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『元日の地味な没個性とその周辺』(9)






 高級車というのは、いつまで経っても乗り慣れない。


 それほどの経験があるわけではないのに、そんな思いが拭えないのは、後部座席がちょっとした部屋みたいになっているからだ。


 なんかもう普通に寛ぐスペースが存在しているだけでもアレなのに、花を活けられた花瓶が載ったテーブルや冷蔵庫なんかがあるし、優しい微笑のメイドさんに普通に飲み物をお勧めされるとか、車に乗っているという事実を忘れそうになる。


 お金持ちの高級車って、なんかもういろいろおかしいよね?


 驚いている僕の方がおかしいわけじゃないよね?


「そろそろ事情を説明して欲しいんだけど……」


 ゆかりは無事に家まで送り届けられたんだけど、僕は今も拉致られている。


 大絶賛である。


 何がとか聞いてはいけない。


 ちなみに、車中にいるのは――まずは当たり前の運転手さん。


 何故かクラスメートだ。


 八百万(やおよろず)九十九(つくも)くん。


 眉が太めな以外に特徴のない顔立ちをした中肉中背の体格の持ち主だ。


 余分な脂肪がついているわけでもないのに、妙にぽっちゃりしているように見えるのは、常に全身からヘタレオーラを発散しているからだと言われている。


 穏やかといえば聞こえがいいけれど、普段から覇気がないのも一因だろう。


 けれど、そんな頼りない印象の彼も、一度乗り物を運転すると別人のように凛々しくなるという二面性があったりする。


 今の彼は自信満々の顔で、高級車を運転している。


 さて――


 なんだか数字が大変なことになっている八百万くんは、どんな乗り物でも完璧に操縦できるスーパーマルチドライバーという肩書きを持っている。


 国際免許とかいうのを取っているらしいので車を運転していても、なんら問題はない。


 ヘリコプターや飛行機や豪華客船なんかも余裕で操縦した経験があるらしいので、なんら問題はないのである。


 なんで、そんな多様な乗り物を操縦できるかって?


 そんな技能が必要になるアルバイトをしているからなんだってさ。


 最終的な目標は、人型決戦兵器を操縦することらしい。ガン○ムとかそーゆーの。


 夢が凄ぇ。


「まず、八百万くんは何をやってるんだい?」


「車の運転だよ」


 怖ろしくスムーズに車を運転しながら、八百万くんが言う。


 揺れをまるで感じさせないのは、車の性能と運転技量の両方が成せる技なんだろう。きっと。


「そういう見ればわかるところを聞いてるんじゃなくてね」


 眉間を揉み解しながら僕は言う。


 そんなお茶目が欲しい場面じゃないんだよね。


「冗談さ。平たく言えば、普段とは別口のアルバイトだな。ウチのクラスのお金持ち連中を送迎する運転手だ」


「なるほど。」


 僕はうなずいた。


 不審な点はまるでない。


 八百万くんは嘘なんか言ってないのだろう。


 だから、拉致監禁をされてる理由を聞くべき人は他にいる。


 車中にいるのは、僕と八百万くんを除けば、あとは三人。


 皇くんの秘書をしているクールビューティーな土師さん。


 高級車のオプションのようなメイドさん。二十歳ぐらい。


 最後の一人は、これまたクラスメートの雲野十夜くん(執事バージョン)だ。


 雲野くんは無骨な黒縁眼鏡をかけた気弱そうな顔立ちをしているんだけど、笑顔が可愛いと一部で評判。平均よりも高めの身長なんだけど、痩せた体型をしているので、ひょろりとした枯れ木のように頼りない印象がある。


