『元日の地味な没個性とその周辺』(13)
お金持ちパーティーの洗礼的なジャブを受けて、げんなりとした僕ではあったけれど。
なんだかんだで、時間が経つとそれなりに気持ちも落ち着いてくる。
気持ちが落ち着いたら、精神的なゆとりもできるわけで、美味しい料理をちゃんと美味しく味わう余裕も取り戻せるのである。
そんなわけで、僕はメイドさんが持ってきてくれる料理に舌鼓を打ちながら、クラスメートやあんまり会えない人たちとの会話に興じていた。
学園が冬休みなのもあって、久し振りな人も少なくない。
おまけに、こんな非日常にいるのもあって、テンションがちょっぴり変な感じになっている影響からか、わりと盛り上がっていた。
「そういえば、他の許婚さんたちはいないのかい?」
ふと、気になったことを室井くんに聞く。
なにかと外的要因でトラブルを背負い込みやすい室井くんは、なんだかんだでトラブルを解決するんだけど、その度に許婚が増えるという妙なジンクスを抱えている。
その新たな許婚がまた美少女なものだから、『嫉妬団』の殺意パラメータが天井知らずに上がり続けて、なかなかに毎朝の『鬼ごっこ』の殺伐度が増すという悪循環な副産物付きで。
ため息を吐きたくなるような苦労が耐えないのである。
「あぁ、お正月だから帰郷してたり、パーティー会場のどこかで関係者への挨拶に追われていたりだよ。ここにいる娘たちなら、いずれ戻ってくるよ」
「そか」
わりと名家出身だったりするから、やっぱり大変なんだな。
「クリスマスの時もすれ違ってたから、今日は挨拶しておきたいね」
「みんな、綺麗にしてるから、是非とも見てあげて欲しいかな。勿論、小鳥も芙蓉も明日香も綺麗だけどね」
「その取って付けたよ~な言い方は減点よ~」
ニマニマと意地悪そうに笑いながら、雛森さんが言う。
「おざなりに言ったつもりはないよ。ちゃんとした素直な気持ちだし、最初に見た時に貧相な語彙を駆使していっぱい褒めたはずだよ」
「褒め言葉は何度聞いてもうれしいのよ」
「ん。」
雛森さんに、同意する白鳳院さん。
「どうせなら、夕凪くんを証人にして、もう一度心を込めた言葉を贈って欲しいわ」
「ん。」
「それなんて羞恥プレイっ!?」
「どうして、僕が証人にっ!?」
「まあまあ、みなさん。こういう場なんですから、そういうのは後にしておきましょう」
後ならいいんだ。
てか、藤原さんも褒めて欲しいんだ。
恋する女の子って、たまに大胆なこと言うよね。わりと無自覚っぽく。
「え~と、クリスマスで思い出したんだけど、あの後はどうだったんだい?」
話題を逸らすために別の話題を探した僕だけど、口から出たのはわりと最悪な部類に含まれるようなものだった。
根本的な意味で話題の本質は似たようなものであり、ちっとも逸らせていないどころか、さらに際どい方向に突き進んでしまっている。
失言に脳が凍りそうになるが、吐いた唾は飲み込めない。
「あの後って………っ!?」
室井くんがキョトンとしてから、即座に話題の危険性に気づいたように蒼白になる。
ごめんなさい。
「あ~、性夜の話ね」
機嫌よさそうだった雛森さんが、途端に不機嫌になった。
聖夜を、性夜のニュアンスで言ったのもさることながら、地雷を踏み抜いてしまったのを実感させられた。
しかし、地雷は踏んだら即座に爆発するわけではない。
踏んだ足を離したら爆発するのだ。今はまだギリギリの境界線。爆発する前にさらに話題を変えられたなら、生命は助かる……はずだ。
脳を目まぐるしく回転させながら、穏便な話題を検索する。
「―――――ぁ、」
正直なところ、自分でも何を言おうとしたのかわかっていない。
それでも言葉を声にして発しようとした。
「案の定と言うべきか、あっさりヘタれてくれたわよ」
手遅れだったけど。
「あ、そうなんだ」
同じ男として、室井くんの境遇を羨ましく思う気持ちはある。
でも、同時に複数の女の人から想いを寄せられ、ハーレムを女の子たちからも社会からも許容されて、いつでも手を出してどうぞな据え膳の環境に置かれたら――
ごく普通の一般家庭で育ってきた少年の倫理観で、あっさり『ひゃっほう♪』と飛びついていけるだろうか?
