2 オーディション
2 オーディション
お互いの時間が合わず、久しぶりの赤羽集合。
バンド「ポイズン」にさそわれてからすでに半年以上たっていた。
おでん屋のまえにテーブルがいくつか出ている。この路上立ち飲みスタイル
が、おれは気に入っている。お金を店の主人に渡し、発泡酒2つとおでんを受
け取り、いつもの端っこのテーブルを囲んだ。
おれ「ユカは?」
きぐ「たぶんあとで来る」
おれ「じゃあ、兄いバンドどうなってんのか教えてよ」
きぐ「ポイズン?来月、ライブハウスのオーディション受けることになった」
おれ「すげえ、ちゃんとやってんじゃんバンド」
きぐ「兄いがスタジオとるからさ、練習できんの」
きぐぢはタバコを取り出そうとした指を止め、舌打ちした。
きぐ「あいつ、、、」
きぐぢの視線の先で、制服姿の女子高生3人組がこちらを見て笑っていた。
3人は近づくなり
ミキ「よう!」
きぐ「よう、じゃねえ。だれ、ともだち?」
ミキ「そう、ユイちゃんとカオリ。カオリはアヤカのこと知ってるって」
きぐ「ここ、未成年やばいから、帰りな」
ミキ「じゃあ、メール返信してよ」
ミキは持っていたカバンをきぐぢにぶつけてきた。3人の姿は明らかに場違
いで、ミキの放課後テンションもやっぱり場違い。
きぐ「これ、うちだ。こう見えてやくざ。サラリーマン風のやくざ」
おれ「どうも、やくざです」
ミキ「うそだー!」
きぐ「いいから、帰れ」
ミキ「わたしたちさ、付き合ってるよね」
下からきぐぢをにらんでいる。ミキの友達まで、その回答を待ってるようだ。
きぐ「付き合ってねーよ、うっせーなー」
ミキ「ええー、だってキスしたじゃん」
隣のおじさんがこっちを見る。おれじゃない、おれはしてないから。
きぐ「1回だけだろ、わかった、返事だすから、帰れ」
友達にひっぱられるようにして、ミキは帰っていった。
おれ「ユカがいなくてよかったな」
きぐ「アヤカの学校の友達みたいで、ミキっていって、なんか駅で泣いてた
からちょっと声かけてやったら、しつこくて。ユカいたほうがよかっ
たな」
おれ「おまえの何がいいんだろ、わっかんねーなー」
アヤカはきぐぢの娘で、16歳になる。ということは、ミキも16歳か。
きぐぢが2杯目の発泡酒をもってきた。
おれ「アヤカって元気にしてるの」
きぐ「こないだ会った。ケイコにそっくりになってきて、なんかいや」
きぐぢと4年前に離婚したケイコは、今は再婚して新しい旦那とアヤカと3
人で武蔵小杉に住んでいる、らしい。
おれ「ケイコ元気かな。おれケイコのさっぱりしたとこ割と好きだったな、
生きる道は自分でみつけますって感じも」
ケイコの話題を避けるきぐぢは、まだケイコに未練がある、と
おれは思っている。
きぐ「あ!あいつ、シール貼っていきやがった」
きぐぢはジーンズの後ろポケットに貼り付けられたハローキティのシールを
はがして、丸めて、投げようとしたが、それはうまく指から離れずに
真下におちた。
赤羽会合から2週間後のある日、珍しく兄いから電話があった。急用だとい
うので仕事終わりに上板橋の「庄や」に行くと、兄いと椎田さん、きぐぢが揃
っていて、どうも和やかな空気ではなさそうだ。
かけつけホッピーを注文し、落ち着いて3人の顔を眺めると、各々別々の方
向を向いている。なんかもめてる?
