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『大晦日の地味な没個性とその周辺』(5)+『元日の地味な没個性とその周辺』(1)






 それからは知り合いに会うでもなく、何事もなく柳原神社に到着した。


 あまり長くない石段を上がって、鳥居を抜けた先の境内を見やれば、二年参りに来ているっぽい人たちでそこそこの混雑をしていた。


 いつもに比べると人は遥かに多い。


 お正月になると急に信心深くなるのはみんな同じようだ。


 冷えた空に比べると、あちこちに篝火が焚かれている参道は暖かそうな色で包まれている。


 厚着をして行き交う人たちは寒そうにしているけれど、ご近所の知り合いを見つけては挨拶を交わしながら、少人数のグループをあちこちに作っている。


 境内の中央にはひときわ大きな火が焚かれており、輪になって囲んでいる人々の影が不規則に揺れていた。


 紙コップを手にしている人の姿もある。


 甘酒でも配っているのだろう。


 石段を上がりきったすぐ右手には社務所があり、今は縁起グッズの売店となっている。


 商売時間の最初のピークが迫っているので、そろそろ人が集まり始めている。


 あそこでゆかりたちが売り子をしているはずだけど、その姿は前に並ぶ人たちで見えなかった。


「さて、と……」


 呟いてから視線を巡らせたところで。


「やあ、わざわざ来てもらって悪いね」


 わりとすぐ近くから声をかけられた。


「どうも。こんばんはです」


 視線を向けると、二十代半ばくらいの優しそうに微笑む青年がいた。


 若菜ちゃんの年が少し離れてるお兄さんの涼平さんだ。


 眼鏡をかけた気弱そうな印象の持ち主なんだけど、体格はかなりがっしりしている。高校時代に軽い(?)運動代わりにラグビーをしていたという名残りか、今でもジムに通って鍛えているからだろうか。


