表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏の終わり

作者: ここもと

好きだった、大事だった。


基本的には冷めてるが人情家で、落ち込む俺の隣でしっとりとお酒を飲んでいた。俺が立ち上がるまで肩を寄せ、ずっと隣にいてくれた。


面白ければ豪快に笑う、度が過ぎると俺の肩を軽く叩く。

細かいことは気にしない姉御肌、流石にチャーハンを焦がした時は反省していた。



お盆が過ぎ、近所の花火大会を家の窓から2人で見ていたときのことだ。


「たーまやー」

「おーけやー」

「いや、かぎやだろ」

「え?だって、儲かるやつでしょ?」


 窓を向いていた彼女は首を傾げて俺を見た。


「風が吹けば桶屋がもうかるってことわざが混ざってるんじゃないか?花火は玉屋と鍵屋だろ」

「そっか。わかった、もう覚えた。私2度と鍵屋のこと忘れない!」

「来年には忘れてるだろうな」

「いいや覚えてるね。何かかけてもいいよ」

「ふーん。…じゃあ忘れてたら、俺と結婚するとか?」


 さらりと言えた、実際は心臓が飛び出しそうだったけど。

 俺の彼女は、そういう話題に一切触れてくれない。話題に出しても流してしまう。これでは男女が逆だ。俺はいっそゼクシーでも、たまごクラブでも積極的に机の上に置いてほしいくらいだった。


「それはないなー。代わりに、私の恥ずかしい過去の話をしてあげよう」


 やっぱり流された。

 がっくりと肩を落とした俺に笑った彼女の頬はほんのりと赤い。


「間違えても、そうじゃなくても。来年、楽しみにしてるね」


顔を上げた俺が見たのは、耳まで真っ赤な彼女の横顔だった。

外に視界を向ければ、今日一番の花火が上げられていた。


来年、このタイミングでプロポーズしようと心に決めた。




そんな矢先



彼女が逝った。


早く来てよとラインが入ったきり、行方不明になった彼女と親友。

海辺に残された親友の携帯。

見つかったと連絡が来たのは、2日後だった。


彼女は、俺の親友が運転する車の助手席にいた。

親友も、彼女も、シートベルトはしないまま

2人で海の底に沈んでいたらしい。



前から、親友の彼女であるアミに相談を持ちかけられていた。

親友と、俺の彼女の行動が怪しいと。



2人を夜見かけた。


手を繋いでいた。


彼氏の部屋に入って行くのを見た。



どれも信じていなかった。

親友は本当にアミのことが好きだと分かっていたから。

彼女が違うと言ったから、俺はそれを鵜呑みにはしなかった。



結果がこれだ。

浮気の最中に酒を飲み、謝って崖から落ちたのだろうと警察から言われた。



アミは親友の死体に縋って泣いていた。浮気をされても、それでも、親友のことが好きだったのか。だから、別れられなかったのか。親友の死体をチラリとだけ見て、彼女がいる部屋に向かった。



彼女の死体を見ても涙が出なかった。元々肌が白いく。その分、ただ眠っているだけに見えた。真っ青な唇、開かない目。頬を触ると、俺の手まで凍りそうなくらい、冷たかった。


家にどうやって持ち帰ろうかと考えて、人目を気にして止めた。




親友の葬式が先に執り行われた。

真実は誰にも言わなかった、ただ事故死したことだけが周りには伝えられた。


友人達は純粋に親友の死を悲しんだ。

真実を知った親友の両親は俺とアミに謝罪した。アミが罵倒して、俺はそれを抑えるので精一杯だった。


アミは親友の葬式中ずっと、俺の腕にしがみついてきていた。

彼氏と友人2人を失ったアミの手を振り払うことは出来ず、そのままにしていた。



その次の日に、今度は彼女の葬式が執り行われた。


アミは死んだ彼女の葬式には来なかった。

別れを純粋に惜しめないと、言っていた。


壇上に立ち、別れの言葉を告げる代表の友人。



ほんとうに、事故だったの。


死んだ彼女の大親友だったミカが泣きながら最後に言った言葉だけが、どうしても気にかかった。


彼女の両親も俺に謝罪した。首を振り、気にしないように告げた。

不思議な事に。憎くも、悔しくもなく。彼女を愛しく思う気持ちだけが残っていた。


遺骨を移動する際、そっと骨のかけらを懐に入れて持ち帰った。







それからまた月日が過ぎて、あの花火大会の日を迎えた。

コンビニに寄り、花火大会仕様に陳列された中から焼きそばと、ビールを手に取り2個ずつ購入した。懐をぽんぽんと2回叩いてから、あっと思ってポケットにある財布を手に取り金を払った。



