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フルメタル・ランナーズ ~Prelude~ ① 『R15・シリアス』

 





 頭が痒い。


 痒い。痒い。痒い。痒い。


 頭を掻いても、掻いても掻いても、痒みが全然とれない。それもそのはず。頭の中身がおかしくなっているのだから当然だ。


 痒い。痒い。痒い。痒くて堪らない。


 どうにかして欲しい。どうにもならないなら、いっそ殺して欲しい。


 最近は本当にもうどうにもならないから、ずっと壁に頭を打ち付けていたのに、あいつら(・・・・)はそれが出来ないように壁に頑丈なベルトで四肢を拘束した。


 だから、本当にもう痒くて痒くて気が狂いそうになっていた。


 それが一時的にしても落ち着いているのは、彼のおかげだった。


 彼女の隣で大きな車を運転している自分とそう年は変わらないはずの彼……なんだけど、サイドミラーに映る自分の顔はまるで老婆のように痩せこけていた。ちょっとふっくらしているのが気になっていたのに、まるで骨と皮だけで血の気も失せて青白くなっている。それは身体も同じだ。とても。とても痩せ細っている。ダイエット万歳。体重計の数値が楽しみで楽しみで仕方がなくて、やっぱり死にたくなる。


 どうして? どうして? どうして?


 あの日、あの時、あんな場所に行こうと思わなければよかったのだろうか?


 迷って、迷い込んで、気づいたら見知らぬ世界。


 陸の大半が海に沈んだ異世界で、おかしな怪物が徘徊していて、見た事のない服――軍服みたいなのを着た男の人たちに助けられた。


 質問。質問。質問。


 丁重な扱い方をしてくれていたのは最初だけ。


 ある時を境に、乱暴にされた。裸にされて、頭がふわっとする薬を打たれて、得体の知れない気持ちの悪い機械に閉じ込められた。


 暗い。深い。何もない。ふわふわと無重力を漂いながら、知らない歴史(・・・・・・)を教えられて、意味の分からない質問が延々と繰り返される。


 声はどこにも届かない。誰の耳にも届かない。自分の耳にさえも。


 そして、ゆっくりと自我は崩壊していく。


 時間の経過がわからなくなって、自分の名前さえも思い出せなくなってきたある日――


 唐突に救いの手が差し出された。


 正直なところ、壊れかけた頭では何が起こったのかをほとんど把握していない。


 確かなことはただ一つ。


 手術着のようなものと分厚いコートを着せられて、大きな車で逃亡中ということだ。


「えぇっ? 合流まで、あと十五分ってっ!?」


 ハンドルを握る彼は、彼らと同じ軍服を着ている。


 だが、同じ所属ではなく、敵対的な関係なのは自分を助けてくれたことからも明白だ。


 危機感のまるでなさそうな能天気な笑みを浮かべながら、耳に付けた小型の機械でさっきから誰かと話をしている。妄想癖のある独り言でなければ、何処かと通信しているのだろう。


 今のような逃亡中に相応しい表情ではないが、不思議と鋼みたいな印象の持ち主だ。


「いやいやいや、十分以内には怒り心頭の敵さんに追い付かれる計算だから。攻撃ヘリは二機も壊し損ねたし、なによりも旧型とはいえ『A・A(エー・ツー)』が五機もいるんだよ。300秒も余る待ち時間をどう凌げばいいのさ」


 時折、後方を気にしながらハンドルを切り、彼は車を加速させている。


 だだっ広い開けた荒野。まるで洗い流されでもしたかのように草木も生えていない。


 見通しのよすぎるところを、法定速度を余裕でぶっちぎっているのだが、彼の発言内容は中々に不穏だ。


「気合と根性と努力でがんばれって。ちょっとちょっと。大好きな言葉を並べ立てられても、か弱い女の子が同伴だと多少の無理があるよ」


 聞き慣れない単語の『A・A』というのは、もしかすると彼らの潜伏していた基地に佇んでいた無骨な巨人を差しているのだろうか。


 アニメや漫画の世界で描かれるものに比べれば、まるで洗練されていないブリキの木偶人形じみているが、あんなものが本当に動くのだとしたら悪夢そのものだ。


 逃げ切れるわけがない。


「お前なら『まだだ!』と叫べば限界を超越できるって、相変わらず無茶苦茶言うよねぇ~。なんとかするけれど、保証は出来ないからなるはや(・・・・)での救援をよろしく。通信終了……やれやれ」


