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『元日の地味な没個性とその周辺』(4)






 果たして、これは本当に餅つきと呼んでいいものなのだろうか。


 そんな疑問を抱く光景が展開されていた。


「おらぁっ!」


「ぬぅぅっ!?」


 杵を振り上げた宗次が、シルバーアクセサリーをジャラつかせながら、餅米が湯気を立てる臼へと振り下ろす。


 ぺったんぺったんという柔らかな音ではなく、涼平さんのアドバイスを完全に無視したドスンドスンという攻撃的な音だ。


 次の〝一撃〟が振り下ろされる前に、素早く田中くんが濡れた手で餅米を返す。


「ちぃぃ―――っ!?」


「温いな、日歩。お前はその程度か?」


 ドスンドスンドスン。


 ドスドスドスドスドスッ。


 ドドドドドドドドドドドドッ!!!!


 連打というか連射のような勢いで杵が振り下ろされ、そのわずかな合間に田中くんが熟練の如き返し手を入れる。


 手を潰そうと狙っている宗次。


 下らない悪意を嘲笑うように餅米を返し続ける田中くん。


 攻防という他ないのに、絶妙のコンビネーションとして仕上がっているのは、なんかもう悲しい光景だった。


「………ふん。これで百回だ。交代だな」


「ちっ。そろそろコツが掴めそうだったんだがな」


 攻守交替して、今度は田中くんが杵を振り上げ、宗次が濡れた手で返しに入る。


 負けず劣らずの勢いで、同じような光景が繰り返される。


 人とは争わずに生きられない生き物であり、その心に潜む『闇』こそが悪を生み出す温床なのだ――なんて、引きこもってるクラスメートが言ってた言葉が思い出される。


 争いって、ホントに虚しいなぁ……と、しみじみ思う。


「何のコツよ」


「そんなに鮮血い餅を作りたいのか」


「いざ出来上がったら、ドン引き必至だと思うんだけどねぇ~」


 峰倉さんと高遠さんと僕は、もう呆れ果てた目で傍観者になっている。


 他にどうしろと?


「おいし~」


「ホントにね♡」


「幸せすぎるわ」


 殺伐とした光景に背を向けて、ゆかりと若菜ちゃんと愛莉はつき上がったお餅を食べて、至福の表情になっている。


 小豆あん。きな粉。納豆。大根おろし。様々なトッピングが用意されており、勿論、お雑煮も作ってくれる。


 素晴らしいお餅尽くしである。


 つきたてということもあって、とっても美味しい。


 ………ついている光景さえ見なければ。


 宴会で盛り上がっている人たちにとっては余興みたいな感じになっていて、声援(?)を受ける宗次と田中くんはますますヒートアップしていく。


 やめてあげて。


 さらには、ここぞとばかりに涼平さんが追加で蒸しあがった餅米を持ってくるのでエンドレスな負のワルツになっている。


 挙げ句の果てには、いつの間にか参拝客のみなさんにサービスで配るために、お餅をビニール袋に詰める作業に何人かで従事していたりするのだから、場の変な空気に流されやすいと大変だよね。


「つぅおらっしゃぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 餅つきとは思えない気迫を燃やしている二人の声を聞きながら、僕たちは美味しいお餅を味わいつつ、ちょっとした作業をするのだった。


