんボートがバリバリっと」
「バリバリっと?」
「真っ二つに」
面接官が顔全体で、うわぁ、を表現する。
「浮力を失えばあんなもん鉄の塊なんで、沈むわけです」
「泳いで逃げるとか」
面接官の言葉で、天使候補が厭世的な笑みになった。
「あひるさんボートってね」
面接官が、息を飲む。
「シートベルトが、付いてるんですよ」
言葉をなくした面接官を尻目に、天使候補は続けた。
「古いシートベルトで錆び付いてでもいたのか、単にわたしが慌てていたからか、外れなくて」
かと言って引き千切れる腕力はないしと呟き、天使候補は話をまとめる。
「そのまま沈む舟に引きずり込まれて、溺死です」
なにも言えない面接官へ、天使候補が語り掛けた。
「会社をクビになり男に振られた女が、ひとりであひるさんボートに乗った挙げ句、事故で死亡」
うわあああ……と、面接官が両手で顔を覆う。
天使候補は無情にも続けた。
「端で聞いたら、どう思うんですかね」
「聞かなければ良かったぁぁぁあア!」
共感性羞恥に悶え苦しむ面接官を見下ろして、天使候補は言った。
「だから言ったじゃないですか」
m(__)m