 見た目そのものは古き良き伝統の『ガリ勉君』そのものなんだけど、実際の成績は………………………残念な低空飛行で赤点の常連だったりする。


 彼は姫野さんの屋敷に居候して、見習いの執事として働いている。


「ねえ、雲野くん」


 僕は三つの選択肢の中から、雲野くんを選んだ。


「なんでしょう、夕凪さん」


「なんだか、背中がムズムズするから、いつも通りに接して欲しいかな」


「………では、車中にいる間は、そうさせてもらいましょう。お嬢様には内緒にして下さいね?」


 わずかに考える間を挟んだ雲野くんは、苦笑しながらうなずいてくれた。


「なんだい、夕凪くん?」


 慇懃だった雲野くんの態度が、少し砕けたものになる。


「なんで僕は拉致監禁されたのかな?」


「任意同行だよ」


 笑顔のまま、しれっという雲野くん。


「………………なんか納得いかないけど、そういうことにしておくとして、僕はどこに連れて行かれようとしているのかな? そもそもなんで誘拐されたのかな?」


「任意同行だよ」


 雲野くんはにこにこしながら訂正してくる。


 初対面の時は純朴そうだったのに、随分と朱に染まっちゃったんだなぁ……と悲しい気持ちになってしまう。


 冗談の範疇ではあるんだろうけど。


 てか、任意同行もあんまりいい意味では受け取れないよね。なんとなく。


「夕凪くんの質問に答えていくけど……。君をある場所へと連れて行くのは、お嬢様の意思だよ。夕凪くんがヒマそうで、且つ誘いを快く引き受けてくれたのなら、是非ともご招待したい場所がある……とのことで」


「うん。そうか。成程ね」


 雲野くんが言ったことをじっくりと反芻してみる。


 お嬢様とは姫野さんのことであり、この拉致監禁は彼女の意思で実行されている。


 ただし、あくまでも達成条件に、僕がヒマそうであること、快く誘いを受けることが挙げられていた。


 けれど、よくよく考えるまでもなく、いきなり土師さんに迎えにきたと言われて、事情の説明もないままに車中に連れ込まれただけだ。


 つーか、皇くんも一枚噛んでるよね。実行犯が土師さんだし。


「………………。これって、やっぱり誘拐じゃないかな?」


「お嬢様の希望を叶えるためには、少しぐらい強引な手段を用いなくてはならない場合もあるのです」


 執事モードに戻った雲野くんが、キラキラした笑顔で言った。


「………希望が叶わなかった時のお仕置きが怖いんだよね」


「なんのことでしょう?」


 雲野くんの笑顔は小揺るぎもしなかった。


「それが帝様の意思であるならば、あらゆる万難を排して動くのが従者としての当然の勤めなのです」


 土師さんは土師さんで何の迷いもない様子で言う。


「………………。」


 そんな二人を僕はじっと見つめる。沈黙したまま、じ~~~~~~っと。


 どちらも半目になった僕からは、しっかりと目を逸らした。


「誘拐だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


 ウインドウを下げて、僕は迷わずに叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


「………あまり騒がれては困りますので」


 土師さんがパチンと指を鳴らした。


「かしこまりました♡」


 隣に座っていたメイドさんが、ふわっと僕を抱き寄せる。


 綺麗な顔立ちをした女性で、口元の左側にほくろがある。


 ふわふわした長い髪を揺らしながら、やや吊り上がっている目を細める。


 とても悪戯っぽく。


「え?」


 ポワンとした感触。


「………………えぇ?」


 変な声が出る。


 それも当然だ。


 ヴィクトリアンなメイドさんには、過剰なエロ要素なんてものはない。


 それでも胸に押し付けるように頭を抱きかかえられたりしたら、ちょっとおかしな気分にもなるわけなんですよ。はい。


 逃亡の意思がゴリゴリと凄い勢いで削られて、幸せな気持ちになってしまう。


 僕も男ですから。


「大人しくしていてくださいね♡」


「……はい」


 下手に動くと犯罪的な深みに嵌ってしまいそうな感じで拘束されたので、僕は抵抗を諦めた。


 断じて、胸の感触に負けたわけじゃない。


 下着とワンピースとエプロンの三層越し(多分)ではあっても、充分に柔らかさが伝わってくる感触は魔的であり、ギリギリのところで僕はまだ屈していないけれど、頭の飾りが猫耳だったら、どうなってたかはわからない。


