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続・きぐぢたけす  作者: 内田昌孝
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「おらあ、きぐぢたけすだ」


 初めて会ったとき、きぐぢはおれにそう自己紹介してきた。

 大学1年の5月だったから、上京してきたばかりでまだ言葉もなまっていた。

坊主頭なのにもみあげはやたら長く、猫背なのに背が高くて、口をだらしなく

開けたままこっちをじっと見ているから、ヤバい奴だと思って最初は敬遠して

いた。いまから25年も前の話だ。なのできぐぢとの付き合いは、もう25年

になる。

 その夜そのきぐぢと1か月ぶりに会うことになっていため、いつもよりも早

めに仕事を切り上げ、埼京線で赤羽に向かった。改札口を抜けてバスロータリ

ーを早足で突っ切って、昔ながらの商店街のアーケードに入るところで足をと

めた。

 間違えた。今日はいつもの店じゃなかった。

 きぐぢからのメールを見直すと、白木屋集合とある。今来た道を引き返して

駅の反対側にある店に向かった。きぐぢは珍しく先に来ていて、すでにグラス

が空いている。コートを壁にかけハンチング帽はかばんにしまった。

「つい、店間違えた、なんでこの店?」少し愚痴りながら、きぐぢの前に座っ

た。

「兄い達が来るから?」

「座れる店がいいって(あに )いが。少し遅れるってさ、連絡あった」

たばこに火をつけながら答えるきぐぢ。

「なに、そのハンチング、また新しいの買ったの?」あごでおれのかばんを指

した。

「そう、結構高かったんだぜ。これで8つ目」メニューがタブレットしかない

のか、周りのテーブルを見回した。

 おれは若いころから頭頂部に髪がない。それがかなりコンプレックスだった

のだが、きぐぢたちのおかげで今では気にせず過ごせるようになった。

1つ目の帽子は実はきぐぢからもらったものだった。

「4人で会うなんて半年ぶりか。それ何飲んだ?」きぐぢのグラスをのぞく。

「芋ロック」

「じじ臭くていいね。じゃあ、おれはこれだな。きぐぢは?」と言いながら、

タブレットに注文を打ち込んだ。

 オーダーしたホッピーが2つ運ばれてきて、各々で好きな割合のジョッキを

つくる。そしてジョッキをぶつけあうと、お互いの近況を話し始めた。

 話はいつしか、気に入らない社長を殺す方法や、いくらなら人気アイドルと

やれるのか、なんていう毎度おなじみな話に発展していき

「しょーもな」とお互いの妄想力を称えあっているときに

おれたちの先輩である、兄いと椎田さんがやってきた。



 兄いはおれたちより5歳年上で、大学の新歓ライブで「マリオネット」を歌

う姿に感動したおれたちは、彼のいる軽音楽サークルに入ったのだ。

 そのころはまだ「浩二先輩」と呼んでいた。

 卒業して「浩二先輩」と10年ぶりに再会したときには、もうお腹もだいぶ

ふくれていて顔の真ん中ら辺と背の高さ以外は、全くの別人になっていた。

 きぐぢが「(あに )い」と呼んでいたから、それからおれもそう呼んでいる。

 きぐぢと兄いのつきあいも25年だ。その間二人はいっしょにバンドをやっ

ていたこともあった。


 椎田さんも同じ大学の先輩だが、兄いの3つ上で、兄いの地元の先輩でもあ

る。昔、ギターで入っていたバンドでプロデビューしたという伝説を、兄いか

ら聞いていたので、知り合ってからしばらくの間は椎田さんのちょっとしたし

ぐさの中にカリスマ性を見出そうとしていた。

 最近は耳が隠れるほど伸びた髪に、丸いメガネをかけている。まるでガリガ

リで今にも倒れそうな顔色の悪いジョンレノン。おれにはそんな風に見える。



 きぐぢと再びバンドを組むことにしたので、いまメンバーを探しているのだ、

と兄いが話し始めた。

 どうやらおれと椎田さんを誘う気らしい。


 兄い「椎田さん、やりません?ギター」

 椎田「おれギターはやだ。やるならドラムがいい」椎田さんはドラム未経験

者だ。

 兄い「あ、まじで?やったドラム決定!じゃあ、うちだがギターやってよ」

 おれ「いやあ、おれはいいっすよ。それにギターもってないし」きぐぢがち

らっとおれを見た。


 兄いには以前からかわいがってもらっていたし、恩もある。

 いつもなら嫌々ながらも引き受けているのだが、大学時代に入っていたサー

クルでの苦い出来事が思い起こされ、どうにも前向きになれなかった。




 大学に入ってから薄毛をかくすために、おれはウイッグをしていた。高校時

代にクラスメートから容姿をいじられていた息子のために両親が買ってくれた

ものだ。

 新しい学校、新しいクラスメイト、そして新しい髪形。何度か危ないときも

あったが、あのときまでは順調にキャンパスライフを満喫していた。

 兄いのステージに触発され入った軽音楽サークルでは、1年生5人でバンド

を結成しリズムギターを担当した。バンドの練習とコンビニバイトを繰り返し、

たまに授業に出る。

 女子にはまったく縁がなかったがそんな大学生活が楽しくてしかたなかった。


 それは大学3年のときの学祭での出来事だった。

 ミスなく演奏できる曲もだいぶ増えて、後輩からも好評だったと思う。だが

年に数回の晴れ舞台に調子に乗っていたのは間違いない。おれは1曲目からや

たらとボーカルやリードギターに絡みに行き、ほとんどが後輩で構成された観

