04:宿
バラの宿。
薔薇という花は、よく家紋に用いられる。
それを名に冠する宿だ。家紋を持つ者御用達の宿という事になる。
少し迷ったが、宿に入る前に鎧を脱ぎ緋色のローブに着替え直した。
これはローラン王国の宮廷魔術師専用の装備。まあ、貰い物なんだけどな。
「お一人様でございますか?」
「ああ、部屋は空いてるかな?」
「はい、どのようなお部屋をご所望でしょうか?」
「一番いい部屋で頼む」
フッ! 一度言ってみたかった台詞だ。
さすが貴族御用達の宿。このローブが何か分かっているようだ。
「一泊金貨五十枚のお部屋になりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。十日分前払いしておく」
ローブの内に手を入れ、魔法の鞄から取り出したように見せて、アイテムボックスから金貨百枚を五回に分けて取り出す。
ちなみに金貨五百枚は、普通の家庭なら一年間贅沢な暮らしが出来る額だ。
「金貨五百枚、確かにお預かり致しました。お客様、サインをお願い致します」
宿帳にサインをする。身分証の提示は求められない。金とローブの力は偉大だな。
俺の冒険者カードはローラン王都のギルドカードだが、貴族街にある冒険者ギルドではなく市民街にあるギルドのカードなのだ。
まあ、ローラン王都の冒険者には変わりないが市民街と知れると扱いが少し変わるというか、部屋のランクを落とされて案内される可能性もある。
だが今は、ローラン王家に仕える宮廷魔術師がスキルの迷宮へ探索に来たという認識だろうから、最高級の扱いをされるはずだ。
「ご案内いたします」
メイドさんが部屋に案内してくれるらしい。美人さんだ。
明日からは、いつもの格好でいいだろう。
出掛ける時に自分の身分は「内密に」とでもいえばいい。
緋色のローブは目立つから着ないと思うだろうし、俺の情報も一切とはいえないだろうがある程度守られる。
やたら広い部屋に案内される。
「無駄に広いな」
風呂とシャワーもある。魔道具か豪勢だな。
「何か、お飲みになりますか?」
「ん、ああ。コーヒーとかある?」
「はい、少々お待ち下さい」
コーヒーがあるのか、意外だな。
コーヒーの独特な香りが部屋に満ちる。悪くない。
ズズズッ...
ズズズズズッ...
うーん。
「あのー、」
「はい」
「いつまで居るの?」
「はい、私はこの部屋専用のメイドで御座います」
え、なにそれ?
「もしかしてずっと居るの?」
「はい、お客様の身の回りのお世話をさせていただきます」
…………
……
いや、別にエロい想像などしていない。
王族や貴族は、自分のケツを自分で拭かないと聞いた事がある。比喩的な表現でなくそのままの意味でだ。
ま、そういう意味のお世話なんだろうが、自分の事は自分でやるし、知らない他人が部屋にいてくつろげるほど俺の心は広くない。
「用があったら呼ぶので、部屋では一人にしてくれ」
「分かりました。御用の時はそちらの呼び鈴をお鳴らし下さい」
「分かった。それと、これから出掛けるので夕食は要らない」
「分かりました。明日の朝食は何時にいたしましょう?」
「七時で頼む」
「はい、では失礼いたします」
なんか自分の口調が貴族っぽいとか思いながら受け答えをする。まあこの宿では、宮廷魔術師の設定だしいいか。
……エロいことを考えて無いといったが、おそらく望めばその様なサービスもあるんだろうな。
クソみたいなこの世界には人に優劣が存在し、劣側の命の価値など無いに等しい。
強制的に人を隷属させる魔道具も存在し、隷属させられた人はモノとして扱われる。
こんな世界で、知らない相手と一晩を共にする勇気とか俺には無い。
興味は大いに有るが、勢いの行動が許容されるほどこの世界は甘くない。
死が何時も隣に居るこの世界。
何に気をつけるか、古今東西人を簡単に殺める方法は三大欲の最中と言われている。
睡眠欲、寝首を掻く。
食欲、食事に毒を盛る。
性欲、情事の最中に襲う。
つわものと呼ばれた者の末路は大体このどれかだ。
ま、これは俺の偏見だな。
ベッドに腰掛ける。フカフカだ。
そのまま両手を広げ背中からベッドに倒れこむ。気持ちがいいな。
睡魔と闘いながら。気配察知を発動し周囲の状況を把握する。
最上階のこのフロアには部屋が四つ存在していた。
全てが角部屋となり、間は通路で区切られ隣り合った部屋は存在しない。
部屋の外、扉の前には誰も居ない。通路も人は居ない。バルコニーも問題ない。上、天井裏にも人の気配は無し。下は、潜める空間が存在しないな。
まあ、バルコニーや天井に人が潜んでいたらシャレに...
……ああ、不味い、寝てしまいそうだ。
「ッシャ!」
気合一発、跳ね起きる。
ローランから休み無しで来たから流石に疲れてんな。
「けど、こんな場所でチンタラしてらんねー」
とっとと目的の物を手に入れて帰えらねーとな。




