『大晦日の地味な没個性とその周辺』(4)
家に帰ったら、そのままベッドに飛び込んだ。
やはり無自覚なところに相当の疲労が溜まっていたようで、そのまま起きる予定だった夜の十時までぐっすりと眠った。
母さんに起こしてと頼んでいなかったら、きっとそのまま翌朝まで起きられなかったと思うぐらい熟睡していた。
「……うむぅ」
頭の中に残る眠気を飛ばすためにシャワーを浴びて、母さんが焼いてくれた餅を砂糖醤油で軽く食べる。
疲労の残滓はまだ身体に残っている感じではあったけれど、明日の昼までがんばれそうなぐらいには回復した。
まあ、途中で仮眠は取らせてもらうつもりだけど。
「あ、もしもし。高遠さん。今晩は大丈夫かな? うん。ありがとう。それなら………」
高遠さんと連絡を取り、今夜の話をしながら、何処で合流するかなどを決める。
柳原神社の場所がわからないようなので、ちょっと離れてはいるけれど、わかりやすいところを合流地点とする。
いつもと違う面子で馴染みの場所に行くのは、なんだか不思議な気分だ。
「それじゃあ、行ってきます」
冬が寒いのは当たり前だけど、今夜はまた一段と冷え込む予報だったので、しっかりと服を着込んで準備を整えた僕は玄関で靴を履く。
「いってらっしゃい。しっかりとね」
「ケガにだけは気をつけるんだぞ」
「うん。わかってる」
父さんと母さんに見送られて、家を出る。
途端になかなか凶悪な寒さに襲われた。
気温差が激しすぎて、歯の根が合わなくなる。コートのポケットに忍ばせているカイロを握るけれど、なんとも心許ない。
空を見上げると一片の雲もなく、さえざえと星が散らばっていた。この空気の澄んでいるような感じが、心理的に寒さを助長してくる。
「寒い、寒い……」
自然と足早になりながら、僕は待ち合わせの場所まで急ぐのだった。
● ● ●
「おや?」
そんな声が出たのは、待ち合わせ場所に見えた田中くんと高遠さんの他にも、知り合いというかなんというか、教室で毎日のように見かけていたクラスメートの姿もあったからだ。
「お待たせ」
とりあえず、駆け寄っていく。
「よお。」
「こんばんは、夕凪くん」
軽く手を上げる田中くんと高遠さん。
田中くんは温かい缶コーヒーを軽く放り投げてきた。
「オゴリだ。飲んでくれ」
「むしろ、最後に来た僕がみんなにオゴらないといけない空気のような……」
「そんなルールはないさ。気にするな」
「なら、遠慮なく。ありがとう」
一口飲む。
「ところで……あんまり見かけない組み合わせだね?」
気になってたクラスメートに視線を向ける。
沙耶守蛟くんと水希縁くんだ。
「そりゃそうだよ」
――と言った沙耶守くんは、端的に野生児だ。
半生を山奥で過ごしていたなんて、本当なのか冗談なのかよくわからないことをよく言っているだけあって、やや一般常識に疎いところがあるけれど、根は普通に善人だ。
長身痩躯の鍛え上げられた身体は、さながら人間凶器の如くだけども。
これまた本当なのか冗談なのかわからないけれど、素手で熊と戦ったことがあるらしい。
家庭事情がとっても気になるよね。
真冬なのにわりと薄着っぽい格好で、ニコニコと笑っている。
藤宮くんや水城くんとよく一緒に行動している………ような気がするけれど、よく邪険に扱われているような気がしないでもないので、人間関係がちょっぴり曖昧だ。
「単なる偶然に過ぎないからな」
そう言った水希くんは、なんとゆーのかこう現役の中二病みたいなタイプだ。
発言内容が意味不明な供述である場合が多々あり、なんとも会話が成立させ難かったりする。あと、ウチのクラスでは珍しくないせいで感覚が麻痺ってるけど、普通に本物みたいな――確かめてない――拳銃を所持している。
たまに『一人軍隊』なんて物騒な二つ名で呼ばれたりもするんだけど、わりと人畜無害そうな外見の持ち主だ。歴戦の勇士のようにあちこちに傷が残ってたりしないし、どちらかというと優男に部類されるだろう。
でも、武器を使ったり、罠を張り巡らせたりすると、かなり凶悪な戦闘能力を有しているのが、これまでの『嫉妬団』の駆除(?)で明らかになっている。
ゆったりとした格好の内側に、どれだけの凶器を潜ませているんだろうかと邪推してしまう僕だった。
「そういうことらしい」
田中くんが吐息を漏らしながら、肩をすくめる。
「正直なところ、この二人が肩を並べて歩いていたら、どこぞの連中との開戦前みたいな空気を感じるからな。見かけたら、声をかけずにはいられなかった」
「うん。僕でも余裕で呼び止めるよ」
物理的な意味での人間凶器と武器的な意味での人間倉庫。
この二人がタッグを組んで歩いていると、カチコミかと疑ってしまうのは自然の成り行きだ。
見慣れない組み合わせだからこそ、いろんな意味で危機感を煽られる。
こんな年の瀬で、新たな地獄絵図が生みだされるのは勘弁して欲しい。
「……やれやれ。詰まらん誤解をされているようだが、別に物騒な理由で出歩いているわけではないのだよ。強いて言うなら、散歩のようなものだ」
今気づいたのだけど、水希くんは小さな缶コーヒーを持っていた。
もう中身は空になっているっぽいそれを、左右にゆらゆら揺らしながら言う。
ほんのちょっとだけ、不満そうに。
