4 メンバー募集
チケットをもらったこともあり、きぐぢと修くんのバンド「クラッシュ●ル
ズ」のライブを見に行くことになった。
渋谷駅からマークシティを突っ切ってすぐのところにある老舗のライブハウ
ス。以前きぐぢと来たことがあったので、会場で待ち合わせて、いっしょに中
に入った。
客は女子がほとんどで、修くんのあおりで女子がきゃーきゃー言う。
バンドをするものが憧れる光景だ。
プロデビュー目前というだけあって、素人ながらにもその演奏力の高さには
舌を巻く。
ワンマンで1時間近く続いた演奏に、二人して「すげーな」を連発しあった。
ステージを降りてきた修くんに軽く挨拶して、まだ多くの女子が残るライブ
ハウスを出ようとしたときだった。壁に貼られた数々のバンドのチラシやシー
ルのなかに『ポイズン メンバー募集』と書かれた紙を見つけ、
2度見にした。すぐさま先に歩いていたきぐぢを呼びとめ、チラシを指差す。
「すげー同じ名前のバンドがあるんだ!」
「うわ、まじか。だせー。。。え?」きぐぢがチラシの下の方を指差す。
「連絡先のKOZIって、まさか」スマホを取り出し、兄いのメアドと
チラシの連絡先と見比べる。
「兄いだ」きぐぢとおれの声がそろった。
「いつ貼ったんだろう」チラシをまじまじ見るおれ。
「この写真、こないだのイベントで撮ったやつだ」
「ってことは、最近じゃん。ポイズンメンバー増やすの?」
全パート募集、とある。
メンバー総とっかえってことか?
「しらねー。おれもこれ見て知った」きぐぢは電話をかけ始めた。
兄いは出ないらしい。
リカがまたやめるのか、椎田さんがやめるのか、それともキーボードを入れ
たいのか、渋谷駅に向かいながら互いに思いつく状況を口に出してはみたが、
結局のところ納得できる答えは出せず、次の日の仕事に向けその日はそのまま
家に帰った。
それから3か月くらいたったある日。
赤羽でおでんしていた。おっさん2人と女子高生1人で。
おれ「いいの?こんな時間にこんなところいて」
アヤ「ママにはパパといるって言ってあるから」
アヤカはきぐぢの一人娘。現在はきぐぢの元妻と暮らしている。
今日のきぐぢは夜勤明けで、昼過ぎから池袋を親娘で回った帰りにここに来
ていた。
アヤカは両親の長身を引き継ぎ背が高い。おまけに母親に似てスタイルもよく
顔も美形だ。16歳にはとても見えない大人びた雰囲気を持っている。
きぐ「だって、帰んねーだもん」
おれ「一応、ここ酒場だから。制服来てないとは言っても高校生はちょっと」
アヤ「ミキがいつもここでパパと会ってる、って言ってたよ」
パパ「会ってねーし」
アヤ「普通女子高生相手に、こんなところでデートする?」
パパ「デートじゃねーし」
おれ「ミキか。ああ、いつだったかここで絡んできた女の子ね。まだ付き合
ってんの?」
きぐ「いやいや、さすがにそれはねーべ。いくらおれでも」
おれ「ママ元気?いま何してんの」
アヤ「家にいるよ。パパ、いや新しいパパは帰りが早いから」
おれ「いまどこ住んでるんだっけ」
アヤ「むさこ。すごいよ、35階」
おれ「タワーマンションってやつね、雲の上から貧民を見下げる世界貴族の
館ね」
きぐ「新しいパパはなんかの社長なんだってさ」
おれ「さすがケイコだね。その選択は正解だ。どうよ、新しいパパ」
アヤ「私の趣味じゃないけど、すごくいい人。でも、こっちのパパの方が、
好き」
パパ「・・・」
パパは確実に喜んでいる。照れ隠しに煙草に火をつけるパパを、にこにこし
て見つめる娘。
おれには縁遠い、ほほえましくて、うらやましくなる光景だ。