「………………。」


「快く同行を願えますか?」


 眼鏡をキラッと光らせながら、土師さんが問いかけてくる。


「ハイ」


 うなずく以外の選択肢があろうはずもない。


「では、もう少しメイドの魅力を堪能していてください」


「羨ましいな~。あとで変わってくれないか?」


 完璧に面白がっている八百万くんの呑気な声が、少しばかり恨めしい。


「あのですね」


 そのまま、メイドさんの膝枕に落ち着いた僕は、深々とため息を吐いた。


「何の説得力もないかもしれませんが、こんな回りくどいことをしなくても、最初から丁寧に説明してくれたら、僕は何の抵抗もせずに普通に同行してたんですけどね」


 不満たっぷりに言うと、雲野くんと土師さんはまたしても目を逸らした。


「それはわかっていたのですが……」


「お嬢様の命令でして」


「同じく、帝様からの指示なのです」


「どういうことっ!! なんか矛盾が生じたんですけどっ!?」


「「新年のお茶目なジョークです♪」」


 悪気の欠片もなさそうなことを、嘘臭い笑顔で二人は言った。


 絶対権力者を上司に持つと苦労するのが、とってもよくわかる。


「メイドさんにちょっとエッチなことさせるのもですかぁっ!?」


 そうだとしたら、今すぐに膝枕から脱しなければいけない。


 パワハラやセクハラの被害者にこれ以上の辱めを強要するわけにはいかない。


 いや、そもそも甘えんなよ――という意見を口にしてはいけない。


 男には逆らえない魔力というものが、世界にはあるのだ。


 地味な没個性の僕にだって、エッチなことに対する興味はあるんだ。


 ………多分、人並ぐらいには。


「いえ、私のしていることは、私個人のアドリブですよ♪」


 僕の頭を優しい手つきで撫でながら、しれっとメイドさんが言った。


「どゆことぉっ!?」


 起き上がろうとする僕をやんわりと押さえつけながら、メイドさんがにっこりと微笑む。


「お嬢様が興味津々の男性を、ちょっと誘惑してみようかと♡」


「きゃああああぁぁぁぁっ! 誰か助けてぇぇぇぇっ!?」


 襲われる生娘みたいな悲鳴を上げる僕。


 胸に顔……じゃなくて、頭を埋めておきながらとか思われるかもだけど、もうちょっとスローペースな清い交際からお願いしますぅぅぅぅぅっ!?


「あなたが望むのでしたら、私の姫始めに付き合ってくれてもいいんですよ♡」


 海棠さんの分身か、このメイドさんはっ!


「本気で言っているのですか?」


 土師さんが戸惑い混じりに問いかける。


「わりと♪ お嬢様や皇様が手元に置きたがる男性ですよ? 将来性はありそうですし、上手く事が運べば玉の輿も夢じゃない予感がするんです。本気で私の人生を捧げてもいいぐらい、彼に魅力を感じています。ちょっと不思議なくらいですが本当ですよ。一目惚れと言ってもいいかもしれません♡」


「貴女は見る目があるようですね」


 しみじみとうなずいている土師さん。


「どうだい、夕凪くん? このまま予定を変更して、教会にでも駆け込むかい?」


 親指を立てる雲野くん。


「その気があるなら、最寄の教会に最速で届けてやるぜっ!」


 車を加速させる八百万くん。


「どうします、あ・な・た♡ 結婚しちゃう♡」


 顔を――より正確には、瑞々しい唇を僕の唇に近づけてくるメイドさん。


「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!」


 何故か、かなりマジっぽいメイドさんに迫られながら、僕は何度目かの悲鳴を上げるのだった。


 わりと失礼な反応だとは思うんだけど、まだ名前も知らない人にいきなり好意全開で迫られたら、こんな風になるのも仕方がないと思うんだ。


 女性にあんまり免疫がないとなおさらに。


 ゆかりや若菜ちゃんや愛莉とはそれなりに接しているけれど、年上の女性(オトナ)が相手となるとやっぱり経験値が不足しているのである。


 この年で経験豊富とかだったりしたら、そっちの方がおかしいよね。


「おぉ、学園祭で俺も含めて、クラスの連中を手玉に取った夕凪が本気で叫んでるぞ」


「色仕掛けには流石の夕凪くんも敵わないのかな?」


「困りましたね。このまま夕凪さんが屈してしまわれたら、姫野様の手中に落ちることに……。それでは帝様の意思に反してしまいます」


 ………あの、みなさん傍観してないで助けてくれませんか?