 困ったようにため息をつかれても、困るのは少女の方だ。


 そんな思いを込めて視線を向けていると、彼が気づいた。


「あ、大丈夫だよ。もうすぐお家に帰れるからね」


 先の会話をしっかり聞いていた少女からすると気休めとしかおもえなかったが、正直な気持ちを打ち明けるならどうでもよかった。


 こんな壊れかけた頭とボロボロに崩れた身体で、家に帰ったところでどうなるというのか。


 いっそ殺してくれた方が楽でいい。


 中途半端に生き残るのも、逃亡に失敗してあの機械の中に閉じ込められるのも嫌だった。


「そういえば、自己紹介がまだだったよね。オレの名前は陸奥(むつ)武道(たけみち)。………あ。本名言っちゃったよ。まぁいいか。正統興国――特殊作戦部隊所属のいわゆるところの軍人さ。君の名前は? ちゃんと言える? 覚えてる?」


 聞かれて、思い出す努力をした。


 そうしなければ、もう自分が誰なのかもわからない。あぁ、頭が痒い。痒い。痒くて堪らなくて掻き毟りたくなるなかで、気泡のような記憶が浮かび上がってきた。


「………ミリア・ロベルティア。エペランデからの……留学生。央都の……天城学園の……学生で、一年生……だった、のにっ」


 思い出した。思い出せた。


 今はもう遠い彼方へと過ぎ去ったかつての自分を。


 それが嬉しくて、今の自分の変わり果てた姿が悲しくて、涸れ果てたと思っていた涙が頬を伝った。


「あぁ、よかった。あいつらの扱いを心配してたけど、そこまで覚えてるなら『上』に還ったら、きっと大丈夫だ。ここでの出来事は悪い夢で、ちゃんと現実で醒められるよ」


 意味がわからないことを彼は言う。


 そうなればいいと思っていた。


 これは悪い夢で。自分は寮のベッドで安眠を貪っていて。怖い夢を見たと跳ね起きて、しばらくは余韻に怯えながらも、やがては陽だまりのような日常を満喫するのだ。


 そうだったらいいのに。


 けれど。


 現実は過酷で、残酷で、冷酷で、希望的観測を無慈悲に牙で噛み砕く。


 鋭い光が背後で生じた。


 それをボヤけた頭で認識した直後に、いくつかの出来事が同時に発生した。


 閃光は真っ直ぐな軌跡を描いて、疾走する大きな車の背後に食らい付こうと迫る。ミサイル――というよりも、ロケット弾の類だったのだろう。彼女の虫食いだらけの知識ではよくわからなかったが、直撃を受けたら跡形もなく車ごと吹っ飛ばされるのはわかった。


「おっとぉっ!?」


 彼はハンドルを鋭く切って、回避行動に移る。


 かなりギリギリのタイミングだったが、迫りくる攻撃的な脅威は車の側面を掠めるように通り過ぎていった。


 十数メートル先の地面に着弾して、派手な爆発をする。


 花火のような美しさなど望むべくもない残酷な炎が舞い上がり、衝撃が車体を激しく攪拌する。シートベルトをしていなければ、ロクに身体に力の入らないミリアは車の中を跳ね回っていただろう。


 下手をすると、それだけで死んでいたかもしれない。幸か不幸か判断に困るが。


「殺る気満々だな、おい。取り返すつもりとかないのかよっ!?」


 焦りとは縁遠い顔のままで、彼はハンドルを操り、車をさらに加速させていく。


 だが、敵の攻撃がきたということは、先の彼の言葉通りに追いつかれつつあるのだろう。車の揺れで意識していないが、さっきからそれとは別の要因で生じる揺れが混ざりつつあるような気がするのは、彼女が『アレ』を思い浮かべてしまっているからか。


「うわ。アレはヤバい」


 追跡者の牙は、さらに後方から二本の牙を飛ばしてきた。


 緊張感の欠片もない声で彼は言い、次の瞬間にはミリアの身体を固定していたシートベルトを手早く外していた。


 そこから先の動きは半ば魔法じみていた。


 ハンドルから手を放して、アクセルからも足を離し、弱り切っているミリアへの気遣いを感じさせる優しい手付きで抱き寄せてから――


 思い切りドアを蹴り飛ばしていた。


 ミリアへの繊細な手付きとは裏腹に、ドアへの一撃は並外れたものだった。ロックをしていたのか、それとも外していたのか。そんなのまるで関係ないと言わんばかりに、ドアが弾け飛んでいた。


