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『元日の地味な没個性とその周辺』(6)






「なんだ、この混沌(カオス)は?」


 境内に足を踏み入れた途端に、翔悟は顔を顰めていた。


「やっと来てくれたんだね」


 鳥居にもたれてげっそりしていた僕は、重たくなってるよーな気がする手を振る。


「……か、和真か。いつもより存在感が薄くなっているが、どうした? 今にも消えてしまいそうになってるぞ」


 たっぷり十秒ぐらいの間を置いてから、翔悟は気づいてくれた。


「あっちを見たらわかるでしょ……」


「あぁ、いや、うむ。そうだが……何がどうしたらこんな地獄絵図寸前の有り様になるというんだ?」


「峰倉さんがアレコレと情報を拡散したら、わりとヒマだった人たちが集まってきて、この有り様だよ」


 かつてない大盛況と言えなくもないけれど、柳原さん家はこんな混沌(カオス)を望みはすまい。


 僕はあんまり悪くないはずなんだけど、申し訳ないと土下座して詫びたい気持ちでいっぱいです。


「あ~、なんか納得したが、それにしたって酷いな」


「別にみんな悪さとかはしてないんだけど、存在密度が濃すぎるんだよね」


 クラスのみんなが集まってるところは、一般人が気安く立ち寄れない空間になってる。


 あれからもわりとクラスメートがちょくちょく姿を見せてるせいでもあるんだけど、存在感が群を抜いているのは、やっぱりパトリシアさんだ。


 今は境内の片隅でお手玉なんかをしてるんだけど、子供も怯えて近寄らない。


 どころか、あからさまな不審者(?)扱いを受けている。


「ママ~、アレなに~?」


「しっ! 見ちゃいけません」


 ――的なアレだ。


 次は、言わずとも知れた塚原くんだ。


 無駄にキラキラしており、無闇に美男子なので、あんなでも遠巻きに撮影する人が後を断たなかったりする。


 ご満悦の塚原くんは頼まれてもいないのに、なんかイラッとするポーズ(宗次談)を取ったりしている。


 ちなみに、いろんな理由で近寄る人はいない。察してください。


 貫禄の白石くんと天宮さんのペアも鉄板である。


 新婚バカップルの二つ名に恥じない幸せそうな(?)二人に、みんなが祝福の拍手と言葉を惜しみなく送っている。


 中には感涙の涙を流しているクラスメートもいるぐらいだ。


 まるで結婚式の後みたいな光景で、こっちはみんながほっこりしている。


 後はまぁ、大なり小なりといったところだ。


 相性の悪い人たちが顔を合わせて、険悪な空気を醸し出し、仲裁役――主に僕――が駆り出されるという一連の流れが出来上がっている。


 なんだか見世物のような扱いを受けているような気がするなぁ……。


「ところで、美命は?」


「起きない。完全に冬眠に入った」


「冬眠て……」


 まあ、美命なら寝正月が自然のようにも思える。


 と。


「……んだぁ? お前も来たのかよ」


 早速と言うべきなのか、目敏く翔悟に気づいた宗次がやってくる。


「日歩。新年早々、大したご挨拶だな。礼儀という言葉をどこかに置き忘れてきたらしい。

 ……新年明けましておめでとうございます。本年も相変わりませず、よろしくお願いしたいところだが、お前の態度では望み薄だな」


 しれっと辛口の言葉を返しながらも、翔悟はちゃんと挨拶をするんだね。


 多少の皮肉が織り交ぜられてはいたけども。


 律義なんだか、捻くれてるんだか、線引きが微妙なところだ。どうして、宗次とはこんなに相性が悪いのかね……と、毎度の疑問を抱く。


「お。御影も来たのか。相変わらず、酒も飲んでねぇのに面倒くさい奴に絡まれてるようで、ご愁傷様だな」


 挨拶(?)がそのまま宣戦布告みたいになってる二人のやり取りを嗅ぎつけたのか、さらなる火種を抱えて田中くんも参戦。


 ………君たち、ホントに飽きないよね?


「新年早々、チンピラは空気で酔えるらしい。困ったものだよ」


「んだと、コラッ! いい度胸じゃねぇか。去年はつけられなかったケリを今この場でつけてやってもいいんだぜ? お前らに俺とやりあう度胸があるならの話だがな」


「ふっ。躾は必要か」


「仕方がない。害虫は迷惑になる前に潰すのが常だ」


 う~ん。


 自然な流れであるかのように戦端が開かれそうになる光景を、僕はどんよりとした眼差しで眺める。


 もう彼らを止めるのも面倒くさい。


 それに、だ。


 宗次と田中くんは、もう少しよく考えて欲しい。


 白石くんと天宮さんがいる場で揉め事を起こそうとすると、黙っていない愉快犯がいるのを失念できるのは、ちょっとどころではなく迂闊なんじゃないだろーか?