 以前、バイクに乗っていた引ったくりを、真正面からのタックルで吹っ飛ばして捕まえたという武勇伝を持つ人なので、怒らせると物理的な意味で危険な人ではある。


 同時に、怒ったところというのが想像できない人でもあるんだけどね。


「冬休み中の大晦日だというのに悪いけど、今夜はよろしく頼むね」


 私服の上に柳原神社のロゴ入り(?)の上着を羽織った涼平さんが丁寧に頭を下げてくる。


「いえいえ、こちらこそ。大事な時期に若菜ちゃんをお借りしたりして、本当に申し訳ないです」


「受験に関しては、夕凪くんの教育に期待しているから心配はしていないよ」


「ハハハハ。絶対に期待は裏切らないとこの場で誓っておきます」


 実際のところ、今の二人の成績でウチの学園はギリギリもいいところなので、一月はかなり詰め込まなくてはいけない。


 最後の晩餐的扱いのお正月が過ぎれば、勉強漬けという日々が二人を待っている。


 それを地獄と言いたいなら言えばいい。


 ただし、日頃から積み重ねていれば、僕のように緊張はしながらも成績面で心配されるような事にはならないのである。


 即ち、勉学への怠慢が招く自業自得に他ならない。


 泣き言など許すつもりも聞く気もなく、ただひたすらに勉強にだけ集中できる万全の体制を敷くつもりだ。


 ………改めて考えると、方向性がちょっと違うだけで愛莉と同類だなぁ。


 こんなのばっかりか。


「ところで、そちらのお二人が?」


 なんだか薄暗い気持ちが胸中にわだかまりそうになっていると、涼平さんの視線が僕の後ろに向けられる。


「ええ。僕と一緒に手伝ってくれる田中くんと高遠さんです」


「どうも」


「よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる田中くんと高遠さん。


「こちらこそよろしくお願いします。


 それじゃあ、早速お仕事を頼もうか……と言いたいところだけど、まずはお参りを済ませておくかい?」


「………そう、ですね」


 僕はちょっと考える。


 田中くんと高遠さんはどうしたものかという顔で僕を見ていて、判断を委ねていた。


 なので、涼平さんの好意に甘えさせてもらう。


「では、ちょっと行ってきます」


「うん。そうするといい。お賽銭を弾んでくれると、ご利益が上がるかも知れないよ」


 涼平さんに見送られて、僕たちは拝殿へと向かう。


「神職の人もなんだかんだで生臭いんだな……」


「思っても、口にするべきではないよ」


 意外そうな田中くんの呟きに、高遠さんが苦笑する。


「霞を食べて生きていけるわけじゃないからねぇ……」


 しみじみと呟く僕の口から、白く染まった吐息が漏れていく。


「そういうものか。

 うぅ~む。あまり知りたくはなかったなぁ……」


 今の世の中は豊饒だのなんだの言われてはいるけれど、ただ綺麗なだけでは生きていけないのである。


 うん。世知辛い。


 拝殿まではもう一度、石段を上がらなくてはいけない。


 けれど、今度は角度も緩くて、石段も短い。


 参拝者もいるけれど、渋滞をしているわけでもなく、ちょっとした列に僕たちも並んだ。


「思っていたよりも人がいるんだな」


「テレビとかで紹介されるほど大きい神社じゃないけれど、ご近所さんとは仲良くしてるらしいからね。こういう時は、みんな集まってくるみたいだよ」


 氏子さんとして、手伝ってくれている人たちの姿もチラホラと見える。


「夕凪は言うほど近所ではないんじゃないか」


「妹の友だちのここの娘と仲良くしてたら、いつの間にか家族ぐるみの付き合いになってたんだ。この前のクリスマスも両家で夕食を一緒にしたりしたんだよ」


「ほう……」


「いい関係なんだね」


「うん。いい付き合いをしてると思うよ」


 当初は父さんと母さんも手伝いに来ようとしていたのだけど、大晦日と三ヶ日しか休みのない両親にまでお願いは出来ないと丁重にお断りをされている。


 そもそも、僕とゆかりも手伝いをする予定ではなかったんだけど、もう一人の幼なじみが惨劇を起こしてしまった悪影響のせいなのだから仕方がない。


 正直なところ、アルバイト扱いにしてもらうのも申し訳ないくらいだ。


「ふと思ったんだが、まだ年も明けてないのに参拝したら、初詣にならないんじゃないか?」


 田中くんが首を傾げた。


 まだ夜の十一時を少し過ぎたぐらいだから、確かに今のこれを初詣とは言えない。


「仕事中に初詣するのもアレだし、二年参りということでいいんじゃないかな」


「どうしても気にかかるのなら、明日の朝にもう一度参拝すればいいさ」


「それもそうだな」


 なんて話していたら、僕たちの順番が来た。


 僕、高遠さん、田中くんという順番で横並びになる。


 すっと姿勢を正した高遠さんが、あらかじめ用意していた五円玉を賽銭箱に投げる。それから鈴を鳴らして、もう一度姿勢を正すと、ニ拝二拍手一拝の作法で拝礼を行う。


 見た目や姿勢の綺麗さで、なんだか物凄く絵になって見える。


 ちょっと見惚れてしまったので、やや慌て気味に高頭さんに倣って、お賽銭を投げて拝んでおく。


 妹とその友だちの受験の年なので、ちょっと奮発して五十円玉を投げた。


 それじゃあ、なにをお願いしておこうかな。


 事前に考えておくべきなのかも知れないけれど、あまり真剣に考え過ぎては神様も大変なような気がするので、わりとさらっとしたお祈りで済ませておきたい。適当なくせに妙なこだわりを含んでいるせいで、いざという時に何を願えばいいのかわからなくなるというのは、バカみたいな悪循環だろう。