客を煽りまくった。3曲目のブルーハーツの"終わらない歌"でそれは起きた。

一番うまく弾ける自信もあって、気持ちが昂るままジャンプ――そのときだ。

 ケーブルが足にひっかかり、頭からステージに転がりこんだ。

 左ひじと額に痛みを感じたが、なにごともなかったかのように装い演奏を続

けようと立ち上がろうとした。そのとき、おれの頭上にあるはずのものがステ

ージ上にあるのを目にした。

 メンバーも、客席(教室)も、みんなの視線がおれに集まっている。ドラムが

異変に気づき、手を止めると、いっさいの演奏が止まった。胸をえぐるような

静寂が襲ってきた。

「だいじょうぶか」と声をかけてきたベースの目が、おれの目と頭頂部を交互

に言ったり来たりしている。

「うそ、うそ。勢いで、剃ってみた、笑えるでしょ」

 慌てて口をついて出た誰も笑えない弁解は、この静寂を打破できる代物では

なかった。おれはステージに座り込んだ。


 突然、教室の電気が消え暗闇となった。

 客席にいた女の子の「きゃっ」という小さな悲鳴を聞こえ、我に返った。お

れは遮光カーテンの隙間からもれる外の明かりを頼りに、視聴覚教室から走り

逃げた。

 トイレに逃亡したおれをすぐに追っかけてきてくれたのはきぐぢだったから、

たぶん、とっさに教室の電気を消してくれたのも、きぐぢだ。

 かぶっていたニットキャップを脱ぐと、何も言わずに渡してくれた。

 あれ以来、バンドはやっていない。サークルもやめてしまった。

 あのとき兄いもその教室にいた。



 おれ「バンドは入んないけど、ライブは毎回見に行きますから」

 兄い「じゃあ、まあ無理強いはしないけどよ、やりたくなったらいつでも入

    ってこいよ」

 きぐぢは、ぐいっとグラスをあけると

 きぐ「うちだは?次どうする」

 おれ「おまえと同じでいいや」

 きぐ「じゃあ、ハイボール2つ!」タブレットに声をかけるきぐぢ。

 兄い「あ、おれも、ハイボール3つにして!」

 椎田「4つにして」


 はいはい、と言いながらタブレットにオーダー入力したのはおれだった。

 今ではこの仲間に囲まれて、おれは頭頂部をさらしながら堂々と生きている。




 白木屋を満喫した夜から2か月たったその夜も、赤羽にいた。

 月曜日でもおでん屋は人が多い。その客のなかにおれときぐぢは紛れていた。

乗っけからテンションの高いきぐぢ。鼻の穴が大きく開いている。


 おれ「兄いバンド、どうした?」

 きぐ「それがさ、SNSにギター募集って書いたらさ、やりたいって言って

    きて」

 おれ「だれが」

 きぐ「女子!しかも20歳!すげーべ!リカっていう」

 おれ「まじで?え、、まじか?だって、、、おまえら、おっさんじゃん、

    そのリカって子はなんかと間違えたんじゃね?」

 きぐ「おれも言ったんだけど、それでもいいんだって」

 おれ「もう会ったの?」

 きぐ「1回練習した。」

 おれ「すげー!で、どう」

 きぐ「胸さわさせてもらった」

 おれ「もう?やったの?」

 きぐ「いやいや、練習の後、飲んで。で駅で、おおきいねーさわらせてー

    って言ったら、いいよって」

 おれ「なんじゃそりゃ」

 きぐ「でも、おれはやんないよ。あえて。兄いがまじめにバンドしたがって

    るからさ」


 きぐぢが想う兄いへの気持ちは、おれと同じだった。きぐぢもこれまで兄い

には何度か助けてもらっていたし、それに兄いの情熱や純粋さを素直にリスペ

クトしているのだ。

 きぐぢの携帯から今はやり風な音楽が鳴り始める。


 きぐ「おお、いまどこ。改札?じゃあ左に出てまっすぐね、もうおれ飲んで

    るから」


 電話をきると、いまつきあっているユカという女の話をしだした。着信音は

そのユカが好きなアレクサンロドスというバンドなんだそうだ。曲名をきぐぢ

は知らない。

 5分くらいすると、背中まで伸びた茶髪で小柄なやせた女がやってきた。


 きぐ「ユカちゃんは、いま19歳、なー」

 ユカ「どうも」

 おれ「学生?」

 ユカ「バイト。服屋、浦和で」


 きぐぢがユカのレモンサワーとおでんを買ってきた後、赤羽と浦和のどうで

もいい話をいくつかした。ユカは人見知りなのか、あまり会話に参加せず、

スマホをいじりはじめた。


 きぐ「ユカちゃんはースマホばっかだな。やりながらでもスマホいじってっ

    から」

 ユカ「そういうこと言わないで」もちろん、不機嫌になるユカ。

 おれ「・・・。ああそう、きぐぢがさ、またバンドやるって聞いた?」

 ユカ「ポイズンでしょ」

 おれ「なにそれ。ぽいずん?」


 きぐぢは慌ててユカの頬をつかみ蛸のくちにした。「ああ、ばれちゃった、

うちだにばれちゃったなー」

「どうよ、ポイズン」おれの顔を横目でちらちら見ながらきぐぢは聞いてきた。

 それは、おれがステージで転ぶまでやっていたバンドの名前だった。


 きぐ「兄いがさ、それがいいって。だからさ、いいよな?」

 おれ「別に、、、」


 突然、おれが勝手にやめたポイズンというバンドがその後どうなったのか、

むしょうに気になり始めた。

 おれ以外のメンバーで続けたのだろうか。


 ユカはきぐぢの腕をはらって

 「ポイズンってさ、なに?」

 きぐぢはユカのパーカーのフードをつまんで引き寄せながら

 「しらべなぐていいから」とだけ言った。




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