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『元日の地味な没個性とその周辺』(2)






 新年明けましておめでとうございます。


 ――というわけで、一気に増え始めた参拝客のみなさんに甘酒を配り歩いていると、近くの田中くんが「お?」と声を上げた。


「どうしたんだい?」


「いや、ちょっとな」


 ポケットからスマフォを取り出す田中くん。


 彼は甘酒を配り終えているので、追加補充の要請がくるまでは手ぶらになっている。


 僕はなかなか参拝客のみなさんに気づいてもらえないから、あんまりお盆にのってる紙コップの数が減らない。


 世界は理不尽だ。


「峰倉からメッセが届いた」


「へぇ?」


 僕はまだガラケーなので、スマフォの利便性には疎いんだけど、LINEとか言うのが携帯のメールよりも簡単そうなのはなんとなくわかる。


『あけおめ』


『ことよろ』


 そんなわかりやすくシンプルな文面を送ってきた相手が、少しだけ驚きだったけど。


 悪名高き新聞部の峰倉さんと田中くんがLINEでやり取りする仲とは意外という他ない。


「田中くんは峰倉さんと仲いいの?」


 クラス内の意外な人間関係を垣間見たような気がする。


「どちらかというと奈々世の方だな。

 向こうからすると、俺はついでのような存在だ」


「ふぅん」


 なんともコメントし辛かったので、適当な相槌を返しておく。


 田中くんと峰倉さんは普通に相性が悪そうだけど、高遠さんと峰倉さんという組み合わせもなんだか違和感がある。


 とはいえ、当人たちのいないところで根掘り葉掘り聞くのもなんだし。


 気にはなるけど、今は気にしないようにしておこう。一応は仕事中だし。


「まだ奈々世も忙しそうだから、適当にメールを返しておこう」


『柳原神社でバイトなう』


『奈々世もいる』


『夕凪も一緒だ』


 そんなメッセがLINE上にポンポンと置かれていく。


「さて、義理は果たしたし、ちゃんと仕事しないとな……。

 ――っと、落し物か」


 相手の返信を待つ気も、期待もしていない様子でスマフォをポケットに戻す田中くんが、足元に落ちていたキーホルダーのようなものを拾い上げる。


「足元はかなり暗いのによく気づいたね」


「夜目はきく方だ。社務所に届けてくる」


「うん。わかった」


 田中くんの背中を見送ってから、寒そうにしているカップルのところに近寄って声をかけたら、幽霊でも見たかのように驚かれた。


 地味に傷つきながら、サービスの甘酒を渡したりする。


 なお――


 仕事の合間にあったこんな些細な一幕が、この後に続く全ての『引き金』となっていたことに僕たちが気づけるはずもなかった。



 ● ● ●



 午前二時を過ぎた。


 柳原神社は、まだわりと賑やかだった。


 社務所の方はもう落ち着いているので、先に仕事を始めていたゆかりと若菜ちゃんと愛莉はもう上がって、柳原家の方でさっぱりして寝ているはずだ。


 高遠さんはまだ社務所の方の手伝いをしている。


 僕と田中くんは相変わらず、甘酒や少量のお雑煮を参拝客のみなさんに配ったりしながら巡回をしていた。


 穏やかで、ほどほどに静かな夜だった。


 けれど。


 嵐は唐突にやってきた。


「やっほ~~~~~~~っ♪ 来たわよ~~~~~~~~っ☆」


 彼女は人間の形をした災厄。


 または、トラブルハリケーン(←いま適当に考えた)と呼ばれる女。


 僕らの学園で新聞部という一大組織(?)を築き上げ、根も葉もない噂を面白おかしく改竄したりしながら、トラブルの種を学園という畑に無節操にばら撒く悪鬼集団の首領。


 その名は、峰倉灯理!