思い足取りでアポートの2階までたどり着いた。

ガチャガチャと鍵を開けてから扉を開ける。

玄関にあった冷房をつけて、いつものように声をかけた。



「ただいま」






「おかえり」



窓を見ていた彼女が振り返った。

お気に入りのソファに座り、いつもの場所にいる。



「ただいま、お前いつから来てたんだ?」



ネクタイを取り、近くにあった椅子にひっかけた。

一瞬だけ眉を吊り上げた彼女は、こともなげに続けた。


「ついさっきだよ、2時間前くらい?」


「もう少し早く帰ってくればよかった。やきそばとビール買ってきた、食うか?」

「焼き鳥は?」

「売り切れてた」

「…そっか、食べる」



窓辺に腰かけていた彼女の隣に座ろうとよれば横にずれて、俺にも窓が見やすいように開けてくれた。なんとなく、外からの目隠しもかねて買った断熱フィルムの窓を見た。


「お前これ貼るの下手くそ。下の方ガタガタになってる」

「言われたの3度目なんだけど。最初に謝ったじゃん、しつこいでーす」

「はいはいすみません。やきそば、ここに置いとくからな。俺はちょっと着替えてくる」

「はーい」


 ビニールから彼女の分のやきそばとビールと割りばしを取り出して立ち上がった。

 俺が窓を見ながら着替え終わった頃には、ずるずると焼きそばを啜っていた。

 食べ方だけ優雅で腹が立つ。いつものことだった。


「今年も終わりだねぇ」

「夏がな。今年はまだ4カ月ある」

「なんかさ、夏が終わった時の終わった感って一番強いよね」

「なに言ってんだか「」


 彼女の隣に再び座った俺は自分の分の焼きそばを手に取り、ビニールの中から割りばしとビールを取り出した。半分以上残っている焼きそばをつつきながら彼女はじっと俺を見つめていた。


「なに、足りなそう?」

「…いや。うん、別に。大丈夫」

「なにが大丈夫なんだ?」

「気にしないで」


 全てを流すようにビールをくっと煽る彼女の喉が上下して、俺は思わず唾を呑み込んだ。

 案の定見つかり、醒めた目で見られた。

 


