3 合宿
きぐぢからの、「どうよ」の一言に誘われて赤羽まできていた。
「赤羽のおでん屋に20時」、そうでない限り集合場所や時間のやりとりは、
もはやしない。
さきに来ていたきぐぢのテーブルに合流した。
おれ「おーす、ちょうどじゃね?あ、こんばんは。はじめまして」いかにも
きぐぢとつながりのありそうな人物の存在に気づき会釈した。
トモ「あれ、前に会ったよね?」
きぐ「どうだっけ、それ兄いじゃない。ま、いいや、乾杯!」
今日連れてきた女は、トモコ。知り合って30年、つきあって2年らしい。
同窓会の帰りホテルに誘ったら来てくれた、とのこと。
ということは、おれら3人は同い年になる。
きぐ「トモコはさ、ほら、うちだ、見て、胸でかいべ、すげーべ」
おれ「ほんもの?」
トモ「うわ、失礼な、本物だって」
黒のタートルニットはボディーラインを強調させてくれる。
しばらく胸のカップ当てクイズを楽しんだのち、「ポイズン」の話題になっ
た。
おれ「練習してんの?ポイズン」
きぐ「してない。椎田さんがやる気なくなっちゃってさ」
おれ「リカってほんとにやめちゃったの?」
きぐ「だって、本気でバンドやりたいって言った結果が、甲斐バンドだよ、
ないよ」
トモ「きくちくんバンドやってんだ」
おれ(きぐぢを見ながら)「みたいだよ」
きぐ「なのにさ、こないだ修くんからメールきて。ライブやろうって」
修くんは、兄いときぐぢの後輩で、現在クラッシュ●ルズというバンドでギ
ターをやっている。メジャーデビューに手が届きそうなレベルなので、バンド
といってもポイズンとは次元が違う。おれも兄いからの話でしか聞いたことが
ないから、どんな顔のバンドマンなのか想像がつかない。
きぐ「クラッシュ主催のイベントやるんだって、そこに兄いたちも出ないか
って」
おれ「いつ?」
きぐ「1月?」
おれ「うわ、あと2か月しかないじゃん。・・・。修くんはさ、ポイズンの
レベル知ってるの?」
きぐ「知らないね、でも兄いがさ、修くんの前だと語っちゃうから。おまえ
のギターはまだまだだとか」
おれ「・・・いうねー」
その夜出したおれときぐぢの結論、修くんには丁重にお断りしようというこ
とで一件落着のはずだったのだが、
2日後、さっそく兄いに呼び出された。
すでにポイズンの3人がそろっている。
上板橋の「庄や」はいつも賑わっているが、この3人が揃うと、なんでか店
の一番入口に近いテーブル席なのだ。
おれ(兄いを見て)「いっつもここっすね」
兄い(おれを見て)「そうだっけ?気づかなかった。何飲む?」
おれ(メニュー見て)「じゃあ、かけつけホッピー」
きぐ(おれを見て)「あ、おれも」
椎田(おれを見て)「おれも」
「すいませーん、ホッピー3つ」と店の奥に向かって叫ぶと、バイトの女の
子のかわいい声が返ってきた。お、顔もかわいい。
やっぱり話は修くんのお誘いをどうするか、だった。
きぐぢと椎田さんの目からは、うちだもお断り派として振る舞えよ、という
テレパシーを感じる。
兄い(おれを見て)「きぐぢから聞いてるでしょ、修のイベントの件」
おれ(兄いを見て)「聞きましたけど、、、ちょっとね、その、第3者的に
みても、準備が難しいかなーって。ギターもいないんで
しょ」
兄い(椎田を見て)「そこでさ、椎田さんにお願いしてんの」
椎田(おれを見て)「おれはやんねーよ」
兄い(椎田を見て)「今回だけですって、お願いですよ」
椎田(兄いをちらっと見て)「いやだ」
椎田さんが昔ギターをやっていたのは話を聞いて知っていた。しかし現在は
ギターを弾きたくない人、になってしまっているようだ。理由はわからない。
きぐぢ曰く、あくまでアマチュア感を楽しみたい人、なのだそうだ。
おれ(兄いを見て)「え、ってことは、ギターがだれかいたら、出る、と?」
兄い(おれを見て)「そりゃ出るよ、なあ?」ときぐぢに同意をもとめるが、
お、きぐぢはスマホに逃げてやがった。
