『元日の地味な没個性とその周辺』(10)
まるで別世界だった。
事前情報から、相当に煌びやかなものを想像していたんだけど……。
いやはや、まったく。
地味で没個性な凡人の想像力なんか、軽く振り切ってしまっている。
ここは異世界のお城の舞踏会か何かですか……?
そんなありきたりな感想しか浮かばない。
圧倒されるほどの広さ。絢爛豪華な飾りつけ。着飾った男女が優雅に談笑。庶民では口にする機会もなさそうな料理や飲み物が湯水のように消費されている。
「うわぁ……」
いっそ呆れてしまった方が楽だと思えてきた。
「すごいねぇ……」
天城財閥とその麾下十二企業の重鎮なんかの――言ってしまえば、世界トップクラスの人間を歓待するためのパーティーは、やはりそれ相応のものだった。
顔や名前を覚えられてしまったら、それだけで人生が左右されかねないような人間しかいないのだと思えば、己の場違い感が際立ってくる。
地味な没個性のステルスを最大効力で発揮して、完全なる空気と化していなければ、生命や人生がヤバイと本気の危機感を覚える。
当たり前のような顔で先導している雲野くんと土師さんの場慣れした感じが、なんとも頼もしい。
頼りない印象が強かった雲野くんも、姫野さんの下で随分と鍛えられてるんだなぁ……。
時折、さりげな~く、お腹に手を当てているので胃が痛いのかもだけど。
メイドさんは僕の一歩後ろを淑やかに歩いている。
車中での悪戯っぽさは完全に影を潜めている。この場での醜態は主の恥になってしまうので、当然のプロ意識なのだろう。
具体的なドレスコードがどの程度なのかは知らないけれど、かなり高価そうなスーツに着替えさせられていても、僕の場違いさがますます際立ってくる。
「こちらです」
――と、案内されたのは広すぎるパーティー会場の左右にある二階席だ。
立ち話に疲れた人たちが寛ぐために用意されている空間のようで、テーブルや椅子などが仕切られながらいくつも存在している。
その奥まった一角で、学園の教室などで顔見知りな人たちが揃っていた。
まずは言わずとも知れた皇くんと姫野さん。
「「誠に申し訳ありませんでした」」
なかなかに凄まじいお迎えだった。
足首まで埋まりそうな絨毯の上でとはいえ、本当に正座して待っていた皇くんと姫野さんが、僕の姿を見るや否や立ち上がり深々と頭を下げたのだ。
これがもし土下座だったら、僕も深々とした土下座で挨拶返しをしていただろうけれど、穏便と言えなくもない形だったので逆に、反応に困ってしまった。
まいったなぁ……。
そこまでさせちゃうほどの態度になっていたのだろうか。そもそも大して怒ってもいないのだから、こちらも冗談の範疇で済ませようとしたんだけど、電話越しだったのが悪い意味で意思の疎通を妨げてしまったらしい。
学園祭からのアレコレで親しくなれたと思っているけれど、どうにも互いに距離感を掴みかねているみたいだ。
今年の課題のひとつだね。
「僕も頭が冷えたから、もう気にしなくていいよ」
とりあえず、そう言ってみる。
「ほ、本当か?」
「ほ、本当に?」
まだ頭は下げたまま、ちょっぴり上目遣いで見上げてくる世界レベルな大企業の一部を任されている二人の若社長。
………………なんか、こっちが悪いような気がしてくる。
「うん。でも、ああいうサプライズは、今後は控えてね? 皇くんや姫野さんが、結崎さんや峰倉さんみたいな愉快犯になったら………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん。まあ、困る」
ある意味においては、似たようなことをしているのかも知れないけれど、そうしたことを友人にまでするようになったら、いろいろとアレなのだと認識して欲しい。
苦笑しながら、肩を上下させる僕。
土師さんと雲野くんは、それぞれの主人の傍らに移動。
始まるヒソヒソ話。
「……土師君。私はこのまま頭を上げてしまってもいいのか? 彼の怒りは本当に鎮まっているのか? 油断をさせて、顔を上げた途端に『誰が頭を上げていいと言った?』などと言われたりはしないだろうか?」
どんなパワハラ野郎だ。
やけに具体性があるんだけど、そんな感じで説教をしてたりするんだろうか。
「誠に申し上げにくいのですが、今回の〝悪ふざけ〟に関しまして、夕凪様はかなり腹に据えかねるものを覚えておいでのようでした」
ちょっと待って、土師さん。それ誤解。
「日頃の帝様を知っているからこそ、当事者の意思を無視した強引な行いに失望をされたように思えます。ましてや、あのようなお電話をされたことで、さらなる失望を重ねられてしまい、信頼値は大きく下がってしまわれたかと……」
いや、だから最初から怒ってはいないんだって。
普通の招待じゃなかったのには、がっくりきたけど……。
どちらかというと昨晩から昼間に至るまでのアレコレの影響も心理的に少なからず含まれてるわけで、それだけが原因というわけでもないんだし……。
「……やっぱり、こんな時のために鍛え上げた最終決戦用の『土下座』でお出迎えした方がよかったのかしら? いつも夕凪くんの周囲を取り巻いている環境から、あれぐらいのサプライズを仕込んだ方が喜んでくれるとか思ってしまったのが、そもそもの間違いだったというの」
その通りだよ、姫野さん。
なんでそんな考えに至っちゃったのさ。
あんな誘拐まがいの招待で喜ぶのは、ちょっと感性がいろんな意味で破綻している人たちぐらいだ。誰とまでは言わないけれど、愉快犯とか愉快犯とか愉快犯とかあと愉快犯とかぐらいなのだ。
「差し出がましいようですが、やはりサプライズなど仕込もうと思わずに、素直に普通にお招きするべきだったのです。いくら夕凪くんが火消しに長けていようと、喜んで厄介事に首を突っ込むような性格でないのは、お嬢様も承知していたはずでしょう? 新年早々のタイミングで困り顔のため息を吐かせるだけではなく、謝罪ではなく隠蔽工作に走ろうとしたのも明白な失態です。どうして、そんなことをしてしまったのですか?」
「いや、電話は帝が勝手に……」
「止めなかったのは、お嬢様も〝なあなあ〟で済ませようとしたからなのでは?」
「うっ」
嘆かわしそうにしている雲野くんの反対側にメイドさんが立ち、姫野さんにヒソヒソと耳打ちを始める。
聞こえてるのがわかっててやってるのかな?
