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『大晦日の地味な没個性とその周辺』(3)






 なんやかんやで海棠さんが支払いを済ませてくれていたファミレスを出て、僕らは肩を並べて大きく伸びをした。


 一人のクラスメートの幸せのために、一人のクラスメートを見捨てた――というと人聞きが悪すぎるけれど、なんとゆーかそんな流れになってしまったのは否めない。


 そんな疲労が身体に圧し掛かっていたのだ。


 吐息を漏らしながら僕は数歩前に出て、宗次たちに向き直る。


「さて、これからどうしようか?」


「飯も食ったし、夜まで寝る」


 欠伸をしながら宗次が言う。


「仮眠ぐらいはとっとかねぇといい加減に保たん」


 水城くんを相手に無駄な体力をかなり使ったみたいだしね。


「初詣はどうする予定だい?」


「起きれたら、顔ぐらいは出すさ。二年参りはどうなるかわからんが、最低でも明日の昼までにはな」


「わかった。待ってるよ」


「待ってる?」


 僕の言葉に、翔悟が不思議そうな顔をする。


「僕も神社の手伝いをすることになってるんだよ。少し休んでおきたいから、ゆかりや若菜たちとはちょっと時間をズラしてるけどね」


「なるほどな」


「翔悟たちはこれからどうするんだい?」


 問いかけると、翔悟と美命は顔を見合わせてから苦笑を浮かべた。


「さすがに俺たちも限界が近い。まずは家に帰って寝るよ。美命の体調も心配だしな」


「ん。」


「そか。初詣はどうするんだい?」


「俺たちもどっかのタイミングで顔を出すようにしよう」


「え~っ!」


 嫌そうな声を出す美命。


 全身で寝正月したいという欲求を滲み出させている。


「年の初めぐらいは、ちゃんとしろ」


「ぶ~。神様に祈っても、なんにもなんないもん」


「そういう問題じゃない」


 コツンと軽い拳骨を美命の頭に落とす翔悟。


「あぅ……」


「はは。それじゃあ、ひとまずはここで解散としとこうか。てか、宗次はウチで休んでもいいんだよ。とゆーか、ウチで休みなよ」


「なんだかんだで俺を手元に置いて、神社の手伝いに駆り出すつもりなんだろ? その手に乗るかよ」


「そんなつもりはないんだけどね。逆に、その手があったかと気づかされるぐらいだ」


「藪蛇になる前に、さっさと退散するぜ。あばよ」


 逃げるように走り出す宗次。


 それを苦笑しながら見送る僕たち。


「相変わらず、素直になれない奴だな」


「ホントに困ってるよ」


 翔悟と笑みを交わしてから、そのままゆったりと歩き出す。



 それから。



 適当なところで翔悟たちとも別れて、数分経ったぐらいのところで知った顔を見かけた。


 ほぼ同時に向こうもこっちに気づいてくれたようだった。


「やあ、田中くんに高遠さん」


 近寄りながら、軽く手を上げる。


「よう」


「こんにちは、夕凪くん」


 この二人は存外と人がそれなりにいるところでも僕を見失わずに、発見してくれる。


 普通なら完全にスルーだし、声をかけても数秒くらいのラグが発生したりするんだけど。


 宗次と田中くんの絡みで意外に接点が多かった影響だろうか?


 でも、そうだとしたら、実の妹や両親に見失われたりするのに、いろいろと説明できない疑問が生じるのだけど、深く考えちゃダメなんだよね。うん。


「二人は実家に帰らなくていいの?」


 ちょっと急ぎ足に見える人々の雑踏を眺めながら、なんとなくの立ち話。


 田中くんと高遠さんは軽く顔を見合わせて、肩を上下させた。


「夕凪くんにはクリスマスに会った時に言ったような気がするんだけど、私たちはちょっとした事情があって、この休みは地元に戻れそうになくてね」


「……うん? あぁ、言われてみれば、なんか聞いたような気がするね」


 光理ちゃんがこっちに来るというのが本題のような扱いだったので、すっかり忘れていた。


「今さらながらだけど、なんかバイトでもしてたの?」


「そういうわけじゃないんだがな。

 ………いや、そういうことにもなるか」


 頭に軽く手を当て、ポリポリと搔く田中くん。


「光理がこっちに来れるのが確定したわけだから、事前にいろいろと準備をしておこうと思ってな。部屋の確保とか、ちょっとした細かい準備とかな。そのためのアレコレで知り合いのコネを使って、冬休みの内に片付けて起きたかったんだ」


「それだけではないのだけど、メインの理由としては一番の重要事項だね」


「ふぅん。相変わらず、光理ちゃんを大事にしてるんだね」


 今の時期からするには、ちょっと早いような気がしないでもないけれど、ギリギリになってからするのもアレだ。同じところに部屋を借りるのなら、余裕がある時に予約なりなんなりしておくのがベストだろうし、何よりも光理ちゃんが何度もこっちに来る必要がなくなるのは大助かりだろう。


