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『元日の地味な没個性とその周辺』(21)

約一年越しの宿題。お待たせしました。ごめんなさい。

 





 高級車の中で顔を突き合わせるお金持ちたちは、それぞれの表情で寛いではいた。


 少なくても表面上は。


「やれやれ。少し急ぎ過ぎたというべきか」


 アルコールの注がれたワイングラスを揺らしながら、帝は自省するように呟く。


 その内容は言うまでもなく、和真に関してのものだ。


 彼の中ではとっくに興味本位を超えて、仮に買い被りであったとしても身近に置いておきたいと思っている友人。


 まったく。実に不甲斐ない手際だった。


 意識していない部分が舞い上がっているのではと疑うほどに、見事に悪手ばかりを踏んでしまっている。


 これが仕事の一環であったのならば、その損害は微々たるものでは到底片付かないだろう。


 猛省しなくてはならない。


「まったく不甲斐ない手際ね。失笑ものだわ」


「………………。」


 だが。


 だからといって、同罪の朔夜にしたり顔で言われるのは納得がいかない。


 状況を悪化させた要因の一端は、間違いなく彼女なのだから。


 ……どっちもどっちなのだが、それを素直に認める両者ではない。あわよくば、責任を全面的に押し付けようと虎視眈々と狙っているのである。


 和真がジト目になりそうな光景である。


「お前が言うか?」


「わたしならもっとうまく事を運べたわ」


「いやぁ~、それはどうだろう?」


 醒めた瞳で睨み合いながらの冷戦に突入する二人に、するりと入り込む正人。


 別にケンカしようがすまいがどうでもいいのだが、傍観者に徹するには狭い車内でネチネチと口論をされても鬱陶しいのである。


 彼らの従者が役に立たないのがわかりきっているので、立場的に同格の正人が緩衝材の役割をしなくては安寧は得られないのである。


 どう転んでも安寧には程遠いが。


 面倒くさい役割をこなさなくては、余計に面倒になるので仕方がない。


「しかし、君たちがあそこまで下手(したて)に出るとはね」


「なんだ?」


「なによ?」


「確かに、学園祭における彼の手腕は瞠目に値する。それは認めよう。だが、それは全てが奇跡的に噛み合ったうえでのものに過ぎない。極論、我らのクラスに逸材が揃っていたからこその結果だ。後半に至っては、君らが自主的に動いており、彼の動向はほぼ影に徹していた。お膳立てを整える。それだけで偉業に数えてもよかろうが、詰まるところ、彼が動かせる人材の質に結果が左右されるのでは、不確定要素を読み切るのは困難というものだ」