「花火大会、そろそろじゃない?」

「そうだな」



 立ち上がると鍵を下ろし、窓を開けた。

 数十分前まで嫌と言うほど感じていた温風を再び肌に感じる。


「あつい」

「きょう猛暑日だったの」

「ああ、もう9月なのにな」


 外を見ようと冊子から乗り出そうとした彼女を腕で制し、再び座らせた。

 あまり、動き回ってほしくなかった。


「ビール、まだ冷蔵庫にあるぞ」

「大丈夫、あと少し残ってる」

「そっか」


 自分の分は空だったが、そのまま座る。

 彼女の肩との、拳1個分の距離を詰めた。



「あ」

「始まったな」



 ひゅーと音がして。

 それから大きな花火が上がった。


 次々と、華々しい花火が上がっていく。


「スターマインさ、嫌いじゃないんだけど。迫力にかけるよね」

「俺は好きだ。小さな花火が一度にたくさん上がるのが面白い」

「日本人なら菊一択でしょ」

「大きいのなら牡丹派」

「家庭用なら線香花火が好き」

「俺はスパーク花火」

「…君とは話が合わないようだな」


 やりとりに、口元が思わず緩んだ。


「だな」

「あ」


 彼女が言う、菊花火が打ちあがった。

 冠菊かむろぎく、しだれ柳とも言う。

 大きく咲いた花火がまるで菊のように咲き、そのまま下に垂れ下がっていく。

 最後の灯とばかりにぱらぱらと光り、やがて見えなくなった。


「やっぱりいいねぇ」


 うっとりと花火を見つめる彼女を見て。


「そうだな、綺麗だ」


 ついでトンボのように形のついた花火が次々と上がっていく。

 大量の花火で空が、覆い尽くされそうだと思った。


「たーまやー」

「かーぎやー!」

「いいね、日本の風物詩だね」

「あと少しで終わるな」

「花火何時までだっけ?」

「9時30分までだ」


 彼女は壁にかけてある時計を見た。


「そっか、あと20分くらいだね」




 さて、どうしようかと思った。

 なんとなく、彼女を見つめた。

 彼女も首を傾げて俺を見た、可愛い。



「たまやを先に言うのは、卑怯じゃないか?」



「いつまでたっても言わないから、先に言ってやったの」

「・・・じゃあ恥ずかしい話は無しか」

「私はしないけど、そっちが秘密とか話したいならしていいよ」


 穏やかな表情のまま、そこにいる彼女。

 ゆっくりと、息を吸った。



「俺の彼女が、死んでるって自覚しないで今この部屋にいる」

「それ、全然秘密じゃないよ。大体、死んだことくらい自覚してる」


 驚いた俺とは違い、呆れた表情の彼女が自分の腕を組んだ。


「知ってるに決まってるよ。私が、この部屋にどうやって入ったと思ってるの」

「どうやって入ったんだ?」

「こう、壁からすうと入ったの」


 彼女が窓に向けて手を伸ばすと当たる筈の壁を通り越し、窓越に手の先が見えた。

 戻せと言えば大人しく手を戻した。こうなるともう花火はそっちのけだ。



「床にはすうとは落ちないんだな」

「意識の問題だよ。やろうと思えばできる」

「そうか」

「ていうかね」

「おう」

「普通に対応されて、びっくりした」


 そうだ。あの時振り向いた彼女は、驚いて目を吊り上げていた。

 ただ自分としては別段、驚くことではなかった。

 ああ、帰ってきたんだとしか思わない。


「俺も、幽霊がやきそば食べれるのだけは驚いた」

「それは私も。やきそば、量産型の味がした」

「量産されてるからな。なんせ今日は花火大会だ」

「だね。だから私も、来たわけだし」


 恐る恐る彼女に、今日初めて手を伸ばした。

 彼女も俺を見つめて座っていた。


 伸ばした手は彼女に確実に触れて、さりげなく肩を抱き寄せた。

 肩が触れあい、彼女は俺に寄りかかった。

 冷たい、つめたい。


「盆、自分の家には帰ったか?」

「去年は帰ったよ、茄子が凄くカッコイイ形になってた。あれ絶対妹が作った奴だね」

「俺のとこには、なんで来ないんだよ」

「どうせ、今日行くしいいかなって」

「前から思ってたけど。そういう所どうかと思うぞ」

「ごめん。私、今日を凄く楽しみにしててね。楽しみは後に、後にとっておこうと思って」


 花火が打ちあがる。

光に照らされて見えた彼女の顔は、ちっとも幸福そうじゃなかった。

 言わないでくれ、そう思ってしまった。



「死んじゃった」



 死後の世界から来た彼女。

 花火が打ち上げられるたびに、薄くなっていく。



「馬鹿だなぁ私、あの日でもよかったじゃん・・もったいぶって、結果これって」


 咄嗟に泣いている彼女を抱きしめた。 

 窓は開いてる。暑い筈なのに、俺の体温はどんどん彼女に奪われていく。

 それに気づいた彼女が離れようとしても俺がそれを許さなかった。


「結婚しよう。指輪、買ったんだ。いつも胸ポケットに入れてる、今度こそ、どんな時でも言えるように。ごめんな、俺あの時だって持ってたんだ。ふざけて言わなければ、きっと…」


 花火は中途半端で、彼女も消えかかっていて。タイミングとしては最悪だ。

でも言えるのは、今しかなかった。

 

彼女が腕の中で首をふった。


「いいよ。お互い様だった、恥ずかしくて。言わせなかった私がいけなかったんだよ」


 そっと距離を取って、指輪を箱から取り出した。

 それを白い薬指にそっと差し入れる。彼女はそれを見て嬉しそうに笑った。


「ありがとう。結婚はもう物理的に無理だから、指輪だけもらっていくね」

「だからそういう所が…いいよ、付けていってくれ。俺のものだって、証だから」

「好きだよ。だいすきだった」

「俺は今も好きだよ」


 キスをしようとしたけど、それはそっと止められた。


「それは駄目」


 にっこり笑った彼女の顔が、分からなくなっている。


「なぁ、あの日何があった?おかしいんだ、お前は浮気してない。あいつだって、そんなことしない。マミがおかしいって言った日の2人の行動は全部、全部調べたんだ。2人とも一緒にいなかった。それなのになんで、なんだ2人で死んだんだ」