 あるいは、互いの嫌悪感が脊髄反射みたいな敵意にでもなってるのだろうか。考えるよりも先に口と身体が勝手に動くみたいな?


 あははは。ありえるわぁ……。


 三人とも僕より賢いはずなんだけどなぁ……。特定の条件下では、むしろ清々しいほどに頭が悪くなってしまうらしい。


 その報いが、いま僕の目の前を横切っていった。


「やかましい! 壱世の晴れ姿を穢すなっ!」


 額に青筋浮かべた結崎さんが、宗次を。


「五月蝿い♪」


 便乗しただけとしか思えない悪魔じみた笑顔の峰倉さんが、翔悟を。


「少し頭を冷やしてくるんだ」


 頭が痛そうな高遠さんが、田中くんを。


 お互いのことしか見えていない男たちに、遠慮のない蹴りが飛ぶ。


「「「おぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ!!!!!!」」」


 ちょうど石段を上がりきったところに立っていたので、蹴りを入れられた彼らは景気よく石段を転がり落ちていった。ノンストップで。


 僕はため息を吐く。


 これも『お年玉』ならぬ『落とし生命(ダマ)』と呼んでいいのだろうか……なんて、アホなことを考えながら。



 ● ● ●



 時間は正午を回ったぐらい。


 太陽は高いところにあるのに、やっぱり冬の寒さはキツい。


 さっきまでは知り合い同士で固まっていたのもあって、そうでなくなった途端に人の温もりが恋しくなるほどの寒さを思い出して、身体がブルリと震える。


「いろいろとお疲れ様でした」


 石段の下で、巫女装束な若菜ちゃんが丁寧に頭を下げる。


「こちらこそ、いろいろとお世話になったというか、面倒をかけてしまったというか……」


「いえいえ、お気になさらずに……」


 ちょっと困ったような顔で、若菜ちゃんが両手をブンブンと振る。


 初詣に来たクラスのみんなと雑談に花を咲かせたり、揉め事が起きたら対処をしたり、わいわいがやがやと賑やかに過ごした時間は、教室にいるのと大差なくて、なんだかんだで楽しいものだった。