「ねえ、キスしてもいい? とっても濃厚な大人のキス♡」


「許してください」


 かなり本気で僕はお願いした。



 閑話休題。



 たっぷりと弄ばれた――詳細は内緒ということでご了承ください――僕は、ようやくメイドさんから解放された。


 彼女はまだまだ遊び足りない(?)ようだったけれど、お願いですから勘弁して下さい。


 ちょくちょく指先で撫で撫でする悪戯もやめて。


「そろそろどこに向かっているのか、教えてくれないかな?」


 ぐったりしながら、雲野くんに問いかける。


「天城ロイヤルホテルだよ」


 雲野くんは真っ直ぐにこっちに顔を向けながら、視線だけを逸らしていた。


 絶対に目を合わすまいという強い決意を感じた


「………………。」


 超が上に三つぐらい付くような超高級のホテルの名前だ。


 並の一般人なんか建物を仰ぎ見るのもおこがましいとか思っちゃうレベル。


「なんで?」


 最初から嫌な予感はしていたけれど、一気にレベルが跳ね上がった。


「帝様や姫野様が、新年を祝うパーティーに招かれているからです」


 思い切り余所見をしながら土師さんが言った。


「確認を取りたいんだけど、そのパーティーにはどんな人たちが招待されてるのかなぁ?」


「天城財閥及びその麾下である十二企業の重鎮のみなさんやご家族などです。政界・財界なでで有名な名家の方々や昨年に多大な功績を残した有名人なども少々……といったところでしょうか」


 一般庶民の混ざる余地があるのかな、それ?


 ドレスコードとかヤバそうじゃね。


 一千万円以下の服を着ている人とか、会場に入ろうとしたら射殺されそう。


「そんな世界トップクラスのブルジョワな人たちしかいなさそうなところに、なんで僕が誘われるんですかねぇ?」


「帝様は新年の一時を、夕凪様と共に過ごしたいのだそうです」


「お嬢様も以下同文かな」


「建前はさておき、本音の部分をどうぞ」


「強制的に出席させられる退屈なパーティーの時間潰しに、友人と雑談したいと申しておられました」


「お嬢様も以下同文だね」


 土師さんも雲野くんも正直に教えてくれた。


 何の救いにもならないけれど。


 あと、さりげな~くメイドさんに腕を絡め取られて、逃亡の防止をされた。


 この胸の感触には逆らえません。


「念のために聞くけど、僕が生きて帰れる保証はあるのかな?」


「言葉の意味がわかりません。

 どうして、生命の心配をする必要があるのでしょうか?」


 いい加減に僕の目を見ながら会話をして欲しい。


「大丈夫だよ、夕凪くん。別に偉い人たちに挨拶しなきゃいけないわけじゃないし、会場の隅の方に顔見知り同士で集まって歓談するだけなんだ。何も心配する必要はないさ。でも、強いて言うなら、いつもよりも存在感をさらに薄めておいてくれた方がいいかな? 万に一つの可能性だけど、タチの悪いのに絡まれると面倒なことになっちゃうかも知れないからね」


「いや~、誘ってくれるのは……うれしいかもしれないんだけどね。もうちょっとこう限界突破したようなスケールじゃなくて、穏便な形だったらよかったのにと思わずにはいられないなぁ~」


 ちょっと虚ろな目で、床を見ながら言う僕。


「「誠に申し訳ありません!」」


 目を逸らすのも、良心の呵責も、とうとう限界に達したらしく、雲野くんと土師さんが同時に深々と頭を下げた。


「どうか、帝様の我がままを聞いてあげてください」


「どうか、お嬢様の滅多にない我がままに付き合ってあげてください」


「いや、だからね。こんな回りくどいサプライズを仕組まずに、最初から電話ででも誘ってくれてたら普通に行ってたんだよ、僕は……」


「普通に誘ったら、絶対に嫌がると思ったし……」


 的確な予想だけど、だからって乱暴な手段に訴えるのはどうなんだ………なんて思っていたら、ポケットの中で携帯電話が着信を知らせた。


 相手を確かめてから、通話ボタンを押す。


『明けましておめでとう、夕凪君』


 僕が何か言うよりも先に、電話の向こうからクラスメートの声が聞こえてきた。


「明けましておめでとう、皇くん」


『実は今、知り合いのパーティーに招かれているんだが、なにぶん大人同士の集まりが主体なもので些か退屈を感じているんだ。先方の許可は取っているので、少し雑談などに付き合ってはもらえないだろうか? 無論、賓客としての持て成しを約束しよう』


