ある日の新婚バカップルとその一味―③ 『ほのぼの……?』
ちょっと本屋に寄るという二人と一時的に別れた僕の足は、『和』という名前の喫茶店へと向かった。
とあるクラスメートの親が経営している店で、洋菓子をメインとしている。
なかなかウチの学園でも人気があり、昔から僕たちもよく利用しているし、今では二人の幼なじみがアルバイトもしている。
ドアを開くと涼しげに響く鈴の音が、店内に客の来訪を知らせる。
髪を緩くおさげにしているウエイトレスが満面の笑顔で――
「いらっしゃらないでくださいませ~♪」
明らかに何かを間違った言葉を口から吐き出した。
「ご来店ありがとうございました~♪ またのお越しを心よりお待ちいたしません♪」
通りすがりのウエイターの笑顔が眩しい。
来店直後に入店拒否された。
すごい接客革命だ。
「………どんな接客だぁっ! つーか拒否るなぁっ!」
内心で感心しながらも、律儀に突っ込む。
――というか、その店員は前述した二人の幼なじみだった。
いや、そんな対応するのは、顔馴染みぐらいしか考えられないけども。
「あはははは。何となく思い付いちゃって」
ぺろっと舌を出しているのは柳――結崎柳だ。
眼鏡の奥で大きな瞳が悪戯っぽく笑っている。
一つ一つの動作に生き生きとした躍動感があり、竹を割ったような快活さが先入観になりそうな印象を受けそうになるけど、それは店員用の猫被りの一環である。
顔立ちは十分可愛い部類に入るのに、好奇心が刺激されたときなどに稀に見せる笑顔の感じが『にやり』なので、どうにも愉快犯じみた不穏さの方が先に立ってしまう――というかそのものズバリだったりする――のが玉に瑕という感じの友人だ。
先の言動一つとっても、それが垣間見えよう。
世間様から『小悪魔』とか『黒幕』なんて呼ばれているとかいないとか。
「あっはっはっはっはっ。ノリで付き合ったよ」
あまり似合っていないウエイター服姿の陽介――大島陽介が、手をパタパタさせながら歩み寄ってくる。
人の好さがそのまま滲み出ているような、不思議と見る側に安心感を与えてくれるそんな顔付きをしているせいか、かなりしっかりした肉付きの体格(筋トレが趣味の一つ)なのに不思議と頼りなく見えるそんな少年である。
いつも明るい空気を背負っており、それ故に僕たちのムードメーカーのような役割を担う立ち位置にいたりもする。
――まあ、僕ではない誰かに言わせると『悪いことを記憶する能力が完全に欠如している能天気な愛すべきおバカさん』ということになるらしいのだけれど。
「では、改めまして、お客様。喫茶店『和』へようこそ」
仕切り直すように、必要以上に慇懃な仕種で一礼する柳。すごい嫌味っぽい。
「正人たちは来てるかい?」
「来てるわよ。なにやら周りが見えてない感じで熱い議論を交わしてたけど、珍しい組み合わせといえば珍しい組み合わせよね。まあ、悪い感じはしないけど」
頬に人差し指を添えて言う柳。
言葉の内容は穏やかな反面、何故か顔は面白いものを見つけた悪戯っ子のような感じで『くすくす』笑っているのが、やや不穏である。
月が厚い雲に覆われて、夜の暗さが増した瞬間に、視線の先に真っ黒い人影が立っているのを発見した時のような心境になる――なんていう人もいるけれど、僕からしてみると、それは柳が持っている『毛皮』の一つでしかない。
僕の知っている柳は、誰よりも友だちを大切に想っている天邪鬼な女の子でしかない。
「あとは……そうそう。今日は花守もいるわよ」
「へぇ。千春がこんな時間にいるなんて珍しいね」
「この前に引き受けた『ストーカー疑惑』の方に進展があったみたいよ。今は正人たちとその話をしてるわ」
「了~解。じゃあ、ちょっと僕も話を聞いてみようかな。――あと、飲み物はいつものヤツね」
