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『元日の地味な没個性とその周辺』(18)






 誰かに認識されないように存在感を可能な限り希釈させて、ついには擬似的なステルスモードを発現させた僕を認識できる赤の他人は存在しない。


 そんなわけで、誰に絡まれるでもなく平和的にトイレを済ませた僕。


「おや?」


 さっきまでいたところに戻ろうとしたところで、近くの壁に寄りかかって退屈そうにスマフォを操作している緋衣先輩を見つけた。


 甘粕先輩の姿は……見えない。


 もしかして、トイレの個室にこもってしまったのだろうか?


 普段から落ち着いてる人って、不慣れな方向からのアプローチに弱いって言うし……。


 なんとなくだけど、ああいうラブコメ方面には弱そうな気がしないでもない。


「緋衣先輩、お一人ですか?」


「……………………………………………………。あ、あぁ、か……夕凪くんね」


「………あ、はい。夕凪和真です。一年B組の地味な没個性です」


 声をかけてから、反応するまで約七秒。


 普段なら遅くても五秒くらいなので、意識した存在感の希釈効果の高さを実感した。


 ……なんかちょっぴり切ない気分で胸中が満たされちゃってるけど、泣いたりなんかしないんだからねっ!


 緋衣先輩は、二年の生徒会で副会長をしている先輩だ。


 最初からそうだったわけではなく、なんかいろいろと複雑な経緯があって、生徒会長から直々に引き摺り込まれたとかいう逸話があるとかないとか。


 僕はよく(・・・・)知らないけれど(・・・・・・・)、なんかいろいろと苦労している人だという印象が強い。


 学園祭の時のアレコレで何度か………………何度も話す機会があったので、顔見知り以上の知り合いと言ってもいいんじゃないかなと思ってる。


 さて、そんな緋衣先輩だけど、綺麗な人だ。


 意思の強そうな大きな瞳。肩で切り揃えた髪の左側を編みこんでいる。


 背はちょっと高めで、緋衣という苗字に合わせたのか、オレンジ色っぽいドレス姿がよく似合っている………んだけど、胸元がちょっと大胆な感じだ。


 思ってたよりもおっきい。


 自分には厳しいタイプだけど、他人にはなかなか厳しくできなくて、お固い雰囲気を漂わせていても絶妙な愛嬌があるために嫌われたりはしない。


 そんな人だ。


「どうしたんですか?」


「どうしたって……?」


 緋衣先輩が、きょとんとする。


 意図が掴み辛い質問だったかな?