 ………ええと、そうだなぁ。



 みんなが笑顔でいられる一年でありますように……。



 わりと普通に『世界平和』みたく無理難題のような感じだけど、そんな一年であって欲しいと思ったのだからお願いしておく。


 勿論、神頼みしてお終いにする気はない。


 僕なりにちゃんと努力もするので、見守りながらちょっとだけでも手伝ってくれたらうれしいです――みたいなノリだ。


 今もあっちこっちで参拝は行われているだろうし、これからどんどん参拝客からのお願いが届くのだ。神様も忙しかろう。


 田中くんと高遠さんは、僕よりもちょっと長いくらい拝んでいた。自分たちの分だけでなく、光理ちゃんの分も願いを込めたからだろうね。きっと。


「――よし。それじゃあ、やるか」


 満足したらしい田中くんが顔を上げ、僕たちに笑いかけてきた。



 ● ● ●



 さて。


 大晦日の神社の手伝いといっても、花形(?)なのは巫女さんであって、男は基本的に目立った仕事というものはなかったりする。


 氏子の人たちに混ざって、神社の巡回をするのが主な任務(笑)だ。


 落し物はないか。迷子はいないか。トラブルが起こっていたら何らかの対処をし、トラブルになりそうな種を見落としてはいないかと目を光らせる。


 なんていうとアレだけど、散歩をしているのとあんまり変わらない。


 ギラギラした目で参拝客を睨みつけたりしていると、悪い評判が立つし空気も悪くなる。程よく目立たずにしていなければならない。


 地味で没個性な僕にとっては、天職のような仕事だね。


 僕と田中くんは柳原神社のロゴ入り(?)の上着を羽織り、境内を徘徊している。


 そろそろ日付けが変わる時間帯なので、じわじわと人が増えてきている。ご近所さんが多いので、そこかしこで立ち話をするグループも多くなってきた。


 ちなみに、高遠さんは巫女装束に着替えて、社務所の販売要員に回っている。


 ちょっと前に「きゃ~~~~っ♡」という黄色い悲鳴が聞こえてきたのは、高遠さんが社務所入りしたからだと思っている。


 軽く想像してみるといい。


 白衣に緋袴で長い髪を後ろで束ねた高遠さんの姿を。


 凛々しく格好良く気品に溢れた麗人の巫女装束姿を。


 上級生・同級生・下級生の区別なく、女子に慕われている高遠さんが仕事に励む巫女さんたちの中に入ってしまえば、簡易的なハーレム化だと言っても過言ではない。


 なんだか社務所から聞こえてくる売り子さんの声が、さっきよりも妙に気合が入っているのも高遠さん効果だろう。


 確かめたわけじゃないけど、僕は確信している。


「夕凪くんと田中くん。ちょっといいかな」


 ちょっと下に降りてからまた上がってきた僕たちを、涼平さんが手招きしていた。


「なんですか?」


「家の方に行って、甘酒の追加をもらってきてくれるかな?」


「わかりました」


 神社の横手にあるちょっとした林を抜けたところにある家へと向かう。


 なかなかに年季の入った大きな家だけど、古いという印象はない。


「すみませ~ん。甘酒の追加をもらいに来ました~っ!」


 横にスライドする玄関を開けて、家の中に声をかける。


「はいは~い」


 奥からパタパタとやってきたのは、エプロン姿の双葉(ふたば)さんだ。


 若菜ちゃんのお母さんで、身長を伸ばして大人っぽくした若菜ちゃんという感じで、わりと雰囲気がよく似ている。


 若菜ちゃんが似ているというべきかもしれないけども。


「ごめんなさいね~。何度も往復させちゃって……」


 参拝客に配っている甘酒はかなり人気で、もう二往復はしている。


 わりと同じおじさんが飲んでいて、完璧に出来上がった酔っ払いと化していたりするんだけど、迷惑なレベルには至っていないので現状は放置プレイ。


 僕たちも軽く一杯だけご馳走になっているけれど、温かくて美味しかった。


「いえいえ、お気になさらずに」


「お安い御用です」


 あまりたくさん持っていけないので軽いし、暗い夜道を歩く時に落とさないように気をつけたら、なにほどでもない。


 こういう雑用こそ若い男の出番だ。


「あとちょっとで年も明けるし、お雑煮を食べていく?」


「えっと……」


「それは……」


 双葉さんの厚意に、田中くんと顔を見合わせる。


 頼まれた仕事を放って、ご馳走になるのはちょっと……というのが、僕らの顔に出ていたのだろう。


 双葉さんは優しい顔で、コロコロと笑う。


「甘酒はサービスなんだし、少しくらい待たせたっていいのよ。どうせ、山下さんとか田所さんが遠慮せずにカパカパ飲み干してるんでしょう?」


「え~と、多分そうだと思います」


「ちょうど作ってるところなのだし、食べていくといいわ。どうせ、あとでお雑煮も配ってもらうんだし……」


「それなら、遠慮なく」


「ご馳走にならせてもらいます」


 そんなこんなで家に上がらせてもらった。


 奥の広間では親しい人たちを招いて、宴会をしているようだった。


 わいわいと賑やかな声が聞こえてくる。


 台所にあるテーブルを借りて、僕たちは椅子に座る。


 寒いなかを動き回っているので、やっぱりちょっと疲れていたのかもしれない。暖かい台所で椅子に座ったら、なんだかほっとした。


 なかなかに大忙しのようで、台所にも巫女さんがいる――と思ったら、青葉さんだった。


「お疲れ様です、青葉さん」


「あら、夕凪くん。そっちこそ、大晦日に手伝わせちゃってごめんね」


 派手でこそないものの、まず美人と言って間違いない長身の女性だ。顔立ちはやっぱり若菜ちゃんに似ているけれど、若菜ちゃんにはない自信が表情にあるので、受ける印象はかなり違っている。