少なくても、僕には無理だ。多分。
室井くんも性欲がないわけではないんだろうけれど、あそこまでの美少女に囲まれたら萎縮してしまうのだろう。土壇場まで追い詰められるといろいろと吹っ切れるタイプだけど、女の子との関係は、また毛色が違うからねぇ……。
聖夜に女の子たちは期待して迫ったのだろう。
相手が一人だけなら雰囲気で押しきれるかもだけど、あの人数が同時に迫ったとしたら、ため息を吐くような結果しか思い浮かばない。
僕には、室井くんをヘタレとは責められない。
そもそも、彼がそんな簡単に女の子に手を出せるような性格なら、今ほどのことにはなっていないんだしねぇ……。
同じ男としては同情の余地があると思ってしまう僕だけど、当然女の子たちの意見は違っているわけで。
「八雲?」
「ん。」
室井くんはいろいろと思い出してしまったらしい雛森さんと白鳳院さんにジリジリと詰め寄られていた。
「だから、僕たちはまだ学生の身分で、社会的な責任がとれるわけじゃないんだから、その場の空気や弾みに流されずに清い交際を続けていくべきなんだ」
目を泳がせながら言う室井くん。
「世間的には認められているし、あたしたちもちゃんと自分の意思で覚悟を決めているのよ」
「ん。」
「卒業するまでに妊娠しても、どうとでも誤魔化してもらえる確約も取り付けてるんだし、むしろ、今ぐらいから爛れてるぐらいの方が将来的にも安心だって、時人さんだって言ってたじゃないっ!!」
「ん。」
天城財閥の現総帥が言うことは、なかなかに格が違っていた。
さすがは世界のトップと言っても過言ではない御人だ。
「実父さんの言うことをあんまり真に受けるなぁっ! あの人は単に早く孫を抱きたいだけで、そのためなら権力をいくらでも濫用するとか宣言してるんだぞっ!! 暴走させていいわけないだろっ!」
「それとこれとは話が別よ」
「ん。」
「待って。言ってる意味がわかんない。何言ってんだっ!?」
「あたしが言ってるのは、あたしたちの気持ちの問題よ。恋人たちが一年で最も盛り上がる性なる夜にお互いの関係をもう一歩先に進めたいという乙女心に、あんたはパーティーグッズで遊びを提案という男としてあるまじき手段で逃げたわっ!」
「ん。」
「どうでもいいけど、雛森さんの言葉にうなずいてばかりいないで、白鳳院さんも何か言ったらどうだい?」
さっきから「ん。」と雛森さんに追随してるだけの白鳳院さんに、僕から一言。
「面倒。」
「さいですか」
ちょっと僕の意識が横道に逸れつつも、室井くんと雛森さんの口論(?)はヒートアップしていく。
藤原さんは困ったようにオロオロし、皆喜さんは楽しそうに傍観。
皇くんと姫野さんは険悪な顔で、何故かチェスをやっている。なんやかんやで勝負することになったんだろう。
滝沢くんと日下部くんも傍観。下手に口を挟むと藪蛇だと理解している様子で、室井くんに向かって合掌していた。
烏丸先輩と甘粕先輩と緋衣先輩は我関せず。
ただし、聞き耳はばっちりで、「若いっていいわね~」的な優しい眼差しをしている。
「いくらなんでも一晩で、みんなとゴニョゴニョなんかできるかぁっ!?」
「一晩じゃなかったら、よかったのっ! それなら、別にクリスマスの夜になんて拘ってなかったわよ」
「そういう問題じゃないっ! 慎めよっ!!」
「今は男に草食が多いぶん、女は肉食系なのよ!」
「勝手に女を代表して、真実を捏造するな!」
「ん。」
「あ。わたし、肉食♪」
「私もですね。相手に手を出されるのを気長に待つぐらいなら、手を出させるために手段は選びません」
「私も気に入った相手がいたら、他に獲られる前に押し倒すなり、押し倒されるなりしておきたいわね。身近に凄い愚かな事した娘がいたから、その反省点も踏まえて」
「お願い黙っててくださいっ!!!?」
白鳳院さんと皆喜さんと烏丸先輩と緋衣先輩――おまけで、こっそりとメイドさん――が手を上げて、室井くんは涙目に。
「ほら見なさいっ! この場にいる過半数が肉食なのよ!」
「小鳥は手を上げてないもん!」
「奥ゆかしい小鳥が、堂々と手を上げたりするわけないでしょ。気持ちはあたしたちと同じなのに、羞恥心が邪魔をして手を上げられずにいるだけで、あの娘もクリスマスに押し倒されたかったに決まってるでしょうがっ!」