「カフェオレね。冷たいのでいいかしら?」
「よろしく」
「だってさ。陽ちゃん♪」
「はい。喜んで♪ ………オーダー入りま~す」
いそいそとオーダーを打ち込む陽介の傍らを通り過ぎ、いつもの席へと足を進める。
「あっと、マスター」
その途中でカウンターの奥でグラスを磨いているダンディーなおじさん――そう言えといわれているのでそう評しているが、実際は言うほどでもなかったりする――に声をかける。
「なんだい、和ぽん」
その呼び方止めて下さい。
「また野良猫の里親探しのチラシを貼らせてもらってもいいですか?」
「構わないが、またかい? 和ぽんと壱世っちは本当に動物関係が多いねぇ」
「正確には壱世が個人で抱え込もうとしている問題なんですけど、まあいっしょくたにされても仕方が無いですね。褒め言葉と思っておきますよ」
「はっはっ。いい返しだね。チラシは写真付きで頼むよ。その方がお客様の目に止まりやすい」
「心得てます。週明けには用意しておきます」
ヒラヒラと手を振って、僕は了承の意を返した。
店の側からも、客の側からも構造的に死角に近い位置で、それ故に人目があまり入らない壁際の一角。僕たちがよく使わせてもらっている『いつもの場所』とは、そんなテーブル席である。
そこにはすでに三人の先客がいた。
自前のノートパソコンをカタカタしながら文庫本に視線を落としている鷹志。
難しい顔で顎に手を当ててなにやら考え込んでいる正人。
そして、正人と向かい合う形で椅子に座っている千春――花守千春。
「やあ、今日は早起きだね」
千春の肩をポンと叩いて、正人の横に腰を下ろす。
「ふん。別に昼間寝ているから、夜に動いているわけじゃない」
やや不機嫌そうな口調で返され、僕は軽く肩をすくめる。
本当に不機嫌じゃないのは、これまでの短いながらも密度の濃い付き合いでわかっている。
花守千春はその名前から受ける印象とは対極に位置する外見の持ち主である。一言で言うと『チンピラ』――少し回りくどく言うと『荒んでいる』という風だろうか。
威嚇的に鋭く細められた眼差し。無駄に周囲を威圧する剣呑な雰囲気。
自己申告によると二十歳らしいのだけど、単純に外見を見た限りでは学生である僕たちとそう大きな差があるようには見えない。
ただし、学校に行っている様子が皆無な上に、何らかの『お仕事』に携わっているようなので、年上なのは事実かもしれない。
「で、進展があったんだって?」
「ああ」
無駄話を好まない千春の性格を知っているので、さっくりと本題に切り込む。
――ここで、少し補足説明を入れておこう。
僕を含めた幼なじみの集まり――ここでは『グループ』と表しておく――は、たまに誰かの持ち込む『悩み事』を解決するために行動をする『便利屋』の真似事を、ボランティアで行っていたりする。
壱世のちょっと面倒を含んだ『お悩み相談』の解決の協力を友人たちに頼んだのがそもそものきっかけで、それから同じことを何度か繰り返しているうちに、いつの間にかちょっとだけ有名な『便利屋』のように扱われるようになったのだ。
今回の話もそうした『悩み事』の相談で、中学時代の元クラスメートの橋口さん(女子)の一人暮らしを始めたお姉さんがストーカーの被害に遭っているかもしれないという話を聞き、その調査を千春に頼んでいたのだ。
「今日の昼間だが、女のマンションの近辺を徘徊していた不審者が、警官に職質されて交番まで連行された。厚手のコートにサングラスとマスク、おまけにニット帽まで装備して、あからさまに挙動不審の今時ありえねぇぐらいの犯罪者予備軍だったぜ。見た目はな」
「それがストーカー疑惑の不審者?」
「いやぁ、娘の心配をした過保護な父親殿だったよ」
「おやまぁ」