きぐ(兄いをちらっと見て)「まあ、やってもいいですけど。やっぱギター
ないと。・・・どう、うちだ」なんの、どう、
だか。
おれ(椎田を見て)「じゃあ、椎田さんとしてはギターはやだけど、ライブに
出るのはかまわないと」
椎田(きぐを見て)「まあ、やってもいいけど、ギターなしじゃ無理だろ」
おれ(椎田を見て)「ですよね。いまからギター探すの難しいですよね。
今回はー、無理なんじゃ」
兄い(おれを見て)「えー。大丈夫だって、なんとかなるって」
その声に反応してほしいはずのきぐぢはスマホをいじり、椎田さんは何もな
い壁を見ながら煙草を吸っている。
兄い(おれを見て)「じゃあさ、おまえやれよギター」
おれ(ホッピーあおって)「無理っす。ギターもってないですし」
きぐぢの目が一瞬、輝きが放つ。
きぐ(おれを見て)「じゃあ、コーラスな、楽器いらねーべ」
兄い(おれを見て)「それはそれでいいな、じゃあそれは決まりだ。」
くそ、話をすりかえやがった。
おれ(兄いを見て)「・・・。この二人はやる気がないわけじゃないですね、
とりあえず練習したらどうですか」
きぐぢと椎田さんが細い目でおれをにらむ。
知らん、おれは第3者だ。
兄いが店の奥を覗きこみながら、何かを見つけるやいなや手をふりながら
「すいませーん」と声をかけた。
店の名前が入った黒のTシャツにデニムの短パンで、ショートカットの
歯並びのきれいな子が、はいはい、と言いながらポイズンたちの前にやってき
た。やっぱかわいい。
「なんかおすすめある?」
「昨日って、ポテサラ食べましたっけ?」
女の子が質問返ししてきた。っていうか、毎日来てんだなーこの人は。
「食べてないな、たぶん。あ、そうそう。これ、おれのバンドメンバー」
いきなりのメンバー紹介が始まった。
なにが楽しいんだか、女の子はケラケラと楽しそうに反応する。
「いつライブやるんですか?」
「ちょっと先なんだけど、1月。来る?」
うそー、誘っちゃってるし。出るかどうか結論出てないはずなのに。
「来てよ、吉祥寺、わかる?」乗っかてくるきぐぢ。
さっきまでのやる気ないモードから一転、いまにも女の子に食いつきそうだ。
「わかる、たぶん。えー、バンド名って何なんですか」
「ポイズン。で、オレ、ドラム、スゴイから」
まじか。椎田さんまで謎の片言でなんのアピールか。
この店選びが戦略的だったとしたら、兄いは相当な策士だ。
店員の子がテーブルを離れると、ポイズンのおじさんたちの間には何かあた
たかい空気が流れ始めていた。
「曲、どうする」
ジョッキを飲み干すと椎田さんが切り出した。すっかりやる気が充電され
ちゃっている。
「ありきたりなのはやめよう。今回ボウイもやめとこう」きぐぢがとっさに反
応した。プロになりそうな修くんたちの前で、いまなぜボウイのコピーを披露
して苦笑を買わなければいけないのか、そんな恥ずかしい思いはしたくない、
ときぐぢは思っているにちがいない。
兄いは少し考えて答えた。
「やんなくてもいいけど、あんまり練習時間とれないからやったことないやつ
はやめよう」
昔きぐぢと兄いのバンドのライブを見に行ったとき、どんな曲をやっていた
のか、どうにも頭の奥からひっぱりだせない。
「二人はどんなのやってきたんだっけ」椎田さんが二人に質問する。
そうそう、それが聞きたい。なにならやれんだ。
すると兄いが勢いよく話しはじめた。
「やっぱり、甲斐バンドとか?やったよな、きぐぢ。ああ、それいいかも。
いいかも。」
自分の言葉にわざとらしく納得しだした兄いを、直視できない。
ああ、あの時のライブでやっていたのは、甲斐バンドだったかも。
きぐぢはしまった、という顔をしている。最初にそのキーワードもつぶして
おくべきだったのだ。
きぐ「ええー。ちがうのやろうよ」
兄い「でも今から新曲ってのは、むずい」
椎田「甲斐バンドって、なんて曲ある?」
兄い「まあ、安奈とか?」
それはさすがにおれでも知ってる。
きぐ「いやあ、修くんのイベントだから、修くん世代が知ってるような曲が