「いえ、こんなところに一人でいたので、なにかあったのかと……。一緒だったはずの甘粕先輩の姿も見えませんし……」


「あぁ、そういうこと」


 納得したように緋衣先輩はひとつうなずいた。


「もしかして、甘粕先輩がトイレの個室で落ち込んでいるとかですか?」


「違うわよ」


 わりと真面目に心配している僕の様子が面白かったのか、そんな甘粕先輩を想像してしまったのか、緋衣先輩はクスクスと微笑みながら否定する。


「ひふみは早百合を迎えに行ってるの」


「四條先輩……ですか。いたんですね」


 全然見てないから、いないものだと勝手に思ってた。


「………………。いるわよ、そりゃあ……」


 気のせいだろうか。


 僕を見る緋衣先輩の瞳が翳りを帯びたような……。


 でも、見間違いを疑うくらい一瞬のことで、苦笑に塗り潰された表情からは、もうそんなものは読み取れなかった。


「そうじゃないと、私なんかがこんなところにいるわけないでしょ?」


「そうですかね? 勝手なイメージですけど、緋衣先輩って富裕層の家庭で育ってるんじゃないかと思ってました」


「普通の公務員一家よ。変なことに手を出さなかったら、普通よりもちょっとくらい裕福と言えなくもないでしょうけれど、こんなパーティーに呼ばれたりはしないわね」


「おお。一般人仲間ですね」


「そうね。お友だちが増えてうれしいわ」


「――ってことは、緋衣先輩は四條先輩に誘われて?」


「そうよ。寝正月を満喫しようと思ってたら、唐突に拉致監禁されての強制連行ね。親にはお土産を頼まれたわ」


 あっさりと家族に売り飛ばされた恨み節を感じる一言だった。


 ご苦労様です。


「あ、あはは……。微妙に既視感(デジヤブ)を覚えちゃいますね」


「……あなたとは、いろいろと分かり合えそうね」


「僕でよかったら、愚痴ぐらい付き合いますよ。まだ時間はありますか?」


「後輩……に愚痴るのも格好悪いわね」


「では、適当に雑談をしましょう」


「いいわよ。付き合ってあげる」


「ありがとうございます。

 ………早速ですけど、ずっと見てない四條先輩はどちらに?」


「……。早百合はどこかの国の双子のお姫様に挨拶に行ってるのよ」


「おっとぉ、いきなりぶっ込んできましたね」


 このパーティー、他所の国の王族までお招きするレベルなの?


「当の本人はちっとも乗り気じゃなかったんだけど、先方からのご指名じゃあ、断るわけにもいかないでしょ?」


「やっぱり人気者なんですねぇ……」


「あの娘も首を捻ってたけど、天城財閥現総帥の〝友人〟の娘という肩書きは、かなり影響力があるみたいね」


「なんか凄そうですもんね」


 四條先輩の父親は、天城財閥現総帥の〝友人〟だ。


 公的になんらかの影響がある称号ではないけれど、天城財閥の現総帥が肩を並べるに不足はないと世界的に認められた人なのだ。


 没落した名門と蔑まれていた四條家を、たった一代で財界のトップクラスにまで返り咲かせた傑物であり、天城財閥麾下十二企業の一角さえも手が届くほどと言われるほど。


 片腕になるよう求められながらも、並び立てる友人として切磋琢磨していく立場を望んだという逸話は有名だ。


 そんな大人物の一人娘となれば、政略結婚を企てる輩も多かろう。


 そういう意味でもかなりの大人気なんだけど、まさか他国のお姫様までもがアプローチをかけてくるとは。


 ………………………。


 うん。真面目に考えると頭がおかしくなりそうだよね。


 おまけに、そんな人と学園祭とかで絡んだりしてるんだけど、こういう話を聞くと畏れ多いという気持ちが湧いてくる。


 あの時は学園祭の準備もクライマックスで、テンションが軽く狂った感じになってたから、かなりの無茶をしたような記憶があるんだけど、なんで首が繋がってるんだろうとか思えてきちゃう。


 ……これが、若さゆえの過ちというものなんだろうか。


「それじゃあ、四條先輩のお父さんもいらっしゃるんですか?」


 当たり前だけど、会いたいわけじゃない。


 万が一の可能性でも、絶対に遭わないための確認である。


「別のパーティーに〝親友〟と参加してるわ」


 ほっと一安心。


 それにしても、どっかで世界の頂点と言っても過言ではない二大巨頭が参加しているパーティーも行われているんだなぁ……。それって、きっとここよりもさらに豪華絢爛なんだろうなとか思っちゃうんだけど、もう想像の埒外だ。