「………うん。まあ、なんだかごめんね」


「全体的にノリでやってるみたいなもんですから、気にしないでください」


 ふと我に返ったような涼平さんの申し訳なさそうな一言が、妙に印象的だった。


 今日はお互いに苦労しそうですね。



 ● ● ●



 気づけば、午前九時になっていた。


 なんだかんだで徹夜だったわりに、眠気はまだこない。


 プレス・オア・アライブな餅つきのせいで、テンションが上がってるのかも知れない。


 本日の目的のひとつでもある青葉さんの巫女舞は午前十一時と午後二時の計二回の予定になっている。


 普段は閉め切られている神楽殿も、今は三方の壁が取り払われて吹きさらしになっている。


 祭事の時でないとあまり見る機会のないところなので、こうしてたまに見るとやっぱり新鮮な感じがする。


 若菜ちゃんは忙しそうに動き回っていて、ゆかりもその手伝いをしている。


 僕は揉め事が起こらないように、トラブルメーカーの監視を主な任務としております。ご了承ください。


 そんなこんなで。


 参拝に訪れる人たちが次第に増えてくるのを尻目に、なんとなく境内で雑談を交わしている僕たちだった。


「つーか、なんで峰倉がいるんだよ」


 さすがに腕にガタがきた様子の宗次がプラプラと振ったり揉み解したりしながら、早くも峰倉さんに噛み付いていく。


「あたしがいるとなんか問題でもあるの?」


「問題しか作らねーだろうが」


 あまり否定はできないけれど、宗次が言うのはなんか釈然としないよね。


「いきなり田中と馬鹿馬鹿しい派手なバトルを演じたあんたが言う?」


 案の定、峰倉さんはジト目+冷たい声で反撃する。


「うるせぇな」


 揉めなきゃ気がすまないのか君たちは。


 僕と高遠さんはため息を吐くばかりで、愛莉はどうでもよさそうにちょっと離れたところで他人を演出しながら欠伸をしている。


「あたしは単に面白そうな面子が揃ってるのを知ったから、顔を出してみただけよ」


「面白いって……」


 胡乱な調子で呟きながら、宗次が視線を巡らせる。


 宗次の人間関係でピックアップすると――


 僕。ゆかり。若菜ちゃん。愛莉。田中くん。高遠さん。峰倉さん。宗次。あと柳原さん家のみなさん。


 ……といったところだろうか。


 身内+友人+クラスメート+知人。


 面白いと言うよりも、一部が珍しい組み合わせである。いる場所もそうだけど。


 田中くんと高遠さんは初めての場所だし、悪夢のような神出鬼没が売りの峰倉さんでも今までにここで遭遇したことはない。


「言うほどの面子かぁ?」


「普段にない組み合わせだから、妙な化学反応が起きたりしないかな~って期待してたのもあるのよね。勿論、ただ期待任せで座して待つ気なんかないから、ちゃ~んと種蒔きはしてるんだけどね~♪」


「ちょっと待って。それ初耳なんだけどぉっ!」


 思わず手を上げながら割り込んでしまうぐらい聞き捨てならない発言だ。


 この期に及んで何をっ!?


 いや、むしろ今までが大人しすぎたんじゃなかろーか。大人しいということは即ち前兆に他ならず、嵐の前の静けさでしかなかったという悲劇の前触れ。


 いかん。頭の中が凄まじい速度で負の予想に埋め尽くされていく。


 五秒で柳原神社が跡形もなく爆発するところまで逝った。


「言ってないもん♪」


 一瞬で戦々恐々とする僕なんかどうでもよさそうに、峰倉さんは邪悪に嗤う。


 悪魔という単語が、峰倉さん以上に似合う人を他に知らない。


 ………あ。結崎さんがいた。


「何をしたんだ、灯理」


「そんな怖い顔しないでよ、奈々世♡ ただ~、ちょっとだけクラスのみんなに情報を拡散しただけよ♪」


「「「げっ!?」」」


 僕と宗次と愛莉と田中くんと高遠さんの声が見事に重なった。


 稚気に富んだ悪意の絨毯爆撃みたいなものだ。当たり外れが読めないだけに、相性の悪いクラスメートが万に一つの可能性で居合わせたりしたら、普通に戦争が起きかねない。


「何人が興味を惹かれて、ここに来るのか愉しみね~♪」


「さすがはおみくじで大凶しか引けない女……自爆みたいな真似を平気でしやがるな」


 田中くんが頬に汗を伝わせながら言う。


「そんなに褒めないでよ。照れるわ☆」


 誰も褒めちゃいねぇ。


「ダメだ、この愉快犯。とっとと埋めるか沈めるか飛ばすかしねぇとどうにもならねぇ……」


 埋めるとか沈めるとかならまだしも、飛ばすってなに?