「ん。小鳥も期待してた」
「ふ、芙蓉ちゃんっ!」
「なのに、八雲は小鳥も裏切った」
「うぐっ!?」
追い詰められていく室井くん。
満面に汗が浮かんで、叱られている子供のように項垂れていく。
ちなみに、彼はいつの間にか床に正座している。
「あたしとしては、小鳥が正妻で文句はないの……」
困惑している藤原さんの肩にそっと手を置き、真剣な顔で雛森さんが言う。
ちょっと話が飛んだような気がするけど、突っ込んだらダメなんだよね。
「ん。」
「あ、明日香さんっ。芙蓉ちゃんっ」
「八雲に男を見せる度胸があったのなら、クリスマスに二人きりの夜を過ごさせてあげてもよかったのよ」
「ん。」
「あの、わたしの意志はどこに……あるんですか?」
至極真っ当な主張をする藤原さん。
そんなあなたが、この場の癒しです。
「小鳥は嫌なの?」
「嫌なの?」
「………………。」
本音が透けて見える沈黙をする藤原さん。
「……あの、嫌というわけではないのですが……決して、ないのですが。その、なんといいますか、みなさんが少し先走りすぎているように思えて……もう少し落ち着くべきなのではないかと……」
逡巡するようにしばらくオロオロしてから、藤原さんはおずおずと口を開いた。
「いいこと言ったっ! この場での僕の味方は、小鳥だけ! さあ、無理無茶無謀の三拍子揃った責め苦で迫る悪魔たちに、一緒に立ち向か――――」
「いいから聞きなさい」
「………………………………………………………ハイ」
悪魔を超えた魔王の形相の雛森さんに、室井くんは言葉を封じられる。
アレは逆らっちゃいけない。
「別にね。あたしたちもいきなり全員と関係を持てとまでは言わないわよ」
「そうなの?」
うっかり口を挟んでしまった。
そんな風には聞こえてなかったからねぇ……。
「なのに、あんたはヘタれて、お茶を濁したりするから……。結局は何の進展もなく、ただひたすらに楽しんでる振りをしながら騒いで終わっただけ。ホテルの部屋で朝日を見た時の遣る瀬無い気持ちが、あんたにわかるのっ!?」
当然のように無視された。
よかった。よかった。今後は迂闊な真似をして巻き込まれないように、ちゃんと存在感を殺しておこう。
裏切り者を見るような室井くんの目がちょっぴり痛いけど、自分が大事なので許してね。
「いや、だから、期待に応えられなかったのは申し訳ないけど、若造ですらない子供の身分で無責任な真似はしたくないんだ。お願いだから、それはわかって欲しい」
「あなたの気持ちを疑うわけじゃないけど、目に見える形での……触れ合えるような証が欲しいとも思っちゃうのよ。特別な日に、特別な夜に、特別な想い出が欲しいと思うのは、そんなにおかしなことなの?」
「だからって、こうね。押し倒されたり、押し倒したりはね。まだ高校一年生の僕たちには、いくらなんでも早過ぎると思うんだ。それぐらいはわかってくれよ」
「今時は中学生でも犯ることは犯ってるのよ! あんたは中学生以下なのっ!」
「んなわけあるかぁっ! どこから得た知識だぁっ!!」
いくらなんでもな主張に、室井くんが叫びだす。
「いやいや、今時の中学生を舐めたらいけないわよ」
「ソースを明らかにしてから、もう一度言ってみやがれっ!!!」
「え~と、まあ、いろいろよ。細かいことばかり気にしてると小さい男と思われるわよ」
………誤魔化した。
誤魔化せてないけど、雛森さんは誤魔化した。
「とにかく、高校一年が早いのなら、二年になったら男を見せてくれるのっ!」
「そういう言質を取ろうとするなよなっ!?」
「三年ならいいのっ! 卒業まで待たせるつもりっ! ……言っとくけど、あんたを見捨てるつもりは更々ないけれど、あんたにその気がないのならこっちも手段は選ばないからね!」
「僕にどうしろって言うんだぁっ!」
「最低でも、みんなにごめんなさいのキスのひとつもしなさいよって言ってるのよ! あたしはさっきからっ!」
「言ってねぇよっ!!」
わりと理不尽な帰結に室井くんが絶叫する。
でも。
さすがにあれだけのイチャイチャ振りを見せ付けておいて、クリスマスを一緒に過ごした許婚の女の子たちにキスのひとつもしていないとは思っていなかった。