 個人的には、何度だってこっちに来たいし、逢いたいのかもだけど。


「そんなに褒めるなよ」


「一年分は先輩なんだから、あまり苦労しないように準備しておいてやりたいんだ。勿論、ちゃんと向こうとも相談しながらね」


「優しいんだね」


「大事な……そう、とても大事な友だちだからね」


「そうだね。友だちは大切にしないといけないね」


 わりと一人ぼっちで、僕に甘えてばかりだったゆかりは、若菜ちゃんという友だちを得たことで、僕が傍にいない時でも笑顔が増えたし。


 僕もなんだかんだで、宗次や愛莉がいてくれて楽しかった。


 何かと系統は違うながらも、たびたび問題を起こす困った友人でもあるけれど。


 中学二年からは翔悟や美命とも付き合いが生じて、苦労を分かち合えるようになったのは素直にありがたい。


 みんなとの関係は、僕にとって大事な絆だ。


「来年の春からは、三人の関係に僕も少しぐらい混ぜてくれるとうれしいな」


「勿論だ」


「むしろ、積極的に巻き込ませてもらうよ」


 なんて話していると、高遠さんのスマフォが着信を知らせた。


「噂をすれば、だね。

 ………ちょっと失礼させてもらうよ」


 どうやら、光理ちゃんからのようだ。


 高遠さんがちょっと離れたところに移動する。


「あぁ、そうだ。よかったら、教えて欲しいんだが」


 ふと思い出したように、田中くんが言う。


「なんだい?」


「俺たちは余所の人間だから、あんまりこの街に詳しくない。一年も暮らしていれば、それなりだが、普段から縁遠い場所となると勝手がわからなくてな」


「うん。」


「つまり、なんだ。初詣するのにちょうどいいような神社とかを教えてくれないか? あんまり人が大量に来るようなところじゃなく、ちょっとした穴場みたいなところでいいんだが」


「これはなんとなくの勝手なイメージなんだけど、田中くんは初詣とかはあんまりしないタイプなんじゃないかと思ってた」


「あまり間違ってはいないな。奈々世も出不精というわけではないんだが、この時期は光理が家の手伝いで忙しいのが常でな。三が日を過ぎてから近くの神社に出向くのが、昔の習慣みたいなものだった。大晦日や元旦は、基本的に寝て過ごしてたものさ」


 懐かしむように言う田中くん。


 わりと一緒にいられた帰還に空白があったりするらしいので、ちゃんと一緒にいられた子供時代が本当に懐かしいのかも知れない。


 実際、今年も三人で一緒には過ごせないのだし。


「なるほど。いつ頃に出向く予定だい? 二年参りとかするの?」


「いや、明日の昼ぐらいだな」


「ふむふむ。それなら、柳原神社をお勧めするよ」


「ほう」


「まあ、ウチの妹の友だちの家でもあるんだけどね。あんまり大きなところじゃないから――小さいわけでもないけれど――大混雑になったりはしないよ。それに明日の昼ぐらいなら、一見の価値がある巫女舞が見れるから、個人的には宣伝もかねての一押しかな」


「巫女舞とやらの正確な時間はわかるか?」


「………あ~、ちょっと覚えてないかな。でも、今晩から神社の手伝いに行くことになってるから、後で時間を連絡する手筈にするけど?」


「夕凪が神社の手伝いをするのか?」


「ご近所付き合い的なものだよ。今日もちょっとした事情で受験前の娘さんをお借りしてるから、その分は働いて返しておかないといけないんだ」


 愛莉と違って、そんな交換条件を付けられているわけではないけれど、申し訳ないのでお手伝いさせてくださいとお願いしている。


 ゆかりと一緒に受験に向けた勉強の教師役をしているので、そこまで気にしなくていいとは言われてるんだけどさぁ……。


「他にもいろいろと申し訳ない事情がありすぎてね」


 中学三年生にR18な同人誌の売り子をさせる愛莉の所業が、あまりに親御さんに顔向けできないアレだからね。


 コスプレさせようとか言い出した時は、さすがに黙らせたけど。


 それでも、罪滅ぼしはしなくちゃいけないんだ。


「なんかよくわからんが……妙な苦労をしてそうだな」


「ほどほどにはね」


 疲れたため息を吐く僕。


「だが、そうだな。神社の手伝いをしている夕凪を見るのも楽しそうだ。折角の機会でもあるのだし、二年参りでもしてみるとしよう」


「いいの? 普通に二度手間になると思うけど……」


「なんなら俺もボランティアで手伝うさ。

 仮眠する場所ぐらいは貸してもらえるんだろ?」


「それは問題ないように手配させてもらうけど、どういう風の吹き回しだい?」


「気紛れさ。それに夕凪には世話になっている。この間のクリスマスとかもな。恩返しというほど大袈裟にするつもりはないが、親交を深めておくいい機会だ。どうせと言うのもなんだが、来年も世話になりそうだしな」