「――――」


 思わずでもなんでもなく、普通に目を疑う。


「ちょっと息を止めててね」


 言われずとも、信じがたい光景にミリアの意識はフリーズしてしまっている。


 それが功を奏したというべきか。


 次の刹那で、彼は車から飛び出していた。ミリアをお姫様抱っこに近い状態にして。正気であったならば悲鳴を上げながら暴れていただろう。それは次の展開を致命的まで狂わせていたに違いない。


 だが、ミリアが硬直していたおかげで、彼は難なく着地を成功させていた。時速百キロを余裕で超過していた車から飛び降りて、転がることもなく、様々な問題をクリアしていた。靴底がかなりの勢いで擦り減ったくらいの被害しかなさそうだった。


 そんな彼らの横をすり抜けていく二条のロケット弾が、わずかな時間差で車の尻に食らい付いた。ドンッドンッと腹に響く轟音が続き、殺人的な爆発が生じた。


 車の後部が浮いて、そのまま冗談のようにくるくると虚空を数秒ほど舞ってから、地面に無様に着地する。


 ほとんど原形を留めない無残な大破だった。


「あ~、くっそ。足を壊された」


 この期に及んで、彼の口調は平素と大して変わらないものだった。


 ほんの少しだけ困っているようにも見えるが、緊張感などは欠片ほども感じさせない。ここまでくると危機感が完全に欠如しているのではないかと神経を疑うくらいだ。


「………先に攻撃ヘリの方が来るな。よし。」


 彼はひとりを抱えているとは思えない軽い足取りで、近くにあった岩陰へと向かう。


「少しここで身を隠してて、すぐに戻ってくるからね」


 ミリアを地に降ろすと安心させるように微笑んでから、彼は意図して目立つように炎上している大きな車の傍へと寄っていく。


 その途中で、拳ぐらいの大きさの石を拾っていた。


 大きな不安に胸の内側を塗り潰されそうになりながら、岩陰に蹲るミリアの視線は彼を追い続けていた。



 ● ● ●



「さて、と――」


 ポンポンと拳サイズの石ころを軽く上に投げて受け止めてを繰り返しながら、炎上するジープの傍らで武道は耳を澄ませる。


 もう少し距離を稼いでおきたいところだったが、壊れてしまったものは仕方ない。武器の類も彼女の身の安全を優先したので、置いてけぼりだ。もはや使い物になるまいし、使えるものを探すだけの時間的余裕もない。


 無いものねだりをしても仕方がないので、今ある手段で時間を稼がなくてはならない。


「―――――」


 呼吸を整える。


 丹田を意識しながら、全身を包み込む『気』を高めていく。


 優れた運動神経を持つ人間の三倍にも及ぶ身体能力を誇る武道の力の源。いまいち詳細は分かっていないが、そういうものだと理解していれば使うのに支障は生じない。


 他の人よりも頑丈で、素早くて、力がある。


 それを十全に使役するための呼吸法であり、それで生成される『気』でより自らを強化していく。手に持つ石を『気』で包み込んでいく。


 たかが石ころ。されど石ころ。当たり所が悪ければ、成人男性でも死んでしまうことのある立派な凶器を、『気』でコーティングすればどうなるか。


 それを示すに相応しい獲物が、間もなく姿を見せる。


 彼女を捕らえていた粗末な研究施設に配備されていた攻撃ヘリが近づいてくる。


 潜入する際に破壊工作をしておいたのだが、時間があまりなかったので多少抜かってしまったらしく、脱出時に二機が健在だったのを確認している。


 その内の一機が激しいローター音を響かせる。甲高いエンジン音。吸気口のうなり声。けたたましい雑音とともに空を舞う。乾いた大地が煽られて、盛大に土埃が巻き上げられる。


 空には大小二つの月が冴え冴えとした光を放ち、それを陰で覆いながら攻撃ヘリが降臨する。ゴツゴツとした攻撃的な意思の塊で、機首の機関砲はすでに武道に狙いを定めている。ブクブクと太った醜い鳥のようだ。


