『元日の地味な没個性とその周辺』(11)
「こんにちは……じゃなくて、明けましておめでと、かな? 初めましてだよね、問題児クラスの地味な没個性さん?」
うっすらとどこに座るかを迷うような素振りを見せた瞬間、青いドレス姿の皆喜さんが腰を浮かせていた。
興味津々な顔で近寄ってくると、ジロジロと見てくる。くるくると僕の周囲を回りながら、「ふ~ん」とか
「へ~」とか「ほほぉ~」とか言う。
「………何か?」
珍しい反応に、ちょっと困惑。
「ホントに存在感が薄いんだね~。なんか目を離したら、一瞬で見失っちゃいそうなぐらい。この人たちと一緒にいなかったら、気づけなかったかもって……本気で思っちゃう」
「それはどうも」
顔は知っているけれど、こうして話すのは初めてな相手からこうもあけすけに言われたのは久し振りなので、ちょっぴり新鮮な気分で苦笑する。
「褒めたわけじゃないよ? 勿論、貶してるわけでもないんだけどね。……あ、でも、やっぱ失礼だよね。ごめん」
「言われ慣れ過ぎてて、もう何にも感じなくなってるから大丈夫だよ」
「それはそれで、どうなの?」
呆れられてしまった。
生まれもった体質(?)に不満を言っても仕方がないので――愚痴は零すけど――適当なところで折り合いをつけるのが一番だ。
幸いにも、中学二年の夏を過ぎた辺りから交友関係は広がり、今の学園に入ったことで爆発的に増えた。個人の感想だけど。
あれだけ個性的な面々に囲まれたら、ちょっと存在感が薄い程度はどうでもよくなってしまうのだ。
「え~と、皆喜ちありさん、だよね」
「ちありでいいよ」
一言、可愛いと即答してしまえる顔立ちの少女だ。
ついでに付け加えると、自分の可愛さをちゃんと自覚していて、嫌味にならない程度に自信の溢れているタイプ。
肩の下くらいまで伸ばした髪を、ハーフアップの編み込みにしている。
あと、胸がおっきい。
「生憎と初対面の人――それも女の子をいきなり呼び捨てできるほど、人生経験が豊富じゃないから遠慮させてくれるかな」
「初対面でも顔ぐらいは知ってるでしょ? それなりに有名人なつもりなんだけど?」
言い切ってしまえるのがすごいと思いながらも、確かに彼女は有名人だ。
俗に言うところのシンデレラガール。
ウチの学園のチア部に所属しており、夏の大会などであざといと評判の振り付けを持ち前の度胸で踊りきる姿をカメラに撮られ、一躍ネットで話題になった逸材。
当然のように各方面が放っておくわけもない中で、彼女が選んだのはグラビアアイドル。
それも学園のバックアップ付きという好待遇。
なんなんだウチの学園はという素朴な疑問はさておき、デビューしてからも人気は鰻登りで、時の人みたいな感じである。
「僕でも知ってるような有名人だからこそ、迂闊に名前呼びとかしてると変なスキャンダルとして取り上げられたりするんじゃないのかな」
「心配してくれるんだ?」
「全国の……下手すれば、世界中の若い男の人たちに恨まれたくはないしね」
僕だって、男の端くれだ。
噂が気になって、彼女が載ってる雑誌を買ったりもした。
大人気なのも納得の可愛さでした。
「あははははは♪ 大丈夫。大丈夫。ちょっとやそっとの根も葉もない噂なんか学園が余裕で揉み消してくれるし、今は姫野さんがスポンサーになってくれてるしね?」
「へぇ?」
「そうなのよ」
さっきの件が尾を引いているのか、話しかけたいのに話しかけられない気弱な感じで僕らを傍観しているお金持ち二人の片方――姫野さんがここぞとばかりに会話に入ってくる。
「………っ」
皇くん、ギリッと親指を噛む。
……普通に入ってくればいいじゃないの。
「わたしが美容関係を扱ってるのは、夕凪くんも知っているでしょ? 化粧品の宣伝のために、彼女を使ったCMを企画しているのよ」
そりゃすごい。