 僕の貧相な想像力では、建物が金色で輝いているぐらいが限界だ。かなり頭悪いな。


「だから、余計にあの娘も首を捻ってたんだけどね。まさか、ただ普通にお友だちになりたいなんて夢見がちなお話でもないでしょうし……」


「ですよねぇ~。なんか高度な政治的な要望を持ち込んでて、自分を有利にするための根回しに利用しようとしてる……って感じの方が納得できますよねぇ」


 個人的な願望としては、緋衣先輩のほのぼの出来る予想が当たって欲しいけど。


「遺憾な話ではあるんだけどね……」


 大人というか……お金持ちの棲んでる世界の世知辛さに、僕と緋衣先輩はため息を吐く。


「あの娘も大変ね」


親友(パートナー)がそんな他人事みたいに言ったら可哀想ですよ? 」


「パートナー?」


「そうじゃないですか。生徒会長と副会長は親友同士。

 まるで水魚の交わりのようだって、下級生の僕の耳にも届いてますよ」


「それはあくまでも学園内での話であって、庶民の私じゃあ、こんな煌びやかな世界では何の役にも立たないわ」


「一緒にいてくれるだけでも安心できるから、ちょっと強引にこのパーティーに誘ったんじゃないでしょうか」


「………。今は傍にいないけど?」


「後で愚痴を言うための充電期間じゃないですかね」


「それは本当にとっても面白くないわね」


 嫌そうな顔になる緋衣先輩。


「四條先輩も甘えられる相手が限られてるでしょうから、無理のない範囲で受け止めてあげられてはと思います」


「ストレスが溜まりそうな私は、誰に甘えたらいいのかしら?」


 タシタシと足先で絨毯の敷かれた床を叩きながら、緋衣先輩が面白くなさそうに言う。


「親友に頼られると嬉しくないですか?」


「……程度によるわね。正直に打ち明けると、こんな魑魅魍魎の舞踏会で溜め込んだストレスをぶつけられても、ちゃんと受け止められる自信はないわ」


「四條先輩も、きっとその辺は弁えて甘えると思いますよ。

 だから、きっとお二人の仲に亀裂が入るような事態になったりしないですよ」


「………随分と理解してくれてるのね」


「あ~、何の根拠もないんですけど、なんとな~く、お二人を見てると安心できる空気を纏ってるのがわかるんですよね。頼り切りになるわけでもなく、必要以上に甘やかしもせず、対等に肩を並べて、互いに恥じない自分で在り続けようとしているような……。上手く言えないですけど、お互いには負けないって意地を張りながら、肩を貸しあってるような……親友とライバルが両立してるような感じですかね」


「………………。」


「お似合いって言ったら変かもですけど、羨ましいぐらい仲良しだと思ってますよ」


「まるで、しばらく観察してたみたいに言うのね」


「こう言ってはなんですが、付け入る隙を探すためにお二人をじっくりと観察してた時期がありましたからねぇ……」


 皇くんや姫野さんが粘り強く学園祭のイベントへの協力を取り付けるための交渉している時とかに、空気に自然と溶け込んで。


 学園祭の時の二人はまだなんかギコちな、くて………………うん? あれ、なんか違和感があるな。



 ――■■■――



 記憶の時間軸が少しおかしいような……。


 その段階だとまだそこまでの理解が及んでいないはずなのに、なんで………………………………………あれ? おかしいな?


 なんだか記憶が不自然に虫食いになってる?


 何かが欠けて、抜け落ちているような………………………あれぇ?



 ――■■■■■■■■■■■――



 ………………。


「夕凪くん?」


 なんか変だ。なんかおかしい。


 頭の中で不自然にエラーが連呼されてて、不快感でムズムズする。


「夕凪くんっ!」


 目の前がグニャグニャして、世界が嗤っている。


 あまりの滑稽さに嘲笑を。


 何もわかっていない愚かさに憫笑を。


 お前は自分の愚かさを理解しない限り何度でも同じ過ちを繰り返すと残酷な鮮血い神様に予言されているのにそんな機能などないからいつまで経っても理解できないのだと理解している何故なら自分はバグを修正するために存在しているからであってそれ以外の全ては余分なものに過ぎずただ運命の提示した選択のどちらが選ばれてもいいように調律してその終わりを以って始めるためだけの――――――――あぁもう意味不明だよなんなのこの思考の羅列は誰が人の頭の中にハッキングしてるんですか?