室井くんも未経験というわけでもないんだし、さすがに雰囲気のある特別な夜にそれぐらいはしておかないと女の子に失礼というものだろう。
この時点で同情する相手が、僕の中でくるりと反転した。
それは、僕だけでなかったようで。
「エッチはともかくとして、クリスマスの夜に一緒にいてくれる許婚にキスのひとつもしてなかったのっ! 信じられない! ハーレム王の名を穢す愚行よっ!」
「あれだけ好意全開の女の子たちに囲まれておきながら、そこまでヘタレでいられるのは一種の才能じゃないかしら? もしかして、焦らしプレイの一環? お預けさせることで耐え忍ぶ女の子を見て、変態性癖を満足させているサディスト?」
「許婚が増える度に公衆の面前でキスをしているのだから、未経験とか恥ずかしいとかの言い訳が入る余地はないわよね。せめてクリスマスプレゼントにキスぐらいはしておかないと甲斐性なしと謗られるのも仕方がないわ。自業自得。はい、決定。」
皆喜さんと烏丸先輩と緋衣先輩は、室井くんを情け容赦なく責め立てる。
甘粕先輩は「やれやれ……」と肩を竦め、メイドさんはお手上げとばかりにため息ひとつ。
あっという間に強固な針の筵が完成。
室井くんは孤立無援になった。ご愁傷様です。
「………………僕は、どうすればいいんだ?」
室井くんも味方がいなくなったのを悟ったらしく、全面降伏の意を表明した。
正しい選択です。
「今から小鳥とゆっくり休憩できる個室に行く?」
雛森さんは悪魔だった。
性夜がダメなら、姫初めという考えらしい。
どう考えても、海棠さんの影響だね。こりゃ。
………ていうか、こうして考えると親友同士からなのか、室井くんと水城くんはなかなかに似通った境遇になってるね。クリスマスの時もそうだったし。
昨夜から海棠さんとしっぽりとお楽しみ(?)かもしれない水城くん。
これから許婚と姫初めをするかもしれない室井くん。
あぁ、なんでだろう? なんだか涙が流れちゃいそうな気分だよ。うん。
「………………………………………………………………ど~しても、そっち方向に持っていきたいのか?」
歯を軋らせながら呻くように言う室井くん。
「八雲。あんたにはまだ開き直りが足りないわ。みんなで幸せになりたいなら、あなたはもっと自分に正直になるべきよ。可愛い許婚とエッチなことがしたくはないの?」
卑怯な問いかけだった。
NOなんて言えるわけがない。
「したいかしたくないのかの二択なら普通にしたいけど……」
室井くんは正直だった。
やっぱり男だ。
「いくらみんなが受け入れてくれると言ってくれても、今の僕にはいろんな責任を取れるだけの根拠を示せない。………………だから、もう少し自分に自信が持てるようになるまで、待って欲しいんだ」
「クリスマスの夜に、ちゃんとそう言ってくれてたら、こんなに拗れなかったのにね?」
「悪かったよ。みんなに甘えて、逃げちゃったよ。反省します。許してください」
土下座をする室井くん。
勝者の笑みを浮かべる雛森さん。
便乗して胸を張ってる白鳳院さん。
……困ってる藤原さん。
なんかもう、どうしようもないよね?
「まあ、やっぱり八雲よね。しょうがないから許してあげる」
「アリガトウゴザイマス」
「ちゃんとみんなにお詫びして回るのよ♡」
……まあ、これって要するに、許婚同盟の総意になってる『キスして♡』って、おねだりだよね?
僕の迂闊な一言が発端だったとはいえ、なかなか見事に誘導したものである。
雛森さんも逞しくなったなぁ……。
恋する女の子は、やっぱり強いんだね。
「ハイ」
虚ろな目をしながらうなずく室井くん。完璧に打ちひしがれている。
後で慰めてあげようと思いました。
「よっし♪ それじゃあ、誰からしてもらう?」
「やっぱり、小鳥から」
「そうよね」
「え? お詫びって、もしかして……」
ようやく話の流れに追いついた藤原さんが、ポンッと顔を真っ赤にする。
………………はいはい。ごちそうさまです。
結局は、嫉妬する気も起きないくらいの室井くん大好き劇場だった。
そう簡単な話じゃないとわかっているけれど、室井くんももう少し積極的になった方がよさそうだよね。
僕は苦笑しながら、ため息を吐く室井くんの肩を優しく叩いてやろうと腰を浮かせた。
ダメ押しみたいなもんだけどね。