「何が言いたい?」


「――のかしら?」


「些か買い被りが過ぎるのではないかと思うのだがね。

 友達付き合いがしたいだけならば、教室だけで事は足りるだろう?」


 同席している従者の十夜とメイドが身震いするほどに、車内の温度が一気に下がった。


 そう錯覚させるほどの重たい圧迫感で満ちる。


「不慣れな君たちが舞い上がるのも理解できないでもないが、彼の人生に責任を負うつもりがあるのだとしても足引きは控えることだ。我らとは棲む世界が違うのだからな」


「「………………。」」


 視線には刃物じみた鋭さを帯び、わずかに歪んだ口元は今にも絶対零度の言葉を吐き出しそうではあったが、正人はそれを真っ向から受け止める。


 彼は理解している。


 自分の立場を。置かれている境遇を。それが招く悪意(モノ)を。


 既に二度も失敗しているからこその真摯な忠告ではあったが、もう少し言葉を選ぶべきではあった。


 そういう意味では、彼もまた慣れない振る舞いをしている。


「下らない失敗のツケが、彼に向かうというのを忘れてはいけない」


「わかってはいるつもりだ」


「ええ。理解していないわけではないわ」


 それでも――という続く言葉が眼差しに宿っている。


「………………。」


 わかっていながらも手放すには惜しい。


 和真の能力を、ではない。


 彼の存在がもたらす、乾いた心に染み入る潤いだ。


 遥かに高みにいるからこその孤独を理解(いや)してくれる友人の存在を知ってしまえば、失うことなど考えたくもないのかもしれない。


「試みに問うが、君はそのような言葉で白石君たちとの関係を断ち切れるのか?」


「我々の関係と君たちの関係を一緒くたにして欲しくはないのだが、その問いには『NO』と答えさせてもらうとしよう」


「そういう事だ」


 いつもの確固たる自信に満ちた表情を崩した帝のどこか必死な顔に、正人としては苦笑を隠し切れない。


 結局は似た者同士というわけか。


「まぁ、いいさ」


 所詮は忠告。


 平行線な会話をいつまでも続けようとは思わない。


 彼の存在の重要度など、今の段階では微々たるもの。


 初々しくも距離を縮めようとしたところで、当面は学園内で収まるだろう。


 そもそも正人のような大事(おおごと)にまで発展するような事態になる要因は見えない。


 であるならば、周辺に監視網を敷く程度でしばらくは凌げるだろう。そういった点で抜かるような甘さを、彼らは持ち合わせてはいまい。


「ただし――」


「まだ何か言い足りないのか?」


「少しばかり、わたしたちより人間関係が豊かだからって、あんまり上から目線でお説教されるのは愉快じゃないわよ」


「あんまり不器用に踏み込み過ぎると、こういう(・・・・)自力では取り返しの効かない失態を招く可能性も考慮に入れておくんだな」


 正人はスマフォを懐から取り出して、何らかの操作をする。


『だから――』


『自業自得。』


『わたしは――』


『自業自得。』


『今は本当に――』


『自業自得なんだから、我慢しなさい』


『う、うぅ~~~。ひふみ~、燕が昔の百倍イジめるぅぅぅぅ~~~~~っ』


『早百合お嬢様の自業自得でございますので、お慰めするわけにはいきません』


『ひふみまでぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~っ!』


『『自業自得。』』


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~ん!』


 程なく聞こえてきたのは、四條小百合と緋衣燕と甘粕ひふみのやり取り。


 事情を把握している帝と朔夜は半目になりながらも、「あ、あぁぁ~~~~~」となんとも言えない声を出す。


 自制を促すには十分過ぎる効果があったようで、正人は満足げにうなずく。


 厄介な事になっているし、哀れみがないでもないが、失敗例としては中々に的確だ。


「さらにはこうだ」


『最初はグ~っ!!』


『じゃんけん……』


『『『ポォンッ!!!!』』』


 死ぬほど気合の入った少女たちの声が聞こえてくる。


 八雲の許嫁たちだ。


『あいこで~~っ』


『『『しょ~~~っ!!!!』』』


「なにをやってるんだ、彼女たちは?」


「彼との姫初めの権利をかけたじゃんけん勝負。ちなみに、優先権は小鳥嬢にあったらしいが、真っ赤な顔で辞退したらしいので二番手争いが核戦争みたく白熱している」


 まぁ、無駄な行いになるだろうが……と、シニカルに述べる正人。


「「………………。」」


 心の底から八雲を哀れに思う。


 気持ちが行き過ぎると、当事者が置き去りになるんだなぁ~っと自省。


 和真にああいう風に接するほどに我を忘れるとは思わないが、とにかく自制を誓う。