「一人暮らしを始めた娘が大丈夫か心配になって、わざわざ会社を休んでまで、様子を見に行こうと思ったらしい。本人の証言によると何日か前から似たようなことをやっていたようだな」
「つまりは、ストーカー疑惑は誤解?」
「誤解されても仕方が無い格好だったのは事実だがな。人騒がせな話だ」
千春はつまらなそうに言ってから、視線を正人に向けた。
「だが、天才様はそれではどうにも納得がいかない様子でな。俺とはレベルの違うオツムがどんな解釈を導き出すかを待っていたところだ」
ブラックのコーヒーを口に運び、苦そうな顔をする千春。
これまでから今に至るまでの観察の結果、千春は甘党のような気がするが、どうにも人目が気になるらしい。
遠慮しなくてもいいのに。他も気づいてるだろうし。
「そうなのかい?」
「ああ。娘さんが一人暮らしを始めたのは二月前と聞いている。それだけの間を置いてから心配になるものかというのが疑問の一つだ。件の娘さんが妹に相談をしたように、両親にも同じように相談をしている可能性は十分にある」
考え込んでいるようで、こちらの話にも耳を傾けていたらしい。
正人は聞き返しもせずにスラスラと自分の意見を口にする。
「それで心配になった父親が、ストーカー疑惑の不審者に接触をしようと?」
「家族を想う気持ちがあるなら、中にはそれぐらいする父親もいるだろうさ」
「どうだかな」
胡散臭そうに千春が否定的に呟く。
「そもそも橋口さんが我々の話を家族にしているとは限らないし、仮にしていても学生の『便利屋』もどきを大人が当てにするとは思えない。そうした諸々を考慮すると橋口さんから現状の詳しい話を、家族から聞き出してもらう必要があると考えるが?」
「それもそうだね」
憶測に過ぎない考えをどれだけ話し合っても、それが結果に結びつくとは限らない。
なら、まずは確実な情報を収集すべきだという正人の考えは正しい。
仮に考え過ぎであったとしても、嫌な可能性が牙を剥くかもしれないことを思えば、事態をはっきり把握しておいた方がいいに決まっている。
「――それで、俺はどうすればいい?」
面倒そうに千春が問いかける。
「おそらくは、昼間の一件で家族間では解決的な解釈がなされるだろう。気の緩みも生じて、だからこそ細かい部分にまでは気が回らない可能性がある。仮に本物のストーカーがいるとしたらだが、今晩が最大のチャンスとなる。何らかの行動を起こすかもしれない。ゆえに、君には今晩もマンションの付近に待機してもらいたい」
「仮定ばかりで、はっきりしない話だな」
「確かにそうだが、最悪の事態を想定しておくのは物事の基本だ。関わりを決めた以上、個人的に後味の悪い結末は御免被りたい」
「ふん。まあ、いいだろう。乗ってやるさ」
「すまないな。だが、君一人を働かせるのも忍びない。私も付き合わせてもらおう。それに慧にも声をかけておく。万が一にも荒事になった時に備える意味でな」
「あの通り魔はいらんだろ」
「君と違って手加減はできる」
「くはっ。それはまた随分と傑作な勘違いだぜ」
少し愉快そうに千春が笑う。
危険度で言えば、どっちもどっちだと僕は思う。
日常的に暴力的な雰囲気を匂わせる千春と日常から帯刀している慧。
うん。やっぱり、どっちもどっちだよねぇ?
「さて、橋口さんと少し話をしてくるよ。彼女の協力も必要となるし、正確な情報も欲しいからね」
胸ポケットから携帯端末を取り出した正人が席を立ち、離れた場所に移動する。
「相変わらずの生真面目さっぷりを発揮する正人くんには頭が下がるね。こんな探偵ごっこにそこまで本気にならなくてもいいんじゃないかな」
文庫本から顔を上げた鷹志が、呆れとも感心ともとれる曖昧な調子で言う。
その間もキーボードの上を踊る手は休んでいないのだが、何をしてるんだろう?