いいんじゃん。だべ?うちだ」
おれ「あ、いや、そう、だね」
甲斐バンドという選択がポイズンや修くんや、お客さんにどんな未来をみせ
るのか全く想像できないから、こういう答えになる。
きぐ「じゃあ、ラルク!ラルクやろうよ。1回だけ兄いがもってきて練習し
たじゃん、あれでいいじゃん」
そもそもラルクすら好きでないのにそれを引っ張ってくるほど、きぐぢの甲
斐バンドへの抵抗感は半端ない。
兄い「いや、それだって1曲だけだし」
そこからしばらくポイズンたちは無言のまま、酒を飲んだりタバコすったり
していた。
バンドメンバーでもないのであまり口を出してはいけない、というちょっと
した自己防衛的なマイルールにおれも従う。
けれどこういうときにこそ、兄いの策が、本人の知らないところで奇跡的に
功を奏するのだ。
「なんか飲みますか?」
この店の絶対的センターが通りがかりに声をかけてきた。
そこに椎田さんが空いたジョッキをもちながらとっさに答える。
「ナカ追加。あのさ、ラルク好き?」
唐突だったのでショートカットアイドルは何度も質問を聞き直した後、
「ラルク?ラルクってあのラルクアンなんとか?えー、わかんない私、邦楽
聴かないから」
「ああ、そう。お姉さんって歳いくつ?」
「21。え、なんで?」
おおー。なぜかポイズンたちから感嘆のうめき声が。
「甲斐バンド知ってる?」とっさに兄いが質問を続けた。
「あ!知ってる。パパがレコードもってた。ヒぃロぉ、って歌ありますよ、
ね?」
「あるある!甲斐バンドやるって言ったらライブ来てくれる?」
「そうですね、興味あるかも」
「うおおおお」
兄いの雄叫びが店に鳴り響く。
少々しょーもないやりとりが続いたあと、笑顔を残してアイドルはカウンタ
ーに帰っていった。
時計に目をやると、もう23時だ。
明日もあるし、急に帰りたくなってきた。
この続きはまた今度、と提案しようとしかけたとき椎田さんが口を開いた。
「おれ、どっちもまともに聞いたことないから、どっちでもいいよ」
「ボウイか、安奈か?」と口にしたおれに、きぐぢが勢いよくつっこんだ。
「ちがう、安奈かラルクか、だろ」
きぐぢの顔を見ると、どっちに決まっても円満な解決にはならない気がした
ので、ひとまず持越しでこの会合を終わりにするのが一番だと思われた。が
兄いが晴れ晴れとした顔で最終決断を下した。
「わかった。どっちもやろう」
きぐぢの鼻から、ドバーっとタバコの煙が噴き出された。
年が明けてライブまであと1週間という頃になって兄いから連絡がきた。
上板橋で飲んだあの日からポイズンの練習は行われていないらしい。どうやら
きぐぢが仕事を理由に練習をキャンセルしているようなのだ。
けれどほんとのところは甲斐バンドやラルクのコピーでライブすることにき
ぐぢ自身納得できていないからだとすぐに察しがついた。ただライブに出るこ
と自体は断ってはいないので、なんとか残り1週間で形にしなければならない。
他人ごとだが、こっちまで焦ってくる。
だが、さすがにそこは兄いだ。二人にバンド合宿という最終手段を提案し、
見事可決されたそうだ。
それならば数曲はまとめて仕上げられるだろう、
「他人ごと」にほっと胸をなでおろしてしまった。
ポイズンの初合宿は館山のスタジオつき民宿(食事なし)での、3日間に決
まった。
実は合宿の前日椎田さんから「リカをつれてきてよ、話はつけてあるから。
車だしてくれればいいから」と頼まれたが、同じ日にきぐぢからも「うちだ、
わりい、ユカをつれて館山きてよ」と二人から運転手のオファーを受けていた。
おれは1日仕事を休んでポイズンな女たちを連れていくことになった。
ギターを持ったリカを荻窪で、スマホだけ持ったユカを川口でひろうと、
ほとんど会話のないまま2時間で指定の民宿についた。
なんでリカが合宿に来る気になったのかとても気になったが、車のなかでも