「誤解を招いてしまう理由は了解しているつもりだ。だが、それでも誤解をして欲しくないのだが、俺に火付けの趣味はない。面倒事への対処……火消しが本領と心得ている。目の前で無辜の民が悲劇に見舞われてさえいなければ、俺のこの手が武器を握る必要もないんだ。そう、世界が平和であることを、俺はいつも願っている」
両手を広げた水希くんが、真摯な眼差しを向けてくる。
キラキラと瞳の奥で星が輝いている……よーな気がしないでもない。
「……いきなり痛々しいことを言い出して、どうした?」
「悲劇の種がどこかに芽吹いてはいないかと徘徊している俺を、どこぞのトラブルメーカーのように扱うのは止めて欲しいという嘆願だ」
「………わかった。好きに自警団でもなんでもやってろ」
「理解が得られたとは思えない態度だが……まあ、仕方がない。何時の時代も真に正しき行いは容易に理解が得られないものだ。田中如きに万言を擁して理解を得るよりも、行動そのものの結果で語った方が早そうだ」
「地味にケンカを売られてそうなのはわかったぞ?」
「それこそ誤解というものだ。争いは何も生まない無益な行為だ。そんな無駄な行いに時間を費やす趣味は持ち合わせていない」
「ちょっと質問いいかな?」
おかしな方向に話がズレていく一方で、なんだかお互いに火花を散らし始めているような気がしてきたので、僕はさりげなく割り込んだ。
「なんだ?」
「悲劇の種がどうこう言ってたけど、それを見つけたら水希くんはどうするつもりなの? やっぱり、穏便に通報とk――」
「無論、無辜の民に涙を流させる愚物は、撃ち抜くに決まっているだろう」
いつの間にか自動拳銃を握っていた水希くんが、獲物が目の前にいるかのように初弾を装填する。
軽いはずの音が、妙に重々しく聞こえた。
「………………。殴るとか蹴るとかで黙らせるならともかく――それはそれでどうなのかと思わないでもないんだよ?――いきなり射撃ですか。そうですか。物騒だね」
「彼の行いは善行であろうし、志も立派に思えてならないのだが、私にはどうにも結果が悪性に転ぶトラブルメーカーのように思えてしまうのだが……」
当たらずとも遠からずだよ、高遠さん。
野に放たれた水希くんの目の前で愚行に走る人がいないのを祈りながら、そっとしておくのが一番だと思います。
「程々にしておけよ」
「言われるまでもない。愚行を反省させるためにも、四肢の動かぬ余生を与えるのは必然の罰だ」
「愚行の程度によるけど、普通にやり過ぎだよ?」
僕の突っ込みは届きそうにないけど、言わずにはいられなかった。
「ところで、沙耶守くんも散歩かい?」
「豪快に話題を変えて、こっちに来たね」
「傍で監視してるわけにもいかないから、僕の手に負えないと判断したんだ」
「あはは……。気持ちはわかるよ」
目を逸らしながら、声だけで笑う沙耶守くん。
「ともあれ、俺も散歩だよ。年の瀬を部屋でゆっくり過ごすのもいいけど、意外な出会いを求めて街中を歩くのも悪くないだろ? 今夜はわりとたくさんの人が出歩いてるんだからさ」
頭の後ろで手を組んで、沙耶守くんが続ける。
「そしたら、水希に遭遇するし、夕凪くんと田中と……え~っと、高遠さんだっけ?」
「うん。高遠奈々世だ。学園祭の時に軽く顔合わせはしていたけれど、こうして話す機会は初めてになるかな」
「そだね。田中とはあんまり仲良しとはいえない俺だけど、なんかどっかで話す機会があったら親しくしてくれるとありがたい。勿論、今もな」
「こちらこそ」
手をヒラヒラさせる沙耶守くんに、高遠さんがにこりとうなずく。
「あまり接点がないのは事実だが、俺は別にお前が嫌いではないぞ」
水希くんとギスギスした会話を続けていた田中くんからの一言に、
「こっちもだよ。折角の機会だから、そこらのファミレスにでも入って、年明け前くらいまで話しでもするかい?」
沙耶守くんはうれしそうに笑う。
「少し魅力を感じる提案だが……」
ちらりと田中くんが、こっちを見る。
「残念だけど、田中くんたちは僕と一緒に知り合いの神社に行くことになってるんだ」
「へぇ? 初詣?」
「ううん。手伝いっていうか、アルバイトだね」
「ふぅむ。それならあんまり立ち話で引き止めるのも悪いね」
「お前らはこれからどうするんだ?」
「別に、幸先がよさそうだから散歩の続きかな」
キョロキョロと視線を巡らせながらの沙耶守くん。
「俺もだ。何処に闇がわだかまっているか知れたものではないからな……」
クールは冷笑を浮かべた水希くんは、両手をポケットに入れて背中を向ける。
「妙なのがわだかまってるのは、お前の頭の中だと思うがな」
「………………。」
ノーコメントで。
「やれやれ……。それじゃあ、俺も適当にブラブラしにいくよ」
苦笑しながら肩を上下させる沙耶守くん。
「あぁ、じゃあな」
「よいお年を」
「また教室でね」
「あいあい。みんなもよいお年を!」
パッと手を上げた沙耶守くんが、ヒョイヒョイと軽い足取りで水希くんとは逆方向へと歩いていく。
「幸先がいいのかどうかはわからんが、初っ端からあいつらを引き当てるようでは、なかなかに賑やかな夜になりそうな予感もするな」
危惧するような田中くんの言葉に、僕はうなずく。
「賑やかになり過ぎないといいけどねぇ……」
「ふむ」
片手を顎先に添えて、考える人みたいなポーズになる高遠さんが一言。
「今の発言は、フラグを立てたということで了解していいのだろうか?」
「どうなんだろうねぇ……」
僕にはなんとも言えなかった。