アヤ「おでん買ってくる。マー君は同じの飲む?」気もつかえる16歳の娘。
おれにもどうかしてたらそんな家族ができたんだろうか。
きぐ「でさ、聞いちゃう?ポイズン情報」アヤカがカウンターに向かう背中
を見ながら、本題が切り出された。
おれ「おお、聞いちゃう」
それは、練習の後リカが兄いに相談を持ちかけたことで始まった。
「メンバーを増やしたいって言ってたよね、バイト先で知り合った子を次の練
習に連れてきてもいい?」
修くんバンド主催のイベントに出て以来、「音に厚みがない」ことを課題に
思った兄いは、メンバー募集を思い付き、チラシを作ってライブハウスの入口
に勝手に貼って回っていたのだ。おそらく兄いはギターを増やしたいのだろう
が、リカへの配慮もあり、全パート募集と謳うことになったのだろう、いうの
がきぐぢの推測だ。
そのメンバー募集になぜかリカが前向きに反応した、というのだ。
リカの機嫌を損ねると面倒だと思ったのか、詳細を聞かずに兄いはリカの相
談を受け入れた。
そして次の練習のときに、リカが二人の男子を連れてスタジオに入ってきた。
緊張しているのか、小さな声で挨拶しただけで二人ともポイズンたちとあま
り目を合わせない。
19歳と17歳の兄弟で、兄の方は以前リカと同じ店でバイトしていて、弟
の方はは高校を中退して家にいる、とのこと。
二人ともキャップをななめにかぶり、だぶだぶしたヒップホップな格好だっ
たため、きぐぢは、もしやラッパー兄弟か?と少し期待したらしい。
「楽器は?」
兄いの問いに、兄貴が答えた
「ないっす。ボイパなんで」
「ボイパ?」ボイパがボイスパーカッションであることは知っているだろうが、
ロックバンドに必要か?という自問自答から出た返答だったのかもしれない。
「だめなの?」リカが眉毛を釣り上げて兄いにつめよると椎田さんが割って
入る。
「まあとりあえず、いまから演奏するから、入れそうだったら入ってきなよ」
そのパート必要?という主張を顔で表現する兄いを、椎田さんが「まあまあ」
となだめる。
リカがマイクを2本用意して、兄弟に渡す。
1曲目は先日のイベントでも披露された甲斐バンド「安奈」を演奏。イント
ロ2小節目あたりでボイパが入ってきたという。
おれ「ボイパって、聞こえるの?他の楽器に音負けちゃうんじゃない?」
きぐ「完敗だね。なんかチクチク言ってるのはわかったけど、ほぼ雑音。
でさ、曲のテンポが遅いから他の曲はないのか、ってその兄貴がいう
わけよ」
おれ「兄いがイライラする様子が目に浮かぶ。で?」
きぐ「で、しょうがないからやったよ、ホンキートンキー、、、」
二人「クレージー!」
おれ「伝家の宝刀、出しちゃったね。で、うまくセッションできたの?」
きぐ「チクチク、しゅぱーとかって言ってさ、なんかマイクに向かって
しゃべってることはわかったけど、声小さくてさ、
やっぱわかんねーの!」
きぐぢの話すスタジオでの雰囲気が容易に想像できた上に、きぐぢが何度も
ボイパの物まねをするから、息が苦しくなるくらいに笑えた。きぐぢも顔を真
っ赤にして笑ってる。
きぐ「聞いたらさ、その日のために二人で家で練習してきたっていうべ、
二人ともやりきった感出しちゃって、そりゃ『いいんじゃない』と
しか言えねーべ」
アヤ「ねえ、安奈ってなに?」
おれ「昭和のニューミュージック。パパのバンドの鉄板曲」
兄弟はその次の練習にも来て、ポイズンの曲にボイパを乗せたが、やっぱり
何なのか聞き取れない。
そこでリカの提案。