「……まあ、情報源が峰倉さんなだけに、わざわざ動く人は圧倒的に少ないと思うけど……」


「ど~ゆ~意味かしら♡」


 日頃の行いを……いや、さっきの発言を振り返ってから、胸に手を当ててじっくりと考えてください。


 何も思うところがなかったら、もう僕からは何も言えません。


「とにかく、警戒を怠らないようにしよう。新年早々に想像を絶するような悲劇を起こしちゃいけないんだ」


「ああ。」


「そうだね」


「ちっ。仕方ねぇな」


「がんばってね~♡」


「愛莉も他人事みたいにしてないで、手伝ってよね?」


「か弱い女の子を地獄に放り込もうとするなんて、酷いわ」


「愛莉は愛莉で地獄を生み出して、僕らを毎度のように巻き込むだろーに」


「それはそれ、これはこれで見逃して♡」


「やかましいっ!」


「あ痛っ!?」


 宗次に軽く小突かれて、愛莉が悲鳴を上げる。


 ………まったく、仕方のない幼なじみだよ。


「ふっふっふっふっふっ♪ さてさて、そろそろ誰かが足を運んでこないかな~っと………………………………あ。」


 石段を上がりきったところにある鳥居の下まで行った峰倉さんが、ピタッと止まる。


「ちょっと待て。その不吉をこれでもかと孕んだ『あ。』は、なんだというん………………」


 嫌そうな顔をしながら峰倉さんを追いかけた高遠さんまでもが、ピタッと動きを止める。


「「「………………………。」」」


 なに、その反応?


 僕と宗次と愛利と田中くんは、逆に一歩下がってしまう。


 壮絶な鬼気が放たれているわけでもなく、世界は今も平穏が保たれているのに、今はまだ見えない下から石段を上がってきているであろう『何か』を確かめる勇気が湧かない。


 峰倉さんが止まるだけでも大概なのに、高遠さんまで動けなくなるほどの何があるというのか。


 地獄絵図か。世界の崩壊か。


 あるいは、なんかこう峰倉さんの穢れた魂でさえも浄化するような幸せに満ちた光景か。


「和真、ちょっと見てきなさいよ」


 クイクイと袖を引いて、無慈悲な発言をしたのは愛莉だ。


 この野郎と腹立たしくなる。野郎じゃないけど。


「甲斐甲斐しく原稿やらイベントやらの手伝いをしてやった幼なじみを、真っ先に人身御供に差し出すとは随分じゃないか?」


「あたしが、あんたへの感謝の気持ちを忘れたりなんかするわけないでしょう。いつでも、どこでも、眠る前には必ずあなたに感謝の想いを捧げているのよ♡」


 直視が躊躇われるほどの作り笑顔だった。


 お願いだから、もう少し誠実な振る舞いをして欲しい。


「そんな嘘くさいのは捧げんでいいから、ちゃんと締め切りを守れよ」


 心からの言葉を告げると、愛莉は顔を動かさずに目だけ逸らした。


 こっち見ろ。誓え。誓約を交わせ。


「………………。それとこれとは別問題じゃないの。一年B組の問題は一年B組で解決するべきよ。他の人たちを巻き込んだらいけないわ!」


 一緒くたに纏められるのは不本意なんだけど、いつまでも漫才で現実逃避をしていても時間の無駄でしかない。


「く……っ」


 僕は覚悟を決めると、重たくなった足で一歩を踏み出した。


 そんな僕の両肩に二つの手が置かれる。


「お前だけを行かせはしない」


「仕方ねぇから、一緒に死んでやる」


「田中くん、宗次……っ」


 ちょっと感動した。


「わ~、麗し~友情~。ネタにしたいわ~」


「少し黙ってくれ、愛莉」


 お前も引き摺って連れてくぞ。


 さておき。


 僕らも鳥居の下まで歩いていく。


 目を閉じて歩いたのは、せめてもの抵抗だ。


 ここだろうというところで足を止めて、深呼吸を三回。往生際悪く時間稼ぎをしてから、ゆっくりと目を開いた。


 空は青かった。


 この期に及んで申し訳ない。


 無意識に顔が上を向いていたんだ。僕は悪くない。


「いちにのさんで下を見るぞ」


「覚悟を決めろ」


「卑劣な真似はするなよ」


「この期に及んで逃げを打つかよ」


 どうやら左右の二人も僕と同じように上を向いていたらしい。


 互いを牽制し合いながら時間稼ぎに勤しんでいる。


 そんな二人が両サイドを固めていてくれたからこそ、僕も覚悟を決められた。


「それじゃあ、不肖ながら僕が合図をさせてもらうね」


「ああ。」


「頼んだ」


「いちにの………」


 最後に僕は大きく息を吸い込んだ。


「さん!」


 そして、これ以上の逃げも時間稼ぎもせずに下を見た。







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