 ……参拝客のみなさんにおかれましては、大変なご迷惑をおかけしたかも知れませんが、どうかご容赦のほどを乞い願います。


 ――ってのは、さておき。


 慌しくも目まぐるしい去年を振り返りながら、新年をまたみんなと過ごせるのは素直にうれしくて、僕もちょっとばかりテンションが上がっていたような気がしないでもない。


 だからこそ。


 当初の目的のひとつでもあった青葉さんの巫女舞を惜しみのない拍手とともに見終えた後は、お祭りが終わったようなちょっと寂しい空気を感じたぐらいだ。


 それがひとつの区切りとなり、みんなも神社を後にし始めた。


 いつまでも終わりそうにない挨拶を繰り返しながら、ひとり、またひとりと。


 結局、ほとんど最後までみんなを見送ってから――林に遺体遺棄されていた玖堂くんもちゃんと回収されたよ♡――僕は家に帰ることにした。


「それじゃあ、今年もよろしくね」


「はい。わたしの方こそ、お兄さんにはいっぱいお世話になってしまうと思いますので、何卒どうもです」


「ちょっと言葉が変になってるのが気になるけど……。うん。いろいろと任せてよ。若菜ちゃんを必ず、ウチの学園に入学させてあげるからね」


「はい!」


「………あと、その」


「うん?」


「タクシーとか、呼ばなくても大丈夫ですか? ゆかりんを背負ったままで帰れます、か?」


 僕の背中では力尽きたゆかりが寝息をたてている。


 なんだかんだで若菜ちゃんの手伝いをしていたのと大晦日からの疲れが出てしまったのだろう。人がたくさんいるところが苦手だから、ちょっと無理が重なったのかも知れない。


 家に帰ったら、ゆっくりと休ませてやるつもりだ。


 三が日の間は、ね。


「でも、ここからだと大変じゃないですか? ……えっと、タクシー代も預かってますし、すぐに呼ぶので、乗って帰りませんか?」


「えっと、どうしようかな……」


 ゆかりを背負っていても、家に帰るぐらいなら体力的に問題はない。


 でも、この寒い中だとゆかりが風邪を引いてしまうかもという危惧がなくもない。


 気にしてなかったというのも薄情だけど、改めて心配そうな若菜ちゃんに言われてしまうと不安になってくるのが、人間の心理というものだ。


「それじゃあ、頼んじゃっても……」


 好意に甘えることにして、若菜ちゃんに言いかけたところで――


 すぅっとお金持ちの人たちがよく乗っている黒塗りの高級車が、音もなく目の前で停まった。


「お迎えに上がりました、夕凪様」


 助手席のドアが開いて、見覚えのある女性が降りるやいなや、慇懃な一礼とともに意味不明なことを言う。


「あの、土師さん?」


 皇くんの秘書をしている女性だ。


「まずは、お自宅までゆかりさんをお送りします」


 丁寧な物腰は微塵も崩さずに、けれど意識の切れ間を縫うように、僕が背負っていたゆかりはいつの間にか土師さんにお姫様抱っこされていた。


 魔法のような手際だった。


「いや、あの、ちょっと待ってくださいっ!?」


 テキパキとゆかりを後部座席に座らせた土師さんは、そのまま隣に座る。ゆかりが倒れないように身体を支えるようにしてくれているんだろうけれど、そうした諸々をさておいても何もかもが急転直下で意味不明だ。


「え? なんなんですかっ! 意味がわからないんですけどぉっ!?」


「細かい話は車中でいたしましょう。まずはお乗りください」


 くいっと手を引かれて、僕も後部座席にイン。


 パタンとタクシーみたく自動でドアが閉じると、音もなく車が動き出した。


「えぇぇぇぇ~~~~~~~~~っ!?」


 間の抜けた声を上げながら、目を丸くしている若菜ちゃんの姿が後方に移動していくのを呆然と見送った。


 他に何も出来なかった。


 ……これって、誘拐じゃね?



 ● ● ●



「ん? さっきのなに、若菜ちゃん?」


 朝には起きるつもりだったのにすっかりと寝過ごしてしまい、今さらながらに柳原神社に初詣に訪れた美命は、目と鼻の先で颯爽と連れ去られた(?)和真の乗る黒塗りの高級車を唖然と見送った。


「……さ、さあ、もしかしたら誘拐かも知れません」


 若菜も直に目の当たりにしておきながら、なんとも曖昧な反応しか出来ない。


 顔見知りのようだったが、車に乗せる手際はやや強引だった――ような気がする。


「え?」


 ポカンとした顔で疑問符を頭上に浮かべる美命。


 困惑したまま、視線を泳がせる若菜。


 二人は顔を見合わせて、ただ不思議そうに首を傾げるのだった。


「まあ、夕凪くんだし。大丈夫だよね」


「そ、そうですね。わたしの〝勘〟も何も訴えかけてこないですし……」


「なら、なおさら安心ね」


「はい」


 やがて。


 何事もなかったように、二人は深く考えるのを止めた。


 いつもの事というわけでもないのだが、和真が危険な目に遭う可能性が毛ほども思い描けなかったからだ。


 仮に誘拐されたとしても、誘拐犯を改心させて自首させるぐらいは飄々とやりそうなところがあるのだ。


 心配してないわけではないが、今からでは何が出来るわけでもないので、きっと大丈夫だろうと割り切るのが手っ取り早い。


 楽観できるだけの根拠もある。


 若菜の〝勘〟は、身内の危機に対する精度は100%に近い。


 そもそも、好き好んで和真に危害を加えようとする者がいるはずがない。


 余計な他人の目から隠すように存在感の薄い和真に、わざわざ悪意や敵意を抱ける者がどれほどいるというのか。


「……心労は溜まりそうだけどね~」


 ふっと苦笑しながら、そこだけは同情的に呟く美命。


「え?」


「なんでもな~い。翔ちゃん、まだいる?」


「はい。社務所で安静にしてます」


「安静? ………よくわかんないけど、初詣させてもらっていい?」


「あ。はい、どうぞ」


「おみくじも引きたい」


「大丈夫ですよ」


「今年は大吉が引けるかな~?」


「羽柴先輩は、どちらかというと周囲に迷惑をかけなかったら吉なんて内容が書かれているみくじを引いてください」


「あはは~。今年はいろいろとがんばるつもり☆」


 目を逸らしながら、わざとらしく笑う美命。


「……信じてもいいんですか?」


 ちっとも信用してない顔で、若菜はしっとりとため息を吐いた。


 美命の方が年上なのだが、どちらがしっかりしているかと問われると、満場一致で若菜に軍配が上がるだろう。


 和真と翔悟が知り合ったのをきっかけとし、美命とも知り合った若菜であるが、人見知りであっても放っておけない彼女のぐ~たらぶりに、いつしか自然と世話焼きをするようになっていた。


 そんな事情があって、力関係が年齢とは無関係に逆転しているところがあるのである。


「さあ? 明日のことは明日にならないとわからな~い」


 あるいは、美命が甘え上手と言えるのかも知れないが、地味に情けないのは変わらない。


 ともあれ。


 いつものような会話をしていると、二人は連れ去られた和真のことをすっかり忘れてしまうのであった。


 根底にあるのが安心感だとしても、当人が知ったら白状だと悲しむかもしれない。







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