「電話を受けた時の夕凪様は少しほっとした様子でしたのに、皇様のお言葉を聞くごとに眉を顰められ、沈黙は重たくなり、携帯電話を握る手に少しずつ力が込められ、所謂ところの半眼というものにもなられ、態度にまでは出さないまでも、密着していた私には〝がっかり〟しているのが伝わってきました。車中はまるで寒々しい冬の夜に薄着で放り出されたマッチ売りの少女の如く凍えておりました」
情感たっぷりにヒソヒソ言うメイドさん。
なんか人聞きが悪いですよ。
ちゃんと安心と安全の通常営業している地味な没個性だったはずなんですけど……?
「「………………………………………。」」
皇くんと姫野さんが謝罪体勢のまま、ぷるぷると震えている。
「「今後はこのような不祥事を決して起こさぬように、誠心誠意の真心で信頼回復に務めることをお約束しますので、どうかご容赦していただけるように伏してお願い申し上げます」」
なんだか謝罪会見みたいだった。
偉くなると大体はこんな風になってしまうのかね。
「もう怒ってないし、蒸し返す気もないし、これ以上の謝罪を要求する気もないよ。だから、皇くんも姫野さんもそろそろ顔を上げてよ」
僕の方が居たたまれなくなってくる。
周囲の目というものもあるんだよ。
パーティーに招かれている人たちの中でも、皇くんと姫野さんは『お近づきになりたい有名人』なはずだ。
そんな二人が誠心誠意を込めて頭を下げている地味な没個性が、何者なのかと興味をもたれてしまっては堪らない。
あまり人目に付かない場所でも絶対ではないし、今の時点でも何人かには見られている。
ザワザワ……とした囁き声が聞こえてくるかのようだ。
まあ、僕がちゃんと見えているかどうかまでは定かじゃないけど、どちらにせよ奇異な光景であるのに違いはない。
「本当に?」
「怒鳴ったりしない?」
「なんで、そんなに臆病になってるのさ」
君たちらしくない……とは思うけれど、まだ僕との関係はいろいろと手探りなんだと思う。
僕自身もそうなのだから。
立場が違い過ぎる相手との友情っていろいろと難しいし、どこまで踏み込んでいいのかわからないというのも理解できる。
友だち関係には不慣れそう……というか、きっぱりと不慣れなのもわかってる。
でも、拉致監禁は擁護できないから、そこはすっきりさせておかなくちゃいけない。
そんでもって、すっきりしたから全部を水に流す。
僕は怒ってない。
以上。終了。
「大丈夫だよ。ほら、ちゃんと挨拶させてよ」
「う、む」
「ええ」
「明けましておめでとう。皇くん。姫野さん。今年もよろしくね」
「「明けまして、おめでとう。今年もよろしくお願いします」」
謝罪でもなんでもなく、ただの挨拶として僕たちは頭を下げあう。
ついでに握手も交わす。なんとなく。
僕たちは揃って、ほっとしたように一息つく。
そんなこんなで。
「というわけで、図々しくもご招待されました地味な没個性ですけど、みんな、今年もよろしくね」
すっかり寸劇みたいなのを演じてたせいで、挨拶が遅れてしまったクラスメートにもペコリと頭を下げた。
なお、面子は――
室井八雲くん。
藤原小鳥さん。
白鳳院芙蓉さん。
雛森明日香さん。
滝沢正人くん。
日下部仁くん。
………あと、クラスは違うけど、わりと有名な皆喜ちありさん。
「あと、先輩方もよろしくお願いします」
他にも。
烏丸鮮花先輩。
甘粕ひふみ先輩。
緋衣燕先輩。
――なんて感じ。
パーティー会場の顔も知らない大人たちも相当な顔触れなんだろうけれど、僕としてはこれだけの面子が一堂に会しているだけでお腹いっぱいだ。
端的にすげぇ。
地味な没個性が入り込む隙間がどこにあるの?
誰か教えて?
みんなが挨拶を返してくれるのを聞きながら、内心で嘆息をひとつ。
「それでは、私は何か料理を取ってまいりますので、夕凪様はお寛ぎながらゆっくりと歓談の一時をお楽しみください」
メイドさんが一礼をしてから歩いていくのを見送った僕は、「さて、何処に座ろうかな」という難題を、不自然にならないように数秒以内で考えなくてはならないのであった。