兄い(おれを見て)「きぐぢが、バンドやめるって言い出して」
おれ(きぐを見て)「どうしたどうした」
きぐ(兄いを見て)「兄いが椎田さん側につくからさ」
椎田(下を見て) 「・・・」
おれ(きぐを見て)「おまえと椎田さんがもめてるってこと?」
きぐ(椎田を見て)「ケイコと、やってたんだよ」
椎田(おれを見て)「・・・」
兄い(おれを見て)「きぐぢ、ホテルの清掃のバイトやってんじゃんか。ほら、
練馬の。そこで拾った携帯が、なんでか椎田さんのでさ」
おれ(きぐを見て)「で?」
兄い(おれを見て)「携帯の中の写真を勝手に見たらしいんだ、そしたら、
ケイコと椎田さんのその、写真?をみつけちゃって」
おれ(きぐを見て)「客の落し物を勝手に見んな」
きぐ(椎田を見て)「え?おれが悪い?なんで」
おれ(きぐを見て)「きぐぢ、ちょっと待て。
そもそもきぐぢが拾った携帯って椎田さんのだったんで
すか」一同椎田さんを見る
椎田(おれを見て)「そう。うっかり、落とした」テーブルの上の自身の携帯
を指差した。
おれ(椎田を見て)「うわ、まじか。世間せまー。じゃあ写真はいつの?」
椎田(おれを見て)「去年の夏、くらい」
おれ(きぐを見て)「じゃあ、おまえとは関係ないじゃん、別れてんだから、
それは別に、その、いいんじゃないの?」
兄い(おれを見て)「だろ。だからそれはお前がどうこういうアレじゃないっ
てきぐぢに言ったらさ、急にバンドやめるって言い出し
て」
きぐ(兄いを見て)「いや、あれだって。だって、椎田さんが嘘言ってるかも
しんねーべさ。
ほんとはずっと昔からつきあってたとかさ」
椎田(おれを見て)「それは、ない」
おれ(きぐを見て)「それは、ない、だって。」
きぐ(椎田を見て)「けどさ、マミとだって結局やってたじゃん、それ、俺た
ちにだまってたべさ、そんなんだからマミはさ」
おれ(きぐを見て)「え?マミ?だれ、それ」
マミはポイズンの3回目の練習からギターとして入った、看護師の女だ。練
習終わりに自分の部屋に誘ってくれるところが、この男3人にはとても好印象
だったのだ。
話からすると、椎田さんは二人に抜け駆けして、マミと関係を持ったという
のだ。
1か月前くらいにそのことが兄いときぐぢにばれてしまい、マミは急にバン
ドを脱退。
それが納得いかなかったきぐぢは、手当たり次第に手を出している(と思わ
れる)椎田さんに、あたっているのだ。
あれ、ちょっとまて。ケイコは再婚して武蔵小杉に、じゃなかったっけ?
おれ「きぐぢさ、バンドやめたら、関係ない兄いに迷惑かかっちゃうから、
それはないよ。今度オーディションあるんだろ、いまもめてどうする」
きぐ「おれ抜きでやればいい」
おれ「こどもか、おまえ。とりあえず、兄い今日はもうこれで解散しましょ。
このあときぐぢはおれが引き受けますから」
椎田「おれがやめるよ」
おれ「椎田さーん、そういうこと言わないで、ね。ね?兄いも、ほら」兄い
にフォローをうながす。
兄い「そうですよ、椎田さんはべつに悪いことなんてしてないんだから」
おれ「出ましょう、いったん、店出ましょう、すいませーん、お会計お願い
します」
たのんだホッピーを半分残したまま店を出た。おれはきぐぢと、兄いは椎田
さんと2手に分かれ、それぞれ別方向に歩いて行った。
オーディション1週間前。
再び赤羽集合。ユカ同伴でおでん屋にあらわれるきぐぢ。
兄いの話を出すと、きぐぢの鼻がふくらんだ。
おれ「で、和解した?」
きぐ「別に。あのまま。なんかもう連絡取りずらいや。」
おれ「オーディションだったのになあ」
ユカ「たけちゃん、怒ってるんだって」
おれ「いや、怒りの矛先が整理つかなくなって、だだこねてんだ、こいつは」
