01:道行き
スキルの迷宮。
その最下層を攻略すると、望むスキルが手に入るという。
数年前に攻略され、閉ざされたままであったその扉が最近開放された。
俺は今、その迷宮が存在するブオトの町行きの乗り合い馬車に揺られている。
揺れる馬車内を、ユラユラと男が近づいてくる。
「なあ、ニイチャン。あんたも冒険者か?」
「…………」
取り合えず、目を瞑ったまま無視する。
「チェ! 寝てるのか」
言いつつ、男が身を寄せてくる。あー、面倒臭えなぁ。
気配察知スキルで乗客の位置は分かっている。こいつはワザワザ離れた場所に座っている俺の隣に来て、周りに聞こえない程度の声で話しかけている。つまり、俺が寝ている事を確認しに来たのだ。
……………………
………………
…………
音も無く伸びた手がローブの中に差し込まれる。
スッとローブに入ってきた手を掴み外に出す。
「冒険者だ。あんたもそうならよろしくな」
掴んだ手を無理矢理開きギュッと握手し、ニッと笑う。
「オ、オゥ。よろしくな、アゥチ!」
言いつつ離そうとする手を強く握り締める。ゴキッ! と聞こえたが気にしない。
「なんだよ、仲良くしようぜ。よければブオトの町について聞きたいんだが」
「わ、わりぃな、よくしらねえんだ」
ボキッ! と手の中で音がする。
「嘘はいけない、商売道具が壊れるぜ?」
ブオトの町。
ブオトと言う村の近くで発見された珍しい迷宮。
各層に存在するボス部屋から低い確率でスキルの巻物がドロップするという。
低い確率というが、一般的な迷宮の最下層でスキルの巻物が出る確率と比較すれば十分高いといえる。
スキルという物は色々存在する。
剣術スキル等の武技スキルや、火魔法、水魔法等の魔法スキル。
例えば、回復の呪文が使える光魔法スキルは、持っているだけで将来が約束される。治療士として高額な報酬を得る事が出来るし、国家や貴族から仕官の招きも枚挙に暇が無い。
先天的に何某かのスキルを持っているものは恵まれている。
しかし、スキルを持たない者がそれを得る方法も存在する。それは、自身に覚えたいスキルの巻物を使用する事である。
当然、有用なスキルの巻物は高額で取引されるようになる。
そのスキルの巻物が相対的に高い確率で排出される迷宮が、ただの村の管理物として放って置かれるはずもなく、その土地を自身の管轄領として主張する貴族や、有力な商人等々が権力や資金を使い占有しようと凌ぎを削る中、中立を望んだ村の招致で冒険者ギルドが支部を置く事となり、スキルの迷宮は冒険者ギルドの管理する物となる。
それによりスキルを求める冒険者が大挙する事となり。当然、冒険者相手の店も増えていき。ブオトは村と呼べない規模の大きさになり、木の柵だった囲いを石の壁に作り変えた時点で町と呼ばれるようになった。
「最近は占有が無理と判断した貴族が連合を組んで介入してきててよ、色々面倒になってきてるのよ」
「貴族か、どこの貴族なんだ?」
「なんかよ、持ち回りらしいぜ。この前までは火の一族。フレイア家だったかな。今は別のになってるらしいがよ」
「そうか、肉串もう一本食うかい?」
「お! わりいな。ニイチャン。すげえうめえな、これ」
「おぅ、ローラン王都で一番美味い肉串だぜ」
「うへぇ、マジかよ。ニイチャン王都からきたのかよ」
「まあな」
ちょっと脅した後、酒と食い物を振舞ったらあっけなく落ちた。
「スキルの迷宮は冒険者なら誰でも入れるのか?」
「いやぁ、無理だ。金の生る迷宮だからな、審査というか試験があるらしいぜ」
「面倒くせーなぁ」
「ま、だからよ。迷宮からあぶれた俺みたいな奴が町にゴロゴロいるんだわ」
「なんだよ、それじゃ盗賊の町じゃねーか」
「ギャハハ、ちげーねえな。けどよ、迷宮も色々ヒデー噂を聞くぜ」
「最下層に挑戦させないとかか?」
最下層が攻略され扉が開かなくなっていたここ数年、活気が落ちていたらしい。
「さすがによ、それをやっちまうとギルドの体裁に悪いらしくてな、密かに有望な冒険者を潰してるらしいぜ」
「いやいや、それ、あんたが知ってる時点で密かじゃねーだろ」
「だよなー、けどよ、そんな感じの事が行われているって噂なんだわ。それにスキルの巻物もギルドで冒険者から買い取った後に貴族や商人に市場より安めの値段で横流しされてるって噂があるんだわ」
「ひでー冒険者ギルドだな」
「冒険者のニーチャンが、ソレを言っちゃーおしめーってもんよー」
呂律が回らなくなってきているし、もう聞くこともなさそうだ。町に着くまで寝ていてもらおうか。
催眠の呪文で眠らせる。
「グガー! スピー! グゴゴー!」
おいおい、寝てるほうがうるせーとか勘弁しろよな。
席を移動し、目を閉じる。