ずっとイヤホンでなにかを聴いていたので声をかけそびれ館山に着いてしまっ
た。
民宿の駐車場には、兄いたちを乗せてきたタバコくさい椎田さんの車がすで
に止まっていた。たいした荷物もないのでそのままスタジオに向かうと、椎田
さんが練習するドラムの音が聞こえてきた。
女たちを部屋のなかにいれて、任務完了!と部屋を出ようとすると、兄いか
らお声がかかった。
「どこいくの。おまえの椅子、これ」
兄い「よし、これでそろったから、始めるか」
リカ「あのさ、練習やる前にいい?わたし真ん中がいいんだけど」
兄い「いいよ、じゃあここきて」
リカ「ちがうよ、ライブのとき」
兄い「いやあ、ボーカルが真ん中なのは鉄則だから」
リカ「・・・つまんねー」横を向きながら小声でリアルにつぶやいた
椎田「浩二さ、普通にやってもつまんないってのは、おれもリカちゃんと同
意見だからさ、いいんじゃね、今回は」
きぐ「・・・」
おれ「立ち位置はライブハウスの状況みて決めましょうか。とりあえずいま
は練習したほうが」
練習曲は、「安奈」「HERO」「地下室のメロディー」(甲斐バンド)、「ウイ
ンターフォール」「ヘブンズドライブ」(ラルク)だと兄いから発表され、バン
ドスコアが配られた。
おれの分はないと聞いて、ほっとした。
紙の量の多さにリカがてこずっている。
何回か音源をみんなで聞いたあと1曲ずつ練習していくことになり、さすが
に飽きてきたのでトイレに行くフリをして
一人で宿の外に出た。
民宿のまわりは結構な田舎で、民家と木と畑しかなく、しばらく歩いてやっ
と見つけたコンビニで、差し入れ用に菓子やジュースや茶を買った。
帰り道が重たい。車で来ればよかった。
宿に戻ると、休憩なのか、リカと椎田さんが外でたばこを吸っていた。
「甲斐バンドって、マジな曲やってたんだ。」リカがスコアみながら言うと、
遠くを見ながら椎田さんが答えた。
「んだよ、しらねーの?」
「お笑いバンドかと思ってた」
リカが笑ってる。そういう表情できんじゃん。この二人の雰囲気悪くないと
思いながらスタジオの扉を開けると、兄いが声をかけてきた。
「きぐぢもいっしょ?」
「いや、おれ一人です。いないの?ねえ、きぐぢどっか行った?」外にいる二
人に尋ねてみるとだいぶ前にユカと一緒に外に出て行ったとのこと。
「ユカと外に行ったらしいです」
「んだよ、もう練習始めるぞ。おまえ電話して呼び戻して」
「ああ、はい」
しかし電話に出ない
「だめっすね、あいつ抜きで始めちゃいましょうよ。そのうち帰ってきますよ」
きぐぢが戻らないまま練習は再開し、そのまま初日の練習は終わった。
楽器を片づけながら夕飯のことを話題にしているところに、コンビニ袋を2
つ手にもったきぐぢとユカが帰ってきた。おやつを買いに行ってきたという。
4時間かけてどこまでおやつ買いに行くんだ、という兄いのお叱りは
ごもっとも。
手を合わせてメンバーに謝るきぐぢを置き去りにして、ユカはだれとも視線
を合わせず自分の荷物をとるとすぐにスタジオを出ていった。
「ユカどこ行った?」きぐぢに聞くと
「部屋じゃん、眠いんだって」どこか上機嫌に答えた。
合宿2日目、ポイズンたちは朝から練習していた。スタジオに入っていても
やることのないおれは、宿の団らん室にあった古いパソコンでネットニュース
を見て、コーヒー飲んで、新聞読んで、
飽きたので、スタジオに入った。
休憩中なのか、兄いがいない。
リカがギターチューニングがすぐずれるからどうの、と椎田さんにギターを
渡して何かを伝えている。
どれどれ、と椎田さんがリカのギターを弾き始めた。なにかのリフだが、何
の曲だかはわからない。
「椎さんすごいじゃん、教えてよ」リカのハイテンションを初めてみた。
「こんなのだれでもできるよ」言いながら弾き続ける椎田さん。
「ギター、椎さんがやればいいじゃん」
「俺はドラムなの、リカちゃんがギターでしょ」
そのやりとりをにやにやしながら見ているきぐぢ。その隣でスマホを見続け
るリカ。