「……あぁ、まぁ、気をつけるとしよう」


「そうね」


「わかってくれたようでなによりだ。

 ――では、そろそろ今後を乗り切るために真面目な話し合いをしようではないか」


 片目を瞑って、正人は気取った仕草でワイングラスを掲げる。


「うんざりさせないで……」


「さっきまでの会話が余程マシだが、仕方あるまい。

 なんなら、少しばかりアルコールでも摂取しておけ」


「はいはい。それじゃあ、乾杯でもしましょ」


 新年早々から天城財閥麾下十二企業の一角の末端で若社長をしている彼らには仕事は山積みで、青春に花を咲かせる話題にいつまでも興じてはいられない。


 詰まらぬ仕事を乗り切るために、ささやかなアルコールの助けを借りたくもなる。


「新しい年と――」


「我々の共通する友人の安寧と――」


「幸福を祈って――」


 ワイングラスを軽く合わせる。


 澄んだ音色が車内に響く。


「「「乾杯っ!」」」


 なんだかんだと冷たいやり取りを交わしながらも、彼らもまた付き合いの長い友人であることを忘れぬように。


 共に今後の苦境を乗り切るために。


 複雑な感情の入り混じる笑みを交わすのであった。



 ● ● ●



「痛たた……」


「翔ちゃん、大丈夫?」


「心配してくれるなら、自力で歩いてもらいたいんだが……」


 何度も柳原神社の石段を転げ落ちたダメージは、わりと深刻なものだ。


 全身がそれなりに痛む。新年早々から転げ落ちるというのも縁起が悪くて気が滅入るし、そもそもの発端を思い浮かべると頭痛まで追加される始末だ。


「や~。翔ちゃんの背中は乗り心地が最高なんだもん」


「さよか」


 日の暮れた街中を、美命を背負った翔悟は歩いていた。


 しばらく高遠奈々世が面倒を見てくれていたらしいが、つい先ほどに合流して引き取ってきたのである。


 静輝と奈々世とはその場で別れている。


 さすがに元日だけあって、あまり店は開いていない。不夜城じみた央都の街中であったとしても、いつもより空の暗さに街の暗さも比例している。


 同時に、賑やかに出歩く人の数はこの時間帯でも相当なもので、翔悟たちの姿は雑踏に埋もれてしまっている。


 初詣の帰りか。たまの家族での贅沢か。新年早々から遊びまわっている若者たちか。


 そんな人々の群れに揉まれながら、二人は家路を辿る。


 家族のいない家。


 正月だろうとなんだろうと帰ってこない翔悟の両親は、文字通りの意味で重度の仕事中毒者だろう。


 わりといろんな意味で正気を疑ってしまうところではあるが、ささやかなメールの一つ二つが返信されるだけで、なんとなく許してしまえるのだから翔悟自身も毒されてしまっているとすべきだ。


 世の中には様々な家族の形があり、御影の家はそういう形で落ち着いてしまっている。


 ただそれだけの話。


 不満はない。それで十分だろう。


 美命の辛辣な家庭環境に比べれば、遥かにマシだ。


 虫唾が走って反吐が出るようなあんな連中の元に美命は返せない。返すつもりもないし、ウダウダ言ってくるようなら、ありとあらゆる手段で親権を奪い取るまでだ。必要なものは集めている。


 もっとも向こうから関わってくることもあるまいが。


 いまだに健在かどうかも定かではない。


 心の底からどうでもよかった。


 あんな奴らに感謝することがあるとしたら、美命を生んで出逢わせてくれたことだ。翔悟が出逢ったと言いたいところではあるが。


「帰ったら食べたいものはあるか?」


「お餅♪ お餅☆ お餅♡ もっちもっち~、もっちっち~♪」


「お雑煮か。焼いた方か。それともなんか工夫したものがいいか」


「工夫するって、どんなの?」


「そぉだな。マッシュポテトと餅の和風チーズ焼き。揚げ餅。餅のみぞれ煮。豆腐と餅の和風グラタン。チーズ餅。お茶漬け餅。ベーコンチーズ餅。ぜんざい……とかだな」


「全部っ! 全部食べたいっ♪」


「そ~ゆ~と思ったが太るぞ?」


「ちゃんと寝るから大丈夫だよ☆」


「それは何一つとして大丈夫ではないぞ? あんまり食っちゃ寝に勤しむようだと、強制的に運動させるからな」


「うんうん♪ わかったから、お・も・ち♡」


 翔悟の作るお餅料理に期待で胸を膨らませる美命は適当に返事をしていたが、その適当さのツケを数日後に払うことになるのを知らない。


 翔悟は有言実行する男なのだ。


「へいへい。家にあるのだけじゃ足りそうにないから、スーパーに寄ってくぞ」


「うん♪」


 笑顔を浮かべて新年を祝う人たちに交じって街中を歩いていると、些細な違和感が胸中に生じる。


 家で大人しく過ごすのが普通に感じているから、喧騒に混ざっているのにおかしな気分になるのだろうか? それとも、楽しそうにしている美命を見ているのが不思議なのか?