「まあ、バッドエンドな展開は鬱になるから嫌だけど。それよりも早くさっきの続きが話したいんだよなぁ~」
どうやらゲームの話が途中で中断されたままなのが不服なだけらしい。
「………あぁ、それで思い出したんだけど、忘れ物だよ」
僕は鞄から『スパイラル・ワールド』を取り出す。
「………おう、忘れてた」
「本末転倒って言葉の意味がわかる展開だよね」
「あっはっはっ。――ま、まあ、この際だから持って帰って、プレイしてみなよ」
手をヒラヒラさせて、鞄の不在をアピールする鷹志。
………正人と一緒に下校したということは、彼が通学に使わされているリムジンに同乗させてもらったということで、今も鞄はその中にあるということなのだろう。
「やれやれ。仕方が無いね。プレイの約束は出来ないけれど、今日は持って帰るよ」
この手のやり取りを何度も繰り返すのも面倒だしね――と、鞄の中に『スパイラル・ワールド』の箱を戻していると、
「和也」
目を閉じて腕組みをしている千春に呼ばれた。
「なんだい?」
「お前たちは今晩来なくていいからな。つか、来るなよ?」
「わかってるよ」
その思いやり深い言葉に、ちょっとだけ苦笑してしまう。
「千春も意外に過保護だねぇ。パパって呼んでもいいかい?」
「うるさい。黙れ。殴るぞ。
――それで、聞き耳立ててる黒幕さんは、天才様の話をどう思う?」
「いやん♪ かわゆいわ・た・しを、そんな無粋に呼ばないで☆」
不思議なポーズを取りながら現れた柳は、くるっと一回転しながら流れるように僕の隣に腰を下ろした。
「まあ、悪くない判断だから、及第点を上げてもいいわよ♪
で・も☆ そ・ん・な・こ・と・よ・り・も、こんな噂話を聞いたんだけど、あなたたちにも教えてあげるわ」
柳は話の軌道を即座に雑談へとシフトさせて、電話を終えた正人がタイミングよく合流したらしい壱世と慧を伴って戻ってくるまで、雑談に花を咲かせた。
………ところで、仕事はいいのかい、柳ちゃんよ?
閑話休題。
「さてさて、皆さん。『和』が世間に誇るシェフ雨さんの恒例――新規メニュー作成にかこつけたお遊び料理の到着で~す」
放課後の一時を利用した幼なじみたちとの雑談タイムを満喫していると、陽介が盆を片手に現れた。
「わぁ♪」
盆の上に乗せられているものを見て、うれしそうな歓声を上げたのは、甘いものに目がない壱世である。
「今日はシュークリームか」
「カスタードとホイップの二つのクリームを使用したオーソドックスなタイプだけど、雨さんが作ると市販品なんか二度と食べる気が起きないくらいの絶品に転生だぜっ!」
オーバーアクション気味に親指を立てる陽介。
「ちなみに、例によって一つだけ『当たり』があるわよ」
すっかり僕たちの席に長居をしている柳が、にやりと笑みながら言う。
「やっぱりかよ」
うんざり顔の千春。
『和』の料理長――雨さんこと雨原さんに気に入られている僕たちは、彼が思いつきで作る新作料理(またはお菓子)の味見をたまに頼まれるのである。ロハで。
泣く子でなくても卒倒する怖面なのに、意外にお茶目な一面を内包している彼は、人数分用意した出し物の中に、一つだけサプライズを潜ませるという悪癖を持っている。
記念すべき『ファースト・インパクト』に行き当たった時の千春の七転八倒振りは孤高を地でいく彼の人物像が崩壊するほどの威力があった。
通称『ロシアンルーレット』などと呼ばれている恒例行事である。
「それでは、みなさん。同時に一口食べましょう」
「ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャ………ジャッジャァァァァン!」
口で言う陽介。
「パフ~♪」
どこからともなく取り出したオモチャのラッパを吹く柳。
突っ込んではいけない。
とりあえず、緊張した面持ちでみんながシュークリームを口に運ぶ。
「ちなみに『当たり』は――」
ほぼ同時にパクリ。
「スイカ味です」
「ぐぼはっ!」
口の中に広がった想像を超える奇抜な衝撃に吹き出す。
「和くんっ!?」
洋風お菓子(?)の内側に存在する海で割ったりする夏の風物詩。
カルチャーショックどころの騒ぎじゃない。
慌てて、カフェオレを口に含み――直後に口の中の不協和音が倍加した。
混沌と化した複雑怪奇な刺激が味覚を翻弄する。