姫野グループがスポンサーになるとか、もうただのグラビアアイドルの枠に収まらない。
伝説級のスターダムだ。
「普通に手が出せない高価な化粧品が試供品として無料でもらえるから、こっちとしても万々歳。おまけに、いろいろとケアしてくるし、エステとかでお肌も磨いてもらえるのよ」
「皆喜さんは逸材よ。ヘアケア、スキンケア、ボデイケア、脱毛からエステまで、ありとあらゆる美容の悩みやトラブルを問答無用で解消し、もっと綺麗になりたいという女性の永遠のテーマの完成形に限りなく近い理想像に仕上げてみせるわ」
姫野さんが燃えている。
「今度、ウチが出してる雑誌の表紙にもなってもらう予定なのよ」
姫野さんのやってる仕事は、雑誌の出版も関係してるのか。
よくわかんないけど、ホントにいろいろとやってるんだなぁ……。
「二人で並んでる表紙にしようって言ってるのに、姫野さんがうなずいてくれないの。夕凪くんからも説得してくれない?」
「いや、そりゃ無茶でしょ。社長さんですよ」
「そこまで顔が世間に知られてるわけじゃないんだから、こういう形でアピールするといろいろと捗るんじゃないかな~って……」
何が捗るんだろう?
いや、なんとなくわかるけど、深く考えちゃダメな部類だよね、これ。
「ただでさえ忙しいのに、モデルまで出来るわけないでしょう?」
何度か同じ問答をしているのか、姫野さんがやや面倒くさそうに言う。
その態度は穏やかなもので、二人の関係がスポンサーと支援される者というお金や仕事だけのものではないのだと感じた。
「それに、そんなことを言ってるとあなたの人気が下がってしまうかも知れないわよ」
自信満々の姫野さん。
確かに二人とも美少女だけど……。
「お前じゃ、胸のサイズが足りないだろう? グラビアという観点で語るならば、お前では皆喜ちありの引き立て役が精々だな」
思っても言ってはいけない類のセリフを、皇くんは何の気遣いもなく言ってしまった。
「………………っ!?」
皆喜さん、聞こえなかった振りをしながら凄い勢いで目を逸らす。
「―――――」
姫野さん、一瞬で笑顔が夜叉みたいになった。
「どうやら、死にたいようね?」
「戦争がしたいのなら、受けて立ってやろう」
空気を無駄に緊迫させながら睨み合う二人。
僕と皆喜さんは巻き込まれてはたまらないので、そそくさと避難する。
「………これ、あたしのせいになるのかな?」
不安そうな皆喜さん。
「理由があったら即座に揉めちゃう二人だから、気にしなくていいと思うよ」
場所が場所なので、本気で暴れたりはしないだろう。
きっと、背筋も凍るような舌戦が繰り広げられるだけだ。
平和。平和。……多分。きっと。そうだといいよね。
「う~ん。今日もダメかぁ……」
「あれ? 本気で言ってたの?」
「スポンサーにお世辞でもあんなこと言ったりしないわよ」
「それもそうか……な?」
微妙に首を傾げてしまう。
わりと物怖じしない性格をしてるっぽい皆喜さんなら、お世辞で言いそうな気がしないでもないのだけど、尻尾を振りながらお世辞を言うようなタイプじゃないような気もする。
まだ皆喜さんがよくわからないし、わざわざ追求するほどでもないので、軽く頭を振って疑問を放り捨てる。
「嫉妬するばかりで足引きしか頭にない人たちよりも、素直に競い合えるライバルが増えたらうれしいな~って思ってるだけよ。姫野さんって、綺麗になりたいって女の子の気持ちをちゃんとわかってくれてるし、自分への自信も半端なさそうだもん」
そりゃそうだろう。
自分に自信がなければ、こんな若さで大企業のトップに名を連ねてなんかいられない。
でもね。競い合う場でライバルだと判断したら、情け容赦なく擦り潰しにくると思うよ。グラビアも人気とかが関わってくるんだし。
「そ~ゆ~わけだから~、夕凪くんからも勧めてみてくれない?」
「無理。」