 知らない他人の目があるところで、あまりはしゃぐタイプではない。


 やや内弁慶なところはあるが、基本は人見知りだ。


 誰も入ってこない部屋でひっそりと過ごすのを美命は好む。


 例外は、翔悟や和真といった〝慣れた〟一部くらいのものだ。


 そんな美命が翔悟の背で楽しげに笑っている。


 それはきっと――


「なぁ、美命」


「なぁに?」


「今日は楽しかったか?」


「うん! 奈々ちゃんが甘いのいっぱい食べさせてくれたよ♪ 翔ちゃんはどうだったの?」


「無駄に疲れたな……」


 偽りのない本音だ。


「あははははは♪」


 それでも、こうして美命が笑っているのは、あいつらのおかげというべきなんだろう。


 しわ寄せが翔悟に押し寄せてきているような気がしてならないが、背中の温もりの安寧を思えば安い代償だ。


 本心からそう思う。


 美命がもっと笑えるようになればいい。


 しかし――


 当面は翔悟の役割だった。


 はしゃいで安定しない背中の重みをしっかりと背負いながら、翔悟は口元を緩める。


 お正月の間の献立。


 三が日が明けたあとの〝軽い運動〟のメニューを考えながら雑踏に紛れていく。



 ● ● ●



「痛たたた……」


 どこぞで居候を背負っているクラスメートと同じように、全身打撲になっている静輝が身体の調子を確かめながら漏らす。


「大丈夫か、静輝?」


 隣を歩く奈々世は呆れ顔だ。


 無理もない。静輝としてもそう思う。


 何度も石段を転がり落ちるなど、普通に正気の沙汰ではないし、何をやっているのかと自分でも首を傾げてしまう。あと、あまり思い出したくない思い出も甦る。


 あいつらが関わると尋常ではない展開に見舞われる率が高くなるのだが、今回に限れば自業自得の比率が高いと言わざるを得ない。


 だが、男には退けない相手と戦いがあるのだ。


 傍から見ると、どんなにバカバカしいものであったとしても。


「ホントに静輝は彼らとジャレ合うのが好きだね」


「好きじゃねーよ!」


「はいはい。ツンデレ乙……で、よかったか?」


「よかねーよ」


 ブツクサ言いながらも、根本的なところでは否定をしない。


 あの時を境に〝徒人〟として生きる道から外れた静輝にとって、あのクラスの連中は貴重な存在だ。


 奈々世や光理は特別で、心から繋がっているけれども。


 別の意味で遠慮しなくていい奴らなんかいなかったのだ。


 友情じゃなくてもいい。いつかは道を違えてもいい。


 こんな自分に付き合ってくれるのだから有難い。


 面と向かって言ったりはしないし、あの地味な没個性には見透かされてしまいそうだが。


「それはそれとして、これからどうする?」


「自堕落に食っちゃ寝の三が日でいいんじゃないか。忙しくしてそうな光理には恨み言を呟かれてしまいそうだが……」


「ふむ。そうだな。それでよかろうと言いたいところだが……」


「だが?」


「レオナ辺りに誘われそうな予感がするというか……」


「つっても、あいつは帰郷してるだろ?」


「学園の地下に設置されてる〝門〟を使えば、問題にもならん。フローレイティアの家からもいろいろと言われてるらしいからな」


「そろそろ俺も顔見せした方がいいのかね?」


「あっちの流儀は静輝には合いそうにないし、最終的には一戦交えるぐらいの展開には平気でなりそうだ。まだ手加減に不安がある段階で、エペランデの重鎮を根こそぎ吹き飛ばされてはたまらん」


「貴族ってのは面倒くさそうだな……」


「そこも引き継いでもらわなくてはならないんだが、私としても苦手分野でな。もう少しはこっちで地道に腰を据えるのが一番だろう」


「だな。性格悪いのがまだ四匹残ってるし………って、あ~、五月蠅い。五月蠅い。騒ぐな。鬱陶しい」


 握り拳で自分の胸をドンと叩く静輝。


 会話が一段落したそのタイミングで、奈々世のスマフォに着信音。


「お。光理だ」


「よっしゃっ♪」


 途端に喜色満面になる二人。


『明けまして、おめでとぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~っ! こっちは地獄のように忙しいよぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~っ!! 推薦が決まってるのをいいことに馬車馬のように扱き使われてるぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~っ!!!!?』


 開幕から幼なじみは泣き言全開だった。


『本当は新年になった瞬間に二人の声聞きたかったのにぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ!?』