「分からない」

「なにか、分かる事はないのか?」

「私達、あの日マミに呼び出されたの。4人で心霊スポットに一緒に行こうって。親友の、ええと・・なんだっけ。いいや、親友君で。親友君がマミに言われたからって迎えにきてくれて、集合場所に向かったの。時間になっても2人とも来なくて、少しだけ話してたの。それで、やっと来たマミが飲み物をくれて、まだ来ないから待ってようって」


 聞いてない聞いてない聞いてない。俺には一切そんな連絡は来なかった

 務めて冷静を装っている俺に、彼女は気付いていない。


「俺を、待ってた?」


 彼女は深く頷いた。


「でも、途中で眠たくなって。親友君の車に乗って、マミも助手席に乗って。親友君も運転席に座って、来たら起こすからってマミに言われて。気付いたら…」

「死んでた?」

「それも最初は分からなかった。暗くて、寒い水の中にいた。親友君は隣にいたけど起きてなくて、車のドアも閉まってた。シートベルトもない筈なのに、親友君の体は全く動かなくて。私だけとにかく、水から上がったの。そしたら、浜辺で母さんが泣いてた、父さんも、妹も、みんな泣いてた。…私の死体に縋って」

「俺は、まだ死んだことが信じられなくて。行けなかった」

「結構酷かったから、見られなくてよかったよ」

「いや、死体は見た。綺麗だった」

「そういう所が怖いんだって前から言ってるよね?とにかく、私に分かるのはそれくらいだよ。それで終わり」



 事実が分かったところで、今更彼女が帰ってくる訳でもない。

 彼女自身も、同意見だったようだ。

 

 時計をちらりと見れば花火大会の終わりまであと5分を切っていた。

 ついに掴むことすらできなくなった透けた体で、ゆっくりと立ち上がった。


「もう行くのか?」

「うん。もらえるものは貰ったから。そっちはゆっくり来ていいからね。でも、浮気はしないで」

「分かった。なるべく早く行く」

「待ってる。それじゃあ、マミにはよろしく言っておくから」

「は?マミがなん  」





 俺は汗だくのまま、暗い天井を見上げた

 起き上がって辺りを見回す、自分の部屋だ。


 靴も脱がずに、寝ていたらしい

 暗い部屋、閉め切った窓。冷房も入っていない。

 手元にあったビニールには既に温くなったビールと、割りばしが2膳、焼きそばがそのまま入っていた。慌てて胸ポケットに手を当てて確かめれば、指輪のケースだけが入っている。

 指が一本入るサイズに作られた特注品。彼女の中指であった筈の骨に嵌めていた指輪、どちらもない。


「あいつが、ああ、違う、うう…」


 指輪は、ずっと前に盗まれていた。彼女の指ごと。

 

 全ては、只の夢だった。


 だってそうだ。彼女が死んでから、2年がたっていた。

 

 親友の持ち物は見つかるのに、彼女の持ち物は見つからない、もともとあったものさえも消えて行った。遺影も遺骨も。まるで彼女が最初からいなかったかのように。

 お気に入りのクッションも、一緒に買ったマグカップも今はない。


 時刻は11:40。とうの昔、彼女がいない、2度目の夏は終わっていた。





****


 やっと、やっとだ。

 あの女のもの、全部奪ってやった。


****


 前から気に入らなかった。男には興味ありませんって顔して、一番顔のいい男の彼女として隣にいて。私は2番目の男の彼女。性格が悪い事を見抜けない馬鹿ばっかりが周りにいるせいであいつはいつも友達に囲まれていた。なんであの女の意地の悪さが分からないの。


 一番目が指輪を買ったのをみかけた。聞けばプロポーズするつもりらしい。

 許さなかった、憎かった。


 2人を呼び出して、睡眠薬を飲ませる。

 助手席に女を移動して、そのまま車ごと崖に突っ込っませた。2番目は使い勝手はいいが、うっとおしかったから一緒に捨てた。よくて即死。悪くて溺死だ、眠りながら死ねるなんてなんて幸福なんだろう。私はなんて、優しいんだろう。これで一番目は、私のことを愛してくれると思った。