「それいっ!」


 相手が何らかの警告をスピーカーから発するよりも先に――あるいはそんなつもりもなかったのかもしれないが――武道は淡い輝きに包まれた石を投げていた。


 直後。


 冗談のような光景が展開された。


 一条の矢と化した石ころは、攻撃ヘリのローター部分に直撃。表現が正しいかどうかはさておき、そのまま貫通した。竹とんぼのように回転翼が分離していき、置き去りにされた本体はそのまま落下した。


 高度分の重力を存分に受け、地面と衝突した時には潰れたトマトのようにひしゃげていた。爆発・炎上まで間があったのは、現実でさえもが喜劇的な展開に戸惑ったからなのかもしれない。搭乗者は確実に助からない。間違いなく即死だ。


「ストラーイクっ!」


 明らかに人間離れした偉業を成し遂げておきながら、武道にそれを誇る様子はない。


 当然の結果であるように受け止めているのは明らかで、確実に失われた命に対してもなんの斟酌もしていない。


 ――何の落ち度もない少女の心身をズタボロになるまで犯して壊すような研究に携わっている人間ならば、同じような理不尽に見舞われる覚悟もしておくべきなのだ。


 誰かを撃つならば、撃ち返される覚悟はしていて当然。


 ここは――戦場だ。


 敵の死にいちいち拘泥していては生き残れない。


「お待たせ」


「……………………。」


 唖然としているミリアの元へ戻り、再び彼女をお姫様抱っこする。


 そのまま仲間との合流地点へと方角を確認しながら、武道は軽快に走り出す。


 車の速さには及ぶべくもないが、人をひとり抱えているとは思えないぐらいの速度を出している。


「あなた、何者……?」


「ただの軍人だよ。……いや、ただのってわけじゃないのかな? まぁ、あんまり気にしないのが吉さ」


「………………………………。」


 ミリアの武道を見る目は不審者へのものに近くなっていたが、誤解(?)をいちいち解いているだけの時間的余裕はない。


 攻撃ヘリはまだ一機控えている。


 何よりも『A・A(エー・ツー)』は五機が健在。


 大地の揺れが接近を示しているし、見通しのいい荒地では逃げ場がない。正面切っての殴り合いではさすがに勝ち目がないので、少しでも有利な位置に逃げなくてはならないのだが、身を隠すのに都合のいい森は遥か彼方だ。


 もっとも武道とミリアだけでは、どうやっても時間稼ぎが精一杯だが。


 今の段階では。


「――っと。」


 音。


 最初に追いついてきたのは、やはり音だった。


 攻撃ヘリのローター音。友軍の撃墜を受け、ちゃんと警戒をしているらしく武道でも狙うのが難しい高度を維持している。


 さらに五つの小山が迫ってくる。


 大地を揺らす重々しい足音。


 月光を浴びる黒々とした影は、人間の形をしていた。


 ただし、数キロ以上離れたところから姿形が見て取れる時点で、そのサイズは尋常なものではありえない。全高四――いや、五メートル。あるいは六メートルに届くかと言わんばかりの巨体。


 それは明らかに武道よりも早い速度で、じわじわと迫ってくる。


 手がある。足がある。頭がある。人間と似たような形をしているが、無骨なブリキ細工のようなフォルム。巨大なサイズに合わせた銃を持ち、人間のように構えながら迫ってくる光景は悪夢めいている。