………いや、単品ならそれぞれは舌を楽しませるに不足は無いのだが、それらを同時に口の中に放り込むだけでここまでの化学反応が発生するとは。メルトダウンか。何よりも心の準備が皆無だったのが致命的過ぎる――いや、心構えは十分にしていたつもりだが、相手の創造力がこちらの警戒を超越していたということになるのだろう。
……ふっ。負けたよ、雨さん。
「げふげふげふげふごほごほごほごほぐふぐはっ!」
心情的にはのた打ち回りながら、僕は激しく咳き込む。
その傍らでハズレた他のみんなは至福の表情で放心しており、柳はお腹を抱えてげらげらとマジ笑い、陽介も「あはは」と笑いながら空のコップにお冷を注ぎに行ってくれていた。
………ああ、マジで天国と地獄だわ。これ。
――などと一風変わった雰囲気下で、穏やかに時間を過ごす友人たち。
壱世。正人。陽介。柳。鷹志。慧。千春。
そんな彼らが増えることはあっても、減ることのない僕の幼なじみであり、かけがえのない友人たちである。
スイカ味のシュークリームをちまちまと口に運びながら、ぼんやりと今のグループ(笑)に至るまでの道のりなんかを追憶する。
奇抜な味が舌の上でタップダンスを踊っているので、可能な限り意識を他所に逸らすための現実逃避です。ご了承ください。
壱世とは最古の幼なじみ。
前述したように家が隣同士で、親同士も仲良し。
さらに自宅出産だった壱世が生まれたその場に家族で立ち会っていたらしいので、文字通りの意味で生まれたその日からの付き合いである。
幼小中高と一度も離れることのなかった誰よりも近いところにいる当たり前の存在――と言うべき女の子。
陽介と柳の二人との交友は、まあごく一般的な成り立ちである。
小学校に上がったばかりの時に、僕と壱世が互いに最初に声を掛けあった同性のクラスメートなのだ。家で遊んだときに面通しを済ませ、互いが幼なじみ同士だったという共通点から、すぐに親しくなった。
幸いくされ縁にも恵まれた。
鷹志に声をかけたのは、僕が最初だ。
それは中学一年の時で――学年トップクラスの成績を維持し続けている『変わり者』の噂に興味を抱いたためであり、それが鷹志だったという話である。
学校側が期待するだけの好成績を維持しておきながら、自らオタクを自称して、周囲から浮いていた変人――そんなレッテルを貼られて敬遠されていた鷹志だが、実際に話をしてみると面白く、結果として意気投合して友人となった。
何よりも面白かったのが、好成績維持の理由。
己の趣味に好い顔をしていない両親を納得させ、口出しをさせないための条件として勉学に励んでいるという信念とさえいえる趣味への情熱には脱帽の一言。ディープなところまで染まるつもりはないが、少なからず鷹志の影響を受けている部分は僕にもある。
――とまあ、この四人は普通といえる出逢いだ。
では、他の三人は普通ではないのかというとそうでもないのだが、どちらもが〝それぞれの普通〟を過ごしているだけでは、接点が生じなかっただろうことを思えば、ある意味では普通じゃなかったのだと言えなくもない。
例えば、正人。
彼は世界的に有名な滝沢グループの御曹司である。
本来ならば、住んでいる世界が僕らのような庶民とは全く異なるのだが、どんな理由があったのか――正人は曖昧に微笑むだけで語ろうとしないけれど――幼少期の彼は、僕らと同じ街で同じように住んでいた。
最初に出会ったのは、これもまた小学生の頃。
今も『天才』と呼ばれる正人は、子供の頃から『天才』であり、それ故に孤独だった。
クラスが離れていたために出逢うのは遅れたが、それでも僕と壱世は正人と出逢い、友達になった。
だけど、彼が学校にいた期間は短く、三年になる頃には家の都合で『外』へと留学した。直接的にはわずか半年間の交流であったのだが、間接的な交流を僕らはそれからも続けた。手紙やビデオレターなどで。携帯電話やスマフォを手にするようになってからは、メールやラインといった諸々の機能でもっと身近。
そんな彼が帰ってきたのは、高校進学と同時。照れた顔で入学式に向かう僕らを通学路で待ち伏せるというサプライズとともに。
続いて、慧。
家同士が決めた正人の許婚なのに、直接的な面識は片手の指ほどだったと聞いている。
だから、子供たちの間では冷めた関係なのではなどと邪推していたのだが、帰国した正人の元へ駆けつけるように転校してきた行動力から、全くの杞憂だったのだと納得した。