 その日家にいたことになっている私、アリバイはばっちりだった。


 計算違いが起こった。

 一番目は、粘着質な男だった。


 いつまでもあの女の持ち物を大事にして、私のことにまるで興味が無い。本当に腹が立つ。だから全部捨ててやった。あの女のもの全部。


 喪失感で禄に眠れていない一番目の男は隙だらけで、盗むのは簡単だった。

 部屋に入られても気づきもしない。


 折角だから、全ての荷物を死んだ海に捨ててやろうと思ったのだ。

 本当に、私はなんて優しいんだろう。



 ダンボール一杯に入ったあの女の荷物。捨てるならあいつらが死んだ今日がいい。ついでに、遺品として渡された2番目の携帯もダンボールに投げ入れた。いらないっていってるのに渡してきやがって。折角だし、どっちも海に捨ててやる。


 力いっぱい崖から投げ入れたそれが下に落ちて見えなくなった。

 これで私の仕事は終わりだ。そう思って振り返った先に、あの女がいた。


「久しぶり」


 あの日、死んだ恰好のままのあの女が。

 穏やかな表情で私の車によりかかっている。


「なっ」

「とりあえずこれ、返してくれてありがとう」


 見せられた右手には先程捨てた指輪が付けられていた。

 

「あのうっかりもの。左手の薬指じゃなくて、右手の薬指もってったんだよね。お蔭で、こっちの方がしっくりくる」


 右手をひらひらと振る仕草には慈愛が含まれていた。

 私は震える足を叱咤して、目の前の女を睨みつけた。



「なに今更、復讐でもしきたの?」

「別に、ただお礼をいいにきたの。忘れ物、届けてくれてありがとうって」

「忘れ物…?」

「そう忘れ物、本人の許可も貰った。海に捨てられたこれは所有物を失った。だからこれはもう、私のもの。挨拶もすんだし、私はそろそろ行こうと思うんだ。お盆をずらしてもらっても、許された時間は今日までだから」

「成仏でもするっていうわけ?」

「もうしてるよ。家族がちゃんと供養してくれた。あとは50.60年くらい、あの人をあっちで待つだけ」


 恨む様子もない女は本当に嬉しそうに指輪を見ていた。

 本当に、死んでもむかつく女。


「だったら、さっさと帰ってくんない?」

「あ、いまって何時?」

「は?知らないわよ」

「私を殺したお詫びに、それくらいはいいじゃない」

「意味わかんない」

「そっかそっか。ねぇ、私が死んだ日のこと覚えてる?」

 

 私が答えなくても女は気にしないように続けた。


「あの日、親友君とマミが来るまで話したんだ。彼って本当に一途だね。それがさ、彼女以外は助手席に座らせないんだった。だから私は行きも、仮眠を取る時も後ろに座った訳だし」

「だからなに?」


 にっこりと女は笑った。

 私が、一番不愉快になる顔だ。


「私はあの時、眠かったから寝たよ。来たら起こすからって言われてたし。でも、親友君は納得しなかった。多分、知ってたんだ。マミが本当に好きなのは自分じゃないこと、睡眠薬を盛られたこともね。自分が知らない間に、逢瀬でもされたら堪らないからって。親友君は最初からタイマーをかけてた。9月●日の24時00分、大音量で。その時間になったら、助手席に何がなんでも呼んでくるって。私が死んだのは確か…一昨年の、今日だったね」


「だから、なによ」

「親友君はまだ、起きてない。供養も、お坊さんの声だって彼の耳には入ってないよ。だって、寝てたからね」

「はっきりいいなさいよ!!!!」

「携帯、燃やせばよかったのに」

「なんの話をっ」

「私が性格悪いの、よく分かったね。」


 周囲に大音量のアラームが鳴り響く。

 音がなっている場所は、先ほどマミが携帯を捨てた海の中からだ。


「なに、なにかが海からっ」

「唯一不思議に思ったことがあってね。私が気づいた時、車の中にいたの。でも地上にあがったら私と親友君の死体も、車もとっくにあがってた。じゃあ私、あの時一体どこにいたんだろうって」




「ひっ!いやだぁ、離して!助けてっ!!!!」


 親友君に連れられて、海に沈んでくマミに手をふった。

 きっと、彼女の死体は見つからないだろう。



 あ、そういえば。







「ねぇ、いまって何時?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