「あ~、念のために言っておくけど、宗次も来るよ」


 正確な時間はわからないけれど。


「………………。まぁ、いい。年納めやら新年早々に見たい顔ではないが、あいつ如きのために今さら前言を翻すのも癇に障る」


 わずかに沈黙を挟み、眉間に皺を寄せる田中くん。


「なんで、そんなに嫌うかねぇ~?」


「特に大した理由があるわけではないが、単純な相性とこれまでの積み重ねだろうな」


 ふっと表情を緩めて、田中くんは肩をすくめる。


「一応は納得できちゃうね」


 そもそもの最初が悪ければ、なかなかに改善する機会というものは訪れないのである。


 僕や高遠さんでどうにかしようと場を設けたりもしたけれど、今度は根本的な相性の悪さが牙を剥く。


 諦めるつもりはないけれど、急いては事を仕損じるという言葉もあるので、気長に様子見しながらチャンスを狙っていこうと思ってる。


「何の話をしているんだい?」


 アレコレと話していると高遠さんが戻ってきた。


「静輝も少し話してやってくれ」


「わかった。奈々世の相手は任せたぞ、夕凪」


「僕に任せていいのかね?」


「なにひとつとして問題はないよ」


 高遠さんが肩を上下させて、スマフォを受け取った田中くんが少し離れた場所に移動する。


「それで、何の話をしていたんだい?」


「実は……とか前置きするほどじゃないんだけれども」


 かくかくしかじかと、高遠さんにさっきまでの会話を伝える。


「ふむ。静輝にしては、珍しく乗り気でとても良い事だと思うよ」


「個人的には、ボランティアで手伝ってもらうのは申し訳ないところだから、柳原さんには相談しておくけどね。ほどほどに繁盛してるところだけど、やっぱり特別な日には忙しくなるから人手はあっても困らないだろうし……」


「ありがとう。手間をかけるね」


「田中くんから親交を深めようとしてくれるのは、僕としてもうれしいからね」


「それも半分。もう半分は光理のためでもあるのさ」


「うん?」


「つまり、だ。善行を積んで、参拝した時のご利益の水増しでもしてもらいたいのだろう」


「うぅん? 光理ちゃんは関係あるのかな?」


 確か、ウチの学園に推薦が決まっているという話だから、合格祈願とかはしなくてもいいはずだし……。


「仮に合格していたとしても、無事に入学できるとは限らない。何処に理不尽が転がっているか知れたものじゃないから、光理が何事もなく、こっちに来れるように無病息災を切実に願いたいのさ」


「なるほど。それなら納得」


「無論、私もね」


「それなら、僕も一緒に祈っとくから、きっと三人分のご利益があると思うよ」


「ありがとう。お願いさせてもらうよ。


 君にそこまでさせてしまうのなら、私も手伝わせてもらわねばなるまいね」


「それこそ、そこまでしてもらう必要性が見当たらないんだけどぉっ!!」


「なぁに、たまにはそんな新年を迎えるのも悪くない。年の瀬に清い汗を流し、みなで朝日を拝み、締めに一見の価値があるという巫女舞を見て、帰路につくとしよう。今から仮眠を取っておけば、問題なくこなせるはずさ」


「いやいやいやいや、やる気出し過ぎじゃない!」


 戦力としては十分だけど、こんなに乗り気になられるとちゃんとした報酬をまだ約束できないので、地味にちょっと心苦しい。


「気にするな、友だちだろ?」


 いつの間にか戻ってきてた田中くんに、後ろから首に腕を回される。


「そういう事だよ」


「う~ん。向こうに話を通さないと確約は出来ないけれど、ここは素直に友だちに甘えさせてもらうよ。ありがとうね」


 ペコリと頭を下げる。


 ちょっと田中くんの腕で首がしまったけど、気にしない。


「とりあえず、僕は夜の十時まで仮眠を取ってから、十一時に現地到着の予定だったから、その間くらいにいろいろと連絡事項を伝えようと思うんだけど、いいかな?」


 新たなお手伝いさんを確保したことを先方に伝えて、問題の有無を確認する必要もある。


「わかった。俺たちも軽く寝ておく」


「これで寝過ごしたりしたら、愉快なオチになってしまうので気をつけなくてはいけないね」


 そんなこんなで。


 手を振りあって、田中くんたちと別れた。


 二人の背中を見送りながら、僕は思いがけない展開になったなぁ……と、吐息を漏らす。


 軽く驚きつつも、決して悪い気分なんかじゃない。


 むしろ、素直にうれしい。


「さて、と――」


 ポケットから携帯電話を取り出し、電話帳を呼び出す。


「連絡するなら、涼平さんかな」


 ポチッとボタンを押して、僕は呼び出し音を聞くのだった。







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