「ボイパ聞こえないから、途中で演奏しない節つくろうよ」
「いやいや、譜面通りがいいよ、歌いにくいよ」兄い、当然の反論。
「じゃあ、途中で演奏のボリュームを下げようよ」リカはなぜか兄いには強気だ。
「それも変だよ、バランスが、、、」
「だったら、二人がいる意味ないじゃん!」リカが爆発。
二人のいる意味かぁ、そいつはいろいろ難しい。と思ったところに椎田さん
がすかさずフォローに入る。
「わかった、イントロと大サビ前のギターソロのところにボイパを入れようぜ。
浩二それでどう」
「まあ、いいですけど」いいとは思ってないけど、先輩椎田さんの言うことは
受け入れる我らの兄い。
実際その後の練習でなんとかそこそこ形になったらしく、あげくボイパソロ
まで入れることになったらしい。それを聞いて、どんな仕上りになったのか見
てみたくなり、次の練習を見学しに行くことにした。
兄いも椎田さんも平日は仕事なので練習の日程はきぐぢのホテルバイトの
シフトに合わせて組まれていたが、最近は未成年が増えたため、週末に行うよ
うになったとのこと。
この日は土曜日の11時から練習で、きぐぢの今カノのユカもいっしょに見
学者としてスタジオに入った。
いまやバンドメンバーも6名になり、見学者2名を入れると8名、スタジオ
がとても窮屈に感じる。
「はじめまして、きぐぢの友達のうちだです」ボイパ兄弟に挨拶すると
「どうも」と固い笑顔に小声でボイパ兄が応えてくれた。弟は軽く会釈した程
度で、マイクの音量調整に忙しそうだった。
どうにもこの窮屈さの一因でいることに気が引けたので、ボイパ兄弟の演奏
を観たら退出するよ、ときぐぢに話ていると、椎田さんが珍しく声
をはりあげた。
「あのさ、ごめん、あのさ。みんなちょっと相談があるんだけど」
「どうしました」ちょっと驚いたように兄いが答える。
「このバンドにダンサー入れてもいいか?」
「え?」兄いが固まった。
「弟の嫁が、ダンスやってて、それでどうかなあと」もう声が小さくなって
いる。
「ダンサーはちょっと。。。そういうバンドがないわけじゃないですが、路線
が変わってきちゃうので」
もうだいぶ路線が変わってきている、と思ったがつっこめない。
「だよな。なんつうか、弟の嫁がうつ病だったんだけど最近治りかけてきて。
んでなにか発散する場はないかって弟に相談されて」
そういう事情をきくと、断りにくいだろう。兄いなら特に。
「いいんじゃないすか」
ボイパ兄がマイクを通して、無駄に大きな音で気持ちを伝えてきた。
つうか、新参者のお前が言うなよ。きぐぢが笑いをこらえてる。
「そうだよ、治りかけてんでしょ」リカなりに椎田さんを援護する。
「きぐぢはどう思う?」兄いが最終判断をきぐぢに委ねる。
「メンバー募集してるんでしょ、じゃあ入れれば」なんでかユカが答えた。
うんうん、とうなづくきぐぢ。口元を手で抑えているが、笑いをこえらきれ
ていない。
「なら、OKです。今度連れてきてください」兄いの言葉にはちょっとため息
が交じっていた。
「じつは、12時にここに来るんだよね」ぼそっと椎田さん。そうなんだ、
最初から入れるつもりでもう呼んじゃってたんだ。
きぐぢこらえきれず笑いが爆発。「なんだあ、相談するまでもねーべ!」
椎田さんもおれも兄いの表情が気になったが、きぐぢがケタケタ笑う姿を見
て笑う兄いに、少しほっとした。
1時間後に現れた女性は、とても病み上がりには思えない、恰幅のいい、
黒髪のきれいなハワイアンだった。
「皆さん、こんにちハ、日本語、得意です。Ah~I Like Music!