二人が表紙を飾っているのを見てみたいような気もするけれど、姫野さんがそれを良しとする未来が想像できない。
「じゃあ~、しょうがない。自分で地道にコツコツ誘ってみるとして、今日のところは夕凪くんと仲良くなっておきますか」
すすすっと寄ってくる皆喜さん。
おっきい胸を強調するようなあざとい上目遣いに、すっと視線を逸らす。
「僕なんかに、ど~して、そんなに親しげなのか困惑だよ」
「あなたと親しくしておいたら、スポンサーの姫野さんが、もっといろいろと便宜を図ってくれそうだから♡」
「わぁい。欲望丸出しぃ~」
「上昇志向はそれなりにありますから♪ 目指すはグラビアクイーン!」
「変なことしないでも、そう遠くない未来になってると思うけどね」
「そお?」
「うん」
「ありがと♡」
「どぉも」
「でも、そこまで高く買い被ってくれてるのに、あなたはあんまりわたしに興味がなさそうなんだけどな? どうして?」
別に興味がないわけじゃないけれど。
「そりゃあねぇ……。奥村くんからいろいろと聞いてるからねぇ……。あんまり積極的に親しくなろうとするのもアレでしょ?」
「………………………………………………………………………………へ?」
不意を突かれたように、皆喜さんが固まる。
「……し、知り合いなの?」
「ちょっとね」
軽くウインクしながら、ひらっと手を振ってみせる。
「へ、へ~。そう、なんだ~」
目を泳がせる皆喜さん。
僕がどこまで知ってるのかを気にしているようだったので、
「あ。勿論、他言とかはしないから。男同士の秘密だし。皆喜さん的にも仕掛けるタイミングとかもあるだろうしさ」
安心してもらえるように、そう言っておく。
どこまで信用してもらえるかわからないけれど、場合によっては皆喜さんが納得してもらえるまで付き合うつもりだ。
誓約書でも何でも書きましょう。
「うわぁ……」
なのに。
なんでかドン引きしたような顔になる皆喜さん。
「な~んか、若社長さんたちがあの手この手で自分の手元に置こうと躍起になってる理由がわかったような気がする~。ウチの『恋愛マスター』と毛色は違うけど、本質的な部分がわりとそっくり……」
「どゆこと?」
「無自覚なところも似てる~」
「?」
「他人のために一生懸命になれる有能な人って意味よ」
「いやいや、僕はただの地味な没個性だよ。存在感が薄くて、何処にいるのかわからないステルス性能くらいしか取り柄がありません」
過剰なぐらいの褒め言葉に照れたので、慇懃な感じの一礼をする僕。
上手に出来たかどうかはわかんない。
「ウチの『恋愛マスター』も自分を地味な没個性って言ってるけど、この際だからひとつだけ教えてあげる」
皆喜さんはため息を吐いてから、僕に伸ばした人差し指を突きつけた。
「なにかな?」
「誰に対する言い訳なのかしらないけど。
それってさ。凡人って意味じゃないのよ」
じ~っと睨むように僕の目を覗き込みながら、まるで自覚が足りないとでも忠告するように皆喜さんは言った。
「………………?」
「まあ、どうせ、あなたたちは理解なんて出来ないんだろ~けどさ」
何かを諦められているような態度が気になるけれど、皆喜さん的にはこの話題を長く引き摺る気もないようだった。
「ところで、わたしのマネージャーとかする気ない? あなたがしてくれるといろんな意味でお仕事が捗りそうな気がするの♡」
パンッと手を合わせて、ちょっとわざとらしいくらい明るい声を出す。
「えぇ、はい。そうですね。健全な男子にはいろいろと難しそうなお仕事かと思いますので、丁重にお断りさせて頂きます」
「あら、残念♪」
最初から期待なんかしていなかったのだろう。
皆喜さんはちっとも残念そうじゃない顔で笑ってから、ぺろっと悪戯っぽく舌を出した。
その笑顔は若い男をいっぱい虜にしているだけあって、とっても魅力的だった。