 ちょっぴり誇張が含まれているので、あんまり真に受けないでね♡


「呼んでねぇよ。帰れ」


 半目になった田中くんが、しっしと手を振る。


 野良犬や野良猫を追い払うような感じだ。


「あらら。LINEにあんなメッセを書き込んどいて、そんな言葉はつれないんじゃないのぉ? 誘われてるって思うのが普通じゃない」


「……迂闊だった。せめて神社の名は隠しておくべきだった。すまない、夕凪」


 手で顔を覆いながら、苦渋に満ちた声を出す田中くん。


 そこまで深刻にならんでも。


 いやまあ、気持ちはわからないでもないけれど……。


「あ。ついでに俺もいるから」


 飄々とした物言いで、ひょっこりと姿を見せたのは新聞部の名誉(笑)副部長という肩書きを持ち、峰倉さんの幼なじみでもある玖堂鳴海くんだ。


「明けましておめでとう。新年早々に災厄を呼び込んでしまったこと、その迂闊さにお悔やみを申し上げます」


「うるせーよ、馬鹿野郎!」


「誰が災厄なのかしら~?」


「ぐぼぉ―――――ぇぴっ!?」


 田中くんの蹴りがみぞおちに突き刺さり、峰倉さんの鞭のようにしなった裏拳に顎先を痛打されてしまい、一瞬で意識を刈り取られてしまう。


 糸の切れた人形のように白目を剥いて、鳴海くんは地面に倒れこむ。


 ほんの一瞬の出来事(イベント)だった。


「しまった。やり過ぎた」


「ありゃあ……。こりゃ、しばらく起きないわね~」


「酔っ払いに偽装して、そこら辺に転がしておくか」


「妥当なところね」


「どうせ風邪など引きようもない奴だ。暗がりに転がしておけば充分だが、発見されにくそうな林があったな」


「それなら偽装工作用に紙コップもらってこなくてもいい?」


「あぁ、問題ないな。まず参拝客は近寄らん」


「オッケー、オッケー♪」


「もしもし……?」


 いきなり険悪な空気を出したかと思えば、なんで阿吽の呼吸で偽装工作を始めたりするんだね、君たちは?


