36:マルガリータ
ブクブク太った女、それが第一印象。
「初めまして、勇者様」
笑いを含んだその言葉が僕をイラつかせる。
ああ、殺そう。
こんな汚いオバサンは生きてるだけ無駄だよね。
「オニイチャン」
僕の意識の変化に気付いたのか、ファムタンが心配そうにこちらを見ている。
ファムタンの首には赤い首輪がつけられている。隷属の首輪、僕が外してあげた物がまたついているのだ。
「なんだい、もしかしてこのオバサンを殺そうと思ったのかい?」
「そうだけど、ダメかな?」
「カッカッカッ! どうぞ好きにするといいよ、アタシが死んだらこの子も死ぬけどねえ」
「なんだって?」
「アンタを生き返らせるために、アタシとそういう契約を結んだのさ」
「な、なんだってぇ!!!」
「オニイチャン、ゴメンナサイ」
謝る必要なんか無いよファムタン。僕が死ぬ予定なんか無かったから、ファムタンにお金をまったく渡してなかったんだ。
それを僕を助けるために、せっかく解放された奴隷にまた戻る事で蘇生費用を捻出してくれたんだね。偉いよファムタン。
「幾らだ?」
「何がだい?」
「その子の値段だ、僕が買う」
「売りもんじゃないからねえ、おおっと、アタシを殺したら、さっきも言ったよねえ」
「生き返らせるから問題ない」
「そうかい、じゃあ殺すといいよ」
「ああ、死ね」
一度死ねば隷属の契約も切れる。その後にファムタンだけを生き返らせればいい。
これこそ、一石二鳥だ。幸い僕が生き返ったときに光魔法スキルのレベルは4のまま落ちなかったから蘇生の呪文も使える。
蘇生時に何かスキルかステータスに劣化が出るけど、外見が劣化しなければ問題ないからね。ファムタンは僕が守るから多少能力が低くても問題ないしね。
「ああ、忘れるとこだった。勇者様は可愛いお嫁さんがいっぱいいるんだねえ」
「――なんだ?」
「ほら、この髪は誰のだったかねえ?」
「!!!」
「こっちの綺麗な金髪は、貴族のご令嬢だったっけねえ?」
「――オマエ!!!」
「オオット、怖い怖い。アタシを殺すと大事なお嫁さんにはもう一生会えなくなるかもねえ」
「――グッウゥ!」
このクソババア、僕の嫁達を一体どうしたんだ。僕の物を勝手にどうにかしようなんて!!!
「…………どうしたらいい?」
呆れた様な顔でこちらを見て、ファムタンをみるババア。
「あんたの元ご主人様は、礼儀を知らないねえ。助けてもらった相手をいきなり殺そうなんてねえ」
「――ゴメンナサイ」
「オイ! どうすればいいんだ!?」
「……それが人に物を尋ねる態度かねえ、ねえ、ファム」
「ゴメンナサイ、オニイチャン。ご主人様のいう事を聞いて」
スキルの迷宮攻略を条件に、ファムタンの開放の契約を結ぶことになった。
「細かい契約の確認をするよ、こっちに詳細が書いてある。読むかい?」
「いい、迷宮を攻略すればいいんだろ」
「まあ、そんな感じかねえ」
「どこにサインをすればいい?」
「ここに、自分の血を使ってサインをしておくれ」
「血だと?」
「ああ、本人の同意の証に血を使うのさ。正式な契約の常識さね、勇者様も貴族と関係があるなら知ってるだろう?」
「あ、ああ、当然だ」
血でサインをする。
ズクンッ!
何か体の奥が脈動する。なんだ?
「解約成立だね。では、今から勇者様はアタシのお客様だ」
チリンッ! と鈴を鳴らすと、冒険者風の男達が入ってくる。
「どうも勇者様」
「明日から攻略に同行する者達だよ、顔合わせと打ち合わせも兼ねてうちの店で遊んでおいき」
「なっ! おい、待て」
「ああ、心配しなさんな。迷宮にはファムも同行させるよ。けど、ここでは駄目さね。逃げられても困るからね」
「…………わかった」
勇者が出て行く。
……マルガリータの隣に座り込んでいたファムが立ち上がり、隷属の首輪を外す。
伸びをするファムを見ながら呟く。
「わかっているのかねえ」
「何をですか? おそらく何もわかって無いと思いますよ」
「さすがに死んでいるんだから、攻略法くらい考えてるだろうさね」
「そうは見えませんが、あれは考えの足りない子供ですよ」
「誰にも飼われずに生きていたのだから、何か隠し球くらい持ってるだろうさ」
「ボクの奴隷になったことも気づかないバカなのにですか?」
「……そうだよねえ」
完全な隷属契約を結ぶには本人の意思による契約書へのサインが必要になる。
蘇生時に半強制的な隷属状態にし、本人が拒否すれば色々と弊害が出るが強制隷属を実行するが、もし本人も承諾し契約した場合、血に完全な隷属刻印が刻まれる。
マルガリータ様...
「なんだい?」
………………
「ファムなら大丈夫だよ、お言い」
フジワラについて報告される。
攻略初日で最下層を周回した事、既に貴族側に属している事。
「ファム、最下層で会ったのかい?」
時間的におそらく同じタイミングで攻略していた事になる。
「……遭ってませ、ん」
語尾が小さくなる。
思い当たる事がある。
「あの時...でも...本当に居たのなら...」
何者かの気配と、尻尾を触ってきた何か。
「心当りがあるのかい?」
「はい、でも、もしそうだったとしたら...」
「相当ヤバイのかい?」
「――はい」