きぐ「なんか、ひとりでもオーディション行くらしいよ」
おれ「ええー、それはまずいよ。兄い、楽器できないじゃん」
きぐ「お客としてでいいから来てくれってさ、な」
ユカの肩に手をまわすと、左手でユカの左胸をさわり始めた。
ユカ「ちょっと、やめて」
おれ「おい、それはだめだぞ。いや、ちがう。ユカの乳首の話じゃない、
兄いのぼっちオーディションはだめだ」
きぐぢはユカの乳首をどう攻めるのかに熱中していておれの声は聞こえない、
そんなふうに振る舞っているようにも思えた。
オーディションの土曜日の朝9時、南浦和での待ち合わせに、1時間遅れで
きぐぢとユカがやってきた。きぐぢの遅刻は計算済みで、あえて1時間前に集
合時間を設定していた。だが、すでにライブハウスに着くとすでにリハーサル
は始まっていた。
あー、とか、えーとか兄いの声が室内に響き渡る。
ライブハウスの中は蛍光灯が点いているため見えなくていいものまではっき
り見える。
大きなスピーカー、汚い壁、赤や黄色のセロハンがついたライト、そして
ちっちゃい小太りのヒムロックが見えた。
兄いだ。黒いタイトな足、白いTシャツの上に黒のジャケットをまとい、
髪の毛はサイドが刈り込まれているが前髪は視界を覆って邪魔そうだ。
あのまゆげと唇は、、、メイクまでしているのか。
間もなく歌が聞こえてきた。
「アカペラかよ。しかもホンキートンキークレージーって」リアルつぶやきの
きぐぢを見たとき、
――あ
おれは、きぐぢとユカが手をつないでいるのを見てしまった。
きぐぢは離婚して以来、女の子と人前でいちゃつく事はあっても手をつなぐ
ことは拒んでいた。手をつなぐことは愛娘アヤカだけのものだった。
昼飯を食べてライブハウスに戻ってくると、すでにオーディションライブは
始まっていた。ポイズンという兄いのソロユニットの出番は4組中4番目と最
後だった。3組目は高校生バンドで、客はみなクラスメイトだろうか盛り上が
っていた。
「次の曲が最後です」とのボーカルの声で曲が始まると
一瞬ぱっと明るい照明に切り替わり、
部屋の後ろの壁に持たれてたっている椎田さんとリカが目に入った。
「おお、来てんじゃん」
きぐぢも気づいたはずだ。
高校生バンドの出番が終わりSEが流れ、ステージに兄いが立つと、
残っていた観客たちがざわつき始めた。
「え、ひとり?」
「打ち込みじゃね」
「あの人が歌うの?」
「XJapan?トシ?」
高校生だ、言いたいことを言ってくれる。
兄いが、意を決して、歌い始めようとしたそのとき、
部屋のはじっこにいたはずの椎田さんとリカがいつの間にかステージにあがっ
てきていた。
え、なんで、きてくれたの?
みたいなことを二人に言っているのだろうか。
ちいさいヒムロックが驚きながら泣きながら、
どうする、どうする、みたいなことを二人に連呼している。
「おまえもいけよ」
きぐぢに声をかけると、ユカもきぐぢを見ながらうなづいた。
きぐぢはユカを見ながら大きく息を吐くと、片づけをしている高校生のほう
に歩いていった。高校生になにを話したかはここからではわからないが、何や
ら両手で拝んでいる。
まもなくしてその高校生から差し出されたベースを受け取ると、
そのままステージにあがっていった。
それはそれは、かなりぐだぐだな演奏だった。
30分後には、客席はおれとユカしかいなかった。
しかし土曜日のまだ明るい時間から始まった打ち上げは、
盛り上がった。
ライブから1週間後、赤羽で会ったきぐぢから、兄いが斬新なバンド活動方
針を発表したことを聞いた。
「ポイズン」は甲斐バンドのコピーバンドとして活動を続けるという。
兄い曰く、逆にあたらしい、のだそうだ。
その2週間後、リカが脱退した。