「心配するな。問題ない」


 イイ笑顔で気絶したクラスメートを担いで、暗がりに行こうとしないで欲しい。


「万が一の可能性で、こいつが凍死でもしてたら、あたしに連絡してちょうだい。完璧に証拠隠滅するから♪」


 親指を立てて、物騒なことを言わないで欲しい。


 とても止められそうにないので、僕はため息を吐きながら目を逸らすのだった。


 数分後。


「さて、まずはおみくじを引くわよ」


 意気揚々と社務所に向かう峰倉さんの背中を、僕と田中くんはのっそりとした足取りで追う。


 瞬間のアイコンタクトで、野放しには出来ないと判断したのだ。


 傍からは知り合いと遊んでいるように見えるかもしれない。


 でも、これは柳原神社を起こるかもしれない災厄から守るために必要な措置なのである。


 クラスメートが初詣するだけなのに、何をそんなに危険視する必要があるのかと、危惧するのも馬鹿らしい話なんだけど、相手は峰倉さんだ。


 決して油断してはいけない。


 自業自得なところも多々あったけれど、鳴海くんの二の舞にはなりたくない。


「いらっしゃいませ……………って、灯理? どうして?」


 巫女さんになっている高遠さんが、目を丸くする。


「LINE見てない? 田中から、ここでバイトしてるってメッセもらったから、様子見がてら初詣しに来たのよ」


「着替えたときにスマフォの類も置いてきたから、全然見てなかった」


「いいのいいの。あんたの巫女姿なんてレア度の高いものを見逃さずに済んだんだから、結果オーライよん♪」


「……う。自分ではよくわからないのだが、灯理的にはどうだろうか?」


「よく似合ってるわよ。相変わらず、なんか凛々しいとか、格好いいとかの方向にステ振りされてるけど、全然問題無し♪ またファンが増えたんじゃな~いの?」


 峰倉さんが言うように、すっかりファンになったと思しき巫女さんが、売り子に集中できていない様子でチラチラと高遠さんを何度も見ている。


 頬は朱に染まり、目はなんだか憧れの人を見るように熱っぽい。


 やや危険な兆候が垣間見えているようないないような……。


「とりあえず、おみくじ引かせてよ」


 峰倉さんはポケットから百円玉を取り出し、高遠さんに渡す。


「はい。どうぞ」


 百円玉を受け取った高遠さんは、六角形の筒を差し出す。


「ふっふっふ~っ♪」


 意外にも峰倉さんはワクワクした様子で、筒をシャカシャカ振る。


 峰倉さんはこういうのに興味を示さないような気がしていたんだけど……。


 初詣のついでというには、妙に楽しげだ。


 期待というには、なんかちょっと薄暗い感じの笑みを浮かべているのも気になる。


「49番ね」


「狙ったように縁起の悪い数字を引く辺りが、お前らしいな……」


「44番を狙ったんだけどね~」


 なんで、そんな数字を新年早々狙うんだろう。


 捻くれてるとかいう次元じゃないけど、峰倉さんらしいと言えば、なんとなくヤな感じで峰倉さんらしい気もする。


「どうぞ」


 高遠さんは告げられた番号の引き出しから糊付けされた小さな紙を取り出し、峰倉さんに渡す。


「ありがと。………よしっ♪ 今年も大凶ね☆」


「えぇっ!?」


 高遠さんの隣で売り子をしていた巫女さんが目を丸くして、驚きの声を上げた。


「この神社で大凶を引いた子なんて、初めて見たわ」


 さらには、こんなことも言った。


 驚きのあまりに口が滑ってしまったようだけど、峰倉さんが気にした様子はない。


「うふ♡」


 むしろ、褒められでもしたかのように笑っているほどだ。


「あたし、おみくじだと必ず大凶を引くんですよ。大凶を入れてない神社でも、誰かが悪戯で仕込んでた紙を引くぐらいの凶運なんですよ♪」


「………え~っと、この神社で大凶のおみくじは珍しい。珍しいものはめでたい。だから、大凶のおみくじでもめでたい。春先から縁起がよくて、よかったわね」


 かなり苦しい三段論法で、巫女さんが慰めにかかる。


 峰倉さんが強がっているのではと思ったのかもしれないけれど、完璧に素で言ってますよ。


 そんな強がりとかは無縁の人なんです。


「はい♡」


 峰倉さんは軽くうなずいてから、大事そうに大凶のおみくじをポケットに入れる。


 この調子だと、木の枝に結んだりもしそうにない。


「………………。」


 僕はなんとも言えなくて黙り込む。


「変わんねぇな、こいつは……」


 田中くんは苦笑いをしながらボソッと呟き、高遠さんは痛ましそうな目をしている。


 気持ちはわかる。縁起の悪いものを嬉々として受け入れる友だちに、よかったねとか言えるはずもないのである。


 どうやったら病んでるっぽい心の矯正ができるのかと思い悩んでしまうのが自然だ。


 普通に手遅れだと思うけど。


「あんたらも引いたら?」


「一応、まだ仕事中なんだけど……」


「それぐらいなら別に構わないよ。


 もうあまり人が来ない時間だし、休憩がてらに引いてみるといいんじゃないかな」


 いつの間にか涼平さんが戻ってきていた。


 年が明けて間もない頃に、家の方の宴会にお呼ばれ――というか、ご近所さんに連行されていたのだ。


 かなり飲んできたようで顔が赤くなっているけど、足取りはしっかりしている。


「なら……」


 百円玉を渡して、筒をシャカシャカ。


「え~と、13番だね」


 峰倉さんに引き摺られたように、不吉な数字を引いてしまった。


 がっくりだ。


「その数字も悪くないわね」


「………………。」


「じゃあ、俺も引いてみるか」


 田中くんもシャカシャカ。


「24だ」


「毒にも薬にもなりそうにない何の変哲もない数字ね。つまんな~いっ!」


「いちいちなんか言わないと気がすまねぇのか、お前は……」


「13と24ね」


 引き出しから折り畳まれた紙を取り出した高遠さんから、おみくじを受け取る。


 ぺりぺりと紙を開いた僕は、


「………んぅ?」


 きょとんと首を傾げる。


「吉だな」


 そんな僕の傍らで、田中くんが言う。


「普通ね。つまんないわ」


「単純な運で、お前を楽しませてやる理由はないな。お前が厄を吸い取ってくれたんだろ。一応は感謝してやるよ」


「だったら、もっと声に気持ちを込めて欲しいわね」


「皮肉ぐらい気づけ」


「夕凪くんはどうだったの?」


 仲良く漫才している田中くんと峰倉さんを放置した高遠さんに聞かれたので、僕は開いた紙を見せた。


「え?」


「ん?」


 何も書かれていなかった白紙の紙を。


「これは……」


 涼平さんが困ったように眉を寄せる。


「印刷ミスに気づかずに、そのまま混ざっちゃったのかな?」


「うぅ~ん……。これはこれで珍しいから縁起がいいってことなのかなぁ……?」


「そうだね。今年の運勢は、夕凪くん次第で決まる白紙の未来ということだよ」


「なんかいい感じに誤魔化した」


「なんかよさげな感じで誤魔化したわね」


「普通に誤魔化したな」


「………無料で、引き直してもいいよ?」


 みんなに突っ込まれた涼平さんが、白々しく目を逸らす。


「おみくじを引き直すのって、なんか罰が当たりそうですし……これでいいですよ」


 白紙の紙を丁寧に折り畳んでポケットに入れる。


 珍しいのは確かだし、今年の運勢が『自分次第の白紙の未来』というのは、ちょっといい感じのキャッチフレーズだ。


「峰倉も大概だが、夕凪も一筋縄ではいかんらしいな」


 やや呆れたように、田中くんに言われてしまう。


「褒められてるのかな?」


「判断が難しいところだが、悪い意味ではないつもりだ」


「あははははは♪ やっぱり夕凪くんも面白いわねぇ」


「あんまり面白がられるのはうれしくないなぁ……」


 わりとヒマになっている時間帯だからなのか、なんともなしな雑談がとりとめもなく続く。


 涼平さんやヒマそうにしている巫女さんも巻き込んで。


 穏やかに夜は更けていき、ゆっくりと元旦が近づいていた。







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