 通称『A・A(エー・ツー)』。あるいは『ダブルA』。


 正式には、『Armored(アーマード)Arms(アームズ)』と呼ばれる『鎧』でもあり、『武器』でもあるという開発コンセプトの強化外骨格兵装である。


 この世界における主力兵器であり、当然ながら生身の人間に太刀打ちできる代物ではない。


 そもそもの巨体が持つ質量が生み出す膂力だけでも驚異的であり、それらのサイズに合わせた重火器の開発により、単独で戦車を凌駕する域に達した。


「時代に取り残された連中の旧型とはいえ、さすがにキツいな」


 追い付かれるのは時間の問題というよりも、もう追いつかれたも同然だ。


 背後の『A・A』からの威嚇射撃が至近の大地に銃痕を穿ち、攻撃ヘリも上空で旋回を始める。


『止まれ』


 ヘリのスピーカーからの警告。


 自軍の絶対的優位を確信した傲慢さが宿っている。


「………………っ」


 ミリアが腕の中で怯えて縮こまるのを感じながら、武道は足を止めなかった。


 止まることに意味を感じなかったからだ。


 降伏など論外。


「しっかり捕まっててね。もうちょっと早く動く、よっ!!」


「――ひっ!?」


『警告はした。今すぐに止まらなければ射殺する』


 告げられた直後には、機首の機関砲が火を噴いていた。まだ威嚇の段階ではあったが、常人でなくても足を止めてしまうくらいの殺傷力を秘めた砲弾が耳に痛い音ともに弾ける。


 ――が。


 相手の想定を遥かに上回る速度で、武道は威嚇射撃の網を駆け抜けていた。


 直線ではなく、狙いを定めにくいようにランダムなジグザグ移動。


 先の倍に近い速度は、敵をして驚愕させる。


『こ、こいつ、強化人間かっ!?』


「んなわけねぇだろ。鍛えたら誰だって、これぐらいは動けるさ」


 真実の本音で武道は呟くが、腕の中にミリアは果てしなく懐疑的な眼差しをしていたのには気づかない。


『囲めっ! 絶対に逃がすなっ!!』


 先ほどよりも焦りが増した声がヘリのスピーカーから放たれる。


 いよいよ追い付いた旧型の『A・A』五機が、油断なく包囲網を狭めてくる。その動きにより生じる振動は、さしもの武道でも動きを鈍らせる。


 絶体絶命の危機。


「………………。」


 ミリアの顔は絶望に染め上げられ、必死に武道にしがみつく。


 そして、彼は――


 能天気そうな笑みを欠片ほども揺らがせずに浮かべたまま、こう呟いた。


「300秒は過ぎたよ。

 ――期待してるぜ、戦友っ!」



 ● ● ●



『こいつ、いつまでもチョコマカと――』


 苛立ち紛れのパイロットの声が、唐突に凍り付いた。


『まず――』


 不意に何かに気づいたように声に切迫したものが宿ったが、その詳細が語られることはなかった。音よりも先に何かが攻撃ヘリの横腹に突き刺さっていた。それは閃光じみており、ミリアには何が起こったのかもさっぱりわからなかった。