「まぁまぁ、落ち着け。荒ぶるな。」


「もう少しの辛抱だから、親孝行だと思って」


『幼なじみ孝行も大事だもんっ!』


 などと。


 てんやわんや。


 街の片隅で幼なじみたちは新年の挨拶を交わし、目前に迫る再会の時を待ち侘びるように会話を弾ませる。


 ――――なお。


 先の話題に上がったレオナ=フローレイティアが峰倉灯理を引き摺りながら厄介事を二人に持ち込むまで十五分の猶予しかないのだが、それはまた別の話である。



 ● ● ●



 長い一日がそろそろ終わろうとしているのを、和也は時計で確認する。


 ベッドの上でゴロゴロしながら読書をしたり、丸くなっている猫を愛でたりの、ゆったりとした贅沢な時間の使い方。


 一年前は受験を間近に控えていたために、お正月もあんまり余裕はなかったのだ。


 元旦に合格祈願の初詣をしてから、壱世と勉強をしていたような気がする。


 それはそれであまり集中できなかったのだが、今となってはいい思い出だ。


「そろそろ寝ようかな」


 地味に押し寄せる眠気。


 催促するように腹の上に乗る小さな黒猫が「にゃあ」と可愛く鳴く。


 と。


 コンコン。


 正面やや右手の窓がノックされた。


 相手が誰かなど考えるまでもない。


 身体を起こしてカーテンを引き、鍵をかけていない窓を開けると、パジャマ姿の壱世が手を振っていた。空いている腕の中では白猫が気持ちよさそうに抱かれている。


「こんばんは、壱世」


「ん。こんばんは。和くんはまだ起きてるの?」


「そろそろ寝ようかと思ってた」


「わたしも。だから、おやすみの挨拶を」


「ん。あ、そうだ」


「なぁに?」


「壱世は今年の抱負とかあるの」


「抱負?」


「今年一年の目標とかさ」


「和くんは?」


「そりゃあ、壱世ともっと仲良くなりたいとか、みんなともっともっと楽しく遊びたいとか、将来のために勉強を頑張ろうとか……いろいろあるかな」


 屈託のない笑みを浮かべながら和也は言う。


 それから視線で改めて問いかける。


「わ、わたしも、和くんともっと仲良しになりたい、よ?」


「同じ気持ちでよかった。

 ……あぁ、そうそう。今日の壱世の着物姿はとっても綺麗だったよ」


「もう何度も聞いたよ?」


「何度でも言いたいことってあるよね」


 などと堂々とした甘い言葉を交わしながら、二人はなんともなしに近寄っていく。


 手を伸ばせば触れ合いそうな距離。


 少し乗り出せば、互いに届きそうな至近距離で見つめ合う。


 外の寒さを嫌がったのか。それとも付き合ってられないと匙を投げたのか、壱世の腕の中から猫が飛び降りて、そのまま和也の部屋のベッドへと行き、他の猫たちと一緒に丸くなる。


 そんなつもりはないのに、なんとなく雰囲気に背中を押されそうにる二人。


 壱世はゆっくりと目を閉じて――


 いよいよという瞬間に、オッホン――なんていう、とてつもなくわざとらしい咳払いが割り込んできた。


 あれ? なんか微妙に既知感(デジヤブ)が――などと思う暇もなく。


「あ~~~~っ!! お姉ちゃんとお兄ちゃんがキスしようとしてるぅ~~~~~っ!!!! 新年早々からい~やらしいんだぁぁぁ~~~~~~むぐぅっ!?」


 喜色に溢れた甲高い声で、なぜか玄関先に立っていた壱世の妹である双海が叫ぶ。


「「――――っ!?」」


 真っ赤な顔で反射的に仰け反る二人。


「こら。あと十秒は待たないとダメだっただろう」


「あともうちょっとだったのにねぇ~」


 双海と同じく、なぜか玄関先にひょっこり姿を見せた天宮夫妻が、双海を羽交い絞めにしてしまう。そのまま双海をズルズルと引き摺りながら、二人の様子がよく見える位置にまで移動する。


「「さぁ、続きをどうぞ♪」」


「――じゃないよっ!」


 和也が叫ぶのだが、そんな彼の声をかき消すように、


「なにぃっ!? 新婚バカップルがキスだとぉっ!!!?」


「なんだとぉっ!? 儂が棺桶に放り込まれる前に、あの二人の子供を拝めるのかっ! これは老いぼれておる場合じゃないっ!!」


 あっという間に騒然となるご近所さん。


 あっちこっちの家の窓がガラッと開き、それだけでなく玄関から飛び出してくる人たち多数という末期な有り様。


 そういう雰囲気は消し飛んだが、別な意味で逃れられない空気になってしまう。


「い、壱世?」


「……か、和くぅん」


 涙目になる二人に、天宮ファミリーを筆頭とするキスコールが始まる。


 続々と集まるご町内の人々。高価そうなカメラを構える人たちまで現れる始末。


 もう逃げ場はどこにもない。


 しばらくしてから、「おおぉぉぉ~~~~っ!!」という歓喜の声とともに拍手喝采になったのだが、詳細に関しては伏せておく。







おしまい。

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