41:忠告_館
大通りから分岐している路地の一つ、その暗がりに男達が集まっている。
「店の中に居たか?」
「いません」
「何処に行ったんだ」
「いきなり消えたよな」
「ああ、どうなってるんだ?」
「解らん」
「さっきまで一緒にいた奴等はどうしたんだ?」
「奴等は、親しそうだった受付嬢の一人を攫いにいった」
「そうか、バカだな」
「ん?」
「どうした?」
「今ここに誰かいたよな?」
「そうか?」
「気のせいか」
気付かれないよう、静かに尾行している。
女の一人が別れ、住まいに入っていく。あと四人、ギルド長のセザールと男のギルド職員に受付嬢二人。
そのうちの一人、ロザリーと言う娘が今回のターゲット。
「いつ攫うんですか?」
「一人になってからだ」
「爺と弱そうな男だけじゃないですか、あんなの簡単にやれまさあ」
「爺はギルド長のセザールだぞ、退いてはいるが一線級の戦士だった奴だ」
「手ぶらじゃないですか、相手になりやせんよ」
「冒険者を舐めるな、それにセザールに顔を見られるのは不味い」
「そうです...か...」
ここで、二手に別れるようだ。
もう少し、あのロザリーという娘はセザールの家の近くだが住まいは別だ。
一人になったところを攫えばいい。後はフジワラに証拠として剥いだ爪でも切った指でも見せればいい。
それほど関係が深いと言いづらいフジワラは、ロザリーという娘を見捨てて言いなりにならないかもしれない、だが、その場合はセザールを脅せばすむことだ、ギルド長の権限を使わせフジワラを追い込むことが出来るだろう。
あの生意気な男の悔しがる顔を見てみたい。
「さっきまで楽しそうに話していた娘が自分のせいでボロ屑のようになったら、悲しむだろうな」
少しでも縁のあった娘が、自分に係わったせいで理不尽な暴力にあう。それを知った時のフジワラの反応を想像する。
「そうだな、悲しむというよりブチ切れるんじゃねーかな」
想像していた男の声がする。
「!!!」
振り向けば、フジワラが立っている。
こちらを覗き込み、何か考え込むフジワラ。
「ん、あー! あんた迷宮で会ったな。もしかしてあのときの恨みか?」
「な、な、」
「ん、なんでか? 追っかけてきたからだぜ。んで次のなは、仲間はか? みんな殺したぜ」
「え?」
「しかし、ネチネチとちっちぇー奴だな、ま、お前には色々聞くから、取り合えず喋れる状態でいてもらうわ」
何かが腹の下辺りを真横に通り抜ける。
チンッ!
とすんだ音をたて、フジワラがいつの間にか持っていた刀が、虚空に消える。
ストンッと落ちる。
グチャと下でなにかが、はみ出る音がする。
手首が地面に当たる。手ではなく手首が当たる。
トンッと後頭部に自分の下半身が倒れてくる。
……………………手の無い腕で、腹から上の無い、自分の下半身を後頭部からどかす。
……………………どかした下半身の両足の横を見ると、手首から先の手が落ちている。
……………………上下二つに別れて落ちたの?
何が起きたか理解する。
「――――――!!!」
悲鳴が、音にならない。
「俺の質問に答える以外の声は掻き消されるぜ、風魔法の静寂だ」
自分より仲間に対する凶行を好としない性格の者がいる。
自分の危機は楽しみながら切り抜けるが、仲間を危機に貶めるものには一切の容赦をしない者がいる。
先日、冒険者ギルドの受付で起きた騒動。剣鬼を愚弄された時のフジワラの反応。もしあれを見ていれば、この男はこのような行動におよばなかったのかもしれない。
フジワラが、恐く笑いながら言う。
「直接、俺に来たんなら一度くらいは大目に見たかもしれないけどな、これはダメだ」
この男が先程まで考えていた事。ロザリーという娘を、フジワラを、どう痛め付けようか?
そんな妄想がただの遊びだと思えるような、この男にとって、人生で初めての、生きた地獄が始まる。
男の首をアイテムボックスにしまう。
「フジワラ様」
ゴルジフの暗部が声を掛けてくる。見ていたのは承知している。
見せたのはゴルジフに対する警告の意味も含めてだ。声を掛けてきたと言うことは全て了承した、もしくは声を掛けずに消えるのは不味いと判断したか、どちらでも問題はない、警告としての効力は発揮される。
「護衛を続けてくれ、もしまだあるようなら死体を届けてくれ。そうすれば俺が全て聞く」
どういうことかは、見ていたなら理解出来るはずだ。死ぬ事が終わりにならない永遠の拷問。
「……わかりました」
「なんだ、俺が厳しいのは敵にだけだぜ」
「……はい」
「敵なの?」
「いえ! そのようなことは!」
若様の命令で敵になった時の事でも想像したのか?
ま、ゴルジフはもう契約で縛ってあるから敵になることは無いんだがな。
深夜、町長タリエリの館。
ふと、何かの気配に目を醒ます。
執務室で寝てしまったらしい。
部屋を見回す。
いつもの執務室。毎日使っている部屋だ。
しかし、なにかが違う。
静かすぎる。
そう、この部屋がではなく、この館が静かすぎるのだ。
なぜ、この時間になっても誰も起こしに来ない?
もう一度、部屋を見回す。
今度は異変に気づく。
いや、そういう問題ではない。
さっきは何も無かった机の上に生首が乗っている。
人の顔がここまで歪むのかと思えるほど、何かに恐怖したかのようなその顔に見覚えがある。
「こいつが何をしようとしたか知っているか?」
なにもない空間から声がする。
瞬間、声の主が誰であるか理解する。
「知らん。私は関知していない」
「そうか、けどこいつは、あんたの手駒だろ」
「知らん。証明が出来るか?」
「証明が必要か?」
そう、このような事が出来る者にとって、証明などという事は必要ない。
呼吸が止まる。
何をしたのか、体が、生命活動を、、拒否して、、呼吸が戻る。
「ま、いきなりって言うのもアレだな。今回だけだ。俺から手を引け」
いつでも殺せるという脅しか。
「お前は誰だ?」
ここは、シラを切る以外方法が無い。
「……解ってないな。まあいい、忠告はした。俺の言った意味が解らないならそれだけだ」
次は全員の頭に永遠がつくぞ...
……………………
…………
……
消えたのか?
――――!!!
机の上の首も無くなっている!
部屋を出る。
衛兵は...眠ている!?
まさか、全ての者を眠らせたのか?
唐突に、最後の言葉が頭をよぎる。
私は、悪夢を見ているのか?