 長い黒髪を後ろで一本に束ねた巫女装束姿の上に、エプロンと三角巾を装備しているんだけど、なんか違和感が凄いことになってる。


「青葉、夕凪くんとお友だちにお雑煮を食べさせてあげてちょうだい。私はちょっと広間の方にお酒の追加を持っていってくるから」


「わかった。もうすぐだから、ちょっと待っててね。夕凪くんと……」


「田中です」


「田中くんね。覚えたわ。

 夕凪くんとは仲良しなの?」


「同じクラスで、仲良くしていきたいと思ってます」


「うんうん。彼はいい子だから、是非とも末長く仲良くしてあげてね」


 悪戯っぽい調子で言う青葉さん。


「はい」


 生真面目な態度でうなずく田中くん。


「ちょっとちょっと、青葉さんっ」


 もしも、僕に姉がいたとしたら、こんな会話がどこかであったのかも知れない――なんて思うと妙に気恥ずかしい気分になる。


「いつもと違うお友だちを連れてきてるんだから、お姉さんぶらせてよ~。妹はいるけど、弟はいないんだから、なんだか新鮮な気持ちなの」


「いやいやいやいや……」


 からかうのとは違うし、気遣うというほどでもない。


 適切な距離感で紡がれる会話は、不思議と落ち着きのある楽しさを含んでいる。


 僕と青葉さんの気心の知れたやり取りを、田中くんは目を細めて眺めていた。


「………よっと。はい、柳原家特製のお雑煮二人前、お待たせ~」


「「いただきます」」


 湯気を立てるお椀が置かれたので、僕と田中くんは手を合わせる。


「はい。召し上がれ~」


 青葉さんはすぐに背を向けて、他の作業に戻る。


「疑っていたわけじゃないんだが、本当にここの人たちと仲がいいんだな」


 よく伸びるお餅に息を吹きかけながら、田中くんが言う。


「いろいろとよくしてもらってるよ」


「こちらこそね~♪ 若菜に関してはホントにお世話になってるわ」


 鼻歌混じりの青葉さん。


「ちなみに明日、舞いを奉納するのは青葉さんなんだよ」


「へぇ……」


 田中くんの視線が、青葉さんの背中を見る。


「君も見ていってくれるの?」


「はい。そのつもりです」


「ご近所さんでも評判の素晴らしい舞いだから、一見の価値はあると熱心に誘いました」


「そんな感じです」


「何気にプレッシャーをかけないでよ~。緊張しちゃうじゃない」


 恥ずかしさとうれしさの混じった声で言う青葉さんだった。


「……あれ? もう除夜の鐘が鳴り始めてたんだ」


 ふと気づけば、遠くから鐘の余韻が聞こえるようになっていた。


 もうすぐ年明けだ。


 時計を見ると、あと二分ぐらいだった。


「そろそろ行くか」


「うん。青葉さん、ごちそうさまでした。

 ………ところで、甘酒の追加は、そこのヤツを持っていっていいんですか?」


「それそれ。転ばないように気をつけてね」


「はい」


 青葉さんにお礼を言ってから、僕たちは甘酒の追加を持って神社の方へ向かう。


 その途中で、神社の方からちょっとした歓声が聞こえてきた。


 Happy New Year! とか、あけおめとか、そんな感じだ。


「年が明けたな」


「みたいだね」


「まさか、夕凪と肩を並べて年越しをするとはな」


「高遠さんと一緒の方がよかった?」


「欲を言えば、光理も一緒にいて欲しいところだが……」


 足元にあった小石を軽く蹴り飛ばし、田中くんはこっちを見る。


「これはこれで悪くないと思っている。まだ一年足らずの付き合いだが、俺は……お前を随分と気に入っているからな」


「それはどうも。僕も田中くんを随分と(・・・)気に入っているよ(・・・・・・・・)


 彼の言葉を借りて言うと、田中くんは愉快そうに声を出して笑った。


「今年もよろしくな」


「こちらこそ」


 軽く握った拳を合わせてから、僕らは新しい年を迎えた空の下を歩いていくのだった。







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