和真くんっ(・・・・・)!?」


 ぐにゃぐにゃと歪んだ視界が、焦った顔の緋衣……燕先輩の顔で埋め尽くされている。


「………………………緋衣先輩……? あれ? あの、えっと、燕さん(・・・)って……呼ばなきゃいけな―――――――――つつっ!!!!」


 頭が痛い。


 思い切り金属バットでもフルスイングされたような痛みが突き抜けて、揺らぐ意識は一瞬で真っ白に染まった。



 ● ● ●



 ………。


 ………………。


 ………………………。


 ………………。


 ………。



 ● ● ●



「燕?」


「燕さん?」


「―――――――――え?」


 呼びかけに、燕の意識が再起動した。


 記憶にわずかな空白が生じている。


〝彼ら〟の姿は、もうこの場にはない。


 赤に塗り潰された記憶と違い、燕の視界には二人の友人の顔がある。


 四條早百合と甘粕ひふみである。


「こんなところで何をぼうっとしてるの?」


「そろそろ戻るとメールをしても返事がありませんでしたが、もしかして、不躾な輩に絡まれていましたか?」


「う、ううん。そうじゃないの。ちょっとね」


 ほんの少しだけ、悪い夢を見ていただけだ。


 あぁ、まったく――と。


 何もわかっていない早百合(シンユウ)の顔を見て、少しではなく腹立たしくなってくる。


「そっちの用事はもう済んだの?」


「ええ。なんだかよくわからないままに、一応は友好的な雰囲気を維持できたと思うわ」


「ふぅん」


 正直に打ち明けると、その辺はどうでもよかった。


 自分とは関わりのない世界なのだと割り切ってしまえば、寛容になれるのと同じだ。


 燕の立ち位置はあくまでもアフターケア。


 和真が言っていたように、戻ってきた親友に寄り添うだけだ。


「とにかく疲れたわ。甘いものでも食べたいから、早く戻りましょ。あんまり立ち止まっていると誰に声をかけられるかわかったもんじゃないし……」


「………………。」


 早百合の言い様から察して、ひふみに視線を向ける。


 彼女からは見えない位置で、詫びるように手を合わせるひふみ。


「……はぁ」


 どうやら、自分が貧乏くじを引かねばならないのだと、燕はうんざりと嘆息する。


 新年早々から何とも言えずに幸先が悪い。


 いや、良いと悪いが混在し過ぎて闇鍋みたいになっているというべきか。


 先行きは不透明で臨機応変に対応しなくてはならないのだが、如何せんキャパシティオーバーである案件が多くて困ってしまう。


 おまけに、親友の自業自得の尻拭いじみているのが当面は続きそうなものだから、なんとも言えないイライラが胸中にわだかまりそうになる。


 けれど。


 地味な没個性の後輩は言ったのだ。



『お似合いって言ったら変かもですけど、羨ましいぐらい仲良しだと思ってますよ』



 正直なところ、彼に羨ましがられるほどだとは、到底思えない。


 でも、あの言葉(シンライ)は裏切れない。


 リップサービスだったとしたら、まんまと乗せられてしまっている。


 相も変わらず、人の動かし方というものをキチンと弁えている後輩だ。


 自覚の有無はさておき。


「あのね、早百合」


「なに?」


和真くん(・・・・)、来てるわよ」


 無邪気に振り返った早百合に、特大の爆弾を放り投げる。


「………………え? はぁっ?」


 ぴたっと動きを止めた小百合が、素っ頓狂な声を出す。


 その驚きようにわずかなりとも溜飲が下がるのを感じて、苦笑してしまう。


 ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、親友を困らせるのが好きなのは、かつての経緯が生んだ弊害であり、燕個人の性格的な悪癖でもある。