兄いが戻ってくると、そのまったりとした休憩時間は終了した。
午後になり、ユカがいなくなったからちょっと探してくる、とおれに言い残
してきぐぢが外に出て行った。
「またあ?」
兄いの怒りの混じった落胆の声は、容易に想像ができた。
二人はやっと夕方に戻ってきた。結局その日1日、きぐぢは練習に参加しな
いまま、2日目が終わった。
兄い「どうすんだよ、まともに1曲もできてねーじゃんよ」
コンビニで買ってきた弁当と酒を囲んでポイズン会議が始まった。兄いはと
ても機嫌が悪い。そりゃそうだ。
おれ「まあ久しぶりですし」
兄い「せっかく仕事休んできてこれかよ」
椎田「浩二、そういう言い方すんなよ、みんな一生懸命やってんだから」
きぐ「じゃあ、このあと、自主練するってのはどうすか、うちだもなんか
やれよ」
おれ「えー、おれやだよ、そもそも楽器ないし」
きぐ「じゃあ、コーラスやれ」
おれ「兄い、かんべんして」
兄い「もう明日しかねえんだぞ、ちゃんとやれ」
きぐ「そうだぞ、うちだ。ちゃんとやれ」
兄い「ちげー!きぐぢ、おまえだよ!」
いつもならこの不毛なやりとりで時間が過ぎ、すべてが明日に持ち越される
のだが、さすがに、この夜のポイズンは違った。兄いの号
令をきっかけに、さっさと片付けをすませ、またスタジオに入っていった。
風呂も入って、布団もひいて、そのまま寝てしまってもよかったのだが、
やっぱりなんだかもったいなくて、スタジオをのぞいてみようと思い立つ。
外でたばこ吸うきぐぢをみつけた。となりにユカはいない。
「ユカが、つまんねーってうるさくて、帰るっていうからさ、喧嘩だよもう」
「なにやってんだよ、だいたい連れてくんなよ」
「だってさ、館山だぜ、海だぜ。それよりさ、これすげーよ」
「なにそれ、くすり?」
「バイアグラ。これで夕方までずっと」
「はあ?おまえ練習さぼって、ずっとやってたの?ユカと?」
「そう。4回した。すげーべ。さっき1錠椎田さんにやった」
「まさか。。。うそ、リカと?え、そういうことになってんの?」
「たぶんな。よく知らないけど」
しかし自主練後は椎田さんが部屋から抜け出す気配もなかったことから
その夜はなにもなかったようだ。
合宿は最終日。
椎田さんの発案で、最後に3曲演奏して、動画にとってみることにした。
「本番のつもりで」
兄いが場を引き締める。
ブンブン
ガッガッ
ベースとドラムがそれにこたえる。
ギターは沈黙。
おれが動画のスタートを合図し、ドラムのカウントで演奏が始まった。
3曲撮り終わると、さっそく動画を見てみようということになり、ユカも
含めた6人でおれのスマホを囲んだ。
再生。
ドラムの音がうるさくて、ボーカルはほとんど聞こえなかった。
2曲目が始めるところで兄いが再生をとめた。
「もういいや、だいたいわかった」
「おいまだ見てんだよ、とめんなよ」スマホを手にした兄いの腕を椎田さんがつかんだ。
「全部見ようよ」リカも続く。
兄いはしぶしぶ再生する。見ながらもごにょごにょ言い続ける兄い。
だまって見続ける他の5人。
3曲目の再生が終わった。
「浩二って、甲斐バンドよりラルクのほうが声があうな」椎田さんが煙草を探す
しぐさでそう言うと、兄いは笑顔交じりの引き攣り顔で
「まじで?」ぼそっと答えた。
そうなのか?おれにはそう思えなかったが。。。
「そうかも」
ユカがぼそっとつぶやいた。
一同の視線がユカに集まる。
きぐぢはユカの顔を見ながら満面の笑顔で叫んだ。「まじで!」
ユカのたった一言が、この合宿を「成功」に転じさせた。
兄いはしばらく「そうかなあ」を笑顔で連呼していた。
3日後、ボーカルがステージの右端に位置する特殊な陣形で、ポイズンは比
較的まともに演奏できる甲斐バンドの2曲を披露した。
それはまるで、ハイドのものまね芸を見ているかのようだった。
おれ「もう兄いがハイドにしか見えない、、、」
修君「浩二先輩、どこで覚えたんですかね、あの歌い方、、、」