「………もしかしてだけど、こっちの会話を聞いてたりするのかな?」


 そうとしか思えないタイミングだ。


『君が何を言っているのか、よくわからないな。ただ当たり前の礼儀として、君の都合を確認させてもらっているだけだよ。もしかすると(・・・・・・)、迎えに向かわせた者たちとこの連絡に行き違いがあり、些細な齟齬が君に迷惑をかけているかもしれないが、その場合は正式に謝罪をすることをこの場で宣言しておこう』


 動揺は微塵も表に出さずに、いつもと変わらない調子で皇くんは言った。


 簡単に動揺しては、海千山千の大人と渡り合えないからこそなんだろうけれど、そこまでしてここまでの流れをなかったことにしようとするのなら、もっと別の手段があるだろうと言わざるをえない。


 僕をバカにしているわけじゃないのは理解しているけれど、妙なところで変に不器用な失敗をしてしまうのはどうかと思う。


 そこはまず謝罪からでしょ。


 友だちでも。いいや、友だちだからこそ。


「………………………………皇くん」


 相手にこちらの心情を伝えるための沈黙を挟んでから、静かな声で呼びかけた。


『な、なにかな?』


 皇くんが動揺した。


「その招待は喜んで受けさせてもらうけれど、ちょ~~~~~っとじっくり話したいことがあるから、たっぷりと時間を取ってもらってもいいかな? 傍で聞いてるとは思うけれど、念のために姫野さんにも伝えておいてくれる?」


『…わかった』


 生唾を飲む音が聞こえてきそうな間があった。


「それじゃあ、また後でね。

 こんなことを言うのはとても気が引けるんだけど、正座をして待ってて欲しいな」


 得難い友だちだと思っているからこそ、言わなければいけないことがある。


『あ、ああ。わかった』


 そのまま僕は電話を切らずに、耳に当てたままにしておく。


『………くっ。おい、朔夜。お前の悪戯のせいで、夕凪君が怒っているぞ』


『だから、開口一番に謝りなさいって言ったじゃない。そうすれば問題は無かったのに、不祥事を起こした政治家の隠蔽を前提とした記者会見みたいな回りくどい言い方をするからややこしくなるのよ』


『何故、私がお前の尻拭いをしなければならないっ!? まずは自分の無罪を主張しておくのは大切なことだろう。事の元凶は貴様だっ!』


『あんたも立派な共犯者でしょうがっ!!』


 ほどなくして、なんか切なくなる罪の擦り付け合いが聞こえてきた。


『とにかく、正座して彼を待つぞ。あと十分もすれば、来るはずだ』


『わかったけど、そんな姿をこの場で晒すといろいろ問題あるんじゃない』


『それでいちいち騒ぎ立てる奴らの評価がどう変動しようと知ったことではないが、それで彼を下らん騒ぎに巻き込むのは不本意だな』


『ひとまず、あんまり人目のない場所に移りましょ』


『そうだな。あまり彼を気疲れさせるわけにもいかんからな』


 ピッと終話ボタンを押して、僕はため息を吐く。


「やれやれ」


「………………。」


「………………。」


 土師さんと雲野くんは、叱られた子供のように俯いていた。


 なんかきっかけがあったら、そのまま土下座に移行しそうだった。


「なんだか、思ってたよりも、もっと凄いのね、あなた?」


 メイドさんは僕の腕を胸に押し付けるように抱いたまま、目を丸くしていた。


 なんか途轍もないものを目の当たりにしたような顔だった。


「……そうですかぁ?」


 そんな風に見られるのを不思議に思いながら、ポケットに携帯電話を戻す。


 と。


「もうすぐ着くから、心の準備しておいてくれよな」


 ちゃんと前を見て運転しながら、愉快そうに笑っている八百万くんが言った。


「へ~い」


 ちょっとばかり気の抜けた声で、僕は返事をした


 気合いを入れるのは車を降りてからでいいので、あともう少しだけ残った時間は休養に当てさせてもらう。


 気遣ってくれたメイドさんが肩を貸してくれるのに甘えて、僕は身体の力を抜いて目を瞑った。







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