 直さなくてはいけないと思いつつも、それぐらいの役得でもないと〝しばらく〟を耐えられそうもないのだから仕方がない。


 なので、親友にも耐えてもらおう。うん。そうしよう。


「なんでよっ!?」


「お金持ちの人たちが呼んだから」


 燕にも理由はわからない。問い質す度胸もない。


 こちらに気を利かせてくれたのかもしれないし、単純に自分たちの都合かもしれない。


 正確なところをちゃんと把握しているかも定かではないので、近い内に認識の擦り合わせをしておく必要がありそうだ。


 でないと、今回のような『事故』がまた起きてしまうかもしれない。


「言っとくけど、彼はちゃんとあんたとの『約束』を律義なくらい守ってくれてるから、顔を合わせるとかなりキツいわよ」


「………………。」


「彼に『小百合さん』じゃなくて、『四條先輩』って呼ばれて、落ち着いていられる自信はある? ないのなら、今はまだ近寄っちゃダメよ」


「~~~~。~~~~~~~~っ。~~~~~~~~~~~~~~~~~わ、わかったわよ」


 わかりやすいほどにわかりやすい煩悶に長々と時間を費やしてから、早百合は不承不承といった風にうなずいた。


 よく我慢できたものだと、燕は思う。


 最悪の場合は、ひふみと羽交い絞めにして個室にでも閉じ込めようかと考えていたのは、ここだけの話である。


「ヤケ甘酒に付き合って……っ」


 他人には見せられない顔になっている。


「………やっぱり個室コースね」


「手配します」


 苦笑したひふみが離れていくのを見送りながら、燕は親友の肩に手を置く。


「まあ、私はそれなりに和真くんと話したし、たっぷりと見てたから、いろいろと教えてあげるわ。今日のところは、それで我慢しておきなさい」


「………………羨ましい」


 その呟きを聞こえなかった振りをしながら、早百合の背中を押して歩き出す。


「大丈夫よ。きっと、大丈夫だから……」


 親友の〝冬〟はまだ始まったばかりで。


 雪解けの季節が訪れても、きっと時間は凍りついたままで。


 それでも。


 きっと、いつかは花が咲く時が訪れる。


「あんたがどんなにダメダメでも、彼がきっとなんとかしてくれるわ」


 燕にはどうしようもなく。


 出来るのは、情けないほどに無力な他力本願だけど。


 彼の信頼を裏切れないと思っているように、彼も自分の信頼を裏切ったりはしないのだと信じている。


 だから、絶対に大丈夫だ。


 そう遠くない未来に、また笑っていられるときは必ず来るのだから。



 ● ● ●



「――はて?」


「目が覚めましたか?」


「え~と、はい。ここはどこですか?」


「ホテルの一室です。ちなみにいかがわしいホテルではありませんよ♡」


「そんな超展開になってたら、迷わずに逃げますけど……。なんか前後の記憶が曖昧になってるというか覚えてないんですけど、なんでこんな状況に?」


「どんな状況ですか?」


「なんで微笑ましそうにしてるのかは問いませんが、え~と……ベッドの上に座っているメイドさんの膝の上に頭が乗っている膝枕体勢で横になっているのは何故なんでしょうと聞けばいいですか?」


「夕凪さんはトイレを出たところで躓いて転んでしまったそうです。その時に変な体勢で倒れ、豪快に頭を床に打ち付けて、意識を吹き飛ばしてしまったのだと私たちのところまで運んでくれた親切な方が説明してくれました」


「マジですかっ!?」


「現場を見たわけではないので証明することはできませんが、あの方が嘘を言わなければならない理由もないように思われます」


「まあ、そうですね」


「念のためにお聞きしますが、頭は大丈夫ですか?」


「悪意を感じる質問の仕方ですね」


「気のせいですわ♪」


「とりあえず、問題があるような気はしませんね。特に頭が痛いという感じもないです。でも、念のために、あとで日下部くんに診てもらうようにします」


「それがよろしいかと思います。

 では、もう少し私の膝を枕にしてお休みください」


「メイドさんの膝を枕にして休む必要はないと思うんですけど……」


「お嫌ですか?」


「その質問を年頃の男子にするのは卑怯だと思います」


「では、大人しくお休みくださいませ」


「申し訳ないですけど、そうさせてもらいます」


 身体の力を抜いて、目を閉じる。


 睡魔はすぐに押し寄せてきて、再びの眠りへと落ちていく――寸前。


 誰かに不安そうに名前を呼ばれたような気がした。


 だから、『はい』とだけ、はっきりとうなずいた。


 大丈夫だと安心してもらえるように。






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