ダンスします」
ポイズンはフラダンサーを手に入れた。
さすがにユカの顔も、ひきつっていた。
またまた赤羽でおでん。
あれからのポイズンがどうなったのか気になるつつ、練習見学から早くも2
か月たっていた。
いつものテーブルには、おれ、きぐぢ、ユカ、そして制服姿のミキ。
商店街の入り口を通りかかった折にいつものテーブルにいるきぐぢを見つけ、
ミキが近寄ってきたのだ。
ミキ「この人彼女?」
きぐ「そう、ユカっていう」
ミキ「じゃあ私はなに?」
きぐ「娘の友達」
ミキ「はあ?」
ミキの目が真っ赤だ。きぐぢの腕をつかんで離さない。
おれ「ちょっと、待った。ミキちゃんさ、もうあきらめな。ユカときぐぢは
結構長いし、ぶれてないから、ミキちゃんがじたばたしてもどうにも
なんないよ」
ミキ「だってわたし彼女だもん」
ミキの目から涙があふれ出た。ユカが急にミキの腕をつかみ、きぐぢから
切り離した。
ユカ「こっち来な」
ユカがミキをひっぱって商店街の入り口の方へ歩いていくのを見ながら
きぐぢがつぶやいた。
「おれ、ユカのああいうとこ、好きだな」
なんかむかつく。
しばらくしてユカがひとりで戻ってきた。
おれ「どうした?」
ユカ「帰らせた」
きぐ「さんきゅー。助かった」
ユカの肩を抱きよせてユカの頭に顎をのせた。「ユカちゃん、すげーな」
きぐぢがほめる。きぐぢに抱えられてユカが優しく笑っている。
ユカよ、お前はだまされているぞ。
おれ「なんて言って帰らせたの」
ユカ「たけちゃんの子供を妊娠してる、って言ったの」
おれ「まじか」
きぐ「・・・」硬直している。胸元にいたユカの顔を覗き込む。「まじか」
ユカ「今ちがうけど、いつかはそうなる」
きぐぢも、おれも、ユカが口を開くまでの5秒間、
確実に心臓が止まっていたと思う。
ユカよ、おれたちをもてあそばないでくれ。若くないんだ。
「でさ、あの後どうなったと思う?」
いきなりポイズン情報のコーナーだ。
「こないだフラダンサーが入って、、、結局踊れる曲じゃないからやめちゃっ
たとか?」
「ぶぶー。ちがうね。いまメンバーが8人だから」
「もう一人入ったよ。笛の」片乳をもまれながらユカが補足を入れる。
「笛?」またまた変なの入ってきたな。
「ユカちゃん、先に言わないでよ。笛じゃない、リコーダー。それがさ、、、
あ、酒がない。ユカちゃんお願い」
「ええー」と言いながらも機嫌よく酒を買いに行くユカ。
なんか今日はいい女に見えるよ。
きぐ「今度はさ、兄いが連れてきた」
おれ「ボイパはリカで、ダンサーは椎田さんで、笛は兄いが連れ来たという
わけだ」
きぐ「そう。マミ知ってるっけ?昔おれたちといっしょにバンドやってた
ナースのマミ」
おれ「会ったことはないけど、話だけ聞いてる。いい女だったと聞いている」
ユカ「また女?」
きぐ「ばか、昔の話だろ。で、そのマミが兄いに頼んできたわけよ、マミの
患者をバンドに入れてくれって」
おれ「笛がうまいから?」
きぐ「いやいや、楽器の経験がないんだけど、唯一小学生のときにやったこ
とあるからってリコーダーをスタジオにもってきて」
おれ「リコーダーって、、、これはまた音圧弱!」
きぐ「マミの頼みじゃさ、断れないわけよ、兄いとしては」
おれ「どんな人?」
ユカ「46歳」
おれ「おっさんじゃん!うわー、メンバー構成に偏りがありすぎる」
きぐ「顔が真っ白でメガネで、腹も少し出てたかな、体は割とでかいけど、
運動は苦手な感じ。とぼとぼ歩いてさ、たまに独り言いうし、
それにその歳で独身だよ」
おれ「・・・。その点おれたち話あうじゃん」
きぐ「ずっとバンドやりたかったんだって。マミに相談したら、募集してい
るバンドがあるからってポイズンを紹介してくれた、んだって」
おれ「受け入れるねー、ポイズン」
きぐ「こないだの練習もさ、もうぐちゃぐちゃ」
おれ「だろうね。おれの想像をはるかに超えたバンドになりつつある」
きぐ「またリカがさ、リコーダーのソロも入れてあげようとか言い出して、
それにボイパ兄弟もそうだそうだと乗っかってきて。でボイパも
リコーダーも音小さいからソロパートになるとみんなで演奏小さくし
てさ。もうなんだこりゃって感じ」
おれ「ダンサーはどうしてんの」
きぐ「最初は曲頭から踊ってたんだけど、兄いが歌いにくいって言い出して、
間奏だけがダンシングタイムになった。間奏まではじっとしていて
もらってる」
おれ「・・・。で何の曲やってんの」
きぐ「ホンキートンキー」
おれ「クレージー・・・と。割かし外れてないような」
兄いのメンバー募集が思わぬ編成にたどりついた。
ボーカル(兄い)、ギター(リカ)、ベース(きぐぢ)、ドラム(椎田さん)、
ツインボイスパーカッション(中曽根兄弟)、リコーダー(和田さん)、
フラダンサー(ナンシー)の8名による異色バンド、ポイズン。
ますます目が離せなくなった。