その編入初日の時に、街中で道に迷っていたところを壱世(と僕)に助けられており、それをきっかけに今ではすっかり親友だと思い合っている。
生真面目に過ぎる性格を僕はちょっと苦手にしているけれど、それでも大事な友人の一人であるのは変わらない。
そして――
ある意味において、僕たちのグループ(笑)内で最も異端なのが千春だろう。
そもそもの出逢いからして、本当の意味で普通ではなかった。
街の裏側で生じる荒事に首を突っ込み、無理やり解決させる厄介事請負人。
僕たちが首を突っ込んだ些細だったはずの面倒事に、千春が関わっていた大事の一端が関係していた――そんな出逢い。
その大事自体を解決するまでの間に生じた不思議な連帯感が、今でも持続しているようなそんな関係。
口の悪い千春は僕たちを『友達・仲間』などとは頑なに言おうとはしないが、顔を合わせる機会が未だに途切れていないことを考えると、本心が逆だと考えてもいいんじゃないかな。
まったく、ツンデレだなぁ(笑)
………。本当は幼なじみと言える友だちがもう一人いるんだけど、『彼女』は事情があって遠くに行っているし、その事情が関係して連絡もあんまり取れなくなっている。
最初は二人だけだった。
それが今では八人になった。
彼女は、今はまだ僕らと一緒にはいられないけれど。
現在の七人になってからの期間はまだ一月にも満たないけれども、それでもずっと前からそうしているかのような感覚はある。
これからも友達が増えることはあるだろう。
それでも減るようなことはないようにしたいと僕は思う。
――なぁんて、思っているとようやくスイカ味のシュークリームを食べ終えられた。
………………長ぁい、罰ゲームだったヨ(泣)
● ● ●
常連客とはいえども、いつまでも長居をするのは悪い。
ディナータイムが近くなると客の出入りが激しくなってくるので、その寸前の頃合を見計らって僕たちはレジを済ませて、店を出た。
外では既に滝沢家所有のリムジンが停車しており、慧と千春と正人が乗り込んでいるところだった。
「なんなら家まで送っておくが?」
「それならお言葉に甘えさせてもらおうかな」
正人の提案に、鷹志は特に迷う様子もなく受けていた。
余談の類だけど、鷹志は今の学園への進学を機に実家を出ている。
何でもちょっとした伝手で始めたアルバイトが成功して、そこそこの蓄えもあるとかで、わりと立派なマンショにアルバイト仲間と一緒に住んでいるらしい。
仕事方面が立て込んでバタバタしているのでまた会ったことはないのだけれど、近日中には紹介してもらえる話になっている。
かなり個性的な人たちらしいので楽しみと不安が混ぜこぜだ。
「例の話もまだ途中だったし、どうせならもう少し詳しく聞かせてもらいたい」
「勿論。喜んで語らせてもらおうじゃないか♪」
「何の話ですか?」
珍しい組み合わせで盛り上がっているのが気になったのか、慧が首を傾げる。
途端に二人は視線を逸らした。
正人はさり気ない感じだったけれど、鷹志はあからさまに怪しい挙動になっていたのが、なんか傍から見る分には笑いを誘う。
まあ、確かに慧に聞かれると不都合の生じる話ではある。
最悪の場合、鷹志の頭が割れて、血の海が出来てしまう。
「和也と壱世はどうする? 多少の遠回りなど遠慮の理由には程遠いぞ」
話題を変えるような正人の問いかけに、僕たちは顔を見合わせてから、どちらからともかく辞退の意を込めて首を横に振る。
「壱世と歩きたいからね。今日は遠慮しておくよ」
「………この天然男は。またそうやって無自覚な言動で壱世の好感度を上昇させようとするのだから、困ったものですわね……」
「むしろ、こいつの場合は狙ってるんじゃねぇか?」
「それは有り得ない発想だよ。そんな黒幕っぽい誰かさんを彷彿とさせる確信犯的な展望が和也にあるなら、とっくにあの二人はゴールインしてるって」
なにやら慧たちがブツブツと小声で呟いているが、僕の耳では内容を聞き取れない。
「そうか。それじゃあ、また明日。学校でな」
何故か苦笑を浮かべている正人のそんな言葉を区切りに、僕たちは『また明日』という一時の別れの挨拶を交わし合い、それぞれの帰路につく。
リムジンが走り去るのを見送ってから僕と壱世は歩き出した。