 ただ何らかの攻撃だったのは確かなようで、直後にヘリは火の玉と化した。


 爆発からの炎上。


 バラバラになった不揃いの部品が、あちらこちらに飛散する。


「まずは一機。さすがの狙撃能力だね、Code(コード)01(ゼロワン)っ!」


「え?」


「大丈夫だよ、戦友の援護射撃だ。300秒ぴったりでやってくれるんだから、狙ってたんじゃないかと思うよね。むしろ、妖精(ピクシー)の方だったり?」


 攻撃ヘリの撃墜に、追跡してきた『A・A』五機が動揺を露にする。


 散開しようとするように動き始めた矢先に、一機の胴体が狙撃される。パイロットの断末魔すら許さない無慈悲な一撃だった。胴体から真っ二つになり、再びの爆発炎上。


 これにより敵の『A・A』は完全に混乱状態に陥ったようだった。統制の取れてない動きで警戒態勢に入るが、それはもう完全にミリアたちの存在を忘れ去ったものだった。


「さて、オレたちは安全地帯に退避しておこうかな」


 敵の注意を引かないように、距離を取っていく。


 警戒は緩めていないが、そんな動きにすら敵は気づけないようだった。


 そんな散漫だった彼らの杜撰な警戒が、死神の接近を許すこととなる。


「え?」


 いつの間にか。


 ミリアにとっては、まさしくいつの間にかという認識だった。


 武道が向かおうとしていた先から、新たな『A・A』が姿を見せていた。


 二つの月を背中に負い、虚空に佇む五メートル越えの巨人。


 敵の『A・A』とは何もかもが違う。より人間に近づくように洗練されたフォルムは、美しさすら感じさせた。


 西洋甲冑を纏った騎士の如き造形は芸術的だ。マントの代わりに両肩にある折り畳まれた翼のようなパーツが飛翔を可能にしているのだろうか。


 敵方の『A・A』など地を這う鈍重な芋虫であるかのように、機体性能のレベルが根本的に異なっているのが見ただけでわかる。


 あれだけの巨体を無音に近い静音性で浮かせる――いいや、飛ばせるなどというのは、一体どれほどの技術が注ぎ込まれているというのか。


 まるで遠い未来の技術か、あるいはオーパーツのようだ。


 ミリアには何がどうなっているのか、全く理解できなかった。


 だが、救援に来てくれた『A・A』は、腰に下げていた『鞘』から機械仕掛けの『刀』を抜き放つ。


 そこから先の動きを、ミリアは目で追えなかった。


 文字通りの意味での瞬足――とは少し違うかもしれないが――移動であり、急速な落下からの着地。そのまま直進。


 L字に動いたと思えば、わかり易いだろうか。


 最も近くにいた獲物を選んだという気安さで距離を詰め、その手に持った優美な機械仕掛けの『刀』を一閃。


 刃の部分が淡い光に覆われているようにも見えたが、それが何を意味するかなどわかるはずもない。


 ただ単純な結果として、哀れな旧世代の『A・A』は無慈悲に両断されていた。


 再びの爆発が生じる。


 遅ればせながらに戦場に飛び込んできた敵を認め、旧世代の『A・A』三機が攻撃態勢に入るが、次の瞬間には遠距離狙撃の犠牲がまた一機。


 縦に両断されて『刀』の錆となる機体が一機。


 あっという間に――それこそ掃除されるようにあっさりと葬られていく。


 ミリアの目からすれば絶望的な脅威が、雑草でも引き抜くように次々と破壊されていた。


「相変わらず物好きだね、独狼(ウルフ)は。

 わざわざ『侍型』なんてピーキーな機体を持ち出してくるなんてさ」


「サム、ライ……?」


「うん? あぁ、『A・A』にはいろんなタイプが存在している。一般的に普及しているバランスタイプの兵士型(ポーン)。近接戦に調整された戦士型(ソルジャー)騎士型(ナイト)。文字通りの意味での射撃型(ガンナー)。遠距離攻撃専門の狙撃型(スナイパー)。この辺りが基本かな。他にも個々人の趣味とかで変な風に改造されたものとかがあって、アレもその類。重火器は必要最小限にとどめて、近接戦闘で斬りかかっていくんだけど、現代の戦場だとわりと接近するまでに射的の的扱いだよね。隠密性はそれなりに高いんだけどさ」


 脅威となる敵はもういないという判断からか、武道は足を止めて呑気に解説していた。


 もっとも。


 圧倒的な戦力差であっても、流れ弾や爆発の余波による被害には警戒しているようで、常に戦地には背中を向けてミリアを庇ってくれている。


 あるいは、こうしたお喋りもミリアを必要以上に怯えさせないように気遣ってくれているのかもしれない。


 そうこうしている内に最後の一機も爆発に飲まれた。


『これで終わりか?』


 刀を持った侍型の『A・A』からの声。


 若い男の声だった。


「ああ。とりあえず、追いかけてこれる戦力はこれぐらいだと記憶してるが、隠し玉の可能性は否定できないな」


『――ちっ。まぁ、いいさ。あいつら(・・・・)に中てられて活性化した小物連中だ。この際だから念入りに磨り潰しておくとするさ』


「そこは任せるよ。くれぐれも油断しないようにね」


『誰に言ってる?』


「……ところで、迎えは誰に頼めばいいのかな?」


01(ゼロワン)はこっちに同行だ。妖精(ピクシー)を合流させる。それでさっさと『船』に戻れ。俺たちを余計な時間外労働に駆り出したんだ。無駄手間にすんじゃねぇぞ』


「わかってるさ」


『あと、嬢ちゃんを宥める言葉でも考えておくんだな』


「うへぇ……」


 そんな会話を交わしてから、『A・A』は飛び去って行った。


 ミリアたちが逃げてきた先へと。


「………あ」


 なぜか手が伸びた。


 ミリアには理由がわからない。


「大丈夫。もうすぐ帰れるよ。君の悪夢はもう終わる」


 その言葉に安心したのか。張りつめていた緊張の糸が切れたからか。だんだんと意識がぼやけてきた。視界が狭くなる。眠るように意識が遠くなっていく。


 頭の中はもう痒くない。


「おやすみ」


 優しく微笑む武道と、虚空から静かに降りてくる『A・A』を最後に見てから、彼女は意識を失った。







 登場人物紹介と設定のお披露目みたいな感じになりそうですが、ようやく発表できました。

 いろいろと設定が変わってしまいましたし、いろいろと作者的に後戻りのできなくなる情報がいっぱいありますが、詳しくは後編で。

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